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はまぐり工務店~異界由来の破損修理承ります~  作者: 花黒子


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13話『特別ではないことと、誇っていいこと』


「なにが金になるかわからんからなぁ」


 父はパソコンで動画を見ながら答えた。

 もしかしたら、高校を卒業したら、はまぐり工務店を受け継ぐことになるかもしれないと報告した。


「借金を背負わされるわけじゃないんだろ?」

「うん。なんか会社の経費は銀行から借りた方がいいって話だけど、今までの分は一回リセットするって言ってた」

「若いケントが借りられるのか?」

「借りられなくてもいいらしいって、先輩たちは言うんだけど本当かな?」

「彼らは異能者の中でも、はまぐり工務店なんかに勤めていたから、他の異能者と関わりが薄いんだよ」

「團さんと井戸さんは独立するって」

「そうか。似たような工務店をするのか?」

「いや、團さんは家の補修工事をしながら動画配信、井戸さんは相場で儲かったからって」

「日経はインフレだからな。そうかぁ。目端が利くなぁ」


 父も少しは知っているようだ。


「はまぐりさんはやめるんだろ?」

「うん。悠々自適に暮らしたいって」

「名前だけでも残したいのか。仕事はあるんだろ?」

「ちょこちょこ来るけど、社長のお陰だと思うよ」

「いや、先輩たちがちゃんと真面目に働いてきたからだ。まぁ、こうなったら仕方ない。経営の本でも読んでみるか」


 父は自分の小さな本棚から、ビジネス書を取り出した。難しそうなので、図解が載っている次世代のビジネス書をネットで買ってもらうことにした。



「バイト代はあるから」

 小難しい本よりも図解が載っている本の方がわかりやすく、なぜか親たちも書籍ならと何冊も買ってくれた。

 

 スマホで読んでいたら、時間が経つのも忘れて、いつの間にか夜中になってしまった。普通に学生起業家はいるし、別に高校を卒業して仕事をする人たちは大勢いる。大学に行かなければ生涯年収が下がるというデータもあるが、そもそも未来のことは誰にもわからないということでもある。


 俺は人生の岐路に立っているようなつもりはなかったが、工務店を任されることになって初めて人生の長さを痛感した。


 それから、そもそも異界由来の傷や破損を直す工務店というジャンルがないことに驚いた。異界というか異能者たちはもともと隠れていたり、あまり公にされていないこともある。これだけ呪いだとか魔法だとかがアニメや漫画や映画で流行っているというのに。人のメンタルに対する現実への影響が一度壊れてしまって、今は復活しつつある時期らしい。


「よくわからんが、仕事はあるんだよなぁ」


 考えている間に寝落ちした。


 登校中も授業中も、なんだか身が入らなくてぼーっとしてしまった。


「どうした崎守。髪型が気に入らないのか?」

 坊主頭から生えて来ていて、今はすごい寝癖がついていたらしい。教師からの指導も「ありがとございます」と返して、お金でできることを自分なりに必死で考えた。


 ネットで工務店を宣伝すれば、きっとたくさん仕事が舞い込んでくるだろう。対応できるように人も雇わないといけなくなる。教育にも時間をかけていけば、きっと異界事案専門の工務店は広がっていくはずだ。


 それによって得られるものは、人とのつながりとお金だ。

 自己顕示欲がないわけではないが、別にたくさんの人と繋がりたいとは思わない。生活費くらいは稼いだ方がいいと思うけど、たくさんお金を持って人に影響を与えたいとは思わない。

 きっと俺にはわからない細かいことがきっと多いんだ。


「だ、大丈夫?」

 鬼頭さんが声をかけてきてくれた。

「大丈夫ではないんだけど、ヤバそうに見える?」

「心ここにあらず感がすごい出てるよ」

「マジかぁ。鬼頭さん、お爺さんの道場って開いてるかな?」

「開いてるけど、通う?」

「見学だけでもさせてもらえない?」

「いいよ」


 頭の中のもやもやをすっきりさせるには体を動かした方がいい。

 午後の体育の授業で、走り幅跳びをしたら砂場を越えてしまった。陸上部からの誘いは断った。自分の身体的な可能性については、ひとまず置いておきたい。


 放課後、鬼頭さんに連れられて、道場へと向かう。

 すでに社会人や近所のガタイのいい老人たちが、道場の中で稽古をしているところだった。


「お爺ちゃん、崎守くんが、見学させてくれって」

「お? おう。入んなさい。崎守くん、ジャージはあるかい?」

「あります」

 体育がある日でよかった。

 鬼頭さんは俺を道場に案内すると母屋へと立ち去ってしまった。


「更衣室はそっちだ」

「はい」


 更衣室でジャージとTシャツ姿になり、道場にでるとムッとするような異界の臭いがした。道場にいたのは、異能者集団だったらしい。自分が何も特別でないことを知らされている気分で、居心地がいい。


「じゃ、ちょっと伸びをして、腕立て伏せから行くかい?」

 鬼頭さんのお爺さんは何も聞かずに、トレーニングメニューを指示してくれた。


「わかりました」


 悩む必要がないことは素直に従っていればいいので、楽だ。

 軽く体を伸ばしてから、道場の隅で腕立て伏せをする。


「そんなに速く体を持ち上げなくていい。地球を押す感覚で、ゆっくりだ。ゆっくりやった方が効く」

 確かにゆっくりやった方が腕立て伏せはキツイ。10秒で下げて、10秒で上げる。

 腕に乳酸が溜まって、上がらなくなってきた頃、鬼頭さんのお爺さんが止めた。


「よし。じゃあ、軽く打撃の練習をするか」

「お願いします!」

「茨城くん、ミットを持ってあげて」

「はい」


 筋肉に脂肪が乗り、ドアかなと思うほど大きな鬼がミットを持ってくれた。耳は潰れ、鼻も潰れているように見えるが、目がものすごく優しい。

 腕は上がらなかったので、腕を投げ出すようにミットに当てると、いい音が鳴った。


「やっぱり地獄帰りはいいな。余計な力が入ってない。かしら、どうにかうちに呼べませんか?」

「それは崎守くんが決めることだ。それにまだ実力の半分も出していないぞ」

 茨城さんは、どこかに所属している人らしい。


「そうですか。では、もう少し、実力を見てみましょう」

 その後、茨木さんは、ミットを外して、寸止めで動いてみてくれという。


「大丈夫。たいていの攻撃は躱すから、本気で打ってきてくれ」

「では遠慮なく」

 ストレートからの肘や、フェイントなどを織り交ぜてみたが、本当にまるで当たらない。地獄の鬼と対峙している気分だった。

 鬼と戦っていると思えば、やることは変わってくる。誰かを犠牲にすることだ。

 地獄で倫理観など不要。いかにその場にいる人や物を使うか。


 道場には鬼の集団しかいない。俺はわざと位置をズラしながら、隣で稽古をしている老人の方へと向かった。

 老人の身体を盾にしたように見せかける。


「おいおい……」

 戸惑う鬼の老人の肘を掌底で弾き、茨城さんに当てた。


「こらこらワシを木偶に使うな」

 老人には怒られてしまった。

「すみません。つい地獄の癖が……」

「いや、面白い。自分を武器にするだけじゃなく、他人も武器にするのか」

「誰が攻撃しているのかわからないと、全員と戦わないといけなくなって、一瞬思考が停まるんです。そこを打ち抜くんです。たいていは誰かを盾にしようとしますけど、誰かを武器にしようとは思いませんしね」

「これは面白いが、茨木くんの格闘ジムには向かないよ」

 茨木さんは、格闘技のジムを経営しているそうだ。なんとなく工務店をやることになって、高校を卒業したら社会に放り出される感覚があったけど、別に趣味は持ち続けていいし、ずっと関わってくれる人たちだっている。

 自分の居場所を自分で狭める必要はないんだなと身に染みた。


「そうかもしれません」

「どうだい、なにか吹っ切れたかい?」

 鬼頭さんのお爺さんが聞いてきた。


「ええ、別に社会人になっても、会社を経営しても偉くなったわけではないし、人付き合いもそれほど変わらないんですね」

「なんだ? スタートアップでもするのか?」

 茨木さんが豪快に笑いながら聞いてきた。


「いえ、はまぐり工務店を継ぐことになったんです」

「え!?」

 道場内の鬼たちが一瞬こちらを向いたのがわかった。


 事情を説明すると、鬼たちは急に人間の姿に戻っていった。


「そうかぁ。工務店を継ぐか」

「そうです。だから、ここのところ経営の簡単な本とか読んでいるんですけど、どうやったら儲かるかとか、どうやったら顧客がついてくるかとかの話ばかりを読み過ぎまして」

「はまぐり工務店なんか、営業なんかかけなくても仕事は来るだろう」

 老人は、はまぐり工務店のことを知ってくれているようだ。

「そうなんですよ。それに、それほど儲けたいという気持ちがないというか、お金をどうやって使ったらいいかわからないというか……」

「お金に飲み込まれる奴はたくさんいるからなぁ」


 茨木さんは、最近動画サイトとかSNSで話題の経営者たちや投資家たちを見ても共感できないという話をしていた。


「でも、高校生だと、ああいう金持ちのインフルエンサーを見てカッコいいと思うだろう?」

「俺はその気持ちが少なくて、金持ちになっていい思いをするって言っても全然羨ましくないというか……」

「そりゃあな。地獄帰りからすれば、どうでもいいことに金かけていると思うか」

 いつの間にか、全員稽古を止めてしまっていた。

「すみません。稽古時間を止めてしまって!」

「いや、どうせ時間だったんだ。異能者の間でも君がこの先どうするのか気になっている者たちが多いし、我々、百鬼衆も異能の根源を見て来た者の話は伺いたいと思っていたのだ」

「そうなんですか。でも、俺なんにもしてないですよ。ちょっと鼻が利くくらいで」

「そんなことはない。いいかい。地獄で30年過ごして、門を直して帰ってきたということは、すごいことだ。それだけは誇っていい。そんな人類はいないんだからな」

 鬼頭さんのお爺さんは怖い顔なのに、優しい言葉をかけてくれる。


「現世ではまだ若いんだから、何でもチャレンジしていいんだぞ。政府だって起業家に優しくなってる。別にはまぐり工務店が嫌になったらすぐ別の仕事をしてもいいんだぞ。きっかけは何でもいいんだから」

 茨木さんは豪快だった。


「皆さん、いろいろとありがとうございます!」

「若者に未来は明るいって教えるのが大人の役目だからね。現世で起こることは、地獄から帰ってくることより大変なことはないさ。楽にいこう」


 鬼の老人に言われると説得力がある。


「すっきりしました」


 俺は更衣室で着替えて、茨木さんにラーメンを奢ってもらって、家に帰った。


「食べてきたの?」

 母が夕飯を用意しなくてラッキーという表情で聞いてきた。

「うん、鬼のおじさんに奢ってもらった」

「そう」

「人生好きにしていいって言われると、結構迷うもんだね」

「そうね。親としては人様に迷惑をかけずに元気でいてくれればそれでいいわ」


 母は楽観的で信頼してくれているらしい。


「天狗さんにも聞いてみるか……」


 俺はふと山に沈む夕日を見ながら、自分の道を突き進んでいる先輩のことを思った。



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