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あれから神鳥谷は事故を一から調べて直していた。だが残念なことに一向に進展がない。
椅子の背に体を預け、腕を組み再度頭の中で思考する。すると、部屋のドアが開くと一臣が入ってくる。手にはコーヒーカップを二つ持っていた。
「先生、なかなか分かりませんね」
そういうと神鳥谷にどうぞと、そのコーヒーカップをテーブルに置いた。
「そうだな、すでに示談になっているから余計だ。わかったからとはいえ、関わりたくはないのはわかる。まぁ、自分の息子だけが責任を取ったから、家族としては納得がいかないのだろう。」
一臣は椅子に座ると、テーブルに広げられた書類を一枚取ると読み直した。
神鳥谷はずっと考えていたことがあった。
――高藤壮一。
この案件を彼が弁護をしたことだ。
高藤はどちらかというと派手な弁護士。テレビやラジオでコメンテーターなどと、多くのメディアに出ている。それに前々から国政に出るうわさも聞いていた。
すでに知名度もある彼が、なぜこの交通事故の弁護を引き受けたことが、神鳥谷は不思議でならなかった。櫻井の家族が依頼したのか。それとも知り合いだったのか。
だが依頼者の櫻井の家族からは、そんなことは聞いていない。ましてこちらに再依頼するのだから。
一臣が書類を見ていると、当時の同乗者が記載されていた。
高校卒業したばかりで、まだ大学に入学していなかった彼らだったが、すでに卒業し就職している。
目で追うと、運転者の櫻井渉は大学を卒業したが、あまりいい就職先についていなかった。だが他の者は全員、上場企業に就職していた。一臣は目で内容を追った。
同乗者は男女4名。
運転は櫻井。その他の名前は野田康彦、高田慎二、上田真理子、高藤希
独り言のような小声に、突然神鳥谷が一臣に向かって声を荒げた。
「――っ、お、おい、一臣。もう一度言ってくれ、誰が乗っていたって」
「っえ!で、ですから野田康彦、高田慎二、上田真理子、高藤希ですけど。それがどうかしましたか」
「おい、最後の高藤希は、高藤、高藤壮一と何か関係があるのか?」
「えっ、す、すぐに調べます」
そう言って一臣はすぐに部屋を出た。
――もしかしたら娘か?だから事故の弁護をしたのか?
――それなら話が合う。あの高藤壮一が単なる交通事故に弁護を引き受けるなどあり得ない。
あれから絢斗は公樹のレッスンをしていた。
新のマンションは絢斗のアパートに近いため、レッスンには通いやすい。部屋には先に、未来と公樹がいるのでロックを解除してもらう。終われば歩いて帰れる。最近は余裕ができ、バーにもまめに顔を出すことができていた。
公樹のレッスン後、今日はバーに寄った。そのためいつもより帰りが遅くなってしまった。金曜日の深夜だが繁華街はまだ賑わっていた。絢斗はバーを出て歩いて自宅に向かう。アパートの通りの方は、先程の賑いとは違い、通りにはすでに人は歩いていない。街灯はあるが女性ひとりで歩くには、慣れた道とは言え少し心もとなかった。
絢斗は歩く速度を早める。
するとそこへ一台の車が通りすぎた。車は歩道を歩いている絢斗を通り越す。だが途中で車が止まった。
もうすぐ自宅のアパートだ。絢斗は車を追い越した。その矢先、止った車のドアが開く音が聞こえた。だがエンジンはかかったまま。すると黒いスーツを着た男たちが降りて、何故か絢斗の方に近づいてくる。
そしてそのひとりが声をかけた。
「久世さん」
何気に呼びかけ方に絢斗は振り向いた。その瞬間、二人が同時に絢斗に向かって走り出してきた。突然で訳がわからず、いきなり口は塞がれ、絢斗は体を引きずられ車の方に連れていく。それでも必死に持っていたバッグや杖を振り上げ抵抗するが、男二人がかりのために、成す術がない。
男たちは、そのまま絢斗を引きずると、車の後部座席のドアを開け無理やり押し込んだ。
――もうだめだ。
そう思った瞬間、押し込まれそうになった車から、急に誰かが絢斗の体が引きずり下ろした。
すると誰かわからないが絢斗を助けてくれた。だが助けに入った相手も先程の男たちに殴られている。絢斗は道路に投げ出されて動けない。
そんな時、たまたま巡回中のパトカーが異変に気がつき、緊急でサイレンを鳴らしてきた。男たちはパトカーに気づくと、殴っていた男から手を離し、急いで車に乗り込んだ。エンジンはかけたままだったので、すぐにアクセルを踏み込み逃げ出した。
残された絢斗と殴られた男は警察に保護された。警察も無線で、車のナンバーを伝え、緊急配備をする。絢斗とその男はパトカーの中で事情を問われた。その後警察に行き、未遂であるが事件として捜査依頼した。それから二人はタクシーで、救急病院に行き手当を受けた。
診察後、彼が助けてくれたおかげで、幸いひどいけがはなかった。絢斗は打身と手首や足にすり傷だけで済んだ。助けてくれた男性も軽症だった。ただ殴られた顔は、痛々しく、軟膏を塗られガーゼで覆われた。
助けてくれた相手にお礼をしなければと思った時、深夜の病院の廊下を走る音が聞こえてきた。そして行きなり処置室のドアが勢いよく開く。すると助けた相手がスッと立ち上がった。絢斗は開いたドアの方に顔を向けた。
そこになぜか新が立っている。走ってきたので肩で息をしていた。手当をしていた看護師と絢斗は唖然として新を見ていた。立ち上がった男は新を見るなり頭を下げた。新は絢斗を見つけるなり、駆け寄り絢斗を抱き締めた。そして声にならない声を絢斗に言った。
「――絢、よかった」
いきなり抱き締められた絢斗だが、その言葉が聞き取れた。そしてそれを聞いてほっとしたのか、気を張っていた体中の力が抜け、いきなり泣き出してしまった。あぜんとしていた看護師も絢斗を助けた男も顔を見合わせてほっとした。
しばらくするとまた廊下を走ってくる足音が聞こえてきた。駆けつけてきたのは季彦と神鳥谷だ。二人も連絡を受けて急いで病院に駆けつけた。
二人は絢斗を見てとりあえずほっとしたようで、手当をしてくれた看護師に頭を下げた。
そして季彦は絢斗を助けた男性に話かけた。
「君のけがの方は大丈夫か。とりあえず明日はゆっくり休んでくれ」
「はい、警察の方には捜査依頼しました。車のナンバーは伝えてあります」
「わかった、細いことは後日だ」
ようやく三人の話に気づいたのか、絢斗は今の自分の行動が急に恥ずかしくなった。新に抱き締められた体を無理やり離して、助けてくれた男性に礼を言う。
「お礼も言わずにすみません。先程はありがとうございました。おかげで助かりました」
そう絢斗がいうと、いきなり離された新も同じように礼をいう。
「助かった。今日はゆっくり休んでくれ」
新がそういうと男は頭を下げて部屋を出た。
新は季彦と神鳥谷と話し合で、今夜は絢斗を一人にすることが心配なことと、また起きるかも知れないので家に帰らせないことを決めた。そのためしばらくは新のマンションに居ることにさせた。季彦と神鳥谷は明日警察に行くになり、新は絢斗のアパートに向かうため病院を出た。
新はマンションに行く前に、絢斗のアパートに寄り、絢斗にしばらく住むための必要な物をトランクに入れさせた。明日は土曜日、会社には週末明けに連絡をして体調を見て休みを取ることにした。
ありがとうございました。




