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1話『地獄帰りの崎守くん』

 


「しくじった……。あ、ラッキー! お前がいるか」

 頭を血だらけのうちの爺様が言った最期の言葉だった。あまりに現実感のない言葉だったからか、やけに蝉の声がうるさく感じた。


 誰に襲われたのかも告げず、俺を見て「ラッキー」というくらいだから、幸せな人生だったのかもしれない。バカみたいに広い山の中でぽつんと一軒家に一人で住んで、たまに来る俺にわけのわからないことを教えて野菜を山ほど食べさせる。

 稽古と称して、山の中でサバイバルは小さな頃からやらされていた。


「素手で猪くらい倒せないといかん」


 我が家の父親もそういう教えだったそうだ。

 従兄の中でも一番小さかった俺は何かといじめられることが多く、親は爺様に鍛えてもらえと学校帰りに向かわせた。

 高校にもなると、一気に背が伸びていじめられるようなこともなくなった……、というよりも、別に気にしなくなったのだが、相変わらず変なことを教えてもらうために暇なときには通っていた。


 映画好きで、VHSもDVDも大量に保管されていたから、処分が大変だと親戚のおじさんたちが話していた。死ぬ前は、サブスクで課金していたけど、解約手続きはどうすんだ。

 結局、俺がメルカリで売ることになった。もちろん、売上の半分は貰うつもり。


 葬式も終わり、親戚一同が去った爺様の家はなんだか寂しく、荷物を処分したらいずれ解体されるのだとか。


 せっかくの夏休みなので、と俺は自宅で映画を見ていたら、いつの間にか丸1日過ぎていた。

「飽きないの?」

 母親の言葉にはノータイムで「飽きない」と返して、再び自転車で爺様の家へと向かった。


 日の出前だったが、幼い頃から何度も行き来している道なので迷うことも危ない地面も覚えている。

 1時間も必死にペダルをこいで激チャリしていれば、辿り着く。


「おいーっす、来たよー……と言っても誰もいないのか」


 俺は自転車を倉にぶつけて止め、そのまま蔵の扉を開けた。


「おう、来たか」

「おう、来たな」


 頭が牛の鬼と、頭が馬の鬼が、蔵の真ん中で胡坐をかいて座っていた。

 あったはずの荷物は何もなくなっている。


「ケンゾウの息子の息子だな?」

 地響きのような牛頭の質問が腹に響いた。

「ええ、お邪魔のようですので、失礼しました」

「いや、お前を待っていた。ケントと言う名前だろう?」


 蔵の真ん中に座っていたはずの馬頭が、丸太のような腕で俺の肩を掴んだ。


「はい……。それが、なにか?」

「それは犬の頭でケントウから来ている。お前の爺様はケンゾウ、犬の頭が三つのケルベロスだ」

「はぁ……」

 言葉がわかるのに意味がわからない話というのはこのことだ。


「わからんか?」

「いや、ちょっと……」

 牛頭も俺の隣に立って、肩を掴んできた。


「勘の鈍い奴め。ケルベロスは地獄の番犬だろう。お前の爺様が地獄に戻ってきて、こちら側はめちゃくちゃだ」

「ぬるい地獄をやっていたというのに、獄卒に『働け』と気炎を上げて暴れまわり、門まで壊してしまった」

「悪いが、血縁者として来てもらうぞ」

「え!?」


 牛頭と馬頭が掴んだ手が一瞬緩んだと思った瞬間、俺は真っ白な部屋に置かれた巨大な門の前に立たされていた。


 門の扉は鉄なのに障子のように破られている。門の上ではかの有名な考える人が、さらに眉間にしわを寄せて鼻息を荒くしていた。


「じゃあ、頼んだぞ」

「うむ、任せた」


 牛頭と馬頭の声が頭蓋骨に直接響いたと思ったら、火山のように熱い地獄へと放り込まれた。


 積み上げられた石が炎によって脆くも崩れ去っていく中、映画で見たようなゾンビたちが逃げ惑っている。血管が千切れたのかピュウピュウ血を噴き出して走っているものまでいた。


「逃げろぉ! 番犬が帰ってきたぞぉ!」


 そこら中から喉が張り裂けそうな叫び声が聞こえてくる。


 地響きと共に、ビルのように大きな黒い毛が走り回っていた。その毛が動くたびに炎が噴き上がり、鬼もゾンビも焼き殺していた。

 おそらくあれがうちの爺様のケルベロスだろう。


「あの! すみません! つかぬ事を窺いますが……!」

「退け! 亡者!」

「獄卒はどうにかしろぉ!」


 逃げながら叫んでいるが、誰も俺のことなど気にせず、横を通り過ぎていく。

 服を着ているのは俺だけだし、たぶん地獄で生者は俺だけなのに、気にする者などいないのか。


 そのうち石や岩まで飛んできた。どうせ死んだら、ここに来るのかと思ったら、案外躱せた。


「じいちゃーん! 人に迷惑かけたらダメだよー!」

 一応、叫んでケルベロスに向けて叫んでみた。


 目の前に土埃が舞い、熱い息が辺りを覆い、チリチリと髪の毛が燃える音が聞こえてきた。


「「「ようやく来たか。遅かったな、ケント」」」


 三つ首の地獄の犬が同時に話し始めた。


「爺ちゃん、地獄の番犬だったの?」

「気づかなかったか?」

 右の犬が喋った。左の犬は獄卒を燃やして、真ん中の犬が亡者を食べている。


「まったく気づかなかった」

「ワシがいない間にすっかり地獄も様変わりした。肉体的苦痛が酷く減っていてな。少し、追加しているところだ。悪いがケントは門を直しておいてくれ」

「いや、無理でしょ!?」


 振り返ると、白い空間が消えてひん曲がった鉄の扉が置いてある。


「大丈夫。お前がうちの血筋の中で一番器用だからな」

「そんな……」

「生者だとバレないように、服は捨てておけ。いいな!」


 ケルベロスの爺様は、そのまま跳び上がったかと思うと酒呑童子とかいう大きな鬼と取っ組み合いの喧嘩を始めた。



 それから、体感で30年の月日が経った。

 初日に全身の毛がなくなった。針の山で足をなくしたこともある。血が止まらずに血の池地獄の水をがぶ飲みしたこともある。地獄では決して死ねないこともわかった。

 全身の肉が削がれたのに、次の日には回復しているのが地獄だ。痛みが消えることはないのだ。


 それでも俺はケルベロスのけなげな孫。言いつけを守って、何も工具もない地獄で、どうにか門を作る方法を考えた。

 まるででき上がらなかった地獄の扉だが、獄卒の持っている金棒を盗み、針の山の鉄を溶かしながら鉄を集め、亡者たちの心に寄り添って味方に付け、どうにか完成までこぎつけた。


 門の上から熱して溶かした鉄を垂らし、亡者たちがへばりついて扉の一部になるという。どうせ熱さも痛みも消えないと了承してくれたのだ。


「もう二度とこんな場所に来るんじゃねぇぞ!」

「この顔を見て逃げ出せ!」

「地獄はやっぱり地獄なんだからな!」


 禿げあがった俺を亡者たちが別れの言葉をくれた。

 

 ジュッ!


 亡者たちが鉄を浴びて固まっていく。それをよじ登って新たな亡者が鉄を浴びる。こうして鉄の扉はでき上がっていった。


 痛みも熱さもわかるだけに泣けてくる。

 でき上った扉に蝶番をつけて、俺はゆっくりと扉を開けた。爺様には挨拶をしなかった。初日に会ったっきり地獄のどこで何をしているのか知らない。


 扉の向こうには真っ白な空間があり、牛頭と馬頭が待っていた。


「おう、終えたか」

「おう、修理できたのだな」

「では、また」

「また、会おうぞ」


 そう言って、俺は肩を掴まれて放り投げられていた。


「いって!」


 気づけば、爺様の家の倉の中だ。


 服は高校生の時のままで、蔵の扉を開けるとカラカラと自転車の車輪が回っていた。

 明け方で夏の空気が漂っている。蝉の声、遠くに見える入道雲、青々とした葉から差す朝日の揺らめき、地獄ではない人間界の何もかもが懐かしかった。


「緑の匂いだ」


 地獄にはなかった香りだ。


「乗れるかな」

 そう思って自転車に乗ると、30年ぶりだというのに意外と乗れた。

 そのまま懐かしい道を走り家に帰る。


 30年前と何も変わらない街並みと、汚れ一つ変わらない我が家がそこにはあった。


「ただいま」

 田舎の家らしく、鍵もかけていない。


「ケント、帰ってきたの!? お父さん、ケントが帰ってきたわよ……」

 そう言って30年間、年を取っていない母親が台所の扉を開けて、俺を見た。


「あんた、なにその頭」

 俺の頭は地獄の業火に焼かれてしまってつるつるだ。眉毛すらない。

「おう、三日も帰ってこないで何してたんだ?」

 母親の後ろから父親が出てきた。

「三日!?」


 俺の地獄の30年は3日だったらしい。


「いやぁ、爺ちゃんの言いつけを守ってたらこうなったんだけど……」

「またサバイバルか。死んだ人間のことをいつまでも引きずらなくていいんだぞ」

「親父、爺ちゃんがケルベロスだって知ってたの?」

「ああ、その話か。県警のケルベロスな。うちは崎守って昔の兵士の名前だろう? 俺も兄貴たちも警備会社やセキュリティ関連の仕事をしてるのは血筋なんだって爺ちゃんは言ってたな」

「そんなのん気なこと言ってないで、失踪届けだすかどうかおまわりさんに相談するくらい心配したんだから。酷い臭いだから、一旦お風呂に入っちゃいなさい」


 そう言われて、風呂に直行。30年前と変わらない風呂がそこにはあった。

 服はぼろぼろだったが母親が用意してくれた新しい部屋着を着た。センスはダサいが仕方ない。そもそもセンスとは無縁の地獄にいて、俺のセンスも古くなったのかもしれない。


 風呂から上がると、父の兄、つまり伯父さんがスーツ姿で椅子に座っていた。仕事の格好ということだろうか。確か、伯父さんの職業は警察だったかな。


「ケント、お前、今までどこにいたんだ? 探したんだぞ」

「すみません。爺ちゃんの倉の中で寝ていたみたいで……」

 咄嗟に嘘をついたが、本当のことを言っても信じてはもらえまい。


「まさかどこか異界に行ったとか言わないよな?」

「異界? ……には行ってませんよ」

「なんだ、よかった」

 伯父さんは、もしかしたらなにか知っているのかもしれない。

「地獄の夢を見ていただけです」

「あ~! やっぱりそうかぁ~! だとしたら、別に驚かないか……」


 そう言うなり、伯父さんの頭が二つに分かれ両方犬の頭になった。

 父は納得したように頷いていたが、母は何も見えていないらしい。影を見ればわかると思うのだが……。


「すまん、トモミ。兄貴とケントだけで話をさせよう。大事な話だ」

 父が気を遣って母を別の部屋に行かせようとした。

「でも、あの子帰ってきたばっかりなのよ!」

「いいから、いいから。また後で話せる。そうでしょ。兄貴」

「ああ、トモミさんから取り上げたりはしない。ケント次第だ」

 そう言って、両親は居間から出ていった。

 

「それで、地獄はどうだった?」

「悲惨だったよ。地獄だからずっと痛かったし……」

 正直に話した。

「体感ではどのくらい経っていた?」

「えーっと30年くらいかな」

 俺がそう言うと、伯父さんの発汗量が上がった。ストレスなのだろう。当たり前か。甥が地獄から帰ってきたんだから。

「立派な大人で、地獄をサバイバルしてきた男じゃないか」

 それほど精神年齢は伯父さんとほとんど変わらない。

「どうかな。爺ちゃんが壊した地獄の門を直すのに必死だっただけ」

「なんだそりゃ。まぁ、いい。気づいてるとは思うが、崎守家でケンと名前の付く子どもは皆、何らかの犬の妖怪の能力がある。ちなみにヨウコ伯母さんはキツネの妖怪の能力があるから気を付けろ」

 どう気を付ければいいのかはわからない。キツネも犬科なのだそうで、稲荷神社で働いている。


「でも、精神年齢は47歳だったら、別に気にしなくてもいいのかもな。これから先、いろんな奴がこれまでと違うように見えるはずだ。ただ、本当に異界に行って生きて帰ってきた者は歴史上でもほんの数人しかいない」

「さっきから言ってる異界っていうのは……?」

「地獄界とか畜生界とか、西洋だったら天国とかがそれだ。最近だと、ゲームの世界の能力の者も増えた」

「ゲームの世界!?」

「ああ、漫画や御伽話、歴史上の人物と自分の区別がつかなくなって、能力が発動するケースもあるらしい。とにかくそんな能力者たちが見えたら、普通の生活は難しくなる」

 伯父さんはギリシャ神話に出てくるオルトロスという化け物の能力があるらしい。ケルベロスの子どもでケンジ(犬二)と名前を付けられた時点で、伯父さんは妖怪の能力があったとか。


「俺に今まで能力が発現しなかったのはなんで?」

「ケントだからな。爺ちゃんも迷ってたんだろう。能力があると、面倒なことも多い。嫁さん探しとか、古いしきたりがあるところと結婚させられたりな。うちはまだましな方さ」

 確かに牛頭と馬頭に言われるまで、自分の本当の名前が「犬頭」だとは思わなかった。戸籍にはケントウと書かれていると後で父に聞いた。


「職業とか限られてくる。本当は子供のころから教えておいた方がいいんだけど、爺ちゃんからはなにも教わらなかったんだろう?」

「あ、うん。サバイバル術みたいなのは習ったよ。あと、爺ちゃんの最期の言葉は『ラッキー! お前がいた』だからね」

「器用だからな。門を壊しても修復してくれると思ったのだろう?」

「そんな理由で30年も地獄生活してたら溜まったもんじゃないよ」

「だよな。あれでも地獄の入り口で番犬やってるんだ。たぶん、なにか爺様なりの理由がある。爺様が残した最終兵器だ。これからヒーローになりたいとかあるか?」

「ないね。地獄にいる間に、亡者や畜生どもとも戦ったけど、早々に戦う才能がないことがわかった」

「そうか。警察の特殊部隊のインターンでも入れてやれるけど」

「無理だよ。俺は何か作ったり修理したりする方が向いてる。地獄で嫌というほど身に染みたから」

「お前はそう言う能力なのかもな。これからどうするか決めるのはお前自身だ。ただ、親族としてトモミさんのためにも高校くらいは出てやってくれ」


 俺としては仕事を見つけてすぐに家を出るつもりだったが、親孝行だと思えば家にいるのも悪くないかもしれない。


「地獄では悪縁や怨念ばかり見てたから、親孝行なんて忘れてた」

「現世も悪くないだろ?」

「うん、正直帰ってきて朝日が昇ったり風が吹いたりするだけでも感動してる。シャワーからあったかいお湯が出たりさ」

「そうか……。いや、あの爺様から守れなかった大人にも責任はある。協力できることがあれば、言ってくれ。俺たち兄弟は協力するから」

「わかった。ありがとう」


 伯父さんが帰った後、両親とも話したが、母はあまり理解できなかったようだ。


「俺はケンシで、犬の子だから、ほとんど子犬と変わらなかった。ケントがいてよかったよ」

 父は末っ子で、家族の中では能力者として重要視されていなかったそうだ。俺も頭が犬というだけで、戦闘能力はほとんどない。地獄で生活できる程度だ。


「そんなに変わらないよ。毛が生えてくるまでちょっと時間がかかるだけ」

「そうよね。カレー食べる?」

「食べる」


 現世に戻ってきた初めて食べたカツカレーは、信じられないほどおいしく、ビックリするくらい胃にもたれた。

 

 そんなことも懐かしく感じて、嬉しい痛みがあることを思い出した。


「そう言えばケント、この名刺なに?」

 母が血の付いたパーカーのポケットから、名刺を取り出した。

 爺様の家に行ったときのパーカーだった。おそらく最期のセリフを言った時に、爺様がねじ込んだのだろう。


「はまぐり工務店……。聞いたことないな」


 その名刺には、『異界由来の修理を承ります』と書いてあった。




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