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その音色は誰かのために  作者: 玲於奈
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絢斗が工房に入り数年がたつ。

部屋の壁に向けていくつもの机が並ぶ。広い部屋だが多くの機材や工具が所狭しに壁や棚にあるために狭く感じる。


「絢さん、このメンテナンス今月中でお願いします」

部屋の入口からそう声をかけたのは、同僚の小山田舞(おやまだまい)だ。舞は同期入社だが絢斗の2歳年下だった。

机に向かって作業をしていた絢斗は、声の方に体を向けニコリとほほえみ、はい、と頷いて小山田の方に向けて返事をした。


はめた手袋を外すと、両脇にある車椅子のハンドリウムを動かし小山田のところまで行く。そして頼まれた楽器と書類を預かる。預かった楽器を膝の上にのせ、絢斗は再び自分の作業机に戻るため、車椅子を反転した。預かった楽器を確認すると、再度手袋をして、カバーから取り出しナンバリングするため机に置く。

絢斗は封書の中から書類を出すと内容を確認しながらメンテナンスのカ所と納期を確認した。


あの交通事故で絢斗は右足の機能を失った。そのため大学は二年間休学。夢であった楽団員も諦めた。退院後、大学に復学し、卒業するとこの楽器店の工房に就職した。

絢斗が勤めているのは、東京にある有名な楽器店の工房だ。

おもに楽器販売と音楽教室を運営しているが、それよりもこの楽器店はメンテナンスが有名だ。それこそ世界中から依頼が舞い込む。客は有名な音楽家から一般人、音大生など音楽に関するさまざまな人の楽器の依頼が舞い込んでくる。


絢斗も大学の卒業後は楽団に入団たかったが、あの事故で失ったものが大きくのしかかった。大学を2年休学、その間に右手を複雑骨折したため手術をした。半年以上は動かすことができず腕も鈍っていく。なんとか卒業はできたが、夢であった楽団員になることを諦めた。

音楽に関する仕事を探していたがなかなか見つからずにいた。そんな時、以前アルバイトをしていた店の店長から、この工房の採用があると聞きダメもとで受験した。


絢斗はハンディキャップがあるため諦めていたが、採用通知をもらえた時は母親とともに泣いて喜んだ。これで一人でも生きていける。大学の奨学金も返すこともできる。そう思った。


職人が多いこの職場で絢斗はまったくの素人だ。絢斗は芸術部のヴァイオリン科を卒業しただけである。入社するとひたすら先輩たちから必死に学び働いた。地味な作業で、皆が机に向かって黙々と仕事をする。大学の友人たちは楽団や、学芸員、音楽の先生などの職業についた。しかし絢斗は華やかなところより、こうして地道に働く方が自分には向いていると思った。この仕事が好きだ。そうして今は中堅として、一人で最後までメンテナンスを任されるようになっていた。


絢斗はあの交通事故のせいで右足が動かない。工房では車椅子を使うが、家から工房までは杖をつきながら歩く。動かさないと筋肉が衰退してしまうためだ。それでも以前よりはるかに細い。1kのアパートは、狭く古いため車椅子では生活ができないが、大学からずっと居るので住みなれている。駅に近く、電車で30分と、乗り換えもせずに工房へ通勤できる。とても都合がいい。アパートは5階建。部屋は2階でエレベーターはないが杖さえあれば問題はない。

工房はフレックスタイムで、朝の満員電車に乗ることもない。11時から7時の就業時間と月に数回残業がある。

好きな仕事ができ、また時間があれば部屋でヴァイオリンを弾くこともできる。

絢斗にとって満足のいく職場だった。


――ピピ、ピピッと携帯電話がなった。

画面を見ると友人の萌だった。萌は大学の同級生だ。彼女は芸術学部ではなく法学部出身だった。同じアルバイト先で知り合い、休憩の時に会話をすると同じ大学に通っているのを知った。萌は子供の頃ヴァイオリンを習っていたこともあり、さらに話が合った。


ただ絢斗とは違い、ヴァイオリンを教えるのではなく教室の受付をしていた。

教室の受付は、とある航空会社のアテンドのような制服を着る。とても似合っていて、そのためよくお客さまに声をかけられていたのを、何度も見かけたことがあった。社長令嬢の萌だが、サバサバとした性格の小柄で可愛らしい女性だ。そして絢斗にとって萌は、唯一何にでも話せて今でも付き合う大学の友人だった。


――例のごとくお誘いかなと、電話にでる。

「絢〜。元気。週末、空いていたらランチにいかない?」

「うん。いいね。新しい店を開拓したの?」

「そうなの。最近できたお店なの。でも評価が高くて興味があるのよね。今度の土曜日のランチはどう?」

「ok。じゃあ土曜日にね」

電話を切り、絢斗は週末の楽しみにその週を乗り切ることにした。


それから絢斗はお風呂に入った。この時間が一番リラックスする。その後は日課のマッサージを念入りにした。



読んでいただきありがとうございます。

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