051 ニッポンのラスボスと、現代人のギャップ
「伏羲、女媧、神農……?」
『そう! どうやろ? お二方』
「とりあえず……全然存じませんよ? アレです。俺が高校の頃ジャ○プでやってた封神○義でしか、知らないっす」
フジ○ュー版。ちなみに、フ○リュー先生についてはですねー、「PS○CHO+」のときからねぇ、ファンだったっすよ。
リアルタイムでジャンプで読んでましてね。「夜の公園で美少女と二人きり」って雰囲気がすごく良くてね。10週打ち切りで実に無念。
封○演義は……大変だったろうなぁ……キャラすんごく多くて……古代中国って、背景描くのも大変だったろうし……。
もうあのスケールのストーリーは、現代の少年マンガでは、やれないだろうな。「読者がついてこれない」って言われちゃって。
アシスタントの確保だって、当時のようにはいかないだろうし。
『本国の認識もおおむねその程度やと思うよ? ウチらと違って、ずっと信仰されてきたワケやなし……「神話の登場人物」ってだけでね……』
10月半ばの金曜日の昼下がり。「シャボン玉」の次のアニメが、ようやく完成して、若冲先生と総括してたところ、鈴懸さん(ということにしておく)が突如押しかけてきて床勝負。それが済んで、一息ついていたところである。
完成した「印象派っぽいショートアニメ」はまだつべに投稿してない。
せっかく週末であるし、スマホからの視聴が多そうな帰宅時間には投稿したいのだが、最重要視聴者様との面談をやり過ごしてからだな……。
「なんか、珍しいというか意外というか……「チャイナの神様描いてみて!」じゃ、ないんですね。「描けるか?」って聞いてきてるってことは、「描かない(描けない)という選択」を視野に入れてるってことですか?」
今までこの御方からの無茶振りは、いつも一方的なものであった。俺の側に選択の余地はないのだと、そう心得て(諦めて)いたのだが。
『う〜ん、タイミングの問題かなぁ? 「いつかはいずれは」必ずやれると思うし、やって欲しいんやけどね。「今やれるか?今でいいのか?」ってところがね、なんか今回見えなくてね』
『ヒルメさんや。ワシ昔、「釈迦三尊像」やりましたやん、若い頃。あの程度でよろしいので? ちゃいますやろ? アレでは、この時代には、不十分ですやろ?」
『そうだね〜、「今風」には、してあげたいねぇ』
『そもそも、孔子様でもお釈迦様でもない、もっと昔の、始めの頃の神様ですやろ? 姿かたちの「材料」が、とんと少ない。「仏の道」のような「教え」もない。ワシらが勝手にお姿かいて、本国の方々怒りまへんか?』
『そこはどう思う? 銀ちゃん』
「う〜ん……描写の材料が「古い神話」程度しかないのは、中国本土の人たちも同様ですよね。……これから俺も勉強しますけど……多分、それほど材料ないのは変わらない……それでもあえて、やってみせることに意味があると。中国にだって、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教に負けない、立派な宗教文化があるんだと、向こうの人達にそう感じて欲しいってことですよね?」
『チャイナの人たちにもね、お伊勢みたいな場所が、もっとあるとええなと思うのよ。ここ100年でいろいろぶっ壊しちゃってるらしく。「孔子廟」っていうのは、ちょいちょい残っとるそうやけど……ウチらでいうなら「天満宮」ってところでしょ』
「孔子様は「天津神」ではない。一神教の創造主と対抗するには弱いと」
『銀はどう思っとるの?』
「出来るできないは、俺も全然判断つかないです……ただ、必要性は、なんとなく分かります。……現代、中国は国際社会でどんどん存在感を強めています。「製造業の生産拠点」としても、「電気自動車や高級ブランド品の市場」としても……国際社会は最早中国抜きには回らなくなっています。それで、もともと中華思想を持ってて、強いプライド持っていた中国は、アメリカに代わって国際社会のトップの座を狙っているわけですが……「文化」の面で、欧米諸国にずっと遅れていると、そう思われていると、それを覆したいと、文化面でも欧米諸国に負けてない。そのような空気を作りたいと。そういうことですよね?」
『今の世の中、こういう事ですやろ? 「ハレルヤ朝廷」と「ワシントン幕府」の世ですやろ? それが面白くない唐の国が、「北京幕府」をやりたがっとると。後ろ盾の「黄河朝廷?」が欲しい。そういうことです?』
『せやね。ウチらは東の最果ての、「外様大名ヒノマル藩」ってとこやね』
『ふむー。せやったら、唐の国の人たちでやりゃーええやないですか。縁もゆかりもないワシらがやらんでも』
『チャイナさんたちはねー。まだまだ「言論の自由」「表現の自由」「宗教の自由」があんまないんです。おじいちゃんみたいなすごい絵描き、出てこれへんのよ。チャイナさんたちが自力で「黄河朝廷?」を作るのまっとったら、あと200年かかっちゃう。その200年の間にね、地球環境がボロボロになっちゃう。空も森も川も、ボロボロ』
「経済だけが強くたって、国際社会から支持されない。国家の「社会的欲求」を満たしたいのなら、経済力だけでなく、文化力で勝負しなさいと。日本も20世紀末、散々恥かいて、嫌われましたからねぇ」
『もういや。あれはホンマ。成金のオバサンがパリでバッグ買い漁るのも、「じゃぱんばっしんぐ」も、もういや。「酷賽謝悔」で天下とってもええこと一つもない。不良ばっかの高校で生徒会長やるようなもん。ウチはね。打たれ弱いんです。繊細なんです。深窓の令嬢なんやから。東の最果てで静かに慎ましく、「かわいい」を磨くの』
「繊細な深窓の令嬢」であるかはともかく、「足るを知れ」って、そういうことですよね。
『ワシも若い頃は、唐の国のお手本、よう写生しましたでな。「黄河朝廷」が「ハレルヤ朝廷」に劣っとるとは、思わんけれども。……銀、そんなにあっちはアレなんか? 昔かて、上手い絵描きさんおったで?』
「日本がやってきたようなキャラクターコンテンツを作る実力は、むしろ向こうのほうが上な位なんですけどね、最早。なんですけど、政府に潰されるみたいですよ、世界で通用するようなものを作ろうとすると。政府が許してくれるようなモノって「中国万歳!」な、ナショナリズム丸出しなモノでダサいし」
『「北京幕府」の「御用絵師」以外はあかん空気なんやな。それやと昔ながらの「おかめ納豆」になってまうと』
『だっておじいちゃん、お釈迦様かて、あかんのよ』
『えー。それはきつい』
「チベット問題とか、あるんでしたっけ……? すみませんヒルメ様。中国の状況、全然分かってなくて」
『そっか。そうね。いろんな経緯を頭に入れてからでないと、判断できんね。……う〜ん、どうしよっかな』
「あの……何か、急がないといけない事情があるのです?」
『ううん……急いどるわけやない……けど、ウチの三十三幅? 時間かかるでしょ? それが終わってからやと、ちと遅いかな。遅いというか、勿体ないかな。……あのね。銀ちゃんにね、いい「課題」かなとも思っとるの』
『唐の国の神様描いてみることで、ヒルメさん三十三幅のための、ええ経験にできると……』
『うんうん』
武者修行としてどう?ってことか……。
『恵ちゃんから「彩命術師の海外勢」って、聞いたことあるでしょ? あれね、勢力が二つあるのね……一つは、ハレルヤさん側。Bible3.0 作りたがってる人たち。 もう一つは、チャイナ三柱側。黄河朝廷作りたがってる人たち』
「Bible3.0 側だけじゃなかったんですね。「アダム」側と「ジョカ」側か……。なんか、仲悪そうですけど……」
『悪いでーす! そもそもお互いの頭がね、会うとまともに話しできんからね……すぐ喧嘩になんの。「ヨハン」と「シンシン」って言うんだけど。どっちもいい子なんだけどね。仲は悪いね……んでね、今回は「シンシン」の方……その辺の詳しい話しは、こんど恵ちゃんから聞いたほうがええかな』
「シンシン……なんか、パンダみたいな名前なんすね」
『「慎む神」と書いて、「慎神」! 向こうの発音やと……「シェンシェン」やったかな?』
「発音は日本読みと似てるんですね……うーん、どうなんだろ……やれんのかな……」
『「今の自分には手も足もでまへん」では、ないんやな』
「封神○義、読んでましたからね。三柱の神様が、登場人物として出てくるんですよ。あちらの表現からSF要素を取っ払って、現代社会と繋がる「役割?」のようなものと差し替えれば……結構いけるかな。広角の画角で、空に星空を浮かべて……北極星を中心に、星空回す。足元には長江の流れ。いかにも東洋的な、山々……背景としては、そんなもんで、後は中心に、昔の映画、「ラス○エンペラー」っぽい、「皇帝」風のどなた様かを、偉そうに座らせておけば……らしくはなると、思うんですよね」
ああでも「ラスト○ンペラー」は清王朝の皇帝だから、漢民族じゃなかったんだっけ?……まぁでも漢、唐の時代の衣装に差し替えればいいんだもんな。
『ヒルメさん描くより、ずっと簡単やとは思うよ?……「チャイナすごいやろ!」って思ってもらうだけでええんやから』
『急いでへんのやったら、今でないほうがええんちゃいます? 難しくない言うても、あちらの神様ですやろ? 立派に描いてみたほうがええんですやろ? しばらく先……一年後くらいのワシらの方が、今のワシらより、巧く描けますで?』
『今でも十分、立派に描けると、ウチは思うの……向こうの「こころ」はね……広大・長大かもしれんけど、「深くはない」から。生に貪欲。生きることに真面目。世界と直結。だけど「慈しみ・慎み・いたわり」……そういうの、唐くらいの時代までに全部置いてきちゃって、忘れちゃってるから。金銀きらきら、ドバァーンズバァーンで、ええのよ……そうそう、それにね』
「はい」
『ゆくゆくは、あっちの子達が、描いてみせんとイカン。ウチらが描いたもんは、たたき台』
「そうですよね。「日本人に描いてもらいました」じゃ、かっこつかないですもんね」
フーム、どうするかな……。若冲先生が言うように、今すぐでなくて、しばらく先、もっと表現力をあげてからの方がいいのか。ヒルメ様の言うように、クオリティを気にせず、ひとまず作り上げてしまって問題ないのか。
『んにゃ?……う〜ん、分かった〜。お二方、ちょっと考えてみてね。美羽が話あるいうとるから、ウチは今日はこれで下がります』
「いますぐのお返事でなくて大丈夫ですか?」
『うん。いつもありがとうね。ひきつづきよろしくです。それじゃね〜』
鈴懸ヒルメ様が手を振る仕草をしてみせたので、俺と若冲先生は、略式ながら最敬礼。
ガクン!と、一度首が折れてから3秒経って。
『は〜い、どうも〜、応対お疲れさまでした〜』
あ〜つっかれた〜って、首や肩をほぐす鈴懸さん。
「ログアウトなさられた感じ? 今日はもう戻ってこなそう?」
「うん。言いたいことはひとまず全部言いきった感じ。今日はもう来ないかな」
「鈴懸さんも、お疲れ様です……あの、こんな頻繁に、降りてこられるもんなの?」
「ん゛ん゛〜そんな事ない。私の頭の中だけで、いろいろ話はするけど、身体乗っ取るほどガッツリ降りてくることは、滅多になかったんだけど、なんなんだろね? 最近になって急に増えた」
「ふ〜ん、他人事みたいで申し訳ないけど、大変だよね。そちらも」
「恵ちゃんとかナナちゃんに言わせれば、いい傾向らしいんだけどねー。 ヘソ曲げて引きこもられる方が、大変らしい。私らが産まれる前、バブル時代? 日本人があんまりに天狗になるもんだから、ヘソ曲げちゃって、あの頃は全然こっち来てくれなかったらしい。んで、日本人の集合無意識?が、どんどん悪い方に行っちゃてたんだって。そうなの?」
「そうだった。まだネットなくて、テレビが強い時代だったからね。マスコミに煽られて、どんどん下品にバカになっていった。アッシー君にミツグ君、成田離婚とかね」
「あそーだ、クローム君、遅くなる前に今日完成したアニメ、投稿しちゃいなよ。帰宅時間逃すと、もったいない」
「あ、そっか。ありがとう。では、投稿します」
時刻は17時を少し過ぎた頃。帰りの電車の中、みんなスマホ見てるからな。その時間に合わせて投稿すれば、アニメ関連動画みてる人たちのおすすめに上がるはず。
オオヒルメ様が最優先で、一般視聴者様からの評価は後回しとはいえ、やっぱりねぇ、伸びては欲しいんですよねぇ……。
BGMなし、効果音なし、ストーリーなし、ギャグ要素なし、オチなし、視聴者様との接点なし。それなのに伸びて欲しいなんて、贅沢もいいところだと、分かってはいるのですが。
今回の動画、どのくらいかかったかな……たった15秒足らずの動画の制作に10日以上。
それだけかけた動画も、アップロードはあっという間。消費されて忘れ去られて埋もれるのもあっという間。
それでも、見てくださった方の心に、なんらかのあたたかいものが、少しでも宿ってくれますようにと祈りながら送り出す。
「……はい。投稿しました」
「今回はどうよ? 自分としては」
「うーん、アニメの仕事してるプロの方々とか、アニメの専門学校行ってる人たちからすれば、「コイツ何やりたいの?」って感じの、キモチワルサはあると思う。ロボ娘さん、表情と胸元以外一切動かないし、ストーリーはないし。だけど、分かる人には、分かってもらえるかもっていう手応えが、今回は少しはあります」
「どの辺?」
「商業アニメではやれないことをやろうとしてるっていうところ。今回は後ろの木ね。この木がほどほどそれっぽく動いてるのは、今の商業アニメでは、ほとんどやれないんだ。手間ばかりかかって、その割に地味で、要するに採算性がない。商業では採算合わない表現は、基本切り捨てだからね。動かすのはキャラとメカだけ。商業で切り捨ててる表現を、今の時代は個人でやっていくことが出来るんですよ。「文化としてのアニメーション」を残す手段が、今はあるんですよって、そういうメッセージ」
『まだまだ、もっとできることがあるはずやで、銀』
「そうすよね。……モノクロからレインボーに切り替わる表現とか、もっとやれますよね」
「ふ〜ん、クローム君としては、充実しとるのね、今」
「うん。社会的な結果を出せず、大変申し訳ないと言うか、居心地悪いですが」
「そうかそうか。クロームとしては、この調子でいいってことね……うーん、どうすっかなー」
「……? そういえば、鈴懸さんが、俺に話あるんだっけ? さっきヒルメ様、そう言ってたよね」
「「ヒノマルネキ」はね。ああ見えて、やっぱり「人間じゃない」。「人間の上位互換」じゃぁ、ない。人の心の細かいところとか社会の約束事とかさ、人間社会の現実に合わせきれないところがあるの。……わたしたちが、ニワトリの言葉が分からないのと同じで。 それで、さっきもホレ、中国の神様描いてみなよ〜って、軽いノリで言ってたでしょ? クローム君もそんならやってみましょうか?って感じだったでしょ? あーこりゃマズーイって思ってさ」
「? 鈴懸さん的には、マズいって事?」
「いや、そこまでは言わない。というか、大きな流れとしては、いずれはそうなっていくだろうな〜とは思う。ただやっぱりさ。海外の神様だし、ちゃんと文脈を押さえて、しっかり準備してからでないと。「慎神」がどんな奴かってことも、クローム君知らないでしょ?」
「うん……俺のこと、心配してくれてるんだね」
「クロームっていうより、私達みんなの心配。う〜ん、そうだなぁ〜、私からも説明しづらいなぁ。……あのね、これからクロームが中国の神様描いてみせるじゃん? そうしたら、「その結果」がどうなるのかっていうのを、ちゃんと先に分かっておいたほうがいい。「炎上案件」とまではいかないけど、少なからず波風が立つから。いろんなところで」
「そうなの?……いや、でもさ、今ここで、俺に「描きません」って選択肢はあるの? ヒルメ様ヘソ曲げちゃって、それこそマズイことなんじゃないの?」
「そう。そうなの。そうなんだよ。それは避けたい……うん。ダメだな。私からも説明しきれん。こうしよクローム。明日にでも、恵ちゃん神保町に来てもらう。恵ちゃんから説明してもらうほうが、分かりやすいと思う」
「あ、うん、分かった。ヒルメ様も急いでなかったもんね。文脈押さえて、しっかり準備して、慎重に行きましょうってことだよね?」
「うん。私もねぇー、スパッって行かないのは好きくないんだけどねぇ……「慎神」も悪いやつじゃぁないんだけど……だからこそなー、ちゃんと相手してやらんとなんだよなー」
「ふーん、ざっくり、どんな人?」
「生真面目なイケメン。現代の平安貴族って雰囲気。歳は私よりチョイ下くらい。今は、向こうの人たちのほうがずっと勉強してるんだな〜って、感じる。だけどさ、いや、だからこそか。人の話、あんまり聞かない。てか、ほぼ聞かない。空気読まない。私らの10分の1しか話聞かないで、10倍話す。だから、あんま関わりたくない。んだけど、話長い以外は、真面目で良い奴」
「あぁ、向こうの人そうだよね。例によって清掃会社の昔話するとさ、中国大陸じゃなくて、台湾の人だったけど、すっごくよく喋る人いたよ。止まんないの。業務中なのに電話で1時間とか平気。……あれなんだよね。アダムの彩気が全然回ってない社会で、ジョカばっかりの社会で、上下関係はっきりさせるのにさ、「どれだけたくさんしゃべれるか」で優劣決めようとしてるんだ。そういうお国柄なんだよね」
「それそれ。あぁちなみに、東京にいるから。最近は足立区にいること多いみたい」
「なんと!何故に?」
「「川の流れ」と「星の瞬き」が感じられる土地がいいってさ」
「あぁ、荒川河川敷は、確かに足立区がいいね。川口あたりは川幅狭いし、江戸川区にいくと河川敷が狭くなるんだ。星はなぁ、冬の新月の頃にちょっとオリオン座見えるくらいだけど」
「ふーん……よーし、じゃぁ、これ以上は恵ちゃんにまかせちゃおう……恵ちゃんには、私から連絡しておく」
「承知です」
「そいじゃクローム、引き続きよろしく……いろいろしんどくても、楽な方に流れちゃダメだかんな」
言い終わるやいなや、鈴懸さんは改めて、俺と、チュー。
……本当にな、鈴懸さんとの距離感が、全くわからない。すずりちゃんとも翠菜とも全然違うし。
以前ほど塩振ってこなくても、あいかわらずゴツゴツしてるし。
ま、いいか。あんまり嫌われてる訳じゃないことだけは、確かだからな。
★ ★ ★
「今度は、中国の神様なんですってね」
18時過ぎ。すずり邸に帰ってきて晩ごはん。
金曜日なので、翠菜は東京駅のキャラクターショップのリサーチに行ってしまって、すずりちゃんと二人。
すでに鈴懸さんか恵史郎から連絡もらってるのであろう、今夜の夕飯は中華であった。
チャーハンと餃子に青椒肉絲。近くの中華料理店からテイクアウトしてきてくれたようだ。
「すずりちゃんは、向こうの頭の人……「慎神さん」とは面識あるの?」
「いえ、私はないですね……一番会ってるのは恵史郎君かな? 向こうが彩命術を勉強したがっていて、恵史郎君が定期的に指導に行っている程度のお付き合いだそうです。10年前にはもう少しいろいろあったそうなんですけど、最近はお互いの利害の調整が済んで、さほど交流の必要がなくなってるんですって」
「向こうは向こうでいろいろ苦労ありそうだよね……経済発展著しいって言ったって、獲得した富の大半は政府関係者が独占しちゃって、下半分は貧乏なまま……日本にも大勢働きに来てるしね。だけど貧乏のレベルが違うんだよね。みんなスマホ持って、それなり楽しく過ごしてるという」
「政府内での権力闘争も激しそうですよね……オカルトに頼りたくなる気持ちも分かります」
「やっぱりアレなのかね。政敵の暗殺とかやりたくて、彩命術勉強してるの?」
「いえ、必ずしもそれだけではないみたいですよ。……銀さんのアニメのように、目的が何枚も重なってるんでしょう」
そんな雑談をしながらの夕飯が終わって、リビングでコーヒー飲んでいた頃に、恵史郎から電話かかってくる。
「お疲れー。美羽ーちゃんから話聞いたよー」
「お疲れーっす。状況は恵史郎から見てどうなんだい? あんまりよろしくない感じ?」
「いや、そんな事ない。むしろ順調。こんなに早く顔合わせの機会がやってくるとはって感じかな。まぁだけど、美羽ーちゃん言ってたように、ちょっとちゃんと準備しておきたいねぇ」
「そうなん?」
「日本社会は、今の時代、いろいろ「枯れちゃってる」んだよね、良くも悪くも。だからさ、みんな毒を吐きながらも大人しく暮らしてくれてる訳なんだけど、向こうの人達はそうじゃない。経済発展に文化の発展が追いついてなくて、それで一気にグローバルってなっちゃって、世の中の空気というか集合無意識がさ、煮えたぎってるというかね」
「「枯れる」。うん。今の日本そうだよな。だけど、IT業界では「枯れる」って褒め言葉なんだ。「前提の変動」がなくて、急な変更が起こらない。現場は助かる」
「うん。落ち着きを肌で感じるよね。一方で、向こうさん達はグッツグッツに煮えたぎってる。だからね、準備しないでいきなり向こうと関わると、変に刺激することになりかねないところがあってね……十分に準備して慎重に動きたいんだ……特に、「動機の言語化」が重要でね」
「ふんふん」
「銀兄ちゃんに一つ質問。「どうして中国の神々を描こうとしているの?」」
「ヒルメ様に、「描いてみ?」って言われたから」
「うん。そうだよね。そうなんだけど、「それだけだとまずい」ってことなんだ。どうまずいのかっていうと、一言で言うと「ものすごく嫉まれて、警戒される」。「なんでお前たちにだけ神様がついてるんだ!」って、妬まれて、手段を選ばず、あの手この手で嫌がらせされかねない。「神宮」にラクガキとか、あるいはもっと酷いことしてくるかもしれない。もちろん慎神がじゃなくて、他のごく一般の中国人さん達がね」
「そうかぁ? 向こうにも上手い絵師さんいっぱいいるよ? 俺みたいな泡沫You○uberの極短アニメごときじゃ、何も変わらんと思うけど?」
「短期的に、そして顕在意識のレベルではね。だけど、長期的な、そして潜在意識でのレベルで、彼らのナショナリズムの一番弱いところを刺激してしまう……兄ちゃん「ナショナリズム」とか、そういう話平気?」
「一応さ、大学受験の第一志望が某国立大の社会学部で、落ちたけど、人文社会方面は結構勉強してきたから、ナショナリズムって言葉くらいは大丈夫だ」
「彼らでは、「描けない」んだ。なぜなら「繋がってない」から。太古の神々への信仰を、とっくの大昔に棄ててしまってるから……だけど、兄ちゃんは「描けそう」なんだよね?」
「だって封神○義、あったじゃん。SF要素取っ払って、同じスケール感で描くくらい、どってことないって。古代中国の文化については、こっちにいくらでも資料あるだろうし」
「向こうの人達は、それが出来ないんだよ。絵が上手い人は大勢いるかも知れない。だけど彼らは「評価」から逃れられない。自分の評価に全く結びつかない、あるいは自分の評価を失ってしまうような、「自由な表現」をやることが、できない。向こうの集合無意識にどっぷり浸かって、精神の自由がない。「ウケるウケない関係なしに、やりたい表現をやる」ってことができない。そして何より「信仰」がどんなものなのか、何世代にも渡ってすっかり忘れてしまってる」
「まぁ……はっきり向こうの絵師さんって分かる人たちの絵、確かに二次創作ばっかりで、「オジリナルの創作系」ってほとんどみたことないなぁ、そう言えば」
「向こうの人達の特に弱いところなんだ。欧米社会以上に。霊的に未熟なままナショナリズムばかり肥大して。自分たちの等身大の在り方を見失ってる」
「なるほどぉ……」
ほどほどの相槌を打ちつつ、こっちの頭のなかを整理する。
恵史郎にとっては、結構深刻な問題っぽいな。ヒルメ様はかなり軽いノリで言ってきたし、どうせウチの閑古鳥チャンネルだったら、どんなアニメ上げたって、ヒルメ様のご機嫌以外、なんも変わりゃせんと、そう思っているのだが。
「ヒルメ様と、恵史郎とで、見ている世界が違うって感じするな。ヒルメ様は見落としてるかそもそも気にしてないことが、恵史郎にとっては大事なんだな」
「そうだね。そこを分かってくれただけでも、すごく助かる」
「恵史郎とヒルメ様の間にある、考え方のギャップって、どんなものなんだ? さっき鈴懸さんは「やっぱり人間とは違う」って話ししてたけども」
「ヒルメちゃんはね。「人間の幸せと不幸の違いが分からない」。「人間社会と人の心を直観でしかとらえない」。「信仰を持たない人々のことはまったく興味持たないし、理解しようとしない。そもそも敵だとみなしてる」」。だからね、ヒルメちゃんがよかれと思ってやったことが、一部の人間にとって大損害ってことが、起こりがち。比叡山焼き討ちとかね。……事例の件数自体は、そんなにないんだけどさ」
「現代社会は、「はっきりした信仰を持たず、自分が幸せになることばっかり考えてる」人達ばかりではないかね。現代人の大多数を敵と見てるってこと?」
「そう。だから、ヒルメちゃんに好き勝手やらせると、場合によっては取り返しつかなくなる。信長公のときはさ、明智さんが貧乏くじ引いてくれて、あそこで止まったけど、今回は国、文明をまたぐし、人間同士で簡単に殺し合いしていい時代じゃないし。やれないでしょう、今の日本で某巨大アヒル事件的なものは」
「誰かがブレーキになってやらないといけない?」
「そうだね。今回の「中国の三皇を現代に繋げる」って試みは、あと30年先でいいと思ってる。確かに慎神は真面目でいい奴だし、銀兄ちゃんと縁ができるのも、悪いことじゃぁないし、「このチャンスに是非」ってヒルメちゃんの気持ちは分かるんだけど……もう少しね、慎重にステップを踏んでいきたいというところでね……ここで、銀兄ちゃんに、お願いがあるんだ」
「うん?」
「現代の国際社会を考える、勉強会をやろうと思う。彩命術師の俺達から見て、現代はどんな時代なのか。日本だけじゃなく世界が、これからどうなっていくのか」
「なるほど、ヒルメ様と恵史郎の間にあるギャップを埋めるんだね?」
「うん。……うーんと、そうだね。今から一週間後くらいに、勉強会やろうか。……それまでにね、銀兄ちゃんには、「ちょっとだけ」予習しておいてもらいたいんだけど……いいかな?」
「予習って、本読むくらい? それなら全然いいけど」
「そ、そ、そ。何冊かざっと目を通しておいてくれるだけでいいから。なんの本読めばいいかは、すずりちゃんが分かってるから」
すずりちゃんの名前が出たところで、いや〜な予感が。今回、テーマが中国だからな。ちょっと心の準備しておかないとな。
「分かった、すずりちゃんに聞いて、予習進めておくよ」
「ありがとう。それじゃぁ後日改めて。引き続きよろしくお願いしますね」
あーい、どうもーと応えて、恵史郎との通話終了。
丁度その直後のタイミングで。
「お電話お疲れ様でしたー。さ、さ、さ、銀さん。銀さんの中の「言葉を頑張っていた自分」を揺り起こす絶好のチャンスです! モリモリ、読んでいきましょう!」
声のする方を見やると、すずりちゃんがお固そうな書籍を何冊も抱えて、ニッコニコで立っていた。
書道を嗜むすずりちゃんにとっては中国は大切なお隣様である。「あやしろ文庫」には大量の中国関連書籍が収まっている。
その中から、既に俺の課題図書をピックアップしておいてくれたのだな。
「……5,6。6冊でいいの? もっと山のように読まされるかと思ってた」
「この中に一冊、重要な著作がありまして。その一冊以外はもういらないかな、くらいなんですよ。その一冊以外は、最近の動向を知るための簡単な補足用」
果たしてその一冊とは。
「『文明の衝突』かー。手にとってみたことあるけど、実際に読んだことはなかったなぁ。興味本位で読むには、ちょっと敷居高いよね」