035 月護恵史郎による彩命術講義 〜 「愛よりも尊い何か」と人間社会の関係
(※本章の語りは、月護恵史郎が行います)
さて、おやつタイムも済んだことだし、彩命術師ならではのディープな世界をお見せしていくよ……兄ちゃんがこれからアート方面で活躍する、ヒントがいっぱいあるはずだから、もうしばらくお付き合いしてね。
まず、復習から。
彩命術の行使に必要な霊的エネルギー、「彩気」は全部で8種類。それぞれが「愛よりも尊い何か」って感情と繋がってる。
改めて、
「アダム」は、「正義の炎」。
「自分たちと利害が対立する相手を「悪」だと断罪して、焼き払ってこちらの正義を示そうとする心の働き」。
「イブ」は、「真理を映す水鏡」。
「正しいものに対して、謙虚に、正確に寄り添おうとする、心の働き」。
「リリス」は、「影絵の戯曲」。
「嘘をついて、事実、あるいは真実を隠してしまおう、あるいは光の当たるところから隠れてしまおうとする心の働き」。
「エミタメ」は、「誕生の歓迎」。
「誕生直後の赤ん坊の、命が伸び広がる力強さを大切にしよう、そんな心の働き」。
「ジョカ」は、「欲望の供応」。
「無限に湧き上がる欲望の泉から価値あるものを取り出して、他者に分け与えようとする心の働き」。
「パンゲア」は、「輝きの集積」。
「金属、鉱物をどんどん一箇所に集めて、固くて大きな塊を積み上げていこうとする心の働き」。
「タナトス」は、「死への崇敬」。
「すべての生命に平等に訪れる「死」に対して敬意を示して、悼む、弔う。そんな心の働き」。
「スターヘルツ」は、「悠久の共鳴」。
「遠く離れたところにいる誰かに向けて、想いを響かせる、そんな心の働き」。
彩命術では、この8つの心の働きは、「愛よりも尊い何か」であると同時に、人間以外の他の生命と繋がる感情でもあると考えてる。
「アダム」は、オオタカやヒグマみたいな食物連鎖ピラミッドの頂点にいる大型肉食動物が、容赦なく獲物をしとめる時の心。
「イブ」は、清流に寄り添って生育する、水草たちの心。
「リリス」は、太陽から隠れて土中や深海に棲まう、ミミズや深海魚たちの心。
「エミタメ」は、生まれたばかりで巣立ちできないひな鳥を丁寧に育てる、親鳥たちの心。
「パンゲア」は、固く大きな体を作って、外敵から身を守りながら生きる、亀や象たちの心。
「ジョカ」は、チャンスがあれば、環境が整えばどんどん増える、繁殖力の強い微生物や雑草たちの心。地球上の生命共通の、根本的な心でもあるかな。
「タナトス」は、屍肉をきれいに食べることで、死んだ動物たちが穏やかに土に還るよう促す、ハイエナやカラスたち、スカベンジャーたちの心。
「スターヘルツ」は、広大な大海原を一心に泳ぎ続ける、クジラやイルカたちの心。あるいはジェット気流に乗って遠い土地まで旅する、渡り鳥たちの心。
人間ごときの薄っぺらくて理屈っぽい「自意識」を超えて、全生命共通の「心の働き」によって霊的エネルギーを生み出し、神秘を起こすのが、彩命術。
さて、この8大彩気はそれぞれ単独で扱うこともできるけど、複数を組み合わせて使うこともできる。
例えば、「国家」っていうのは、基本的にアダムとイブでできてる。イブで法律を守らせて、法律を守らない犯罪者は、アダムの心で罰するワケ。
そこにリリスを組み合わせれば、「貨幣経済」っていう複雑な嘘をみんなで共有して、上手に分業を進めることができる。カナダで育てた小麦と、オーストラリアで育てた牛の牛肉と、日本の長野で採れたレタスで、ハンバーガーを作れる。
世界各地から様々な食材を運んでくるのは、パンゲアとスターヘルツで作られた、緻密で強固な物流ネットワーク。
学校教育でも映画でもテレビドラマでもマンガでも語られないから実感ないかもしれないけど、現代社会は基本的に、「愛よりも尊い何か」が複雑に組み合わさってできている。
現代社会を作り上げた真面目で頭のいい先人たちは、多かれ少なかれみんな、「愛よりも尊い何か」を心得ていたんだ。
身分制度がしっかりしてた古い時代は、お見合い結婚が普通だったっていうのも、あるんだけれどね。
では、次。8大彩気の相生と相剋。
相生と相剋の関係は、図の通り。
相生と相剋は、陰陽道とおなじね。アダムがイブを生かし、パンゲアがアダムを弱くする。そういうこと。
相生の関係で一番分かりやすい事例は、現代の「資本主義国家」。
強いアダムの心が、自国の正義を示して、憲法を作る。憲法の理念に従い、イブの心により各法律を作る。法律が整ったら、リリスを加えて、貨幣経済を動かす。経済活動によって生活の糧を得たら、エミタメの働きで所帯を持って子供をつくる。子供が育ってきたら、ジョカの心で成人式みたいに要所要所でお祝いしてあげて、社会の一員に迎え入れる。一人前に成人した個人を企業が受け入れて、個人ではなく「企業の一員」として、仕事に従事してもらう(パンゲア)。その人が歳をとって亡くなったら、みんなで葬式をあげて弔ってあげる(タナトス)。その人の遺志を、若い世代が受け継いで(スターヘルツ)、次の時代の「正義」を示していく。
どの国にもお国柄はあって、強い彩気と弱い彩気があるから、ここまできれいには回ってないけれど、理念上は、資本主義国家っていうのは、人間一人一人の欲望や利害を、相互に調整し合いながら全体としてうまく回るようにできている。
では、相剋の関係ではどうだろう? 一つの事例があったんだ。それが、「共産主義国家」。
計画経済は、人の生き方を最初から決めてしまう。生まれてきた「命の可能性」を信じず、押し殺して、固定の役割を与えてしまう。悪いアダムがエミタメを剋する。自分の生き方に生きがいを見いだせない命達は、活力を失い、「命の価値」を見失い、簡単に殺されてしまう。「死」を尊ぶことをしない。悪いエミタメがタナトスを剋する。ソビエトでも昔の中国でも、大粛清があったよね?簡単に人の命が奪われる社会では、誰もがルールを守らなくなり、権力中枢が腐敗する。悪いタナトスがイブを剋する。腐敗した組織は、権力を乱用して人々からさらに富を奪う。悪いイブがジョカを剋する。自分が豊かになることを否定された社会では、遠い未来に向けて価値や想いを残そうという心、つまり文化が育たない。悪いジョカがスターヘルツを剋する。文化が枯れた社会では、嘘が共有されず、最終的には貨幣も信用されなくなる。悪いスターヘルツがリリスを剋する。ソビエト崩壊直前のルーブル紙幣は、紙切れ同然だったそうだね。
……とまぁ、こんな感じ。俺もあまり経済学とか共産主義とかじっくり勉強してないから説明雑で、こじつけくさくなってるかもしれないけど、彩命術の世界観でも、ある程度世の中を語ることができるってことね。
「……なぁ恵史郎、その8大彩気の相生と相剋の関係って、誰がいつ考えたんだ? ……割とよくできてない?」
うーんとね、そんな昔じゃない。てか、改めて整理したのは10年くらい前。さっきちょろって話に出した「海外勢」に、隠神道の考え方を説明しなきゃいけなくなって、その頃ね。
別にオレら一人ひとりが彩命術使うときってさ、相生とか相剋って、意識しないよね?術師個人のレベルではこういうの分かんなくてもいいの。だからオレらはあんまり考えてこなかったんだけど、向こうさんたちが結構「体系的」に世界を語りたいって思ってたみたいで、話し合ってるうちにこうなった。
向こうは「神学」とかあるし、本気でBible 3.0を作るなら、何から何まで、1から10まで「世界の成り立ち」について説明できるようになってないといけないらしくてね。
未だに天動説信じてる人達にも納得してもらえる物語にしないといけないっていうのは、大変だよね。
まぁこの相生、相剋については、道教・陰陽道から考え方を借りてきてて、「その方がアジアっぽい」って、その程度のノリなんだけど、でもこれはこれでアリかなとも思う。
1000年前の「一番まともだった頃の中国」と、「2回の世界大戦を経てようやく落ち着いた国家システム」とがほどほど繋がるよね。昔も今も、「人の賢さ」は、実はあまり変わってないのかもって話でもあるよね。
よし、それでは次にいこう。兄ちゃんにとっては、ここからが本題。
今話した8大彩気の相剋の関係については、さらに応用がある。
普通だったら剋されて、つまり弱められておしまいになる2つの彩気の関係を、上手に均衡を保つようにバランスをとると、両立して「強い価値観、パラダイム」になるんだ。
いくつか具体例を挙げてみる。
1つ目、パンゲアとアダム。普通ならパンゲアがアダムを剋する。重厚な岩石の山が立ちふさがり、炎の勢いを弱めてしまう。
なんだけど、ここで炎の力を強めて、岩石を溶かしてしまうほどの火力を与えてみると? 「鉄を鍛えて鋼の刀を造ることができる」。
あるいは、「火薬で弾丸を打ち出す銃を造ることができる」。
アダムの対極のパンゲアの力を借りて、己の正義を示すことができるようになる。
本来なら相剋の関係だったアダムとパンゲアを両立させることで、武士の魂である刀、アメリカが好きで好きで手放せない「銃社会」を造ることができるんだ。
刀は武士の魂。銃はアメリカ人の魂って事。
2つ目、イブとジョカ。普通ならイブがジョカを剋する。真理を映す水鏡が綺麗すぎると、水底から欲が湧いて出ることができなくなる。だけど、真理を映す水鏡が、真理そのものよりもあまりに広大だったら? つまり、長江の壮大な流れ。無限に溢れてくるんじゃないかっていう豊かな水の流れは、ちょっとやそっとの真理では、押し留めることができない。むしろ、あの壮大な河の流れこそが、世界の真理を示しているのではないか。
無限の河の流れが、水鏡に代わって世界の真理を映すというか、語りだす。
それが古代中国が作り上げた漢字文化と、中華思想。
中華思想は世界的に見れば迷惑で、正直イメージ悪いけど、それなりに根拠というか、しぶとい後ろ盾があるということね。
3つ目、スターヘルツとリリス。普通ならスターヘルツがリリスを剋する。人間の手が届かない遠い宇宙の星々達の正確な運行の前では、ちょっとやそっとの嘘がつけなくなる。はずなんだけど、強い強い信仰心が、地球こそが宇宙の中心だと、人々に根強く信じ込ませてるんだ。……さっきも話した天動説ね。
4つ目、エミタメとタナトス。普通ならエミタメがタナトスを剋する。生まれたての命の勢いは、先だっての「死」の重みをかき消してしまう。千人くびり殺すんだったら、千五百の産屋を建ててみせようって、そういうことだね。……なんだけど、あまりにも大きな「死」がそこにあると、……同調圧力も相当あったんだろうけど、一人ひとりの命の勢いを持ってしても止められない「死の衝動」になるんだ。……これが、特攻精神。あるいは、戦時中各地で起こった集団自決。現代でも自爆テロは時々あるよね。自らの意志で自らの命を使い切って見せることで、死の重さを倍増させる感じだね。
ざっくり4つ、説明してみた。アメリカの銃所持欲求も、中華思想も天動説も、相当根強いよね。一度相剋の関係にある彩気の両立を果すと、人の心に強く縛り付ける価値観になる。……この考え方を上手く使えば、世の中に強く訴えるアート作品を産み出すヒントになると思うんだ。
「つまり、ただ闇雲に絵を描くよりも、絵に込める彩気を2つ、バランスを考えて組み込んでみたら、強い作品になるということだよな?」
そう。
「今挙がった4つ以外だと、ジョカとスターヘルツ、タナトスとイブ、リリスとパンゲア……それと、アダムとエミタメか……アダムとエミタメは、俺でも分かるよ。ほぼ唯一と言ってもいい、今の日本人でも語れる正義、「かわいいは正義」。そういうことだよな」
そういうこと。
……銀一郎兄がメガネを外し、両手を合わせ、両の親指で眉間を押さえる。……さすがにマニアックだったかな。こういう話、好きな人は好きなはずだけど、一般には敬遠されちゃうかな。
「俺さぁ……一応8つ、彩気開いてるじゃない。だから、スタートは分かるんだ。リリスの表現、タナトスの表現って、今の時点でも、ちょこっとはイメージできるんだよ。……なんだけど、問題はゴールの方。……相反する彩気を2つかけ合わせて、俺らの世代が大好きな、某極大消滅呪文みたいにだな、強い強い表現でもって今のネット世界にドカンと作品を打ち立てればいいって、そういう机上の皮算用はできるんだ。なんだけど、その表現を、どこに向かわせればいいんだろう? 世の中は、時代は、人間社会は、どこに向かうべきなんだ? 遠い未来にはロボットやAIがもっと実用化して、人間がほとんど働かなくていい世の中がやってくるのかもしれないけど、まだまだ先の話だ。その遠い未来に辿り着くまでの間、普通の人間たちは、何を目指せばいい?なにやってればいい? ごく一部の天才さんたちは、ロボット実用化目指して頑張ってくれればいいんだけど」
「その辺は、オレでも椿姫でも確信できるものはないんだよね。 椿姫は、「自分が望めば、唯存律を高めることができる世の中」がいいんじゃないかって、考えてる。オレ個人としては、まだ世の中そこまで進んでないと思う。人々の心がついて来れないと思う。だけど少なくとも、今の「大声張り上げてとにかく目立ったモン勝ち」っていうのが面白くない人達は、いると思うんだよ。地道に生きて、貧乏くじ引いてる人達ね。その人達の心に響くモノがあればいいなって思う。相剋の彩気2つを組み合わせてできるパラダイムのどれかに、頑張ってる人達の心に届く何かが、見つかるといいなって思ってる」
「90年代後半のアニメの方が、今の1クールで終わるアニメより、ずっとデキが良くて面白かったもんな……その辺、昭和生まれのオッサンなりに、頑張ってみるかな……ちなみに恵史郎」
「何?」
「相剋の関係にある2つの彩気を掛け合わせるとどうなるかは、分かったけど、「正反対」の彩気同士だと、どうなるんだ? つまり、アダムとジョカ、イブとパンゲア、リリスとタナトス、エミタメとスターヘルツ。その掛け合わせ」
「さすがさすが。そこまで考えがおよぶとは。えっとね。基本的に彩気8相図の正反対の彩気同士は、滅多には混ざらない。水と油。……アダムが強いアメリカと、ジョカの強い中国は、仲良くなる気配ないよね? 宇宙空間では、生命は育まれない。スターヘルツとエミタメは、混ざらない。……強いて例を挙げるなら、ガ○ダムのニュー○イプ?オレも良く知らないんだけど。……イブとパンゲアを無理に掛け合わせようとすると、鉄や鉱物を積み上げて真理を表現しようとすると、旧約聖書の「バベルの塔」になる。リリスとタナトスはなぁ……なんとかむりやり例を挙げると、樹海とか大森林かな。多くの生物の躯が土中生物に分解されて土に帰り、多くの木々が育って森になる。人間が立ち入れないほどの大森林。……そうだね、現代の人類の手で創造できる、一番の神秘が、大森林かな。ちなみに、実は何気になんと、日本人はそれをやる。割と自然に、当たり前のようにやってきた。由緒正しい大神社は、大抵森の中に鎮まってるよね」
「神社神道は森を大事にしてるもんな。森を護ることこそが唯一の教義と言わんばかりで。太陽神を祀る神社なのに、森の中にあるもんな」
「「天照大神の一番の信徒」は、人間ではなく、森に棲まう樹木たちなのさ。彼らのほうが人間よりも寿命が長い。太陽の光こそが彼らの食事。人間と千年杉と、どちらが信心深くいてくれるかって話なんだよね」
「人間がいなくても成立する宗教? 深い話だなぁ……」
「その辺が、Bible 3.0 が人々に受け入れられる切り口になるかなと思ってる。旧約も新約も、「人間の信仰」しか扱ってこなかった。自然の中に神々を見るアニミズムは、未熟な宗教とみなされた。だけど、人類が現れる以前から、アダムとイブが知恵の実を食べる以前から、神々への信仰は存在していた。そんな風に考えるのは現代科学の世界のなかでも、そんな不自然じゃないと思うんだ」
「恐竜が闊歩していた時代にも、神の心と信仰があったと……」
「これ以上踏み込むと、本当にBible 3.0 の話になっちゃうから、この辺にしておこう。だけどせっかくだからもう一つだけお伝えすると……兄ちゃんさ、その正反対の、水と油の彩気、2つを開いて、念じてみてよ。アダムとジョカ、イブとパンゲア、リリスとタナトス、エミタメとスターヘルツ、どれでもいい。……リリスとタナトスが一番簡単かな。その念が上手く行くと……この宇宙を創造された、「唯一神への祈り」になる」
「彩命術は、八百万の神々と、人間以外の生命達……特に霊影細菌達と仲良くやっていくための技術なんですけど、整理してみたら、唯一神との相性も悪くない事が分かったの。今海外勢が、いろいろと研究してるわ」
「あくまでも念じるだけね。なにか形になるものを作ろうとすると、すごく難しい。バベルの塔になっちゃう。一神教が偶像崇拝を禁忌とするのと同じ理由かな」
銀一郎兄はためらうことなく、右手にリリス、左手にタナトスの念を込め、眼を伏せて手を合わせる。……さらっとやっちゃうんだよなぁ……。普通の日本人なら、八百万の神々はともかく、唯一神と関わるの、無意識に避けるところがあるんだけど。
「正反対の彩気を開いてないと、できないんだよね。私はタナトス、アダム、イブ、エミタメだから、できない。翠菜はイブとパンゲア開いてるからできるけど」
「スイスイもキャリア濃ゆいもんね。カトリックの学校と、「あの神社」に毎日通ってるからこそな訳でさ」
「日本人で唯一神と近くなると、本当に生きづらくなるのよね……翠菜は「商売」には向かないわ。この業界でしかやっていけないわよ」
「花都香先生、IT方面は、意外と信心深い人材多いですよ。日本のIT業界というより、世界的に見ればって話になりますけど」
銀一郎兄、念じながらも、こっちの会話に入ってくるし。
「どうですか? ドクタークローム? 何か感じまして?」
銀一郎兄は念じるのを終了。手を降ろして目を開く。
「ヨモコ様から『今日はその辺にしておきましょう』って言われたんでこの辺にしておきます。……あとなんか、「ハレルヤ」って聞こえてきましたね」
「あらまぁ、それはそれは。唯一神の周りの天使たちかしらね」
「兄ちゃん、ちとスペック高すぎるよ。話がどんどん進んじゃうよ」
「とりあえず、俺がデジタルイラスト描いていけばいいだけだもんな。唯一神とお近づきになれって話じゃなかったもんな」
ここで、声にならない椿姫の呟きが聞こえてくる。
−− 運命の流れが加速してるわ。今年のうちに大きく動くかもしれない。−−
……流れが加速しているとしても、悪い方向に流れてないのは確か。それでいいんじゃないかな。
「いろいろありがとう恵史郎。ちょっと時間かけて、俺の頭のなかで整理してみるわ」
「急にいろいろごめんね。だけど、無駄にはならないはずなんだ。俺達にとってと言うより、世の中全体にとって」
「NFT云々というのは、あくまでもきっかけに過ぎません。肝心なのは、「唯たる想い」が、然るべき相手に、届くということ。その繋がりが産まれること」
「分かった。とにかく俺なりにやってみるよ。他の業務との兼ね合いは、どっかのタイミングで七瀬さんと相談すればいい? 明日以降でOK?」
「ん〜、しばらくは何もしなくてもいいよ?」
「そういうわけにもいかんて」
「んじゃー、毎朝北の丸行ってくれてるじゃん? あれだけでいいよ。んでさ、それ以外にやってほしいことできたら、改めて相談させてもらうってことで、みんなには根回ししておくから」
「それだけでいいの?」
「兄ちゃんにお願いする仕事はさ、それだけ重要だってこと。世界を、時代を動かせる奴らは、単にいいね!を稼ぐ奴らじゃないって知らしめることは、大事なことなんだ。それができる人間は、貴重な存在なんだ」
「ついこの間死に損なった、メンヘラオジサンなだけなんだけどな……卑屈になりすぎるとみんなに失礼だけどさ。……分かった。期待に応えられる仕事をするよ」
「うん。それじゃぁオレと椿姫は、今日はこの辺でお暇するよ。……すずりちゃん、兄ちゃんのこと、よろしくね」
「うん、分かりました。任せて」
「ふたりとも、引き続き心を強くもって頂戴ね。大丈夫。八百万の神々が、みんな応援してくれてるから」
互いに気持ちをこめた挨拶を交わして、神保町すずり邸を後にする。
「椿姫、どう?感触は? 椿姫から見て、兄ちゃん大丈夫そうかい?」
「こんなに早く唯一神と繋がってしまったのがちょっと心配。唯一神の周りには、悪魔も大勢いるから。……それ言い出したら八百万の神々はみんな悪魔だけどね……いらんこと吹き込まれて、良くない方に流されなきゃいいけどって、……ヨモコママも憑いてるから、そっち方面は心配ないか。ともあれ、これでようやく「昭和の精算」が終わる、その見込みが立ったわね」
銀一郎兄は、「昭和の終わり」を見届けた、最後の世代だ。彼だからこそ展開できる世界が、きっとあるはず。
健闘を祈ろう。