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その音色は誰かのために  作者: 玲於奈
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あれから公樹はヴァイオリンを習いたくないと言い出した。そのため未来は、教室のマネージャーと話し合いを行った。公樹が習いたくないのは、ヴァイオリンではなく沙織からであり、決してヴァイオリンをやめたいとは思っていない。

未来はそれを踏まえて今回、話し合いを行った。その結果、公樹は個人レッスンに切り替えて、絢斗が公樹にヴァイオリンを教えに真木家に出向く形をとることになった。


月2回。その分絢斗はレッスンがある日は、仕事の時間を前倒しすることになった。月2回とはいえ、絢斗は工房の仕事の調整をしなければならい。このため工房でも上の者数人と、マネージャー、そして受付をしている西野だけがそれを知る。


幸いバーの方は、知り合いのため話をしたら快くスケジュールを組み替えてくれた。

一番喜んだのは公樹だ。辞めることもなく、そして絢斗に教えてもらえるため、公樹はさらに練習に気合が入る。

ただ、沙織にはそれを隠した。マネージャーから沙織には、公樹がサッカー教室の方が忙しくなり、しばらく休むことと伝えた。

それを聞いた沙織は残念がり、仕方がないと言った。


萌の結婚式から1ヵ月が経つ頃。

神鳥谷は事務所の自分の部屋で独りで考えていた。事務所の神宮寺の結婚式で絢斗と高藤直樹に出くわした。あの時、高藤は久世絢斗が、車椅子に座っているのに驚いた様子だった。

そして絢斗に()()と言った。

あの様子から見れば、彼は何も知らないと判断できる。

神鳥谷は依頼者のこともあるため、悠長に考えている暇はなかった。そして早々に、絢斗に話を聞きたかった。考えた末、神鳥谷は受話器をとった。


萌の結婚式後、絢斗は忙しい日々を過ごしていた。公樹の個人レッスンが始まり、工房の仕事、横浜のバーにも通う。最近は工房の残業の時間が多いため独り早出をする。

早出と言ってもヴァイオリンのメンテナンスではなく、段取りや書類の整理などだ。

メンテナンスが主な仕事だが、請け負った物に対して、直した数ヵ所の説明を書いた手紙を添える。

丁寧な仕事で信頼されるため必須だった。


今週は公樹のレッスンがないが毎日早出をして書類作成していた。昼の休憩に入るそんな時、事務所から工房に電話が入った。絢斗は、自分の机に置いてある電話をとった。

「久世さん、受付の西野です。今、お手隙ですか?」

「はい、大丈夫です」

「今、久世さんに神鳥谷様という方からお電話を受けております。お繋ぎしてもよろしいですか?」

絢斗はその名前を聞いて緊張した。以前の一臣たちとの食事会と、萌の結婚式の帰りに顔を合わせて以来だ。あの時、神鳥谷をはじめ、あそこにいた人たちに高藤との話を聞かれていたからだ。

絢斗は電話をとり、久世です。そう言った後、電話の話に端的に返事をして電話を切った。


その週の金曜日、神鳥谷の事務所で残っているのは数人だった。18時を回り、金曜日のためか皆が早々に帰っていく。そんな時、一臣が神鳥谷から部屋へ呼び出された。

「先生、お呼びですか」

「あぁ、これから少し付き合ってくれ」

神鳥谷は一臣にそう言いながら、自分の鞄に書類を入れていた。

「あ、いいですね。これですか?楽しみです」

そう言いながら、一臣は手でビールの飲むしぐさをする。すると神鳥谷は間髪を入れずに返事をした。

「バーカ、仕事だ」

すると笑っていた一臣の顔が瞬時に真顔になる。すぐに用意しますと言って席に戻り支度をし始めた。

その後、二人が事務所を出て横浜方面に向かった。途中で定食屋に寄り、食事をしてから目的の場所に向かう。時刻は19時をすでに回っていた。


二人が向かった場所は横浜のホテルのバー。そこは神鳥谷が会員のあのバーだった。店のドアにはcloseと貼ってあったが、カギは開いていて神鳥谷が来るのを待っていた。

そしてすでに客が独りカウンターにいた。バーなのに酒は飲まず、コーヒーを飲んで誰かを待っていたようだった。

約束の時間までまだある。そこに神鳥谷と一臣がバーに入ってきた。

コーヒーを飲み、その男は待ちくたびれたようにこちらに顔を向けた。

「なんでお前まで付いて来たんだ」

神鳥谷ではなく、その後ろにいた一臣を見て第一声をあげた。

「兄貴こそ、なんでここにいるんだ」

その返答に新の目が弟を睨む。

「神鳥谷、こいつも連れてきたのかよ」

「当たり前だ、仕事だからな」

神鳥谷は、さも当たり前のように言って、新に呆れた顔を向けた。そして3人はバーテンダーから、奥にあるソファ席を案内された。


20時になる頃、バーのドアが開いたのが聞こえた。

バーデンダーがドアに向かうと、そこにはひとりの女性が立っていた。


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