052 日本人目線で『文明の衝突』を、ざっくりと
『文明の衝突』。
アメリカの国際政治学者、サミュエル・ハンチントン教授による著作で、日本で出版されたのは1998年。最初の論文が発表されたのが1993年というから、そろそろ30年になる。
日本で出版された98年の当時から、大きな反響のあった著作だ。名前だけは俺も知ってた。
なのだけど、扱っているテーマのスケールの大きさと、内容の難しさとがあって、書店で何度か手を取ったことがあったものの、ちゃんと読んだことは一度もなかったな。
「これを今の俺に読めと言うんだね……アニメと絵ばっかりやって、すっかり「言葉」から離れてしまっている俺に……!」
正直、キツイ。すずりちゃんが用意してくれたのは文庫版なのだが、上下二冊に別れて、小さな字がみっちり詰まっている。
「私も以前読みましたけどね、難しいですよねぇ。ですが、読み終えた後の充足感がですね、違うんですよねー、国際社会を扱う、他の著作とは」
「ざっくり、どんな内容だった? いや、「文明が衝突する」んだろうっていうのは、俺も知ってるけど」
「一言で言ってしまうと、「文明が衝突する」って、本当にそれだけなんです。ただそれが、「具体的にどういう事?」っていうのを、とても丁寧に論じてくださってるんですよ。……それ以上についてはですね……やっぱり難しくて、もう私も思い出せないですね」
エヘヘって、苦笑い。すずりちゃんでも難しかったと。だけど読んだことは読んだんだね。
「そっか……分かった。とにかく、読んでみるよ」
★ ★ ★
『文明の衝突』以外の書籍は、おおむね以下のとおり。
・中学校の社会の参考書。地理、世界史、日本史、公民が、分厚い一冊に収められているもの。
・薄い地政学の入門書。最近の世界情勢が簡単に列挙されてる。
・中国の観光ガイド(「地○の歩き方」)。現代中国の主要な宗教施設だったり、現地警察による取り締まりの状況だったりが、詳しく紹介されている。
・中国神話の専門書が複数冊。大学院まで行かないと読まないだろってマニアックなもの。これはちょっと後回し。
「『文明の衝突』が出版されてからもう20年経ってますからね。20年経ってどうなった?っていうのが分かるといいなと。基本はこの一冊さえ読みこなしてくれれば、それでオーケーとのことですよ」
「チョイスありがとう。とにかく読んでいきます」
という訳で、アニメ制作は一旦ストップして、一週間程度ひたすら読書の日々であった。
現代日本で生活する日本人にとってはあまり馴染みのない国々の、地域紛争だとか軍事予算の変遷だとか、そういう馴染みのない記述が延々と続いて、やっぱり難しい内容なのだが、読み終えてみると、この著作を通じて教授が何を訴えたかったのか?という熱意が十分に伝わってきて、「なるほど!」と納得する内容であった。
なのだけど、完全にアメリカ人向けに論考が展開されていて、ただ読んだだけでは、教授のメッセージが2020年代の日本人に届かない。
そのため、以下、中学校で習った社会の知識をベースに、現代の日本人と地続きになるよう、『文明の衝突』の咀嚼と補完を試みました。
よろしければお付き合いください。
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ソビエト連邦が崩壊し、冷戦、資本主義国家と社会主義国家との対立は終わった。
冷戦終了後から現代まで、日本の教育機関や欧米社会は、「民主主義+自由主義経済」を採用した「西欧文明モデル」を「唯一の正解」とみなして、自分たちを「先進国」と呼び(日本含む)、「西欧文明モデル」を採用しない国々(例えば中国もイスラム諸国も、民主主義じゃない。国のリーダーを国民の選挙で決めてない。今でも)については、「発展途上国」と呼んでいた(昔は「後進国」って呼んでた)。
欧米諸国は「発展途上国」に対して、「民主主義+自由主義経済=西欧文明モデル」を採用することこそが国家運営の正解ですよ、発展に必要なことなんですよ、と訴えてきたのだが、どうにも「彼ら」は「西欧文明モデル」を採用しようとする気配がない。むしろ反発している。
どうやら、世界のあらゆる国々が、すべて「西欧文明モデル」を採用することにはならないようだ。
そうではなく、以下の8つの「文明」のいずれかに所属して(取り込まれて)、他の「文明」と対立する=文明の衝突が起こる。
8つの文明とは、以下の通り。
★西欧文明:
アメリカ、カナダ、イギリス、EU諸国。主にキリスト教を信仰し、民主主義と自由主義経済を採用する、いわゆる「先進国」。
アメリカとEU諸国は、近年移民の問題が深刻化している。アメリカはメキシコ経由でラテン系の移民が、EU諸国はイスラム系移民が増加し、自国内で元の住民 対 移民 の対立が深まっている。
★中華文明:
中華人民共和国とその周辺国(東南アジア諸国)。儒教の影響が強い国々。儒教って要するに「上下関係を大切にしなさい」っていう教えだから、儒教が強い国ではあまり民主化が進まない。「人権」はいつも後回しにされる。
中国の歴史については、日本の教育でも詳しくやるので、ここでは省略。
中華文明で特に注目したいのが「在外中国人」の存在だ。華僑・華人って言ったりする。要するに移民。だけど、単なる移民よりももっと積極的に、移住先の社会と関わろうとするのが華人の特徴か。30年前の社会の教科書にも「華僑」って言葉は載ってた。アメリカでも日本でもアフリカでも、世界のどこへでも行って、現地にそれなりに適応する。次第に経済力を持つようになる。そして、いざというときには、本国と速やかに緊密な連携をとって、自分たちに有利になるように、ものごとを動かすのだ。
東京にも大勢の中国人が働きに来てるけど、それは中国以外の東南アジア諸國でも同様なのだ。タイ、フィリピン、シンガポールなどなど……。
特に教育レベルの高いシンガポールは、「民主主義を採用した、サテライト中国」ってイメージを持っておくほうが良いかもしれない。
んで、それが我々日本人にどう影響するのかというと、「日本人・日本企業の海外進出が阻まれる」。タイやフィリピンに日本企業が進出しようとしても、既に現地では中国系企業が政府と強いコネを作ってしまっていて、日本企業が締め出されてしまって上手く行かない。ごくざっくり感覚的には、そういうことだ。
彩命術師的に言えば、みんな「ジョカ」の相が強いから、「貢ぐ」ことに抵抗がない。権力に取り入るのが巧い。日本人が「賄賂なんてとんでもない!」っていう、欧米的な倫理感のまま、お行儀よく東南アジア諸国に進出しようとしても、チャイナさん達には全然敵わないわけだ。
中国は近年、「一帯一路=シルクロード経済圏構想」という政策を推し進めている。中国から中央アジア、中東、ヨーロッパ、アフリカに至るまで、広範囲のインフラ整備や投資に巨額の資本をつぎ込んでいる。……アメリカとそれほど仲良くない国々にどんどん先回りして投資して、地球上の経済と資源を全部中国が押さえちゃおう、ってそういう政策かな。
とにかく中国は世界の覇権を握ろうとしている。「なぜ?」なのかは……自分ではまだ整理できてない。「中国人はもともとそんなもん」って言われたら、それだけの話しなのかもしれない。
さて、そんな中国の「宗教」はどうなっているのかというと……権力による弾圧でボロボロだ。
まず1960年代〜70年代の文化大革命により、どの宗教も徹底的に弾圧された。寺院も教会も破壊され、僧侶は投獄された。
文化大革命以降は、多くの民衆宗教も仏教も、少しずつ復興する気配がみられたのだが、21世紀に入ってから定められた「宗教事務条例」という法律によって、改めて厳しく取り締まられるようになってしまった。
政権に都合のいい儒教だけが、かろうじて少し残っているくらい。
もちろん、世界中から批判されてる。「アチャー、これじゃぁただの独裁者じゃーん。毛沢東の頃から変わってないのな。チャイナって所詮、こんなもんか」って感じで、うわべだけは良好な関係を維持しつつ、世界中から嫌われだしてる。
★イスラム文明:
イスラム教を信仰する、中東の国々。サウジアラビア、アラブ首長国連邦、エジプト、イラン、イラク、などなど……。「砂漠と石油の国。アメリカと戦争ばっかりやってる国々」ってイメージだと思われる。
近現代、欧米諸国と比べてあまり日本と関わりがなかったこともあって、日本の歴史教育では(日本史でも世界史でも)あまり詳しく説明されないけれど、ここで改めて、簡単に説明を試みる。
西欧諸国とイスラム諸国の違いの根本は、それぞれの宗教の開祖、つまりイエス=キリストとムハンマドとの「生き様」の違いだ。
「イスラム」の歴史は、西暦570年ごろ、イスラム教の開祖、ムハンマドの誕生から始まる。
アラビア(サウジアラビア)の都市メッカで産まれたムハンマドは、神からのお告げを受け、イスラム教を興した。キリスト教を興したイエス=キリストと異なり、ムハンマドは信者を集めて軍隊を組織し、異教徒と戦争し続けた。彼の死後も後継者たちが遺志を継ぎ、領土を拡大する戦いを続け、広大なイスラム帝国を作り上げた(アッバース朝やウマイヤ朝)。
イエス=キリストが純粋な宗教家で、子供を残さなかったのに対し、ムハンマドは宗教家で政治家で、軍人だった。そして子孫も残した。
日本で言うなら、聖徳太子と弘法大師と武田信玄を足したような、大人物だ。
ムハンマドが後継者を指名しないまま亡くなったことで、その後のイスラム帝国とその後継国は、事あるごとに後継者争い、領土争いを繰り返すことになる。これが現在まで続いている。
そして、ムハンマドと血統の繋がりのある一族が、代々イスラム諸国を治めていたりする。つまり、未だに「王様が治める国々」。民主主義じゃないのだ。
イエス=キリストが「弟子と言葉」しか残せなかったのに対し、
ムハンマドは、「弟子と言葉」に加えて、「国と軍隊と血統」を残したのだ。
そしてイスラム文明は、日本の教育でも取り上げられる古代文明、「エジプト文明」と「メソポタミア文明」をそのまま継承する文明でもあった。
数学、医学、天文学、化学、建築、芸術……どれも順調に発展した。
「砂漠しかない」イメージあるけどそうではなく、ナイル川流域やアラビア半島南部では農業も発展した。
シルクロードを通じて、中国、インド、ヨーロッパと盛んに交易を行い、香辛料に絹織物に陶磁器と、古代から現代まで「モノ」には恵まれていたようだ。
偉大なる父親を見習って戦を繰り返しつつも、近代まではほぼほぼ、「アラジンと魔法のランプ」な朗らかで賑やかな世界であった。
そんな世界が、第二次大戦後は、「民族衣装でロケットランチャー、そして自爆テロ」の世界になってしまう。
その一番の原因は、おそらく「石油」だ。
産業革命以前は、石油はさほど重要な資源ではなかった。これといった用途がなく、採掘も困難だった。
それが産業革命以降、自動車、船舶、航空機の燃料として、火力発電の燃料として、プラスチックや化学繊維の原料として、どんどん重要な資源になっていく。
近代以前とは比べ物にならないくらい、何もしなくてもお金が入ってくるようになる。
加えて、石油の埋蔵量はイスラム諸国でも偏りがある。サウジアラビアが最も多く、イラク、イラン、クウェートはまぁまぁ。アラブ首長国連邦はそれよりも少なく、エジプトはそれよりも更に少ない。
途方も無く巨額の石油利権を、一部の選挙のない王様国家の、ごくごく一部の権力者が、いつまでも独占し続けるのだ。
巨額のオイルマネーが大量の敵対心を呼び寄せ、それが軍需産業を呼び寄せ、そして戦争を呼び寄せる。
近年は経済発展がめざましいと言われる。これは、原油の産出国としてもともと裕福だったことに加え、海外企業を多く受け入れ、インフラの整備を進めたかららしい。
海外企業の進出を受け入れることで、自国で産業を育てずとも、自国の発展が叶ったわけだ。
例えば、現在世界で一番高いビルだとされる、ドバイの「ブルジュ・ハリファ」は、韓国、ベルギー、アメリカ、中国、インド、日本と、様々な国の企業が関わって建設されている(ソースはWikipediaのみです。ご容赦ください……)。
この他、
イスラム圏のド真ん中に無理やり建国したユダヤ教の国イスラエルに、西欧文明とイスラム文明の境界に位置する「引き裂かれた国」トルコに、「東南アジア」に存在する世界最大のイスラム教国家インドネシアと、イスラム社会を理解する切り口はまだまだあるのですけれど、話しが「中国の神様」から離れてしまうので、ひとまずここまでにします。
★ヒンドゥー文明:
インドを中心に、ヒンドゥー教を信仰している国々。アメリカとの利害が薄いせいか、『文明の衝突』でも、あまり詳しく扱われてない。
ヒンドゥー教は、紀元前のインダス文明の時代から延々と続く、多神教。周辺の土着信仰や仏教の教えを取り込んでいたりして複雑だが、雰囲気は若干日本神道に似ている。
このヒンドゥー教の教義でカースト制度が定められているせいで、インドでは「法の下の平等」という意識があまり育まれない。また、ヒンドゥー教の教えを根拠とする古くからの慣習・風習が根強く残っており(生理中の女性を隔離するなど)、日本人が考えるような「男女平等」からは程遠い社会のようだ。
つまり、伝統的なヒンドゥー教の教えを守ろうとすると、「西欧の常識」を受け入れることができない。
それでも、イギリスの植民地支配を受けていた時代に近代化の努力を進めて、国政は民主主義を採用している。
中華文明、東方正教会文明、イスラム文明と地続きの立地のため、周囲の文明と過去何度も、紛争を起こしている。特に西隣のパキスタンとは深刻に仲悪いようだ。
あまり強く国際社会にメッセージを発信することもなく、淡々と農業に精を出す。だけど核兵器は堂々と所有している。
イメージとしてはまさに、「象のような国」。
草食で、大人しく、だけど大きく、怒らせると怖い。
★東方正教会文明:
ロシアです。今回改めて世界史を勉強しなおすまで、ロシア周辺も「キリスト教の国々」だと思ってたが、どうやら少し違うらしい。
文明としてのロシアのルーツというかロシアの宗教の起源は、ローマ帝国の分裂まで遡る。
4世紀末に東西に分裂したローマ帝国の東側、ビザンツ帝国(東ローマ帝国)は「正教会」という、カトリックともプロテスタントとも異なるキリスト教宗派を組織しており、この「正教会」信仰が、現代のロシアまでずっと続いている。
この「正教会」と「カトリック・プロテスタント」とでどう異なっているのかについては、ちょっと勉強したくらいでは全然まとまらなかったのだが、正教会については、西ヨーロッパでの宗教にまつわる様々ないざこざ(ルターの宗教改革など)とは無縁でいられたそうだ。
感覚としては、政治にあまり口を出さず、民衆の生活にも干渉せず、淡々と祭祀を執り行ってきたってイメージ。
おそらくは自然環境が厳しい北国であったから、西ヨーロッパと違って、教会も王朝も、あまり「権力」に興味持たなかったのだろう。
寒い日はどこにも出かけないで、コタツであったまっていたいですよね。
なんやかやがあって、ソビエト連邦、つまり共産主義国家になった訳だが、その時代に、文化や生活水準などさまざまな面で、西欧諸国に大きく遅れをとることになった。
ソビエト連邦が崩壊してからも、その遅れを取り戻すことはなかなか難しく、石油や天然ガスといった資源を売って当面の経済を繋ぐも、ソビエト時代の大国意識を棄てられず、中国やイスラム諸国ほどの勢いを持てないまま、今に至る。そんな感じ。
★ラテンアメリカ文明:
メキシコ以南の南米諸国。ここもあまり『文明の衝突』では扱いがなかった。現状、ラテンアメリカ諸国が結束して、「他の文明」に対抗しようというような動きはない。なのに何故このラテンアメリカを独立した文明と定義しているのか?西欧文明の一部ではダメなのか?って感じたんだけど、それはおそらくアメリカ国内の情勢を見てのことだろう。
近年、陸続きのメキシコから、どんどん移民が流入して社会問題化しているが、この移民たちがアメリカ社会に溶け込んでいかないのだ。
自分たちだけのコミュニティを作ってしまい、「アメリカの常識」を受け入れない。
なにかトラブルが起きると、典型的なアメリカ人はすぐに訴訟を起こすが、ラテンの人達はマフィアに頼って暴力で解決しようとする、みたいな。
おそらく、そういうことなのだろうと思う。著書の中でそのように書かれていたわけではないけども。
★アフリカ文明:
ラテンアメリカ文明同様、あまり深くは扱われていないが、アフリカ大陸にある国々で、「イスラム化」してない国々をまとめている。独立した文明までは、育たないかもしれないとも述べている。
中国がどんどん投資しているから、もしかすると中華文明に取り込まれるかもしれないし、中国への反発を強めて結束するかもしれない。
★日本文明:
我が国、ニッポンであります。日本を「アメリカのパートナー」とか「アジア諸国の一員」としてみなすのではなく、独立した(孤立した)文明とみなしているのが本著作の特徴で、日本人にとって重要な見解だ。
テレビでもネットでも、「ニッポンのここがすごい!」って論調は根強く見かけるから、日本が西欧文明とも中華文明とも違うという主張は、日本の方なら感覚としてさほど違和感ないと思われる。
著作では、この8つの文明が衝突するとは、「具体的にこういうことだ」と、詳細に解説してくれている。
例えば、断層線戦争と名付けて、これまで世界各地で起こっていた地域紛争が、簡単に解決せず、被害を拡大させた理由を説明してくれる。
現在ロシアとウクライナの間で続いている戦争も、文明の衝突の一端とみなすことができる。
そして著作の後半で、特にアメリカ社会に向けて、このように強く訴えている。
民主主義も自由主義経済も個人の尊重も法の下の平等も、つまり我々が「普遍的な善」だと信じて疑わない価値観は、必ずしも普遍的ではないのだ。あくまでも「西欧文明」という8つのうちの1つでのみ通用する、「限定された善」なのだ。
(つまり、「アメリカの常識は世界の非常識ですよ」って、乱暴に言ってしまうとそういう事)
我々は自分たちの価値観を他の文明に押し付けるだけではいけない。それでは文明の衝突は避けられない。
他の文明を理解する努力を進め、ある程度までは尊重してみせることが、国際平和の維持に繋がるのだ。
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以上、相当に乱暴に噛み砕きましたが、黒海が理解した『文明の衝突』の主張は、上記のようでありました。
著作ではこの他にも、アメリカ国内の「多文化主義」に対する警鐘も述べられているけれど、アメリカ国内の問題なので、今回はパスします。
さて、それでは日本人はこの『文明の衝突』論を、どのように受け止めればよいのだろう?
とりあえず、世界を「先進国」と「発展途上国」に分けて考えるのは、止めたほうがよさそうだ。
そして、アメリカはもう、日本の面倒を見てくれない(若い方はご存知ないだろうけど、20世紀の日本社会は「とにかくアメリカ様の言いなりになっておけばいいんでしょ?」って空気だった)。かといって中国も信用できない。
日本文明が今後どうしていきたいかは、日本人自身が自分たちで考えていかなければいけないのだ。
……おおむね、このように受け止めておけばよいのではないかと。
勿論、天下国家をどうするかを考えるのは、霞が関とか永田町の人達の仕事だ。
実際にこの20年間、日本社会(というか日本政府)は、この『文明の衝突』を十分に踏まえた立ち振舞をしてきたと思う。
とりあえずアジア諸国への謝罪外交をやめたし、ロシアに対して領土問題では以前ほど弱腰ではなくなった。
(以前は完全にアメリカの言いなりになりつつ、他の国々にはひたすら低姿勢なだけだった)
「地球環境保護」という、一番当たり障りなさそうな問題に一生懸命取り組んで、一応の主体性を見せてたし。
十分ではなかったかもしれない。
しかし、「なにかやらなくちゃ」って気分だったところに、東日本大震災が起きて、原発が使えなくなってしまった。
あれは大きかったかなと。火力発電、つまり中東の石油に依存せざるをえなくなってしまったし。
失われた10年とか、失われた30年とか言われるけれど、とりあえず他文明からの敵対心を集めるような振る舞いではなかったかなと思う。
文明の衝突論を咀嚼すると、現代の日本文明には「西欧文明」と「中華文明」との衝突の緩衝材になるっていう役割が見いだせる。
その役割を果たす努力を……しようという……姿勢ぐらいは……見せられていたのではないかと……そのように評価するところであります。
★ ★ ★
「……はい。以上、クロームおじさんの、「文明の衝突」解釈でございました……」
「おーつーかーれーさーまー!」
わ〜パチパチパチ〜と、一同拍手。
先日の電話から一週間。恵史郎が提案した、現代の国際社会を考える勉強会の場である。
出席者は、恵史郎、鈴懸さん、すずりちゃん、翠菜、そして俺。
月が変わって11月初旬の平日、夜20時の神保町すずり邸である。
「いや〜兄ちゃんさすがだねぇ〜、イスラム文明とか、大分上手にまとめてくれたねぇ」
「さすが銀さん! イスラム社会が物騒になったのは「石油」が原因だという指摘は、著書にはありませんでしたもんね!」
「うん。オジサン、30年ぶりにめっちゃ世界史勉強し直したよ。てかあれだね。歴史はやっぱり山○だね。今の○川の教科書、カラーなんだな。俺のときは白黒だったのに」
「ウチの学校だとね、まだそこまで踏み込めてないの。カトリックの学校だからね、「法の下の平等」と対話を大切にしましょうって、西欧文明中心のスタンス」
「翠菜の学校で歴史教える先生は、プレッシャーあるだろうね。なんたって「お隣がお隣」だからね」
翠菜がフッ……って、なんとも言えない表情になる。
「先生方はなんにも言わないけど、入試では日本史を選択しないっていうのが、先輩方からの教え。まぁ航空業界に行く人多かったからね」
なるほどな。未来志向で行きましょうってな。
「「しゃべり」もそれなりイケるんだな、クローム。なるほどなるほど。アニメやらせとくだけってのも、勿体ないなー」
鈴懸さんは、少し離れたところからそれとなしに参加している。「あー私のことは気にしないでー」って言いながらな。「いつ変わるのやら」。
「いやぁ、だけど、恵史郎が中国の神々に関わることに慎重になる理由が、なんとなく分かったかな? 西欧文明でもイスラム文明でも、自分たちの社会をまとめるのに、宗教に頼ってる。日本ですら、世界から観光客呼ぶのに神社仏閣あてにしてるところあるし。お伊勢様が公式でイン○タやってんだもんな。世界は依然として宗教にどっぷりだ。……事前の勉強・準備もなしに首突っ込むと痛い目見るぞって、そういうことだよな?」
「うん。今は特にチャイナさんね。チャイナの一番偉い人が宗教弾圧やってるのが、完全に「空気読めてない」ワケ。「我々の宗教が正しい!」って言い出したら、それこそアルマゲドンまで行きかねないのを、「お互いの信仰を尊重し合いましょう」って落とし処でお互いやってるのに、自分のところだけ弾圧やってたら、「うわぁ……」って他の国々、ドン引きじゃん」
「単なる「独裁者あるある」になってるもんな。ゲーム業界まで潰しちゃって」
「だからさ。「タイミング的に今じゃない」んだよ。うかつに首突っ込むと、弾圧に巻き込まれかねない……。今はさ、チャイナの偉い人の好きにさせとくのがいい。今チャイナで起きている宗教弾圧には、なんの大義もない。誰かが北京で自爆テロやったわけでもないのに弾圧やったって、他国が支持してくれるわけがない。この宗教弾圧は、「現体制」で終わる。「次の人」になったら、まず確実に撤回される」
「もとに戻すのはそれからでもいいんだ。だけど、大変だよね? 若い人ついてこれるかな? ちょっとかわいそうかな? 今のうちから、少しずつ手助けしてあげようかな? っていうのがさ、ヒノマルネキのこころ」
「今起こってる中国での宗教弾圧を、地震か台風に見てるんだね。過ぎ去ってから、また立て直せばいいと」
「そのときにね、「もともとは、本来は、これだけの信仰があった」って感じで、三皇? 孔子様よりももっと偉い、キリスト様やムハンマド様に張り合えるくらいの神様が用意されてれば、あっちの人達、もう少し穏やかになるかもしれないよね?」
「イスラム文明は「偶像崇拝だ!」って言ってくるかもしれないけど……そこは見せ方次第かな……あとインドは多神教で偶像オッケーぽいから、緊張和らげる効果は、あるかな……」
「あとあれ。仏教はさ、チベット問題があるから、あんまり盛り上がると都合悪いんだ。遅かれ早かれ「体制の交代」が起きるじゃん? チベットの人達は「今がチャンスだ!」って勢いつけて反発してくるじゃん? 完全な独立を目指すわけ。それをさ。今までみたいに武力で押さえようとすると、ま〜たひと悶着するわけでさ。……だから宗教の問題は宗教で対抗できるようになってるくらいの方がさ。世界全体の秩序を考えたときにバランスがとれるというかね」
うーん……今のところ、完全にチャイナさんの都合だな。俺達日本人にとって、メリットはあるんだろうか?
文明の衝突理論で行けば、中華文明の勢いが弱まることは、我々日本文明にとってはプラスなはず。そこを手助け?してやることに、なにか意味はあるんだろうか。
「恵史郎……逆に考えてみてさ、「このままでは都合悪い」ってことそんなにあるの? 俺達は中国の神々に関わらないっていうのではまずいの? いや、ヒルメ様の御心ぬきにして」
「霊態系のバランスがとれないんだよね……そうか。それ説明しないとね。銀兄ちゃんが『文明の衝突』を噛み砕いてくれたから、今度はこっちの番だね」