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直樹や一臣も綺麗な顔立ちをしていたが、新はそれ以上だ。あまりにも近くに座る新に、思わず赤面すのがわかった。
絢斗より、女性よりも肌が綺麗で、男の人なのにあの特有のゴツゴツした指ではない。大きな手と長くしなやかな指。絢斗は思わずぼっとしていると、羽毛布団の中からギュルルと音が聞こえた。
「あっ」
二人同時に声をあげる。
「大丈夫そうだな。昨夜から何も食べていないだろう、もう昼を過ぎている。起きられるなら食事にしよう。服もクリーニングから戻っているから、バスルームは部屋を出て左奥にあるから使ってくれ」
その大きなおなかの音に、新は笑いながら言った。
それから絢斗は壁にかけられある自分の服を見た。新が部屋から出ると、ベッドから降りて、急いで服をとりバスルームに向かった。
シャワーを浴びて着替える。バスルームもパウダールームもホテルのようだ。
ここにひとりで住んでいるのかと思うと、新とは住む世界が違うと実感する。
リビングに入ると、すでにいい匂いがした。リビングダイニングは先程のベッドルーム以上の広さだ。ゆったりとしたソファに、4人がけのテーブル、奥には本棚に机、仕事ができるスペースもある。
絢斗のアパートは先程のベッドルームだけですでにスッポリと入りあり余る。
立ち尽くしていると新が声をかけた。
「とりあえず座って、コーヒーと紅茶ならどちらがいい?」
「あっ、はい、紅茶をお願いします」
「了解」
新は慣れた手つきでお湯を沸かし始める。それから紅茶の缶を取り出すと、ティースプーンで茶葉を耐熱ポットに入れる。お湯が沸き、少し時間を置いてからポットにお湯を注ぐ。
注ぐと茶葉が容器に一斉にひらく。それと同時に紅茶のいい匂いが部屋に広がる。
テーブルにはサンドイッチと小さなスコーン、ヨーグルトにカットされたリンゴと葡萄が3粒皿にのっていた。食器も多分海外のものだろう。名前はすぐには出ないが見たことがある柄だ。
紅茶をカップに注ぐと絢斗の横に置いた。そして新が目の前に座る。
「おなかが減っているだろう。とりあえず、食事にしよう」
「は、はい。頂きます」
いつもなら朝食を食べない絢斗だが、一口食べると、サンドイッチは中に入っているベーコンがカリカリとしてレタスはシャキシャキ。マスタード入りのマヨネーズが合い、とても美味しい。
それからヨーグルトと果物を食べる。
絢斗が食べ終えると新に尋ねた。
「これ、真木さんが作ったのですか」
「そんなことあるわけないだろう。このマンションのコンシェルジュに頼んだ。俺はリンゴを剥いただけだ」
新は笑いながら言った。
このマンションの近くにサンドイッチの有名な店があるらしい。
――それでも紅茶の淹れ方など、男の人が普通に知っているのだろうか。
絢斗不思議に思っていたのが顔に出たのか新が微笑んだ。
「この部屋の食器など全て俺の母親の趣味だ。彼女はイギリス人のハーフだから、紅茶の淹れ方も、彼女が淹れていたのを見ていたから」
絢斗は納得した。聞くとモデルをしていた母親で、新は兄弟の中で一番似ているそうだ。髪は黒いが瞳の色は青みがかっている。
それからソファに移動して紅茶を飲む。
ただ絢斗がソファに座ると、なぜか新が絢斗の隣に座った。
――ち、近い。
絢斗は気持ちを落ち着つかせるため、紅茶を再度口にする。
新は絢斗が落ち着いたのを見てから話始めた。
「俺は横浜のバーで、神鳥谷たちと久世さんに会う前から君を知っていたんだ」
その出会いは、絢斗があの事故で入院生活をしていた時と重なっていた。
当時、新も同じ病院に入院していた。その苦しかった入院生活で、絢斗の奏でたヴァイオリンに救われたと話した。
「そうでしたか。あの時、真木さんも病院で入院していたのですね。当時の私の演奏はまだ未熟だったので恥ずかしいです。でも、拙い私のヴァイオリンを聞いてそのように思われたのなら嬉しいです」
絢斗は自分と新に接点があるとは思えなかった。その話を聞いてなんだか距離が近く感じた。そして新が自分に向ける眼差しがとても優しい。
そんな時、インターホンが鳴った。新が時計を見る。
「あぁ、来たな。兄貴たちだ。公樹の両親が久世さんに謝りに来た」
「え?いえ、レッスンはこちらの手違いですから、それには及びません」
新はリビングから出ると、電話でロックを解除した。
昨日、季彦と未来はマネージャーと早々に話をしていた。確かに未来は公樹のレッスンのキャンセルを伝えていた。マネージャーによると電話に出たのは新人の佐瀬だ。佐瀬は確かに電話を受け、メモをした。それを西野に渡そうとしたが、沙織が預かると言ったため、佐瀬は沙織にメモを渡したそうだ。
そして沙織に聞くと預かっていないと答えた。
季彦と新は今回のことは沙織がやったと判断している。沙織に知られてしまったため、季彦とマネージャーは今後、直接絢斗と連絡を取ることにした。また、沙織は真木家を知っている。それを考えて今後は新のマンションで公樹のレッスンをすることにした。幸い部屋があり防音設備が付いていた。
その後、季彦と新は今後のことを考えた。新たちクラスの人間ならすぐに想像がつく。あの沙織ならまた何かやりかねない。そのため二人はしばらく絢斗に黙って警備員を付けることにした。




