128.【新世界】
128.【新世界】
「これなんかどうかな?」
「いいと思います」
「さっきからそればっかりだなぁ、まぁ確かにどれもいい感じだけれども」
【格納庫】内に置いたソファに座りながら空中に立体的に表示された画像を眺める。
見ているのは防具のデザイン一覧だ。
常日頃防具などは強くなるように更新していっているのだがそのたびに問題になるのがデザインだ。
デザインの候補はヘレナがいつも出してくれているのだが、たまには俺もこういうのはどうだろう?と見せてみるが返事は先ほど聞いた通りであまり参考にはならない。
ヘレナには感情といった物がない、元々はスキルに生えてきたAIだからそれもしかたないのかもしれない。だが最近少しずつ自我の様な物が芽生えてきている気がしないでもない。
防具や【赤雷】などの機械や乗り物を作っている時、ご飯を作っている時。ふとした瞬間にヘレナが楽しそうに見えるのだ。
あくまでも俺の主観の話しなので気のせいかもしれないが、もしかしたらヘレナが自我を得る可能性もあるのかもな。
よくある物語の中ではAIが自我を持つとよくない方向に行く事が多いがあれはあくまでもストーリー上の演出だ、実際にどうなるかなんてわからない。
なので暫くは様子を見たいと思う。
「まぁいいや、それよりも明日の準備をしておこう」
「はい」
明日はいよいよ天野さん達とパーティを組んでのダンジョン探索だ、色々と準備する事がある。
予定では3日ほど続けて一緒に行動する。ダンジョン内で宿泊するらしいのでそれ用の道具も用意しておかないと。
今回ヘレナには表に出さずにディスプレイで俺を会話する事になる。
他にも【赤雷】や【不壊】なども出さないつもりだが、これは時と場合によるだろう。どうしようもなくなったら呼び出す。
ドローンは偵察用ぐらいなら出してもいいかもしれないけれど様子を見てからだな。
バイクは………使うかどうかわからないが出してもいいか、乗り物だし。
◇ ◇ ◇ ◇
「おはようございます」
「おはよー!」
翌日、向かう予定のダンジョン近くの協会で待ち合わせをして集まったところだ。
既に全員集まっておりどうやら俺が最後のようだ。まだ集合時間まで10分以上あるはずなんだけどなぁ。
天野さんに挨拶した後はそれぞれ柏さんエリカさん吹雪さん汐咲さん。と、挨拶を終わらせておく。
「待たせちゃいましたか?」
「ううん、私達は早めに来て準備運動してただけだから」
「なるほど、そうなんですか」
ダンジョン協会にある訓練所で体をあたためていたって事かな?俺もそういうのするべきなんだろうか、一応ダンジョンに入る前に柔軟体操はしているがもしかしてそれだけだとよくないのかな?
「それじゃぁ揃った事だし行きましょうか」
「はい」
天野さんを先頭に協会内を歩いて行き、ダンジョンへと続く門へと向かう
何人か他にも探索者の姿があったが特に待つことなくそのまま門を通りダンジョン内へと入っていく。
「やっぱり人気なんですね、ここ」
「そうねぇ、ゲームで似たような体験を出来るとはいえやっぱり自分の力でもこういった世界を攻略してみたいって思う人が多いのかもね~」
高さ15メートル、横5メートルほどもある大きな門を通った先は木造建築が並ぶどこか海外の街並みだ。
【新世界】と呼ばれるこの場所はその名前の通り新しいもう一つの世界だ。
中世ヨーロッパのような街並みに外に出れば魔物が闊歩していて、探索者はそんな魔物を倒して持って帰ってくる。
フィールド型のこのダンジョンはその大きさが地球の約2倍にもなる。
【新世界】と名付けられたダンジョンが発生してからおよそ80年余り、それだけの月日が経ったにも関わらず未だに毎年1つか2つほど新発見が出てくる。
「すまないが少しいいだろうか?」
「どうしたの?あ、もしかして」
「あぁちょっと買っていきたい」
ダンジョンへ入ってすぐ、柏さんが何やら買いたい物があるのか天野さんと話している。
「何か買うんですか?」
「おう、実はなここには特産品ともいえる軽食があるんだよ。俺はそれが好きでな出来るなら買っておきたいんだがいいか?」
「へぇそんなのがあるんですね、構いませんよ」
「悪いな、すぐに済ませる」
このダンジョンへ来ることが決まってから色々と調べはしたけれど、特産品ともいえる物があると言うのは知らなかったな。
天野さんから柏さんへと先頭が代わり街中を進んでいく、他の探索者達を横目に進む事3分ほど、なにやらいい匂いがしてきた。
「あれが、特産品ですか?」
「おう、そうだ。すぐに買ってくる」
店先に何人か並んでいる所へと柏さんは速足で向かっていった。
「神薙君、騙されちゃダメだからね?あれは特産品でもなんでもないから」
「え?そうなんですか?」
「そうなの、ただ大ちゃんがアレを好きなだけで特産品でもなんでもないわ。まぁここにしか売っていないという点では珍しいかもしれないけれど」
「ふふ、可愛らしい所があっていいじゃない」
大ちゃんっていうのは柏さんの事か、確か下の名前が大五郎だっけ?
そしてエリカさん的にはあれが可愛らし所なのか………
何となく気になったので柏さんが向かったお店を覗いてみる。
なるほど、あれが【新世界】のお店か。画像で見たけれど実際に見るとかなり不思議だな。
道に面した家の壁がカウンターの様になっておりそこで注文をして買うスタイルなのだが、窓口になっている部分が暗闇に包まれていて家の中が見えなくなっている。
お客さんである探索者の一人が金貨のような物を数枚カウンターへと置くと真っ黒な手が伸びてきて金貨を受け取ると入れ替わる様に包み紙に入った何かが差し出される。
差し出される金貨の枚数で包み紙の数が決まっているのか人によって違っていた。
なんとも不思議なお店だがこれがこのダンジョンでの普通のお店だ。
今見ているのは食品系のお店だが他にも武器防具、雑貨などのお店もあるし、魔物を卸す店まである。
売買が出来るわけだが、ここで物を売ったとしても手に入るのはこのダンジョン内でしか使う事の出来ない金貨。
外のお金はいくら持ってようがここでは使えない。
まるでゲームにあるような設定の世界、それが【新世界】だ。
「待たせたな、どうだ?一つ食うか?」
両手いっぱいに包み紙を抱えてその中の一つを食べながら戻ってきた柏さんにそう言われるがちょっと受け取るのに抵抗がある。
「それってケバブですか?」
柏さんの食べている物を見るとケバブによく似ている。何かの生地に包まれた野菜とお肉、その上に大量にかかったソースがちらりと見える。
「あぁ、それが近いだろうな」
「それって何のお肉なんですか?」
「さぁ?」
「さぁ………?」
「店先に成分表が載ってるわけでもないからな、何の肉かは知らないがうまいぞ?」
おぅ………そりゃそうか……、あの暗闇から伸びる手の先には何かがいるのかもしれないが調べた限りでは意思疎通が行えたと言う情報はなかった。つまり何かわからない相手が作った何かわからないケバブに似たナニカか。
「食べるのは遠慮しておきます、ちょっとまだ勇気がでないです」
「そうか、食べたくなったらいつでも言ってくれよ?」
「はい」
店には何人か探索者が並んでいた、あれが通常の光景だとすると少なくとも食べて何か起こるような物では無いのだろうけれど流石に食べる勇気は無いな。
「食べながらでいいから早くそれしまっちゃいなよ」
「おう」
もしゃもしゃと食べながら柏さんは両手いっぱいの包み紙を何もない空間へと収納していく。
収納系のスキル持ちか。あ、吹雪さんがしまう途中の包み紙を横からひとつ持っていった。
柏さん達を眺めながら考える。
やっぱりこれだけランクの高い人達になると当たり前のように収納系のスキル持ちがいるんだな。
買い物が終わり再び歩き始める。まずは街の外へと出ないとどこへも向かうことが出来ない。
先ほども言ったが【新世界】は地球の約2倍ほどの大きさがある。
これだけ聞くと途轍もなく広く、そしてそれだけ土地があるなら様々なあくどい事に使えそうだと感じるかもしれない。
現代にも後ろ暗い組織というのは存在している、そういう人達がこれだけの土地を利用しないはずがない。
だが実際にはそうなっていない、なぜなら【新世界】ダンジョンには滞在時間が決められているからだ。
最長で1年、ダンジョンに入ってから365日が経つと強制的に外へとはじき出される。
この制限があるので後ろ暗い人達がここを利用する事は出来ないが、それと同時に【新世界】を調査する探索者の人達もこの制限のせいでまともに調査できていない。
この滞在時間を過ぎてしまうとペナルティとして5年もの間【新世界】へと入ることが出来なくなる。
「それじゃぁ大ちゃん、車出してくれる?」
「おう」
天野さんがそう言うと大ちゃんこと柏さんが収納から車を取り出す、これってジムニーっていうんだっけ?タイヤのでかい四角い車が出てきた。
しかもこれ普通の車じゃないな、改造されているのか一般的な車より大きい気がする。
「みんな乗って~」
「お~広いですね」
「特注だからねぇ」
みんなそれぞれ装備を着たまま車に乗り込む関係上、普通の車だと狭苦しくなるが特注という言葉通り車内も広々としている。
運転席と助手席、後ろは3席シートが2列の8人乗りの車だ。さらに荷物を載せるスペースもある。
装甲も追加しているのかドアも厚みがありかなり衝撃に強そうだ。
運転は吹雪さんがするようで助手席に柏さん、真ん中に天野さんとエリカさん、そして一番後ろに俺と汐咲さんだ。
閉鎖空間である車に乗ると何かあった時に迅速に行動できそうにないが、車の天井にハッチが各席に取り付けてあるのが見える。
恐らく緊急時はここを使うんだろう。
「んじゃしゅっぱーつ!」
「おー」