12話『はまぐり工務店、存続の危機は突然に』
翌日、鬼頭さんが午後から学校に登校してきた。
「山狩り?」
「うん。先輩たちはずっと陰陽師の悪口を言いながら捜索してたから、そっちの方が疲れたけどね。崎守家は大活躍だったよ」
「本当。本家の人たちはあんまり知らないからなぁ」
「そっか。家督争いから外れてるのって羨ましいわ」
いつも涼しい顔の鬼頭さんでも、授業中はぼーっとしていた。
地球外生命体はいろんな動物の身体を乗っ取りながら、多足症を発症させる呪いということで警察ないの異能者たちによって、捕獲され、密閉保管されることになった。
もぐりの召喚術師は、日本のどこかの地下深くに封印され、対応に当たった陰陽師のホープは陰陽寮を破門にされた上に、異能を使えないように入れ墨を彫ったのだそうだ。
俺は文化祭のアーチ作りを開始。加奈子先輩のお陰で、ペンキはたくさんあるので、いくらでも使っていいという。極彩色のアーチになりそうだ。
はまぐり工務店に行くと、ちょうど社長がタクシーから出てくるところだった。
「あ、おつかれさまです」
「おはよう」
社長はいつでも出勤時は「おはよう」だ。
「ま、ちょっと中に入ってくれ。皆に話がある」
社長と一緒に工務店の中に入ると、忙しそうに書類を作っている團さんと井戸さんがいた。
「おはようございます」
「おはよう」
「おう、ケントの今日は仕事はないぞ。請求書作らないといけないからな」
團さんは、ちらっと振り返って、帰っても大丈夫だと言ってくれた。
「ああ、その件なんだけどね。皆、ちょっと聞いてくれ」
「こっちは勝手に仕事をしてるんで話してください」
井戸さんは辛辣だった。
「うん、いや、他でもない。このはまぐり工務店なんだけどね。一旦閉店しようかと思って」
「え!?」
せっかくできた俺の居場所なんだけど、閉店するなんて困る。
結構衝撃的なことだと思うのだけど、團さんも井戸さんもまるで意に介さず、普通に仕事を続けている。
「実は倉庫にしまってある異物の引き取り手が決まったんだ」
「陰陽寮ですか?」
「そう。よくわかったね」
「あんなもの欲しがるところはそんなにありませんからね。ああ、そうですかぁ……」
團さんは、大きく息を吸って、椅子の背もたれに背中を預けて天井を見上げていた。ただ、すぐに仕事に戻り、請求書を作り始めている。
「いくらで売るんです? 異能が入っていたものもあれば異物だって入っていたわけじゃないですか?」
井戸さんがカチカチとマウスを動かしながら聞いていた。
「彼らからすれば、呪いが入っていた呪物の亡骸だよ。せいぜい60万くらいかな」
「異物を封印するにはちょうどいいですしね」
「でも、ほとんど壊れているじゃないですか?」
「だから、修理していけばいいだけだ」
「一つ60万円以上だと考えると、いくらになるんです?」
「12億くらいかな」
「ひとつ60万円なんですか!?」
あんなガラクタを全部で60万円で引き取ると言っているのかと思ったら、ひとつ60万円だとは……。
「銀行から借りてるお金はどうするんです?」
「全部返すよ」
「工務店が稼ぐ額ですか? 我々の給料はどうするんです?」
「税金で引かれちゃいますよ。流れ的に結構入ってくるとは思ってましたけど、そこまでとは……」
井戸さんもようやく天井を見上げた。二階にもガラクタもとい呪物の亡骸がある。
「そもそも陰陽寮にそんな支払い能力はあるんですか?」
「コロナ禍の間に補助金をがっつり溜め込んでるからな」
「それはうちの工務店を使ってマネーロンダリングするつもりでは?」
「そう思って、團くんと井戸ちゃんにどうしようか考えてもらいたいんだよ。僕は退職して退職金を貰おうかと思ってね」
「まぁ、社長はそう言うでしょうよ。天狗さんに連絡しないとな」
「もう、した。『好きにしろ』ってさ」
「ケントはどうする?」
「どうって言われても、社長はたくさん稼いだから辞めちゃうんですか?」
率直に社長に聞いてみた。
「そう。もう、働く必要がない。僕にとっては、まさに付喪神様になったわけだ。できれば、勇退して團くんか井戸ちゃんに社長を引き継いでもらいたい」
「ん~……それだよなぁ」
「社長の退職金は2000万円としても、11億8000万円。証券にしちゃうか、信託に預ければ、私たちも年利だけで暮らしていけちゃうんだけど……」
「設備投資はしなくていいのか?」
「たかが知れてるわ。だいたいゴミが12億も価値が出るなんて思わないでしょ。会社は存続させて、10年くらいに分けて売っていくしかないんじゃないかな? もしくは新築マンションを一棟を丸ごと買って社宅にする? ほとんど不動産の賃貸にすると、ほぼ働かなくていいわ」
社長は話を聞いて「退職金2000万?」と戸惑っていた。
「異物の成れの果てを直すのは我々ですからね。社長の退職金はそんなものです」
「やっぱりうまい話過ぎないか?」
「うまい話の間に契約を結べばいいのよ」
「陰陽寮は組織再編の最中だよ。どさくさに紛れれば、うまくいくさ」
社長が悪い顔で言う。
「日本中、どこもそうですよ」
「どうしたもんか……。選択肢があり過ぎるな。ケントはどうしたい?」
團さんに聞かれたが、正直12億と言われても、よくわかっていない。
「いや、でもこの工務店は続けてほしいですよ。異能者になって初めて受け入れられた場所だと思ってますし、閉店しちゃっても時々ここに来そうです」
「やっぱりケントくんがいてよかったわね」
「そうだな」
團さんと井戸さんは笑っていた。
「はまぐり工務店は、残るんですか?」
「ああ、残す」
「俺が言うのもなんですけど、どうしてまた心変わりをしたんですか? 潰そうと思えば潰れるような工務店なのでは?」
「ん~っと、どういえばいいかな。井戸、頼む」
「ケントくんがわかるかどうかわからないけど、とりあえず説明しておくと、現状の日本て、徐々に衰退していっていたのが、コロナ禍によって一気に進んじゃってにっちもさっちもいかなくなってるのね。どこでも組織が潰れちゃって、経営すら知らない人たちがやっていた中小企業も経営しないといけなくなったの」
「経営してなくても企業潰れないんですか?」
「なぜか銀行が企業は潰さないようにお金を貸すのよ」
日本は社長だらけだと聞いたことがあるけど、事情があったのか。
「え? でも、それって……」
「そう。仕事がない。そんななか増えている職種があるわ」
「リサイクルショップだ」
俺が答える前に團さんが答えた。
「資源がないと再利用が進んでいく。その中でも資産価値が高いのは家と自動車だ。俺たち工務店はなにも異界由来の傷だけ扱わなくても十分仕事はある。現に何の宣伝もしてないのに、ここのところずっと仕事をしていただろ?」
「確かに」
「團は、本当は動画配信者になろうとしていたのよ。崩れそうな一軒家を丸ごとリフォームして、それを貸し出して、それをどんどん増やしていくと不労所得が入るでしょう。というか、もう何軒かやってるでしょ?」
「わざわざ動画配信する必要がなくなっただけだ。それが俺の異能的に一番向いてる。井戸だってFXと株で……」
「私の場合は異能が裏技みたいなもんだからね。少し前まで、この工務店も零細企業だったから私たちも副業に精を出してたんだけどね」
「つまり、お二人とも、もう……」
二人とも、椅子を俺の方に向けた。
「そうだ。俺たちはそんなに仕事をしなくてもいい大人になってしまった。この工務店は社長の采配で、どうにでもなる状況だったんだけど、社長が辞めるし、天狗さんも好きにしろってことだから、ケントの一存で決まる」
「地獄帰りで精神年齢は40オーバーなら、私たちも文句はない。それで、ケントくんに聞いたのよ」
「ええ?」
軽い気持ちで、応えていたが、いつの間にか俺が、はまぐり工務店の存続を決めてしまっていたようだ。
「続けることが決まったんなら、いろいろと考えておかないといけないことが出てきた。ケント、お前は高校を卒業したらどうするつもりだ?」
「どうって……、別に何も決めてませんよ」
「このまま、はまぐり工務店で働くのなら、正社員になって、そのまま社長にやれ」
「え!? 俺が社長なんですか!?」
「そうよ。他にいないじゃない? 天狗さんを幽霊社長にしてもいいけど、何かと困るでしょ」
さも当たり前のように井戸さんが言う。
「仕事を取ってくる方法も、異界の知識も全然ありませんよ。それに社長って何するんですか? 競馬の予想とか?」
「それは一発逆転の方法だよ。どうにか二人を引き止められないかと思ってね」
社長は恥ずかしそうに自分の禿げ頭を撫でていた。
俺が来た時には、團さんも井戸さんも副業で成功していたのか。
「コロナ禍で多くの人がライフプランを考えるようになったでしょ。私たちも自分の人生だからね。なるべく異能を使わないように生きようと思ってたんだけど、異能も含めて自分でしょ」
「こそこそ隠れても仕方ないし、わざわざ見せびらかす必要もないってな。ありのまま受け入れて、それでダメなら違うところに行けばいい。そう教えてくれたのがケンゾウさんさ」
「爺ちゃんが……?」
「俺みたいな異能を受け入れてくれることは多かったけど、どうにも人の下に付くのが苦手でな。ダンジョンマスターってのは自分でなんでもやりたい性分なんだ」
「私も、警察も陰陽寮も向かなかったから、こういうところが合って本当によかったと思ってる。だから、ケントくんが存続させるって言った時はうれしかった」
あれ? なんか二人とも気持ちを語り始めてないか。しかも長くなりそう。
「いや、あのぅ。それで社長って何をするんですか?」
「経営だ。これからケントには高校卒業までに、遺物の修理と一緒に経営を学んでもらう」
「なんですか!? それ難しそうじゃないですか!?」
「大丈夫よ。損益計算表とバランスシートの書き方を覚えて、マーケティング戦略練るだけだから」
一つもわからない。
「全然、大丈夫そうじゃなさそうですけど!」
「あと、請求書の書き方もな。警察とかデジタル化したとか言ってるけど、仕事が遅いから」
「私たちもすぐにいなくなるわけじゃないんだから、ゆっくりやっていきましょう。社長は直しやすい呪具の成れの果てをまとめておいてくださいね」
「はい。あの、退職金って上がらない?」
「上がりませんよ。少なくとも11億円は資産投資しますから。売上の10パーセント引かれた上に、山分けなんてしたら所得税で45パーセント持っていかれるって、社長でも知っているでしょう?」
「はい」
あっさり、社長の願望は却下されていた。
お金の管理は大変だ。
「陰陽寮には何回かに分けて買い取ってもらおう」
「そうね」
「ケントくん、優秀な部下を持つって頼もしいぞ」
社長は苦笑いしていた。
「脱税で捕まりたくないんですよ」
「面倒なだけです。近々、税理士さんを呼びましょうね」
俺と社長は、お茶を汲み、ソファーで窓の外を眺めていた。




