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放課後君は夜と踊る。ハリボテの月を俺は撃つ。  作者: 空野子織
第3章:「今の時代」と「昔の時代」。
34/61

031 いつまでも残り続ける、「昔の時代」。




「「「「「「ごちそうさまでしたー」」」」」」


 おかげさまで、好評のうちに、食事会が終了した。


 食後の後片付けは、本来俺の仕事なんだけど、今回はすずりちゃんがやってくれることになった。翠菜も手伝ってくれる。

 鍋やフライパン、かなり使っちゃったけど、二人いれば大丈夫かな。お言葉に甘えさせて頂く。



 食器類をさげたリビングで、食後のアイスコーヒータイムである。


「さて、ちと仕事の話するよー。さっき少し話ししたけど、SMM協会所属の企業さま方の、最近の動向」

「例の事件がどうこうって、話だよね」

「この間さ、元総理大臣が、撃たれたよね? 選挙の演説やってて」

「あれか。宗教団体への逆恨みで、銃を自作したんだよね? マスコミは連日、大騒ぎしてるね」


「ああいう事件が、東京では起こりにくくなってるの。私達が仕事してるから。「霊錠結界」が機能して、悪意を募り募らせってことがないようにしてるから」

「協会加盟の企業さんには、「あのような事件が東京で起こらないのは、SMM活動の成果です」って言ってしまえるってこと?」


「そこまでは言い切らないかな。実際はその通りなんだけど、「あのような事件を起こさないために、SMM活動を進める必要があるのです」くらいかな」


「んでね、今回の事件、宗教がらみでしょう? どの企業さんもちょっと心配してるのね。「ウチの会社このままでいいのかしら」って」

「昭和の時代ならあったかもしれんが、今時の企業はコンプライアンス重視で、「会社ぐるみで特定宗教にどっぷり」とか、やってないでしょう?「一人ひとりの信仰の自由を尊重」っていうのが、模範解答だよね」


「意外とそうでもないんだなー。創業者さんが特定の団体の熱心な信者さんだったり、入社式の後に新入社員全員連れて、おっきな神社に参拝、とかはやってたりするからね」


「そういうのは、「個々人の考えを尊重」ってことで、「強制しない」ってところで、上手い距離感を作っていくもんじゃないの?……ああそうか。その「距離感」を作るのを、委託したいわけだな。ウチの会社が、その「距離感」を作らないといけないんだな」


 委託できる業務は、なんでも委託。今の大企業は、高いスーツを着た赤ん坊だ。いい歳して、おしゃぶりが取れない。自分の頭では、な〜んにも、考えられない。

 しかしそこに、弊社が収益をあげるチャンスがあるのだ。



「そうなの。まぁ、作文つくるだけなんだけどね。……協会に加盟している企業さんをまわって、企業ごとの「宗教団体・宗教活動との関わり」をヒアリングして、「宗教に関するセキュリティポリシー」を作ろうって、流れになりそう。今日の昼間、主だった会社、何社かまわって、依頼されちゃった」


「しばらくは、加盟企業さんまわってヒアリング、になるわけね。ナナ姉と美羽でやるの? 二人で大丈夫?」


「うん。アンケート形式のメール投げて、その回答を回収するだけだから。……回収のときに、顔出しするけどね」


「あ、そうか。「オフィスの中に神棚がある」っていうのも、残っていたりするよね。昔からの慣習で。……ちょっと考え直したほうがいいかもしれないよね」


「大手町には「将門公の首塚」もあるじゃない? 意外と結構、信心深いの。それはそれで、結構なことなんだけど、「なんとなく」っていうのをね、見直していきましょうって流れを作ろうかなって」


「戦前から続いている企業で、オフィスに神棚飾ってる会社は、宗教活動だと思ってやってないよね。正月に初詣行く感覚で、やってるだけだよね」


「日本人ならそれが「普通」だと、思ってるからね。「日本人として普通」っていう考えが、そもそもダメだってことを、今回はっきりさせようって、ナナちゃんと決めた」


「焦点は、「強制」させてないかどうかだよね? 個人情報の取り扱いと同じく、相手の「同意」を得てから参加してもらう、っていうみたいな手続きを追加しようっていう」

「何よ、クローム君、そういうの分かるの?」

「市場調査会社で郵送アンケートの仕事してる時期に、個人情報保護法が施行された。かなり昔だから、いろいろおぼろげだけど」


「さすがチョロメっち」

「お兄ちゃん、便利すぎです」


「そうなの、ふーん。まぁ、そういう方向性。「日本人として普通」って考え方が、特定の宗教活動への参加を「強制」してることがあるから、それを改めてもらう。きちんと「同意」をとってから、任意で参加してもらう。あるいは、「参加しない」って選択肢を、きちんと用意する。その手続きをきちんとやって、自分たちの言動をきれいにしてからでないと、「行き過ぎた布教活動」を抑制することはできないから」



「グローバル社会のなかで企業活動を進めるにあたり、要求されるコンプライアンスの水準を常に見直し、宗教活動との関わりについても自覚的でありましょう。……結構大きなテーマだね」


 頭の中に、八百万の神々に棲んでもらっている我々が、「オフィスに神棚飾るのを見直しましょう」という話をするのも、なんともシュールなのだけど。

 俺の中のヨモコ様も、笑ってる。


 まぁだけど、先々考えれば、必要なことだろう。



「うん。……どうして、このタイミングでこの話をしたのかと言うとだね……要するに私もナナちゃんも、これから忙しくなるんだよ。昼間は他のこと、何もできん」

「明日からは「Another Mother」もあるからね。……つまり、青杉先生と針山店長の件は、今日中に片付けたいってことよね」


「数日前まで、「くれぐれも慎重に」って、言ってたやん……まぁ朝令暮改は、今の時代、しかたないのか」

「あの事件が宗教がらみでなければ、ウチの仕事が増えること、なかったんだけどね。「行き過ぎた布教活動はよくないですよね」っていう「良識を育てる努力」をしてこなかったのは、東京でも同じだからね。もう、しゃーない」


「希姫さんとマユマユさんから見て、針山店長は、大丈夫なの、今日で片付くもんなの?」


 勢いで、希姫さんも下の名前で呼んじゃう。


「本当は、時間をかけたいところだけど、流れが変わって、優先順位が入れ替わったんだから、仕方ないよ。針山店長の件は、SMM協会からの直接の依頼じゃないじゃん。……話し合いでどうにもならなかったら、青杉先生にお断り入れて、針山さんを強制初期化(フォーマット)も、選択肢だね」


 強制初期化(フォーマット)か。そういうこともできるんだな。それだったら、通り魔事件自体は、食い止めることが出来るわけだ。



「最悪、黒幕の情報が得られなかったとしても、仕方ありません。……向こうも目的があってやってるんでしょうから、いずれどこかで、尻尾を出すでしょう……ナナちゃんなら、そう言うよね」



「今日、ベーグル屋さんで会った感じだと、針山さんは、話し合いじゃぁ、無理っぽいかな。まゆまゆも、それでいい?」


「うん。どのみち、バーガー屋さんからもベーグル屋さんからも離れて、少し休んでもらわないとダメだよ。きっと言っても聞かないから、1ヶ月くらい入院してもらう程度に、心の動きを止める措置で、どうかな?」


「彼女、今夜もバーガー店の方に顔出すよね? 閉店後残ってもらって、そこで話しつけちゃおう。……真光に「自殺未遂偽装キット」持って来させて、お店のどこかで寝かしつけておいて。明日の朝、他のスタッフさんに見つけてもらって、救急車呼んでもらう感じで」


「針山店長には、精神の機能を無理やり低下させて、1ヶ月程度入院。そのような措置を施すことを、青杉医師に説明して、できるかぎり納得してもらう。……黒幕の情報は、最悪得られなくても、やむなし。……22時からの俺の仕事は、それでいいのかな?」


「うん。お願い」


「後は、ミミズだったり雑穀だったり? 「土を使った彩命術」を教え込んだ、「さらなる黒幕」が、何考えてるのか、なんだよね」


「今夜、向こうから仕掛けてくることが、あるかな? 私も一応、残ってるね」


「今のところさ、飲食店の連鎖自殺もさ、高齢者の通り魔もさ、「さらなる黒幕」には、なんのメリットもないんだよ。お金も霊力も、動いてない」


「「さらなる黒幕」とやらは、俺達の存在を、知っているんだろうか」

「知ってると思うよ。「土を使った彩命術」が使える程度の霊的技能があるんだったら、山手線の「霊錠結界」、見えてるはず」


 山手線の線路上空を、24時間365日、高速で泳ぎ続ける魚の群れ。その魚の群れがこの街の悪意や絶望を食べて、悲劇の発生を防いでいる。

 もしもアレを認識することができているなら、東京に相当強力なオカルト組織が機能していることに、気づけているはずだ。


 それでいて、この東京で、彩命術を悪用して、人を殺めさせている。我々に対する「敵対行為」と見なして警戒しておくほうが、安全か。


「「さらなる黒幕」の目的が、「私達」であることも、あるわけよ」


「彩命術を悪用した殺人や自殺誘導が頻発すれば、「霊錠結界」を管理するものが事態の収拾に動くはずだ。そこを捉えてやろう、と?」

「あるいは、挑発? 煽り? かもね」



「それとも、この街で、どんどん殺し合いをさせたい。ただそれだけなのかもね」



「いるの? そんな奴」

「さっき一瞬、チョロメっちが、飲まれかけたじゃない。アイツ」


 どろっと赤黒く、重たいアレ。


「アレか。希姫さんたちも、心当たりあるの?」

「そこそこはね。ナナ姉さんに言わせると、アレは「昔の時代」なんだって。昔はさ、今よりも簡単に人は死んでたし、もっと頻繁に、人殺し、あったよね? お侍さんが刀持ってさ、「斬り捨て御免」って言って。切腹もあったし」

「さらし首とか、やってたよね。みせしめに死体を見せることに、躊躇なかったよね」


 現代社会の集合無意識として、「今の時代」がある。

 そして、それとは別に、今の時代に覆いかぶさられる形で、「昔の時代」が残っているということか。



いいから殺せ。

とりあえず殺せ。

殺して見せて、こちらの「覚悟」を見せろ。

腰を落として、ハラを据えて、座った「肝」を、見せつけろ。

「畏れ」の想いを抱かせろ。

どちらの心に「まこと」があるか。

命のやり取りをしてみせた者にこそ、「まこと」が宿る。

屁理屈を、並べさせるな。

口だけ達者な臆病者を、粋がらせるな。

さぁ殺せ。どんどん殺せ。





「なるほど……本当の殺し合いによる、マウンティングだよね。……任侠映画とか、残ってるもんね」


 人を殺すにも、相当の覚悟がいる。その覚悟を示してみせた者こそ、社会の意思決定に携わる資格を有する。

 近代以前の古い社会は、そのようにして力関係を示し、社会秩序を維持してきた。近代以降の約200年よりもずっと長い、1000年以上の永きにわたり。


「真光が、南千住住んでるのも。じつはソレが理由だったりするんだ。あの街は、「重い」でしょ。丑寅の方角だしさ。あの一帯が乱れないように、鎮まってくれているように、毎日祈ってるわけよ。貨物ターミナル駅の、パンゲアを使ってね」


「なるほど、「昔の時代」って聞いて、すごく納得した。昭和の足立区も、まさにそういう雰囲気だったからね」

 今も昔も、荒川河川敷はホームレスが暮らしている。そして近所に、死刑執行場。それが世の中の現実(リアル)だと、噛み砕いて飲み込んで、足立区の子供は育つのだ。


 もっとも俺も、本当のスラム街のことは、分からない。南千住も、タワマンが立ち並ぶ再開発後の姿しか、知らない。

 昔の山谷エリアは、もっと凄かったというけど、それも知らない。



 それでもなんとなく、「こころ」は残ってるんだよな。



 口先だけの屁理屈に頼る大人になってはいけない。

 魂を込めた(こぶし)を、忘れてはいけない。


 子供の頃から、その位は、みんな弁えていたもんな。






「つまり、そんなことを考えそうなヤツは、いくらでもいるってことだね」

「うん。少子高齢化を一番手っ取り早く解決する方法が、ある訳じゃない? みんなそれ分かってるじゃん? でもそれはあんまりだからって、「きれいな大人」は口にも出さないけれど、根っこで考えてることは、大体同じよ」


「「さらなる黒幕」は俺達を捕まえて、「一緒に不要な人間を減らしましょう!」って言ってくることも考えられると」

「話し合いができるくらいなら、まだマトモ。「霊錠結界」に溜め込んでる霊的エネルギーを奪うことを、考えてるかもなの」


「それはいかんな。そうなったら誠に遺憾だな。それは回避しないとな」


 数十億円の収入がなくなってしまったら、大騒ぎだ。海軍カレーのアレンジどころでは、なくなってしまう。




「そういう訳で、迎撃の準備は、しっかりやっておこう。私も、久しぶりに、貯めておくから」

 そう言って、鈴懸さんは右目に眼帯をつける。医療用の使い捨てのものでなく、もっとしっかりした作りのものだ。

 初めて見るな。肌の色に近く、なるべく違和感を生じさせないようにしてるけど、やはり雰囲気が変わる。



「私も、一旦戻るね。道具一式と、輝神鉄鋼も、出しておかないとね。まゆまゆは、スーズリィと念符の準備、お願い」

「くろむお兄ちゃんは、もう少し休んでて。青杉先生のお相手、よろしくね」



 この3人は、いざとなると雰囲気がガラって変わるな。切り替え早すぎて戸惑う。今まで踏んできた場数が違うのか。

 過去、何があったんだろうな。どんな経緯で、彩命術、隠神道に関わることになったんだろう。

 今の俺では、まだまだ話を伺えそうにない。


 ……せっかく、頑張って料理して、打ち解けた食事会を成功させたんだし、なんとか踏ん張って、この打ち解けた雰囲気は、維持したいところだ。




★ ★ ★ ★ ★


 21時40分。そろそろ下に降りてもいいだろう。青杉医師との約束の時間が22時30分とのことだから、まだ少し早いのだが。


 希姫さんは21時すぎにここを出た。 鈴懸さんとマユマユさんは、リビングで仮眠もしくは、瞑想中。


「それじゃぁ、行ってくるね。翠菜、今日は一日ありがとうね」

「うん。お父さん、気をつけてね」

「もし、俺達のことが心配で眠れないとか、自分に出来ることを頑張りたい、みたいな気持ちがあったら、そうだな。今日買った本の勉強すすめるか、エラトステネスの筋トレをやるといい。もちろん、しっかり眠るのが一番だからね」

「はい」


「私はここに残りますね。万が一の際は恵史郎君や椿姫様と連携とれるように、控えてます」


「……ちなみにさ、今の状況って、すずりちゃん的には、どうなんだろう? やっぱり、良くないの?」

「美羽さんたちお三方は、かなりピリピリしてますもんね、心配ですよね。ですけど、私個人の感覚としては、それほどでもないです。青杉医師と針山店長も、彩命術師としては素人です。「さらなる黒幕」が何者であれ、こちら側が大崩れすることは考えにくいですよ」


 ここですずりちゃん、奥の二人に聞こえないように、声を潜めて。

「きっと三人とも、針山店長の今の状態を、かつての自分たちに重ねているんです。……でもそれは、「終わった話」です。どうか銀さんは、知らないであげてください」


 むむむ。


「分かった。そういうニュアンスの問題があるんだね。うん。俺は俺のお役目を果すよ」

「ええ、お願いします。いってらっしゃい」


「いってきまーす」


 すずりちゃんと翠菜の二人に見送られて、部屋を出る。



 下に降りて、しばし待機。いつもなら待ち合わせ時間の30分前には「念の為」来ているような七瀬さんだが、今日はまだ姿が見えない。

 七瀬さんは七瀬さんで、急に忙しくなっちゃったっぽいからな。


 約束時間の5分前になっても、七瀬さん来ない。……ちょっと心配になってきた。

 マユマユさんと鈴懸さんの方が、先に降りてきた。


「ナナちゃん、まだ来てないの? 珍しいね」

「さっきメッセージ送ったの。青杉先生のところ行く前に、軽く打ち合わせしたいって。まだ返事来ないんだよね。ちょっと珍しいね」


「青杉医師との面談は、22時30分だから、少し遅れても大丈夫ではあるけどね。車だったら10分かからないし」



 そんなことを話してるうち、ようやく七瀬さんのハッチバックが到着した。別にスピード出してるわけでもなく。

「どんなに急いでいても、車は安全運転で楽しみましょう」って心がけが、車の動き一つで伝わってくるな。

 無理なUターンとか、しないし。


「いやーごめんなさいねー。メッセージの返信も、出来なかったわ」

「運転中のスマホいじりは、しないほうがいいから、それでいいよ。安全第一」

「協会の誰かから、急に連絡入ったとか?」

「いえ、そうじゃないわ。ちょっとね、椿姫に捕まっちゃって」

「脳筋大先生、そろそろイスラエル戻るんじゃなかったっけ?」


「「流れが変わったわ。大きく」って言ってたわ。なんか、しばらく日本に留まりそうね、あの様子だと」

「えぇぇ!?」


 鈴懸さんとマユマユさんが、二人同時に「うげーマジかー最悪だー」って感じの顔する。……相変わらず嫌ってんのな。


「アイツが元々の計画を変更するって、滅多にないんだけどね。珍しいわね……ああでも、安心しなさい。多分あなた達は、さほど影響なさそう」

「だといいんだけどな〜」

「ちゃんと真面目にお仕事頑張ってます。心配いらないですって、伝えておいてね、ナナちゃん」


「たまにはアイツに、かまってあげてほしいんだけど」

「「嫌です!」」

 二人の拒絶が、綺麗に揃う。

 これには七瀬さんも、苦笑いせざるを得ない。


 きっと根っこでは、むしろ仲いいんだろうな。



「さて、私と黒海さんは、これから青杉先生のところに伺います。……あなた達は、どうするの? ああ、1時間くらい前、希姫から報告はもらってるから、お昼までの状況は承知してます」


「針山店長さんはね、「アレ」に飲まれてます。一旦自分の気持ちを、全部吐き出させたほうがいいよ。だから、くろむお兄ちゃんに来てほしいです」

「俺?」


「女同士で、ほとんど初対面だと、まず絶対、本音なんて言わないから。クローム君、この前の手良沢さんのときもそうだったけど、女の人の話聞くの、上手でしょ?」


「ん〜、話聞くだけなら構わんけど、青杉医師のところも行くんだよ? そっちに行くの、結構遅くなるかもよ?」


「あのバーガー屋さんは、22時30分ラストオーダー。その10分前にいって、さっきの怨念ベーグルちらっと見せて、閉店後、お話させてもらいます。お店のクローズ業務終わって、他のスタッフさんにも帰ってもらってからにするから、そうだね……23時30分に来てくれれば、いいよ」


 精神科医の診察は、5分の勝負。青杉医師も、話を手短にまとめることに慣れているだろう。……今回は、青杉医師本人の問題でもないしな。

 厨二病レッドカードの仕組みの詳細に踏み込まなければ、話を短時間で終わらせるのは、難しくないか。


 話好きのオジサマだと、面倒くさいが。


「分かった。実質30分で話まとめれば、いい感じかな。やってみる」

「針山店長とは、まゆまゆとクローム君の二人にお願いしたいの。あまり大人数だと、圧かけちゃうから。私と希姫と真光は「さらなる黒幕」が来たときに備えて、外で張ってるから。ナナちゃんは、さらに離れたところで待機しててほしいかな」


「「さらなる黒幕」に気づかれない場所ね。分かったわ。「挟み撃ち」を狙いましょう」


「あんまりコストの大きな大技、使わないようにしたいよね。せっかく貯金してきてるんだし」

「そこは状況を見てよ。抱え落ちこそが、一番もったいないんだから」



 残念ながら実戦経験の乏しい俺には、まだまだ二人の会話についていけない。

 せめて、みんなの足を引っ張らないようにしないとな。




★ ★ ★ ★ ★



 22時15分。予定より15分早いが、青杉医師のクリニックにお邪魔させてもらう。

 本来なら予定時刻の5分前がルールだが、今回七瀬さん、遠慮ないな。珍しい。


「お忙しいなか、唐突に押しかけることをお許しください。ユメツナギノオホミタマ、凛堂七瀬と」

「黒海銀一郎と申します」


「青杉誠一です。昼間はお電話、ありがとうございました。針山さんは、そんなに危ないのですか」

「お電話でお伝えしたように、この一ヶ月、首都圏で起こっている高齢者同士の通り魔事件は、彼女によって起こされています。しかし、科学的因果関係は証明できず、刑事罰を受けることはありません。 針山さんが現在の行為を止めて頂ければ、元の日常生活に戻れるお手伝いを、私共でさせていただきます」


 青杉医師は、ネイビーのポロシャツ、ベージュのパンツ。 もう仕事の時間でもないので、白衣を着ていたりはしない。

 夏だしな。長袖暑いもんな。

 髪型、顔つき、人となりは、クリニックWebサイトの写真と同様。しかし実物は、写真よりも若々しくて、柔らかい印象をうける。「Another Mother」の常連客なだけ、あるな。


 いつもなら冗談のひとつやふたつ並べて、和気あいあいと会話を弾ませることのできそうな人だ。しかしながら、今日はその余裕がない。

 普段ならここで名刺交換だけど、今回はそれもなし。 どんどん本題に入る。


「精神科医である、青杉先生の目からご覧になって、針山篝火さまは、どのような状態だと、思われますか?」

「針山さんは、患者としてここに通院しているわけではないのです。彼女のお店のスタッフがね、店長の体調を気遣って、相談にきたんですよ。ここまで。「店長をとめてください。眠れてないのに仕事休んでくれないんです」と」


「クリニックでは、処方箋を出すことは出来ても、薬そのものを出すことは、できないんですよね? 正規の患者でない針山店長に、睡眠薬だけ渡すことも、できないと」

「そうなのです。まず、診察に来ていただかないことには、手の施しようがありません」


「針山店長がどこかの医療機関を受診することになった場合、こちらのクリニックでなくても構いませんか? 私共が現在検討している対処法では、彼女を一旦、昏睡状態にします。命の危険はありません。その後、救急搬送をお願いします。そのため、こちらから病院の指定ができません」

「構いません。とにかく眠ってもらわないと。当面、内科に入院措置でもよいでしょう。退院されてから、店舗スタッフの方を通じて、このクリニックに来ていただくよう相談してもらうのが、自然でしょうか」


「承知いたしました。ではそのような方向で、進めさせていただきます。なるべく話し合いで解決したいのですが、難しい場合は、「無理やり休んでもらう」ことになること、ご承知下さいませ。……よし、では黒海さん。青杉先生とは、私一人で引き続きお話します。針山店長をお願いします」


「あ、はい。分かりました。……それでは、私はこれで、失礼します」

「どうぞ、彼女を、よろしくお願いいたします」



 診察室を退室し、クリニックを後にする。……早。本当に5分で終わった。22時20分。


 早いな〜。それに、せっかく下調べした下曽根の情報、まったく使わず終わっちゃったし。




 ちなみに、実際の精神科クリニックの診察も、こんな感じである。



「睡眠とれてますか? 規則正しい生活できてますか? 最近の生活で、特に困ったことは?」


 これに答えれば、ほぼ終了。それに加えて、


「現在出しているお薬を継続でよろしいですか? あるいは、他の薬に変更する必要はありますか? それはどうして?」


 この質問への回答を考えておけば、さらによろしいかと。



 精神科医の先生は、実はあまり患者の話を聞いていない。その代わり、患者の動きをとてもよく見ている。

 特に眼。眼球だ。


 診察での会話のキャッチボールの中で、医師と目を合わせて話すことになるわけだが、自律神経が安定している患者なら、自然に医師と眼を合わせて会話ができる。

 これが、自律神経が不安定な患者だとできないようなのだ。


 極端な例を、俺も見たことがある。

 例によって以前働いていた清掃会社なんだけど、他のパートさんとケンカばかりする、問題スタッフがいて。

 ケンカの仲裁のときに眼を合わせて「落ち着いて下さい」とか俺が言うんだけど、そのときその人の眼球が、ものすごく揺れていた。

 「私は何も悪くないんです!」みたいなことを力強く訴えながら、特に左目だったかな。瞳が左右にブルブル震えているのだ。


 「瞳の芝居」をよくやるアニメでも、殆ど見たことないような動きだったな。

 あぁ、これはアカン。そう直感したなぁ。


 その他、受け答えのときの声量によって、横隔膜の動きや、酸素の取り込みが十分出来ているか把握できるし、

 診察室の椅子に座るときの動きでも、躁か鬱か、そしてその度合いも、判断できるし。


 ノンバーバル・ランゲージって言葉があって、それのことである。



 青杉医師は先程の短いやり取りのなかで、黒海銀一郎という男について、様々な情報を取得したのだ。

 この男は信用できるのか、任せられるのか。



 青杉医師の様子をうかがった限りでは、俺は合格点だったようだ。


 俺としては、下曽根に関する話題を出して、向こうの反応を引き出したかったし、ミミズを使った例の厨二病レッドカードについても、直接話を聞いてみたかった。

 何故、アレを作って、下曽根に渡したのか?

 どのような経緯で、アレを製作するに至ったのか?

 技術提供をしたであろう、「さらなる黒幕」は、何者なのか?


 しかし、それらに関しては最早、優先順位が下がっている。


 ビジネスの現場では、「優先順位」づけは重要だ。

 我々も先方も、忙しい。

 限られた時間、限られたコストのなかで、顧客の要求を満たす水準のアウトプットを目指すには、下位の仕事は後回しだ。


 それは、こんなオカルト事業でも、同じなのだ。



★ ★ ★


 青杉医師のクリニックから小走りで10分。「DYNAMIC EAGER BURGER」に着いた。

 店から少し離れた場所で、真光と鈴懸さんが待機している。

「オイッス、兄貴、お疲れだぜ!」

「おー、早かったじゃーん」


 22時30分。ラストオーダーの時間だ。

 希姫さんとマユマユさんは、中でお客さんやってる感じかな。


「お疲れ。青杉医師との面談は、七瀬さん一人でオーケーになった」


「どんな感じ?」

「針山店長、診察にも来てくれないんだってさ。お医者さんでもお手上げだよね。その他新しい情報は、何もなし」


「ま、こっちのお姉さんの相手すれば、分かるだろ。 ミミズは使ってなさそうだが」


 鈴懸さんは、右目を眼帯で塞いで、腕を組んでピリピリしている。ちょっと怖い。

 真光は、普段とあまり変わらないな。……なんか長い棒、持ってるけど。

 長さは1.5m程度だろうか。細いH鋼?形状の棒である。表面は、とても独特な質感をしているようだ。……暗くてよく見えないけど。



「真光、それ、何?」

「おう、これが「輝神鉄鋼」。ま、要するに、オレ専用のエモノってことさ」


「真光ねー、すぐそれブン投げんの。前それで、数千万の物損やったことあってね。高層ビルの外壁ガラス割っちゃってさ。弊社最大の過失。損失」

「サーセンだぜ」

「それからは、本当に必要な時以外は、希姫が保管することにしてるの」


「この間の下曽根のときも、持ってきてたんだよね。……必要な時は、ちゃんと出してくれるんだな」

「毎日パンゲアの念を込めて磨かないといけないんだぜ。希姫はちゃんとやってくれてるけどな」



 希姫さんはパンゲア開いてそうだもんな。サバサバしてて。

 イチャイチャラブラブとは違うけど、真光と希姫さん、独特な「つながり」の強さがあるよな。



「お店の営業自体は、すごく真面目に頑張ってやってくれてるから、スタッフさんには迷惑かけられないじゃない? いつもどおり閉店業務して、スタッフさんにはいつもどおり帰ってもらう。希姫たちも、いったん出てくると思うよ」


「怨念ベーグルをチラ見せすれば、針山店長もすぐ察するよな」


 閉店後しばらくまで、ここで待機だな。……もう少し青杉医師と話ししてもよかった訳だ。




 だけど、俺が早急にいなくなってみせることで、事態の緊急性を演出できてはいたかな。


 七瀬さんも若干、圧をかけ気味だったからな。あれできっと俺がいなくなってから、

「さぁ、針山店長様のことは、彼に任せれば大丈夫です。落ち着いて、ゆっくりお話を聞かせて下さい」


 とかいって、青杉医師を安心させて、スムーズに情報を引き出そうというわけだ。

 七瀬さん、巧いなぁ。



 よし。ならば俺は。

「お二方、俺ちとトイレ」


「おうよ」

「どうぞー」



 ……夏場につき熱中症予防の為、こまめに水分補給しているため、トイレが近いのである。別に頻尿ではないのです。

 入場券買って、駅のトイレお借りしよう。




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