007.5 「愛よりも尊い何か」について−2
「う〜ん、話が広がりすぎてしまいました……。私、何を話そうとしてたんでしたっけ?」
「俺のスマホカバーに、<愛よりも尊い何か>が宿っているらしい」
「ああそうでした。すみません、とりとめもなくなってしまって。けれど、「時代」という難敵がいることは、お話できましたね」
「その「時代」という難敵に、彩命術で挑もうとしてるんだよね、ユメツナギノオホミタマのみんなは。そして、俺が想定以上に、戦力になりそうだと」
「そうですそうです。取りまとめありがとうございます」
「じゃぁそうだな、ユメツナギノオホミタマの最終目的は、どこにあるんだろう。金儲け第一ではなさそうだよね?会社のホームページに載ってたりとかしない?」
「会社のホームページ、作ってないです。……あってもいいのかな。作れそうな人が、いないわけじゃないんですけど」
「俺作ろうか?大学でIT勉強してたから、そこそこは作れるよ?あるいは社内で紙の文章にまとめてもらえば、それをWeb屋さんに出せばいいんだ。写真撮ったりロゴ作ったりして、それっぽく仕上げてくれるから。あ、いや、今は、会社の目的を教えて」
「あ、そうだ、七瀬さんから、会社の活動内容を説明する資料、メールで貰ってたんです」
俺スマホのモバイル通信も復活したので、PDFを転送してもらう。どれどれ……。
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「<ユメツナギノオホミタマ>の活動内容および目的について」草案 其二十四。
☆ 活動内容:持続可能性のある精神(信仰?)活動のために ☆
・「霊態系の健全性」というパースペクティブを、正しく良識ある一般市民、企業人の皆様にご理解頂くプレゼンテーション。
・モラルウェア制作とSMMの推進により、都市生活者の良心・道徳心の醸成に貢献。
・霊態系の乱れによって生じた、モラル汚染の排除・解消。「怨霊御輿」発生の予防。
・従来の伝統宗教が担っていた役割を代行する霊的主体(信仰対象)=「御霊映」の抽出・安定化、市場経済との共生。
☆ 私達の目的 ☆
上記活動を通じて、本来の日本国が保持していた「豊かな霊態系」と「信仰力」をゆるやかに回復し、
国際社会に開かれた霊的共同体(新高天原?じゃマズい?名称検討中)を再構築する。
!! 注意 !!
「怨霊御輿」と「御霊映」は機密事項。一般に知られないように!
☆ 霊態系に関する補足。生態系との対比 ☆
・高次消費者:大衆消費社会のメタ消費者(合コンの主、インフルエンサー(笑)など)
・第一次消費者:一般消費者。
・生産者:森林、海洋など、生物多様性を有する空間の生活者。企業、労働者といった生産活動主体。
・分解者:八百万の神々、御霊映など
(※生態系でいう炭素・エネルギーに相当するものを、霊態系ではなんと呼ぶ? 「霊素」ではダメ?要検討)
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ふむふむなるほど。詳しく噛み砕いて欲しいところはあるものの、文章そのものは端的にまとまってるし、現実主義的な活動方針と思われる。最後の方の霊態系という部分、八百万の神々が「高次消費者」ではなく、「分解者」になっているのが興味深い。
人体の健康は、常在菌との良好な共生なくして成り立たない。パンは神の肉、ワインは神の血。どちらも発酵なくしては作れない。戦前の教育では、天照大神を天皇家のご先祖様と教えていそうだけど、天照大神が太古の微生物だったら、進化論的に見てもそうトンデモでもなくなるわけだ。天照大神はビフィズス菌、須佐之男命は納豆菌、黄泉津大神はボツリヌス菌って、そんなイメージかな。
一昨日の「魂の8大欲求」と合わせて、一度じっくり教えてほしいところ。
それはともかく、気になる点が一つ。添付資料がPDFかと思ったら、某ワープロソフトの独自ファイル形式である。滅多に使わないワープロアプリがもっさりと立ち上がってイライラする。フォントも明朝体で目がチクチクするし、一文字一文字サイズが大きい。中途半端な位置で改行してて、1ページで収まる内容なのにページが別れて読みづらい。
誰の仕事だよこれ。
「すずりちゃん、申し訳ない、この文書ファイル作ったのは、どなた様かな?」
すずりちゃんでも七瀬さんでもないことを祈りつつ、ニコニコ顔で尋ねる。
「あ、すみません。古いメールの資料を送っちゃいました。七瀬さんから何通か来てて。こっちの方がいいですね」
再度転送を受ける。おっ、今度はちゃんとPDFじゃん。文書のフォントやレイアウトも整っている。よかった。分かってる人がいるのね。内容はほとんど同じだが、ずっと読みやすくなっている。
「資料は両方七瀬さんですよ。メール本文に、「まだ草案だから、直接見せずに参考に留め、噛み砕いて説明なさい」ってあります。それをですね、CC読んだ後輩からツッコミを入れられて、最低限の手直しをしたのが2通目ですね」
「なんてつっこまれたの?」
「「一太郎w」って」
「ブハハハハハハ!っていうか、非道いディスりだな、それ!あ、でも、そうイジられたってことは、七瀬さんが自分で直せたんだね。よかった」
「?私分かんないです」
「古き良き経済大国ニッポンの、ちょっと懐かしい思い出なんだわ。昔のパソコンには、一太郎ってワープロソフトが入ってて、みんなそれ使ってたの。世界の中で、日本だけが。文書が古くさいですっていうディスりなんだよ」
「あー七瀬さん、ああ見えて結構歳いってて、ちょっと感覚が古いところあって。それ本人も気にしてるんですよ。私の先輩方は、結構遠慮なく、そこをイジるんですよ」
「七瀬さん、仕事自分で全部抱え込んじゃうタイプ?」
「そうなんですよ。「こんな仕事いいから、自分の時間を大事にしなさい」って、徹夜しながら言う人なんで」
「わかるわー、すごく気持ちわかるわー。イジられるんだよね、そういう人」
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もらった資料を咀嚼する。「持続可能性」なんて単語が出てくるところは今風だけど、東京を舞台にした霊能力モノの設定とかにありがちとも思われ。
「要するに、自分たちの活動内容を企業さん相手にプレゼンして、「モラルウェア」っていうのを作って、「モラル汚染排除」ってのは悪霊退治?それと「御霊映」っていう神様の代行っぽい存在を探してるってことかな。すずりちゃんがやっているグリーティングカードは、モラルウェア制作にあたるのかな?」
「おおっ、そうです!理解早い!さすがですねー」
「それじゃ、モラルウェアがどんなものなのか、は、明日すずりちゃんの仕事を見せてもらえば、分かりそうだね。で、「霊態系の回復」「モラルウェアの制作」「モラル汚染の排除」には、俺の心の中にある<愛よりも尊い何か>が役に立つと。一般のお客さんを元気にする方向と、ドロドロした悪意のヘドロ?を追っ払う方向がありそうだね。……あとは、俺の中のコレが、どっち向きなのか、会社の先輩に見てもらえばいいのかな」
といって、右手を握り、顔の前まで持ち上げてくる。俺がナイフで首を切ろうとした時に、身体が真っ白になった感覚を思い出す。呼吸を整え、身体の内側に流れている、酸素でも血液でもない「何か」を拳に集める。
「……!もうできるようになったんですか」
「さっきすずりちゃんから2発もらったじゃない。あれが身体の中でグワングワンしてさ、ああコレのことかって。結局自殺できなかったけど、それでも本気だったから。そのときの感じ思い出してさ。「全ての自分が一つになる感覚」」
ジワジワと。少しずつ。ジンジンと。呼吸に合わせて。
「銀一郎さん、いま右の拳に込めている想いは、<生に対して正でいること>とは、違うなにかですね。もっと私よりの、攻撃的なにかです」
そう。何も終わってない。なにも許してない。祓わなければ。追い出さなければ。
「うん、今日はコレ、もう止めよう。せっかく七瀬さんが鎮めてくれたのに、黄泉津大神さまが、帰って来ちゃいそうだわ」
そういって、右の拳を開き、力を抜いてプラプラさせる。ちょっと偏頭痛来そう。深呼吸して、リラックス。
「コーヒーもう一杯いいかな?それ飲んだらもう寝ようよ。続きはまた明日ってことで」
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ようやく一日が終わった。
一度実家に戻った以外は神保町から動かず、すずりちゃん以外の他人とも関わらず、それでも長い一日だった。今日初出の情報を整理するため、ぐっすり眠って、続きはまた明日、気分を新たに取り組んでいこう。
そう思っていた。彩命術関係のいろいろ難しい話を聞いているうちに、肝心なことを失念していた。
「……そうか、そうだよね。そうだったよね」
午前中の話し合いの時、一度案内されて、その時衝撃のあまり、「いや、この件は夜まで保留にしよう!ね!アハハハ」っていって全力でスキップした件があった。
すずりちゃんも部屋着に着替え、二人とも歯を磨いて。
我々はどこで寝るのか。……もちろん寝室なのですけれども。
室内に一歩立ち入ったところで硬直して立ち尽くしてしまう。
堂々のツインベッドが一つ。ケバケバサーモンピンクの掛ふとん。ふとんの上には某TV番組でお馴染みの「Yes/Noまくら」。ベッドサイドテーブルには、ローションらしきソフトボトルに、エロ動画でしか見たことないようなマッサージ機。ベッドが置かれている側の対面には30インチ程度のテレビとテレビ台が設置されており、テレビ台の上にはDVD?のパッケージが。
タイトルは「次代に託す四十八手〜江戸から令和へ」とある。
枕が向けられた壁面には、洋室なのにおかまいなく、掛け軸がかかっている。そこに書き抜かれている文言は、
「日々是床勝負」
極太の力強い筆致。アホすぎ。眺めているだけで頭が悪くなりそう。
どうしよう、完全に思考停止してしまった。指一本動かせない。
「もしもし〜、銀一郎さ〜ん、大丈夫ですか〜?」
「一昨日さ、確か「一部屋空っぽで空けてある」って言ってなかったっけ?」
「昨日のうちに運び込まれました。ウチの会社、こういうノリなんで」
「すずりちゃんはいいの?こういう展開で、なんとも思わないの?」
「私だって止めましたよ。話し合って、会社のみんなも分かってくれました。「回転ベッドはいらないよね」って」
「いるかぁ!」
なんという昭和。回転ベッドなんて、ドリフのコントでしか知らんわ。
「今日一日いろんなお話を聞いてですね、銀一郎さんが本当に女嫌いで、そこに正当な理由があることも分かりました。しかし、私達としてもですね、このような性活環境を整えることにはですね、一定の事情といいますか、正当性がありまして」
「……そうだったね。日本の神様はお色気方面大好きだったね。江戸時代にも、伊勢神宮の周りに遊郭あったって言うもんね」
しかしだからって、自宅にラブホ再現しなくてもよくね?いや、ラブホとか行ったことないけれども。
「今日は、いいです。無理しなくていいです。……踏み込んだ話ばかりで、お疲れかと思うので」
「うん。こういう方面にも、それなり事情があるんでしょ?……でも、今日はもうお腹一杯。頭に何も入らない。……ちなみに、どのくらい待てるのかな?」
「と、いいますと?」
「今夜でなくても、いつかは本番のお相手務めないと、いけないんでしょ?」
「そうですね……。今から3ヶ月後くらいには、是非ともお願いしたいです。年に一度の、大切な行事があるんです」
「承知。なるべく早い時期には、気持ちの整理つけるから」
「はい。よろしくお願いします。……ちなみに、本当に、その気、ないの?」
「今晩、二人でこのベッドで寝てみる?なんならお互い、裸でもいいよ?それでも俺、手出さない思う。ちなみに性欲はあるし、勃起不全でもないし、君に魅力がないわけでも、ないから」
「分かりました。今夜はそれでいきましょう。……私も少し、作戦考えておきます」
結局服は脱がずに、布団に入る。ようやく消灯。
「寝よ寝よ寝よ。今日も一日お世話になりました。明日もよろしくお願いします。それでは、おやすみなさい」
「りちぎりちぎ。おやすみさまです」