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雨のひどい中、歩道を誰一人歩いている人はいない。
風が強まると、絢斗は傘が飛ばされないように持ち直し、駅に向かい歩く。
すでにコートが濡れ体は冷えきっている。だが絢斗は懸命に歩いた。
新は急いで駅に車を走らせる。この天気で誰も歩いている人はいない。
新は内心、違う道なのかと思いながら車を走らせていた。
雨が断続的に降りさらに強まる。車のフロントの視界は見づらくなっていく。
これでは絢斗が歩いていても、見過ごしている可能性もある。新は車の速度をなるたけ抑えた。すると歩道を歩く人影が見えた。通り越しにミラーでその人を見た。
傘をさしているが、この雨で役に立たずコートが濡れている。絢斗だった。
新は急いで車を脇に寄せて停める。傘をさして急いで絢斗に向かって走り出した。
「久世さん」
名前を呼ばれた方に絢斗は顔を向けた。だが新だとわからなかった。そのくらい絢斗は寒さと歩き疲れていた。
「久世さん、真木です。公樹の叔父です。今日はレッスンをキャンセルしていると聞いています」
絢斗はようやく新だとわかった。
「すみません、こちらの連絡ミスで、伺ってしまいました」
「とりあえず、車に乗ってください」
しかしコートが濡れているため絢斗はためらった。だが新は無理にでも絢斗を車に乗せた。
後ろに置いておいたタオルを渡して髪を拭かせる。それから車のエンジンをかけ、シートを温めはじめた。しばらくするとシートが暖かくなっていく。
新はラジオをつけると、そこから電車が止まっていることを知る。
そして絢斗を家まで送ると言った。ただ、ここから絢斗の横浜のアパートまでは遠い。そう思い絢斗は音楽教室までお願いすると伝えた。だが新は自分も横浜に住んでいるからと言い、車を横浜に向かって走らせた。
東京を抜けると雨足が弱まってきた。高速が閉まっていないので高速道路を使う。
料金所を降りる頃、絢斗はこの雨の中歩いため疲れて眠っていた。
横浜駅のロータリーについたが、絢斗は眠ってしまい起きそうにない。
新は絢斗のアパートはわからない。新はそのため絢斗を起こさず、自分のマンションへ向かった。
駐車場に車を停めて隣にいる絢斗を見た。濡れ髪が額についていてため、髪を避けるように触れる。
触れた額からは、熱でもあるかと思うほど熱い。新は絢斗を抱えると急いで車から降りる。
地下駐車場からエレベーターに乗り、エントランスに向かった。
新の住むマンションは24時間コンシェルジュが対応している。新に気がつきとコンシェルジュが頭を下げる。
「真木様、お帰りなさいませ」
ホテルのような対応で出迎える。新は急いでコンシェルジュに伝えた。
「悪いが、医者の手配をしてくれ」
すると彼はすぐさま対応した。このマンションは医者、付属のジム、クリーニングなど、その他大抵のことは全て対応をしてくれる。
新はエレベーターに乗り込み、部屋に向かった。
リビングのソファに絢斗を寝させると、とりあえず濡れているコートだけを脱がせた。
その時、呼び鈴が鳴った。玄関のモニターを見ると、すでに医者と看護師がすでにロビーに着いていた。モニター越しに番号を伝え、ロックを解除する。しばらくすると部屋の前に二人が立っていた。
「遅くにすまない。この雨の中歩いていたので、熱があるので診てほしい」
そういうとすぐに部屋に通した。
看護師がテキパキと、絢斗の濡れた服から持ってきたパジャマに着替えさせる。
それから医者が診察すると、点滴の準備をし始めた。
どうやら一時的に熱が出たらしくい。医者は点滴を終えると薬を新に渡した。
その後、玄関前で看護師が新に伝える。
「患者様の右足が張っていますので、温かいタオルでマッサージをしてください。」
新は頷き返事をした。
医者が帰ってから、ソファに寝ている絢斗を抱き上げてリビングを出た。向かったのは自分の寝室だ。
部屋には大きなベッドが一つ。あまりものを置かないので広い。
ゆっくりとベッドに降ろして寝かせる。それから先程の看護師がいったように温めたタオルを用意した。パジャマといってもバスローブと同じのため、膝上まで捲る。新は下心が全くない訳でもないが、思わず緊張した。言われた通り膝上からタオルをかけ、張っている足をマッサージする。タオルはすぐに冷えてしまった。
再度、タオルを温め同じようにかけてマッサージをした。ようやく張っていた筋肉がほぐれていくのがわかった。
――白く細い脚だ。
終えるとすぐにパジャマを直し布団をかけた。
先ほどは青白い顔色だったが、ようやく頬がほんのりピンク色になる。点滴も効いたように見えた。それを見てから新はタオルを持つと寝室をでた。
絢斗はこのところ忙しくて疲れが取れなかったが、今朝は今までになくスッキリと目が覚めた。手を伸ばしてもまだ広いベッド。いつもなら腕が落ちるのに落ちない。頭が徐々に覚醒してくると、目には白い天井が見えた。
――病院?
起き上がると病院でないことがわかった。広いベッドに大きな枕が3つ、落ち着いた色の壁紙、奥にはクローゼットが壁一面あった。カーテンからは陽が差しこんでいる。
――ここどこ?ホテル?
絢斗は自分がなぜここにいるかがわからない。そしてふと胸元を見るとバスローブを着ている。昨日雨の中歩いたのに脚が痛くない。それどころか今までで一番体が軽く感じた。
すると部屋のドアが開く。ベージュのチノパンに黒のタートルを着て、モデルのように背が高い男が入ってきた。
絢斗は思わず自分がバスローブであることに気づき布団を首まで引きようせた。
「起きたか」
そう言って新が入ってきた。
――そうだ、昨日車に乗せてもらって。
だがその後の記憶が絢斗にはない。
「あの、昨日は」
「あぁ、昨日横浜駅についたが、久世さんが眠ってしまって。さらに熱があったし、俺の部屋で寝かせた。顔色もいいし、熱もなさそうだ」
そういうと新はベッドの端に座り絢斗の額に手を載せた。




