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その音色は誰かのために  作者: 玲於奈
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待ち合わせの店に向かい歩いていると、萌が絢斗に気づき大きく手を振った。

萌はすでに店の前の列に並んでいた。萌の見つけた店は、人気があるらしく、開店前なのにすでに萌の前に数人が並んでいる。


店は、南仏の石積みのようなおしゃれな外観で、さも女性が好みそうな店構えだ。ほどなくして店員がドアを開けて客を案内し始めた。カウンター席とテーブル席、その奥に個室の部屋が1つあった。二人はテーブル席に案内された。

店内は明るく白とブルーの基調にした壁に、美味しそうなパスタやデザートの絵が壁に描かれ、カウンターの上の壁には、黒板で本日のお奨めが絵とともに描いてあった。


二人ともパスタランチを頼むことにした。パスタを5種類の中から選べる。チョップサラダに食後でコーヒーか紅茶が付つく。店員が注文を聞きにきて、レモン水をテーブルに置いた。お洒落にグラスの中には、ハート型や星形の氷に角切りのレモン、そして飾りでミントがのっていた。まさに女子受けしそうだ。萌はカルボナーラ、絢斗はジェノベーゼを注文し、二人とも食後に紅茶を頼んだ。


食事がくる前に萌が自分の近況を話し始めた。

萌は大手弁護士事務所でパラリーガルをしている。法学部を卒業して弁護士になるのかと思っていたが、彼女は弁護士よりも業務の秘書の方が向いているらしい。

事務所の規模も大きいため、数人の弁護士の補助的業務を一人でこなし、毎日忙しい日々を送っている。


食べ歩きが好きなのか、リサーチをするのが好きなのか。話題に載る店をすぐさま調べ訪れる。なんとも行動力がある友人だ。

――付き合っている彼氏を誘えばいいものを。

萌はいつも絢斗に声をかけてくる。口には出さないが、事故の影響で出歩かず、家と工房を行き来するだけの絢斗を知り、心配して頻繁に声をかけてくれるありがたい友人だ。


「忙しそうね。萌も元気にしている?」

「ええ、元気よ。最近はすごく忙しいの。実は今度うちの近くに新しい事務所が移転してくるのよ。お客を取り合うわけではないけれど、どうも評判がよくない事務所でね。こういうのもなんだけど出来たら来ないでほしいわ」

萌がぷっと口を尖らせた顔をする。ちょうど店員によりバスタセットが運ばれてきた。美味しそうな匂いに釣られ先ほど尖った口が弓形になりほころんだ。まさに現金だ。話を止めて萌と絢斗は食事に集中した。


カルボナーラはコクのある卵黄と生クリームソースが絶品らしく美味しそうだ。ジェノベーゼはニンニクが控えめで鮮やかな緑のバジルソースが絡まり、上には砕いたアーモンドがのっていて見た目もよい。

食べ終わるころに紅茶が出てきた。二人ともおなかがようやく落ちついた。


そして萌が話始めた。

「あまりいい話ではないけれど、高藤先輩覚えている?」

絢斗は素直にうなずいた。どうやっても忘れるわけがない。


あの日、別れた後に絢斗はあの事故にあった。そして手術をして長く入院生活を送った。その日から大学は休学したため、それ以来高藤先輩には会っていない。

萌の話では高藤先輩は卒業後、親の弁護士事務所に弁護士として勤めていると聞いた。もうすでに過去のことであり、絢斗としても関係ないことだった。

その先輩の事務所が萌の事務所がある近くのビルに移転してくることになった。

あれから7年もたっている。もし高藤先輩と会っても向こうは覚えてもいないだろう。数カ月しか付き合ってもいないし、その間デートをしたのもほんの数回だった。そんなのは恋人だったなどとはいえなし、まして、はたから見たら付き合っているようにも見えなかった。


それに絢斗はもう()()()()ではない。

在学中に両親が離婚しため、母の姓に代わり今は久世絢斗だ。名前だけなら男性かとよく間違われた。絢斗の母は、今は長野の個人病院で看護師をしている。離婚前は東京にいたが生まれ育った長野の実家近くで生活している。すでに母の両親は他界していて実家は処分していた。


2年前から、母親は籍を入れずにその病院の先生と暮らしていた。お互いにバツイチ同士、気が合い暮らしている。将来は籍を入れる話がでているが、いい大人なので、二人に任せている。ただ、母親は絢斗の不自由な体を心配して、月に一度は必ず電話をかけてきた。


萌の話を聞いてふと少しだけ学生に戻った。そんなとき店に入ってきた客に、絢斗が椅子の後ろに立てかけていた杖が、その客の足に当たってしまった。

「失礼」

そう言って転がってしまった杖を拾ってくれた男性から杖を渡されたとき、萌がその男性に声をかけた。

「一臣先生!?」

その声のほうに男性が顔を向けた。

「やあ、萌ちゃん。デートかな。」

そういて一臣先生は爽やかな顔で萌に返事をした。

「いえ、今日は友人とランチに来ました。一臣先生こそデートですか?この間の食事会で女の子たちが先生のメルアドを聞いていたじゃないですか」

そういって萌はおどけた。


はは、と一臣が笑った。絢斗が見てもたしかに素敵な人だ。背が高く、ネクタイはしていないが、質のいいグレーのスーツにストライプのシャルを着こなす。すると一臣が絢斗の方に向かいニコリとほほ笑み絢斗に杖を渡した。

絢斗は杖を置いた場所が悪かったので一臣に直ぐに謝った。

「ここに置いていた私が悪いのです。申し訳ありません」

すると萌が一臣に絢斗を紹介した。

「一臣先生、彼女は久世絢斗です。かわいいでしょ。私たち、同じ大学です」

すると一臣は絢斗を見てすこし驚いた顔をした。

「じゃ、君もパラリ?弁護士?」

そう、絢斗たちの大学は多くの学部があるが、中でも法学部が有名だ。一臣が同じ学部と思うのは当たり前だった。

絢斗は首を軽く振った。

「いえ、私は違います」

「一臣先生、絢は音楽家なの」

「へー、そうなの」

一臣は気さくで話やすくい。立ち話をしていると周りの女性客がちらちらとこちらをみている。

――なるほど端正な顔に弁護士とくれば誰もが興味をひくだろう。

萌の説明は間違ってはいなが、随分と誤解を生じるため絢斗は一臣に訂正した。

「いえ、楽器は弾けますが、楽器のメンテナンスをする仕事をしています。専攻はヴァイオリンです」


「ヴァイオリン?」

一臣は小さな声で反すうした。だが直ぐに思いついたように返した。

「そうだ。せっかく会ったから、今日は無理だけれど今度みんなで食事会でもどう?」

そう言って軽いノリで一臣は話をはじめる。後は萌と詰めるから予定を開けといてと言って待たせていた相手の席に急いで向かった。


萌がいうには一臣はとてももてるらしく、事務所の女性もこぞって誘うそうだ。だが一度もその誘いには乗らないのだとか。まあそれならその場の軽いノリの口約束で、とっさにそのようにいったのだろう。そう思っていた絢斗だったが、後日、萌にきっちりと約束されられた。


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