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放課後君は夜と踊る。ハリボテの月を俺は撃つ。  作者: 空野子織
第4章:黒海銀一郎、何やらアーティストを目指す。
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039 オジサン、今度はアニメをやるんですって。落ち着きないわねー、大丈夫なのかしら?



 いやー、これは大きな想定外だ。もちろん、いい意味での。


 新しくPCやらお高いサブスクの動画編集ソフトなど、用意する必要はない。今手元にあるタブレットだけで、アニメーション制作ができることが分かった。


 アニメーションって言っても、結局は眼の錯覚なんだな。順番に表示させて、動いているように見せかけるだけだ。一枚一枚は今まで作ってきたものと同様の静止画だ。


 歯車アニメの制作には、10分もかからなかった。お昼までまだある。


 もう一点、ごくごく簡単なアニメを作ってみようか。


 「お祈りをする巫女さん」モドキ。ベクターアプリでざっくり顔を作る。ある程度は時間をかけないと、まともな顔にならないんだけど、まぁテストだからいいだろう。

 作った顔を複製して、眼を半開きのものと、眼を閉じたもの作って、ちょっと手を合わせる動きも入れたりして……。



 うん、すごく雑だけど、これもできた。お昼までに間に合った。


挿絵(By みてみん)

(※GIFアニメです。挿絵をクリック/タップして「みてみん」に移動後、「画像最大化」をタップなどしてもらうと、少しだけ動きます」)



「ふー、お疲れさまですー。銀さん、お昼、どうします?」

「すずりちゃん」


 今さっき作った、(超雑な)お祈りアニメをすずりちゃんに見せてみる。


「どうしました? え? 何? 銀さん作ったんですか? 今? もう?」


「いや、すごく雑だよ? 実際はもっと原画作り込まないとだめだよ? だけど、動く。やってみたら、すぐできた」


「おぉぉー! さすが銀さん! まさか、こんなに早いとは!」



 ランチは、マンション1階のファミレスにしてしまう。俺とすずりちゃんと翠菜の三人。

 翠菜にもアニメ見せる。すずりちゃん同様、喜んでくれた。




「いやー、お父さん、早いなー、さすがさすが」


「まぁまだ、「Hello, World!」ってやっただけみたいなもんだけどな」


「だけどこれから作り込んでいけば、大抵のアニメ表現はやれるってことだよね? いや、さすがだね、相変わらず!」



「これで恵史郎達にも、ちょっとは明るい報告ができるかな」


「NFTマーケットへの出品を中断する代わりの報告としては、悪くないですよね。縦長ショート動画のループアニメは、参入者も少ないブルー・オーシャンですし、追従してくる絵師さんもそう多くないでしょうし、プロモーション場所として、YOU○UBEを使えるってことでしょう?」


「呟きSNSより、そっちがいいよね。真面目な教養系動画上げてる人も大勢いるし、世界中で見てもらえるし、言葉の壁も、ショートアニメなら関係ないし」


「さすがですねぇ、転んでもタダでは起きない感じが、やっぱり銀さんですねぇ」


 ……つまり、俺はまた転んだのか。後何回、転げ落ちればいいんだろうな……。



 そんな感じで、昼食をとりつつ、午後の恵史郎たちの来訪に備えて、俺たち三人の意識合わせをしておく。


★ ★ ★


 14時すぎ、恵史郎、花都香女史、七瀬さんの三人がやってきた。

 この間と同じく、すずりちゃんの部屋のリビングで会談。


 今回は翠菜も同席してもらった。クラスメート(つまり、一般の都市生活者)との交流が多い現役JKによる意見は、説得力があるから。



「いやいやいや、兄ちゃん、ホントお疲れさまです。4週間で、きりのいいところまでちゃんと、進めてくれたんだね」

「椿姫の無茶振りをすんなり引き受けてくれたこと、改めて感謝します。いつも……ありがとうございます」


 恵史郎と、合わせて七瀬さんも、まず第一に俺の労をねぎらってくれる。ちゃんと俺を認めてくれているのは、つくづくありがたい。

 ……だからこそ、ちゃんと結果を出してあげたいんだよな。


「すずりちゃんから、ある程度、下情報は行ってると思うけど、……どうだろう? そちらの感触としては、俺の絵、どう?……もちろん、まだたったの4点だし、もちろんまったく売れてないし、技術的に至らない点もたくさんあるとは思うけど」


「この間話したとおり、そもそも「すぐに売れるものを描いてもらいたい」わけじゃないのは変わらない。それよりも「唯であること」。「唯存律」をうっかり持ってしまったマイノリティな人達が、生き方迷わなくて済むように、現代世界で、魂の迷子にならないように。傍に寄り添ってくれるような作品を作って欲しい。そういう話だったよね。……うん。いいと思います。しっかりと、独自の世界観ができている。少なくとも他のイラストとは似てない」


「せっかく恵史郎がレクチャーしてくれた、相剋する2つの彩気を掛け合わせるっていうのは、俺なりに意識はしてみたんだけど、まるでモノにできてない感じするわ」


「う〜ん、でもちゃんと1点ごとに、彩気の使い分け、意識してくれてる感じするよ? マカロンのがリリス、夏空っぽいのがスターヘルツ、オレンジっぽい和風のがエミタメ、白っぽいのがジョカでしょ?」


「分かる? でもさ、2つかけ合わさってないじゃん。マカロンのやつだけかな。でもこれだけで、パンゲアxリリスじゃないでしょう?」


「たった1枚のイラストで表現しようとするとしんどいのかも。このマカロンのやつだけで、一定数作品展開してさ、複数枚で世界観を伝えるように考えるといいかも」



「なるほど……昨夜(ゆうべ)、こっちの三人でも意見出し合って、今後の課題はいくつも見つけたんだ。なにより作品の数が足りないね。深い森の奥どころか、道端のタンポポって感じだ。だから、作品の点数を増やしていくことが、必要なのは分かってるんだけど……」


「NFTマーケットプレイスの方にいろいろ問題がありそうで、単に出品数を増やすだけじゃ、先行きが芳しくないってことだよね?うん。ちょっとここで戦略の見直しをしよう」


「椿姫が、「これからはNFTが来る!」みたいなネタを仕入れてきたのが、今から4ヶ月くらい前?になるのかしら? イスラエルから持って帰ってきたって感じね……向こうはイスラム系の富裕層とも近いし、ITにも強いし。で、日本人は「カワイイ」表現得意じゃない? 「NFTドウ? ハヤルトオモウ?」みたいな感じで話振られたりして、アンテナ張っていたのね……そういう状況で黒海さん、手良沢さんにあのメイドさんのたくし上げイラスト、出してくれましたよね……あれで、ピン!とくるものがあったそうでね」


「NFT周辺の状況っていうか空気も、この数ヶ月で大分変わった。以前はこんな血の池地獄じゃなかったんだけど」


「ネットの空気は完全に「NFT 売れない」になっちゃったな。俺が話聞いた1ヶ月前より悪くなってる。当初はさ、「本当に強い作品があれば、この空気を覆せるんじゃないか」って、俺も思ってたけど、……もちろん俺の実力不足もあるけれど、ここまでになっちゃうと、もう覆せないと思う。昨日話してたんだけど、現状は結局、売り手も買い手も「世界唯一」であることに、価値を見出していないんだ。正装して鑑賞するクラシックのコンサート会場じゃなくて、渋谷のカラオケボックスなんだ。目立ってウケをとれればそれでOK。仲間内にちょろって自慢できるようなモノだったらOK。「人並みの幸せ」から離れ始めた、「唯存律」を持ってしまったマイノリティは、カラオケボックス近づかないよね」


「スマホとタブレットが世界中に行き渡って、世界中の人が同じ土俵でアート作品作って、販売できるようになったんだ。それは、いいことだと思う。だけど、まだ黎明期というか、「希少価値」ってものの重要性を分かってない人が、大勢プレーヤーになっちゃってるんだよ。特に中国系。あっちはホラ、未だに表現の自由がないからさ、表現の自由をもってしまった中国系のアーティストが、目の色変わっちゃうんだ」


「一人で1000点の作品出品したら、それはそれですごいよなって、昨夜はそう考えてたんだけど、一晩経ってみると、きっとアシスタント使ってるんだよな。昔のマンガ家みたいにさ、作画はほとんどアシスタントで、大先生は目に光を入れるだけ、みたいな。……日本のマンガ家は、もうそういうの卒業してるけど」


「日本のコンテンツマーケットは成熟してるからね。高校生でもプロみたいなイラスト描ける人いたって、誰も驚かないでしょ? 「この子は天才だ!」とか、言わないじゃない。キャライラストくらいだと。みんななんとなく、そのくらいまで描けるようになるのがどのくらい凄いことなのか、あるいは大して凄くないことなのか、察してるんだよね。……だけど、海外ではまだそこまで成熟してないんだ。周りに絵が書ける人が全然いないなか、とりあえず描けるようになったニーチャンがさ、「俺は天才だ!」って粋がってる。1000点出品すれば、1000点売れると思ってる。そういう段階」


「……今ふと思ったんだけど、もしかすると、こういうサイトがあるの面白くないと思ってる層が、わざとやってるのかな。なんか最近の出品状況見てると、ハッカーがしかけるDDoS攻撃みたいだよな。膨大なリクエストを送りつけて、サーバーに高負荷かけて落とすやつ」


「オレは昨日、AIに描かせたイラスト、大量に出品してる人見つけた。今はもう埋もれて見つけられないけど」


「あーそれやられるときついなー。AIのアートもいいけどさ、せめて分けてもらわないとな。検索パンクするよな。確実に」


「真面目にやってるアーティストやパトロン達は、離れていくよね。「まだNFT(笑)とかやってるの?」って煽られると、効くよね」



「クソがーぁぁぁああ!!!」

 ここでキレ出したのは、今回の言い出しっぺ、花都香女史だ。



「なにやってんのよドイツモコイツモ!!! せっかく広告代理店のおバカ共の干渉のない、間に誰も入らず作り手と買い手が直接取り引きできる市場が出来たんでしょうが!転売ヤーにも荒らされない、「五十鈴川」のような清流になることだって出来たはずなのに! みずから粗悪品大量に垂れ流して、ヘドロ川にしてどうすんのよ! 綾瀬川どころじゃないじゃない!! マーケティングする振りだけして売れない作品ばっかり無駄撃ちして! 制作会社を自転車操業に追い込んで疲弊させるだけの、アイツラのいない世界を作れるはずなのに! 「唯の深さ」で利する私達が、新時代の富裕層から外貨を獲得できるチャンスなのに! まーた○○のイナゴどもが、台無しにしやがったわ! チックショォメェェエエ!」


 おっぱいぷるんぷる〜んでおなじみ、某総統閣下の如く叫ぶ吠えるの花都香女史。

 キレ芸の似合うお方だ。とてつもなく激高してるのに、全然怖くない。


「てかやっぱりお金、欲しかったんですね、花都香先生」


「当たり前です!!時代はいつだって信用できない! お金は私を裏切らない!!」

 ゴウ!と両目に憤怒の炎を燃やす花都香女史。……昭和のスポ魂漫画のノリだ。マンガじゃなくて、漫画。


「椿姫のコレは、気にしないでやって。兄ちゃんたちを信用してないわけじゃないから。伊勢で遊郭仕切ってた350年前から、こうだからさ」


「作品一点辺りのオリジナリティの深さでは、「唯存律」を持った私達が、圧倒的に有利でしょう? 8大彩気の使い分けだって、表現に活かせるんだし……。そして世界には、お金が余って余ってしかたない富裕層が一定層、いるわけよ。その人達が「唯存律」をお金で買えることが分かれば、「いい取引ができるはずだ」と、……私だって、そう期待してましたよ」

 ハァ〜ヤレヤレって、感じの、七瀬さん。


「七瀬さんとしては、今回の試み、どう感じていらっしゃいます? それと、真光や鈴懸さんたちは、どう思ってますかね。「クロームシゴトシロヨ」とか、ヘイト溜めてないですか?」


「みんなは平気。椿姫のターゲットにされてお気の毒って、思ってるわ。……そうね、私としても、今回の取り組みは、悪くないと思っています。現在のウチの会社、ユメツナギノオホミタマは、日本の大手企業の皆様への(ソーシャル)(モラル)(マネジメント)と、母乳サロン「Another Mother」。この2本柱でもっているのは、黒海さんも、ご存知よね?」


「ええ」


「弊社の現在の体制には弱点があります。……お金を出してくれるお客様がどちらも、「20世紀からの日本社会の成功者」に限られてるということ……マーケティングで言うところの「金のなる木」。今後の成長が、あまり期待できないの……「金のなる木」が「負け犬」になる前に、次の「花形」を見つけて育てたい。……前々から、そこは懸念しているところなのよ」


「そうか、一部上場の優良企業って言っても、日本国内だけで完結してるところばっかりですもんね……少子高齢化で尻すぼみなのは、明らかですよね」


「次の時代に成長が見込まれる分野はどこか? どうすればそこに参入できるか? って考えていくとね、ロボットにもAIにも任せられない分野ってことです。AIに絵を描かせる試みが昨今出てきましたけど、表現の幅は、まだまだでしょう? ……結論から言ってしまうと、教育。そして文化。それも、国をまたいで全世界で通用するようなもの。ロボットとAIがこれまでの仕事の大半をやってくれるような時代に、残された人類は、何をして、何のために生きていけばいいか? それを世界レベルで考えて、解を示せるような分野。具体的なイメージが、まだまだ見えてこないんですけどね」


「夢の産屋はもう、やらないんですか?」


「客室ベッドメイクのような肉体労働が常時人手不足で、スタッフを奪い合っている現状では、無理ですね。ベッドメイクをロボットに任せられる時代になればあるいはってところかしら」


「今後10〜20年の間は、なにかと中途半端なんだよね。スマホの普及で世界は繋がったけど、おじちゃんたちの頭の中が、アップデートされてない。昭和時代のおじちゃんたちがリタイヤするまで、まだ当分あるでしょう?」


「ちょうど俺の世代が最後かな。俺と同世代が定年でいなくなるまで、あと20年あるもんな」


「兄ちゃんたちが子供の頃は、まだまだ「国益」にこだわってたじゃない。「アメリカに勝った!経済大国ニッポン万歳!」って言ってたわけでしょ。当時の新聞テレビ」


「言ってた言ってた」


「もう「国益」は、後回しでいいんだ。これからは、国の違いは、福利厚生のサービスがちょっと違うくらいだ。健康保険が安いとか、タダで救急車呼べるとか、その程度の違いでしかないんだ。「国益」にこだわるのは、埼玉県が「県益」にこだわるようなもん」


「東京で暮らしてると、その辺大分変わったなと思うけど、まだまだ東京だけなんだよな。地方に行ったら、まだまだ「日本人」と「ガイジン」だよな」


 静岡県など、「県益」にこだわって、リニア反対してるですし……向こうには向こうの言い分だって、あるんだろうけど。



「技能実習生の受け入れも失敗したしね……。まぁ日本の手遅れな地方自治体は置いておいて……スマホ行き渡って、これからは「国の中の自分」だけじゃなくて「世界の中の自分」っていうものを意識するようになる。そうなったときに、「自分の拠り所」を何に見出すのかって話でさ」


「例えば、ドバイやシンガポールの裕福なご家庭に生まれた女の子が、アニメやゲームを通じて日本に興味を持って、若いうちに一度はSHIBUYAに行ってみたい!って、そんな感じ?」


「うんうん。あるいは、ドバイやシンガポールのデザイナーやアーティストが、その土地の風土に合わせたその土地の「カワイイ」。それを見つけるために、一度は東京で暮らしてみたい、とかさ」


「日本の若いパティシエが、パリに製菓修行に行くようなもんだよな」


「まさにそれ。パリに製菓修行に行くのは、日本の製菓でフランスに敗けたくないから、じゃあないじゃん。単に自分の腕を磨きたくて、一番レベルの高い場所で修行したいからじゃん。製菓修行は「国益」のためじゃないよね。「国益」の外の何かだよね」


「「国益を超えたの価値」のために自分の生涯を捧げようという才能が、これからの世界を牽引していきます。そしてそのような才能に「必要とされる場所」にしたいのよ。日本全体を、と言いたいところだけど、、、それは無理。「東京」だけはせめて、ね」


 花都香女史、半狂乱から復帰。


「「世界の中の自分」を見つけるための、モラルウェア。俺が目指すべきなのは、そういうもの?」


「うん。結構いい線行ってると思うよ? ゲーミングミミズ。それで、この表現をもっと深めるために、アニメにしたいって、ことだよね?」


「私はすごくいいと思いますよこのゲーミングミミズ。私に近いものを感じますよ!ドクターの感性は本当に感銘を受けています、素晴らしいですね!だからこそ、あのマーケットの汚染ぶりが許せないわ!」


 ものすごく早口でまくし立てる花都香女史。ああもうめんどくさい。



「うん。一旦この、NFTマーケットからは離れたい。MP4形式で、ショートアニメを販売することもできるけど、この現状じゃぁなにやっても然るべき相手に届かない。俺自身も、ネット上での知名度を上げる必要もあるし。作品の発表先はYOU○UBEを考えてる。あそこなら、世界中の目に届く。コメントの翻訳もできるから、言葉の壁も超えられる。もちろん最初は埋もれるけれど、埋もれることを許してくれる、懐の深さもあそこならあると思ってる」


「炎上系と教養系が、なかなか上手に棲み分けしてるもんね。運営はNFTのあっちより、しっかりしてるよね」


「動画サイトに公開しちゃうから、アニメそのものは「世界で唯一」ではなくなってしまう。収益についても、まぁ期待はできないよな。なんだけど、目先の収益は叶わなくても、本来の目的には、近づけると思うんだ」


「アニメを見てくれた視聴者の皆さんが、「世界の中の自分」に気づいてくれれば、だね。それは大きな前進だと思う」


「黒海さん、制作するものが静止画からアニメーションになりますけど、その点は大丈夫ですか?」


「さっき試しに作ってみたんですよ。まだまだまだすごく下手くそですけど、とりあえず作れることは、分かりました」


 そう言いながら、さっき作った超下手くそなお祈りアニメを見せる。……この3人に見せるのは、恥ずかしいなぁ。


 ……なのだが、3人とも、おぉーって、素直に感心してくれる。……よかった。


「今までの体制でやれるんだ? アシスタントさん雇ったりしなくてもいいの?」


「大丈夫だ。俺一人でやれる」


「なるほどなるほど……一人でやれるのは、いいねぇ。スタッフさんに気ぃ遣わなくていいし、自分が諦めさえしなければ、なかなか結果がでなくても続けられる」



 1秒になるかならないかの、極短時間のしょっぼいアニメだが、タブレット上では無限ループして、アニメの女の子が、延々と祈りを捧げている。

 瞬きと合掌を、いつまでも繰り返している。


 そのアニメーションを、花都香女史は、目を離すことなく、見つめ続けている。

 先程のまさに俗物の極みであった憤怒の念は、すっかり消え失せている。


「……? あの、花都香先生? それまだ、テスト中のテストですからね? 本番は、もっとちゃんと作りますから」


「………」

 花都香女史は、動かない。



「……黒海さん、質問よろしいですか?」

 七瀬さんは、何かを察したようだが。


「はい」


「アニメーションの題材に、「祈り」を選んだのは、どうして?」


「うーん、純粋に技術的な問題が大きいですかね? 子供がボールを投げる〜みたいな表現は、人物の全身を動かさないと表現できなくて、今の自分には難しいです。人の顔を描いて、目を伏せさせて、それに手を添えれば「祈り」を表現できるでしょう? それと、ショート動画はループするんです。作品そのものは極短時間でも、いつまでも眺めていられる。

あの4点の静止画もそうなんですけど、ネット上の憎悪(ヘイト)から、自由になって欲しいんです。自由になって、静かな心でいて欲しい。「ずっと眺めているうちに、心が静かになる」。そんな動画を作りたいと……そう思ったんですかね?」


 本当に簡単なテストのつもりだったからな。正直なところ、理由まで考えてなかった。


「なるほど……ちなみに、今後制作予定のアニメーションは、先程のゲーミングミミズになりますか?」


「えぇそのつもりです。ミミズらしい動きを表現するのに、時間がかかるかもしれませんが」


昨夜(ゆうべ)銀さんと私と翠菜と三人で、意見出し合ったんですよ。翠菜がクラスメートに自慢できるくらいの「尖った何か」があった方がいい。ミミズがクネクネ動き回って、「ヤダーキモーイ」ってくらいの方が、印象に残る……要は、エンタメ性ですかね?」


「まず「楽しい、面白い」って素直に感じられるものがいいよね。友達同士で共感できるものがいいなって、ところなんですけど……」


 このタイミングで、ようやくすずりちゃんと翠菜が会話に参加する。

 別に萎縮してた訳じゃないんだけどな。最初から恵史郎がこっちに話合わせてくれてたから、口出しする必要、なかったのだ。


「……これだわ」


 花都香女史が一言。ん? 何?


 ピンポーン。

 ここで、この部屋のインターホンが鳴る。


「あ、私出ます」


 インターホンとは珍しい。宅配なんてみんなエントランスの宅配BOXに黙って放り込んでいくだけだし、ウチの身内はみんな事前にスマホに連絡くれるからな。

 今日はこの三人以外誰か来るって話には、なってないのだが。


「!……そうきたかー」

「!……なるほど」


 恵史郎と七瀬さん、二人の表情が変わる。……何かを察した?


「そうよね……きっと、これこそなのだわ」


 目を伏せてそう呟く花都香女史。独り言というより、誰かに語りかけているようだ。



「はい、今解錠します……。えっと、美羽さんです。今行きますって。準備よろしくって」


「鈴懸さん?なんで急に?」


「すずり、翠菜。悪いけど今すぐこのリビング、ざっとでいいから片付けてくれる? ソファー端に寄せて、お座布団並べてくれるだけでいいわ」


「七瀬さん、もしかして……」


「ええ。いっつも急だから、もー参っちゃうわね。玄関には、私が行くから」



????



「座布団の配置は、1−1−3−2、が、いいかな。俺と椿姫とばーちゃんで、3。すずりちゃんとスイスイは最後列ね」


「はっ!」


 すずりちゃんもだけど、翠菜がもう、めっちゃ緊張しだした。



 なんだ、全然分かんないぞ。


「兄ちゃん、座布団出たら、座って待ってて。先頭、真ん中ね。あとさ、ヨモコ様、呼んでおいて」


「お、おう」


 ポン!って感じで、まぁすぐ出てきてもらえるんだけどな。


『まったくもう。……銀一郎殿は、心配しないでくださいね。別に悪い話では、きっとないから』


「はぁ……」

 ヨモコ様は最近の定位置、俺の頭の上に乗っていてもらう。



 ……なんか急に、部屋が暑くなったな。都内のタワマンにつき、この季節は冷房必須。設定温度は28度で、今しがたまで、暑さを感じることはなかったのだが。


「すずりー、準備できたら合図してー。飲み物とかいらないからー」


 玄関口から、七瀬さんが呼びかける。鈴懸さんは、もう来たのか? 普通に入ってこない? なぜ?


「はい。ごく最低限で申し訳ありません。リビングはこれで、お願いします!」


 すずりちゃんと翠菜は最後尾の座布団に正座。二人とも背筋をピン!と伸ばしてしまって。


「よし。兄ちゃんは、そこ座って。座り方は任せるよ。あぐらの方が男らしいかも」


「いや、二人が正座で、俺だけあぐらって、それは無理だって」


 花都香女史も座布団に正座する。恵史郎はあぐら。……俺達四人が座ったのを確認して、


「ばーちゃーん、オッケー」


 恵史郎が玄関の七瀬さんに合図する。そのタイミングですずりちゃんと翠菜は深々とお辞儀に入る。土下座というか、巫女さんらしい最敬礼。


 七瀬さんと鈴懸さんが入ってくる。


「失礼ながら、私達は略式にさせてもらいますよ? 後ろの二人を萎縮させたくないから」


『急におしかけたのはウチやもん。よかよか』


 なんだよ、よかよかって。そして七瀬さんは、鈴懸さんに敬語で話している。


 花都香女史も、お辞儀に入る。恵史郎はあぐらのまま背筋をピン!と伸ばして、少しだけ頭を下げる。




 なんだ、どういうことだ?まいった。やばい。俺以外全員が最敬礼に入ってしまった。

 なんかすごく偉い人、来たっぽい? だけど、相手が誰だかわかんないのに、とりあえず深々と頭下げるというのも、どうなのか?


 俺がおどおどしていると、ヨモコ様が、

『銀一郎殿。そのまま堂々としてらして。お辞儀も別にいりませんから。気持ちだけ、向き合ってあげて。大丈夫。あなたもよく知る、暑苦しい女ですよ』



 部屋の中が暑い。いや、あったかい。真夏の厳しい日差しと言うより、ポカポカする冬の木漏れ日のような、そんな気配。

 ……あぁ、そういうことか。そういえばこの間も、手料理食べたいとか、言ってきたんだった。



 七瀬さんも座る。座布団に正座。花都香女史と同様、土下座のような最敬礼。



 鈴懸さんが、中央、先頭の座布団に正座する。正対して、鈴懸さんが誰を連れてきたのか、いや、その心のなかに誰を「降ろして」いるのか、察する。



 全員の所作が整ったタイミングで、鈴懸さんの「中のお方」が一言。


『んちゃ。みんないつも、ありがとさまどす』



 「んちゃ」じゃねーよ。



 こちら側が全力で恐縮しているなか、こんなユルい挨拶で始められるような大物は一人、いや一柱だけだ。



 どうお呼びするのがいいのかな。


『天照大神って呼ばれるの嫌なん、知ってるやろ? ヒルメって呼んで。オオヒルメムチ』




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