129.【新世界】 #2
129.【新世界】 #2
『森狼が5匹、右から来ます』
ヘレナの声を聞いてすぐにアサルトライフルを構えて迎え撃つ。揺れる車の上で姿勢を保つのは本来なら難しいのだろうけれど、ステータスと今までのバイクに乗りながら撃ったりしていた経験からそんなに難しくは感じない。ちょっと気を付ける程度だ。
1発、2発、3発と。森狼を1撃で確実に1匹ずつ倒していく。30秒もかからないうちに5匹全てを倒しきった。
「いやぁ、いつもなら轢いて処理してたんだけれどその後の掃除が大変だったのよね。それに比べて近づいてくる前に倒してもらえると助かるわ」
天野さんの言葉にみんながそれぞれ頷いている。他にも何か喋っている様子だが車のルーフから体を出している俺には風の音がうるさくてちゃんと聞こえない。
森狼のランクはDで、彼女達からすればわざわざ素材を気にする必要も無いのだろうけれど。それでも轢いて処理って中々ひどいな。
【新世界】ダンジョンはA~Eランクまで入ることが出来て狩場により敵の強さのランクが変わってくる。
ダンジョンに入ってすぐの街周辺はEランク、そこから離れるほど高ランクになっていくのが基本だが、場所によっては低ランクの狩場になる所もある。
主には大きな街の周辺、特に案内板があるわけじゃないのでハッキリとしたことは分かっていないが今までの研究からの推測で言えば恐らく首都にあたる街だろうと言う事。
まぁ大きな街でど真ん中にはこれまた大きなお城が建っていればだれがどう見ても首都にあたる街だろうと思う。
それぞれの街の様子と城の形などから、今わかっているのは【新世界】ダンジョンには7つほどの国だと思わしき場所がある。
【新世界】ダンジョンはまだまだ隅々まで調べつくされていないので今後国と思われる場所が増える可能性があるそうだ。
なぜ別々の国か分かるかというと建築の様式などの差異から推測している。他にも判断する要素はあるようだが俺が知っているのはそれぐらいだ。
『今度は左から森狼が3匹です』
車が走っているのは両脇が森になった道なのでそこから森狼が飛び出してくる。俺達がのっている車は大きな物になるはずなのにそれでも襲ってくるのは何故なんだろうか。
そこまで考えるほどの知能がないのかな?
余談だが狼系の魔物はゴブリンと同じぐらいその種類が多く、今倒している森狼から始まり平原狼、砂漠狼など場所により種類がわかれるほかに属性別でもそれぞれいる。
その中でも強い弱いなどはもちろんあるが、強さに関係なく人気なのは火狼と氷狼だ。
火狼と氷狼からとれる毛皮はそれぞれ属性の特性を引き継いでいるようで火狼なら暖かく、氷狼ならひんやりとする服が作れるらしい。
両方ともBランクの魔物だから少し高めだがそれでも作る側から売れていくみたいだ。
◇ ◇ ◇ ◇
「あそこが今回の狩場へ行くための拠点にする街だよ」
そう言って天野さんが指出したのは周りを大きな山に囲まれたそこそこの規模の街だ。
ここに来るまで車で3時間ほどかかっている。
山は木が生えているような物では無く緩やかな傾斜になっており、見た目だけで言えば超巨大な丘といった感じだ。
楯状火山っていうんだっけ?あまり詳しくないからハッキリとしたことは言えないが恐らく多分そんな感じだったはずだ。
異世界物だとああいう場所って辺境の街だとかそんな立ち位置にありそう。
街のすぐそばまで車で行き門の横で降りる。
車は出した時と同じく柏さんがしまい込んだ。
大きな石造りの門とそれに繋がった外壁、門番はおらず通り放題だ。その代わりと言うわけじゃないが自分達以外にも人の姿がある。同じ様に防具を着て武器を装備している。
ただその見た目がちょっと違和感があると言うか、何だろう言葉に出来ないけれど何か違う。
「あー、あれは研究機関の人達だよ」
「顔に出てましたか?」
「うん、あれは何だろうって顔してたよ」
まぁ確かに物珍しさから見ていたがそんなに分かりやすかったか。
研究機関の調査団、天野さんの話しによると【新世界】ダンジョンでは大体どこに行っても見るほどいっぱいいるらしい。普通に探索に来ている人達よりもその数が多いとか。
主にBランクの人をリーダーに他はCからDランクの10人ほどの集団だ。
全員が研究機関に所属しているわけじゃなくどこかの企業の人だったり、護衛として無所属のAランク探索者がつくこともあるそうだ。
結構いいお金になるらしく、天野さんが言うには機会があれば受けてみるのもいいかもね。とのことだ。
依頼を受けた後の勧誘をきっぱりと断ることが出来るのなら、という注釈はつくが。
調査団を横目に見ながら街の中を進んでいく、多少の人がいるとはいえ街の規模で言えばかなり少ない。必然的に街中はとても静かだ。
「そう言えば街に名前ってあるんですか?」
隣を歩く天野さんへと質問を投げかける。
「もちろん、ここは【マラン】。ダンジョンへ入ってすぐの街は【アスル】」
「【マラン】に【アスル】ですか、聞いた事も無い名前ですけど何か由来とかあるんでしょうか?」
「確か特になかったはずだよー、異世界っぽい名前を適当に付けただけって私は聞いたことがあるかな」
「異世界っぽい名前か」
異世界っぽい名前ってなんだ?逆にそこが気になってきた。後で他の街の名前とか調べてみようかな。
「着いたぞ」
先頭を歩いていた柏さんが立ち止まり振り返った。
「ここは………宿ですか?」
「そうだよー、ここに泊まるよ」
横に広い、縦には5階ほどだろうか。奥行はここからじゃ見えないがこれだけ大きな建物なんだ狭い事は無いだろう。
装飾なども細かく明らかに高級感漂う、一泊数十万はしそうな外観だ。
ぞろぞろと建物内に入っていく天野さん達に遅れないように俺も続いて入っていく。
中へ入ると広いフロントになっており正面に受付っぽいカウンターがあり、左右の邪魔にならないところにソファがいくつも置かれている。
柏さんが受付まで歩いて行くとそのまま【新世界】での通貨である金貨が入っているのであろう袋をカウンターへとドサッと置いた。
するとカウンターの下から黒い腕がにゅっと伸びてきて袋を持っていった。
そしてすぐに空になったのであろうへにゃっとなった袋と鍵であろう物体が4つ。
「じゃぁ部屋割りはいつも通りね!大ちゃんとしおちゃんは2人部屋。エリエリは1人部屋で私とふぶちゃんが2人部屋。そして最後に。はい、これは神薙君の分」
天野さんがカウンターから鍵を受け取るとそれをささっと渡していった。
柏さんに1つ、エリカさんに1つ、俺に1つ、天野さんに1つだ。
どうせ人なんてほぼいないんだし全員一人部屋でよさそうなものだが、何か理由でもあると藪蛇になるし何も言わないでおこう。
「それじゃぁこの後は自由時間ね!各自好きな事をしていいよ!パーティで行動は明日から、朝の9時にはフロントに集合するように!」
車での移動中に聞いていた予定だ、今日は自由時間にして観光なり外で戦闘をしてならすなりしたい事をして言いそうだ。本格的に行動するのは明日から。
これは俺が初めてこのダンジョンに来るから、折角なら観光する時間とかあったほうがいいだろうという気遣いからだ。
ありがたい。
「それじゃ解散!また明日~」
そう言いながら天野さんは女性3人で宿を出てどこかへと去っていった。
それを見送った柏さんと汐咲さんはそのまま宿の奥へと入っていった、おそらく部屋へと向かったのだろう。
最初はみんなで観光でもする?と言われたのだが俺が断った。
1人で街中を探索したいと言うのもあったがやはりヘレナと一緒に話しながら歩きたい。
みんながいるとどうしてもヘレナとは話せないからな。
今回のパーティで仲良くなれたら、別の機会にでも一緒に観光したいと思う。
そんなわけで俺も宿を出て街中を探索し始める。
『やっぱりこれだけ大きな街なのに静かだと言うのはちょっと不気味な所も感じるな』
『そうですね、とても静かです』
ヘレナと一緒に観光をすると言っても専用人型機を使えるわけじゃないので文字での会話だ。
『どこか人気の場所とかあるのかな?』
『マランで人気なのは教会と領主のお城でしょうか、後は武器屋などもあるそうですよ』
『教会はまだわかるけれど、領主のお城まで勝手に入れるのか………』
人がいないと言うのは、もちろん警察とかそういう立場の人間もいない。
なのでやりたい放題だ!と、思ったそこの貴方。
残念、実際にはちゃんとルールがあってそれを破ると強制的にダンジョン外へと飛ばされてしまう。
滞在期間に制限がある事はもう話したと思うが。
他にも建物の破壊など、明らかにそれやばくないか?という事をするとアウトになる。
どこまでが大丈夫かは実際のところ曖昧だが普通にしていれば基本的に問題ない。
領主のお城に侵入なんてやばそうなものだが、ダンジョン的にはセーフらしくダンジョンの外へと飛ばされた人はいないそうだ。
『じゃぁまずは教会にでもいってみようか』
『はい』
因みに、【新世界】専用の通貨である金貨だが。天野さんからお小遣いとして50枚ほど貰っている。
いったいこれが外ではいくらぐらいの価値になるのかは知らないがポンっと軽く渡してくれたところを見るとそんなに高価な物じゃないと思いたい。
ただAランクになるとお金って凄く稼げるからなぁ一般的な金銭感覚とは違いそうでそこだけが怖い。
まぁ、ありがたく使わせてもらおう。