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放課後君は夜と踊る。ハリボテの月を俺は撃つ。  作者: 空野子織
第1章:黒海銀一郎、彩命術と出会う。
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006 オジサン、マンガ家目指してたことあったんすよ。


 部屋の中での約束事を確認しているうちに、11時を過ぎた。

「12時になるとどこも込みますから、早いですけどそろそろランチにしましょう」

「昼は外ね。って、まだ君の仕事のこと聞いてなかった。在宅なの?テレワーク?」

 部屋を出ながら会話を続ける。

「そうです。といってもデスクワークとは違いますし、まだまだ半人前なので、仕事量も少ないですけど」

「どんなことしてるん?」

「臨時の、いかにもオカルトな仕事が入ってくることがありますけど、それ以外の普段はですね、ちょっとクリエイターっぽいことしてます」

「というと?」

「手書きの「お葉書作成代行」です。私、書道を結構やってきてまして、筆書きには自信があるんです。それを活かしてですね、グリーティングカードって言いますか、「結婚のご挨拶」なんかをですね、筆書きで綺麗なの作るんですね。オーダーメイドで、葉書一枚2000円、みたいに」

「もしかしてアレ?ハンドメイド作家さん達のオンラインサイト?」

「そうですそうです!銀一郎さん、知ってるんですね!?」

 そう言って、スマホのアプリを立ち上げる。ああ知ってるわ、俺のスマホにも入ってる。手作りのグッズを製作して販売したいクリエイターと、購入者とを仲介するオンラインマーケットサービスだ。大手で3つくらい立ち上がってるよね、今。腕時計とネクタイ買ったことある。例の「サクランボ柄ネクタイ」はこのサイトで買ったんだった。

 すずりちゃんのアカウント情報を見せてもらう。フォロワー数900。最大手にはまるで届かないが、グリーティングカードって分野でのソロ活動ならば、なかなか健闘してるんじゃないだろうか。俺は腕の時計をほれほれって見せると、あー見たことありますーって、この子のテンションが上がっていく。


 話が盛り上がってきたので、ランチの店はさほど離れてないコーヒーチェーンにしてしまった。食事はそっちのけで会話が弾む。

「活動の手応えとしては、どうなん?」

「安定してお仕事入ってきますよ。リピートしてくれるお客さまも少なくないですし。「結婚のご挨拶」のご依頼をくれた方が、しばらくしてから「出産のご挨拶」を依頼してくださったり」

「1オーダーで何枚くらい製作するの?」

「10枚前後ですね。こういうのって、数こなせばいいってものでもないですよね?「本当に大切な方たちのために、まごころを込めたご挨拶をする」ことがキモなので。あまりに大量のご依頼はお断りさせていただきますって、サイトにも載せてます。今のところそういったご依頼ないですけど」

「このサービス、まだそこまで一般には広がってないじゃない?だから今のところ、お客さんの質、そんな悪くない感じするけど、実際どう?」

「悪くないと思います。私も始めてまだ2年経ってないですけど、面倒なトラブル、一度も起きてないですし。もちろん、収入というか売上は、金額で見ると大したことないんですけど、そこは仕方ないと思ってます。「心を込めた書き言葉」って文化を、残していきたいというのが第一で、会社もそれでいいって言ってくれてるので」

 あくまでもシノギですしね、とのこと。フムフムなるほど。

「グリーティングカードってチョイスが、いいと思うよ。腕時計とかネクタイとかって、一度買うとそうそう買い替えないけどさ、クリスマスやお正月は毎年やってくるからさ、年次のご挨拶を兼ねた近況報告だったら、毎年のリピートオーダーを期待できるもんね」

「あ、今までそこまでは、やってこなかったです。ご結婚とかご出産とか、基本1回きりものばかりで」

「この手の依頼って、通年で波があるじゃない?結婚の挨拶ならピークは6月かな?逆にオフシーズンだってあるよね。時間に余裕がある時期にさ、「謹賀新年」とか「Merry Christmas」とかテンプレだけ筆書きで製作して貯めておいて、ボールペン字で追加メッセージを後から入れるの。価格落として。ボールペン字だったら筆書きの5倍速く製作しても、手抜きにならないでしょ?スーツでもさ、フルオーダーとイージーオーダーってあるじゃない。そんな感じ」

「ふんふんなるほどです。セカンドラインを作ると。でもあれかな。テンプレートの部分を、毎年変えていかないと、飽きられてしまいますよね?」

「そこはさ、その年その年に起きた事件だったりイベントなんかをテンプレ文字の背景に入れたりするの。タイポグラフィって分かる?」

「タイポグラフィは分かりますよ。要は、文字をイラスト化させる技術ですよね。私も少し勉強してます」

「もらった葉書を後から見返したときにさ、「あーこの年こんなことあったよねー」って思い返せると楽しいじゃない?その年に新しく開業したビルとか、数年に一回の大きなお祭りとかを背景にして、その上から背景にあった意匠で文字を入れていくの。……かなり難しくなっちゃうかな」

「いえいえ、参考になりますよ。えーすごーい、今までこんな具体的なアドバイスもらったの、始めてですよ。銀一郎さんも、なにかしてらしたんですか?」


 ……あう。しまったかな。あまり言いたくないな。

「どうしたんですか?……なにかあるでしょ」

「あ、いや、恥ずかしくて言いたくないというのが正直ありまして」

「えー知りたいですよー。教えて下さいー。私の事話したんだから、いーじゃないですかー」


 ……まぁ一緒に生活してれば、いつかは知られることではあるんだけど。恥ずかしいけど、仕方ない。

 コホンと咳払いをしてから、自分のスマホを取り出して、背面を見せる。手帳タイプではない、背面だけの耐衝撃ガラスカバーなんだけど。

「そうそう、銀さんのスマホカバー綺麗なんですよね。キレイというか、幽幻な雰囲気ですよね。藤の花と青い蝶、白拍子の女の子ですね。パールピンクのマッシュボブの白拍子って、いいじゃないですか。どちらのクリエイターさんの作品ですか?」

「俺描いた」

「なぬ!?マジですか!?どうやって?」

「あー……おじさんね、一時期マンガ家目指してた時期がありましてね、結局ダメだったんだけど、絵は描けるようになったから、趣味として細々と。デジタルイラストって昔は大掛かりな機材必要だったけど、今はタブレットだけで線画から仕上げまでやれちゃうのね。画像データを送れば1点からプリントしてくれる業者さん、あるし」

「こんなに描けるんだったらこっち方面でなにかやればいいじゃないですか!?なんで清掃!?なんで自殺!?もったいないですよぉ!」

「いや、この程度描けるだけじゃ、今時食べていけないって。中国や台湾の絵師さんだって、上手い人大勢いるし。レッドオーシャン半端ないから。真っ赤っ赤だよ真っ赤っ赤」

「……趣味でやるのと仕事でやるのとは全然違うって、どんな世界でも言いますけどね。えーでもすご~い、もったいな〜い。もっとちゃんと見せてくださいよ〜。へー、藤の花、後ろをボカしてるんですね、これだけで、空気感と奥行きが出てますね。青い蝶が一羽だけっていうのもいいですよね。静けさが伝わってきます。背景を日本画風にして、メインの女の子は今風で。いいミックスじゃないですか。……どうかしました?」

「いや、嬉しくて涙出てきたところで……。いやさ、俺もね、手前味噌だけど、よく描けたなって思ってたの。でもさ、これを見た例の清掃会社の同僚たちがね、それはそれは無反応でね。どいつもこいつもほんっとうに「へー」でおしまいでさ。いやぁ寂しかったなぁって」

「それ、最近の話ですか?」

「今年の1月半ばね。正月休み使って描いたから」


 ふと、すずりちゃんのテンションが下がる。機嫌が悪くなった訳でなく、なにか思案しだして、俺のスマホカバーを見つめる。あーどしようかなーこれ言っちゃっていいかなーって、ちとシリアスになってる。

「どしたん?」

「あ、いえ、すみません。どう話したらいいかなって考えちゃって。あ、別にネガティブな内容ではないんですけど、ここで話す内容でもなくて」

「そう?じゃあ一旦出ようか」

 時計を見ると13時半。お昼のピークに、もろに居座ってしまった。お店に悪いことしたな。まぁでも、日常生活のレベルですずりちゃんと接点があるって分かったのは良かった。分かってくれる人がいるって、やっぱり嬉しいもんだ。



★ ★ ★ ★ ★



 カフェを出て、一旦解散する。すずりちゃんはまっすぐ帰宅。俺は100均寄っていくことにする。実家から持ち出す荷物が多いのも面倒なので、100均で買えるものは買ってしまいたい。食事用のマグカップ、ハミガキ用コップ、風呂・トイレ掃除用品、ゴム手袋、買い出し用エコバッグなどなど……。

 神保町って基本住宅街じゃないから、日用品を扱う店が少なくて、100均ショップも小さい店ばかりで、欲しいもの全然揃わない。その点では、我らが大都会北千住の方がずっと便利だな。スマホから抜いたSIMを取りに、一度は実家戻らないといけないのだが、そのときに100均とホムセン寄っておこうかな。そんなことを考えながら歩きまわるうちに腹減ってきたので、立ち蕎麦で一杯。小柄な彼女に合わせた食事では足りないだろう、今後はこういう間食が増えそうだ。


「ただいま戻りましたー」

「おかえりなさい。身の回りの物、揃いました?」

「あまり大きな100均ないのね。実家の周りの方が大きい店あるから、スマホのSIMもあるし、一旦は実家に戻りたいかな」

「今日この後、ご実家戻ります?今夜はどうしますか?そのまま向こうで泊まります?」

「実家っていっても北千住だよ?駅から30分歩くけど、それでも2時間あれば帰ってこれるよ。すずりちゃん的にはどうすればいい?」

「私としてはですね、さっきの話の続きを、できたらしたいです。銀一郎さんの今後の、お仕事についての相談をしたくて。相談の方向次第では、明日にでも会社の先輩に来てもらおうかな、とも思ってまして」

「俺いなくなると困る?まだ電話使えなくていいんなら、今日戻らなくてもいいけど」

「あぁでも、銀行の通帳とかキャッシュカードも、ご実家ですよね。あと保険と年金と。入社手続きに必要なもの一式は、早くにあった方がいいですね」


 時計を見ると16時になろうというところ。話し合いの結果、一旦実家に戻るが、すぐ神保町に帰ってくる。夕飯は外食。宿泊はすずり邸で、となった。


 北千住の実家に戻り、スマホのSIM、雇用契約に必要な書類一式、自室にストックしておいた清掃道具と業務用洗剤をバッグにまとめる。清掃道具がかさばったので、着替えはあきらめた。一度親父の部屋に顔出して、「次の仕事が決まるかもしれない」と、一言伝えておく。統合失調症の母親だけでなく、この親父にもそれなり怨嗟(えんさ)があるのだが、年金暮らしの75歳。今更何がどうなるものでもあるまい、深く考えないで家を出た。


「アイムホームでござるって、お風呂か」

 玄関に近いバスルームから、シャワーの音が聞こえてくる。どうしても欲しいものがあって100均寄ってたら、20時を過ぎてしまっていた。すずりちゃんは夕飯済ませたようで、キッチンのシンクには食器がまとめられていた。そうそう。食後の後片付けは、俺の担当なんだった。荷物の中から薄手のゴム手袋を取り出して、ささっと食器洗いを済ませてしまう。

「おかえりなさい。先にお風呂入っちゃった。食器の片付け、私やろうか?」

「いいよいいよ。もう終わったし」

 ほんとーありがとーうれしーといいながら、寝室に入っていくすずりちゃん。Tシャツと短パン。部屋からドライヤーの音が聞こえてくる。

 今すずりちゃんタメ口だったな。仕事とプライベートのON/OFFはっきりつけたがるタイプかな。在宅勤務だし、書道を仕事にしてる訳だし、仕事中は真剣なんだろうな。その分、OFFのときは甘々だといいな。

 この状況になってようやく、自分が若い女性と一緒に暮らすことの実感が湧いてきた。昼間に大分打ち解けた話ができたので、一緒にやっていけるかどうかの不安は和らいでいる。今は率直に嬉しい。己の顔がニマニマとにやけているのが分かる。エロい方面の関わりが一切なかったとしても、お風呂上がりに隣の部屋で髪の毛乾かしてくれてるだけで、オジサンは大満足です。今しばらくこの暮らしを続けていっていいのなら、少しダイエット頑張ろうかな。薄毛の男性に特化した美容室だって東京にはあるし、お金に余裕出来たら、服もちょっと買ってみたりして。数十年ぶりに、男の下心が湧いてくるのを感じる。性的なものでなくて、自分をカッコ良く見せたいって方向の。

 いかんいかん。みっともない下心をさらけ出してはいけない。身の程をわきまえて、謙虚に謙虚に。己の役割に専念するのだ。……その役割が、いまいち、見えてこないというのは、あるけれども。




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