011 南千住の脳筋部長、自社のビジネスモデルを語る。
翌朝。
「武鳥真光?」
「ウチの会社の営業部長です。あぁでも私と歳、そこまで離れてなくて。ちょうど30歳になったかなくらいの男性なんですけど」
「その人に俺の適正見てもらうわけね。承知」
デイリーのお散歩と朝食が終わって、二人でコーヒー休憩。一昨日に続いて昨日も一日、長かった。
「営業部長って言っても、部長さんっぽい雰囲気、全然ないですけどね。「未開封の社内メールが5万件」って、ドヤる人なんで」
「それで会社回んの?」
「彩命術師としては、ちゃんと仕事する方なんですよ。むしろそっち方面で真面目すぎて妥協ができないというか、人とのやりとりは「直接会って話すのが礼儀」って感じで」
「足で稼ぐのが、営業だー!ってか。脳筋?」
「です。でも、ちゃんと話分かる方ですよ。そんなにオラついてもいないし」
「そんなに」ってことは、多少はオラついてるって事か。もっとも、前の会社じゃ、一般社員=高卒+タバコ+風俗+パチンコって感じで、それでも当たり障りなくやれてたから、その武鳥部長って人相手でも大丈夫だろうとは思うけれども。社長の凛堂七瀬さんはちゃんとした人だったし。あ。
「俺の格好、これでいいの?めっちゃプロレタリア普段着なんだけど。昨日買ってくれた服、何かおろす?」
「そういう事、全く気にしないです。一般の社会人って、服装や立ち振舞で相手のスペックを図るんですよね?私達は彩命術やってるので、そういう表層の記号に頼らなくても、相手の魂や生命力の絶対値を測れますから、彩命術師同士は、そういう事全く気にしません。逆に、一般カタギの方と上手に応対するのが、みんな苦手ですけど」
コーヒー休憩終了。すずりちゃんは来客の準備を始める。なんか手伝おうかと聞いたら、たい焼き買ってくるように頼まれる。
「通り渡ったところの、あのお店でいいんだよね?」
「そうでーす。チョイスはおまかせです。よろしくお願いしまーす」
なんとなく、彩命術やってる人は甘いものをガッツリ食べる印象があるので、たい焼きは6個ほど買っておく。余ったら夕飯にすればいいや。あんこ4つ。カスタード2つ。
靖国通りは7車線。ここの信号長いのだが、非常に車の通りが多いので、青にならないととても渡れない。神保町駅のA5出口の前で、信号が変わるのを待ちながら、とっ散らかった自意識を整理する。
スケベ方面のことはおいておいて、ひとまずありがたいことに、再就職の見通しが立った。当面は見習い彩命術師兼、専業主夫?といった立場、と自覚しておこう。
昨夜夢の中に出てきれくれた影森さんのアドバイスを素直に受け取って、すずりちゃんの俺に対する期待を察知しつつ、少しのんびりさせてもらおうかな。
それにしても、やっぱり金回りいいよな。マンションのローンも終わってるっていうし、昨日も俺の服、どんどん買ってくれたし。金銭感覚はそこまで非常識とは思わないが、金に困るような気配が全くない。経済右肩下がりの東京で、どう立ち回ればそんなに利益を出せるのか。ユメツナギノオホミタマのビジネスモデルが気になる。
そろそろ青になるかなというところで、すぐ隣に並んだ若い兄さんに声をかけられた。
「エクスキューズミー、ご主人。唐突に申し訳ない、少々お伺いしたいことがあるんだぜ」
東京という街では基本、見ず知らずの他人に話しかけられることはない。「儀礼的無関心」という気配りが浸透しているから。なので、話しかけられてしまうと、やっぱり警戒してしまう。男からだと特に。
「何か?」
「南千住と北千住。引っ越すならどっちがいい?」
変なこと聞く奴だ。っていうか、「南千住と北千住」って言ったな今?全国レベルで知名度好感度絶賛上昇中の我らが大都会北千住を差し置いて、南千住を先に挙げたな?
さてはコイツ、荒川区民か。……どうするか。マジレスしても面白くないし。
「つまらないことを聞くね。答えは決まっている。南千住一択だ」
「へぇ意外。その心は?」
「確かに利便性の点では北千住が圧倒している。メトロJR東武TXと6路線が乗り入れ、秋葉原銀座六本木恵比寿大手町霞が関原宿渋谷東京品川と、新宿を除く都心ほぼ全ての主要駅に乗換なしで到達できる速達性は他に類を見ない。乗り換え1回で、名古屋京都博多仙台新潟へも行ける。羽田空港への直通バスもある。上野、浅草、押上、箱根湯本に日光鬼怒川と、家族連れで出かけるのに適したエリアへも乗り換え不要。舞浜の某テーマパークへすら、乗り換え1回。駅を出れば大型商業施設に劇場、個性豊かな飲食店街。さらに歩けば荒川河川敷の広大な緑地。野球にサッカー、マラソンサイクリングに釣りとバードウォッチング。健康的に休日を過ごすのにもってこいの空間だ。汗を流す銭湯も、まだまだ健在だ。攻守においてスキのない、イ○ーヨー○ドー発祥の地。それが北千住だ。だがしかし、克服できないただ一つの欠点が、極めて致命的なのだ!」
「それは?」
「行政区分が、足立区だ!全国レベルでイメージが良くない!「お住まいはどちらですか?」と初対面で聞かれて、「足立区です」って答えると、「あの足立区?うわぁ」って、初対面なのに言われんだぞ。これホントだから!実際あるから!「足立区民は東京都民にあらず」って、都内の他のエリア住んでる奴ら、素で思ってるからね?つらいぞ、コレ!あいつらからの軽蔑の眼差しに耐えられる兵は、生まれも育ちも足立区民、そう、ネイティブ足立区民だけなのだ!これから「北千住とかどうかな?」とか考えているノン・ネイティブの皆さんは、この点十分注意しておかないとダメだからね!?以上!」
フー。これでどうだ。朝っぱらから変な事言わせるんじゃないよ。
「さすがだな、ご主人。こっちが用意してた返しより、面白いじゃん。「鬼嫁軍団を引き受けてくれる救世主」って恵史郎が言ってたのも納得だわ。よろしく頼むよ。「元」大魔道閣下」
なるほど、恵史郎から諸々聞いてきてる訳ね。神保町の街並みに不釣り合いな、和風が似合う体育会系。この青年が、武鳥真光っていう営業部長か。
★ ★ ★ ★ ★
「もどったよー」
「ただいまだぜー」
すずりちゃんの自宅に「ただいま」と言って入室する営業部長。あんまりいい気分はしない。靴はちゃんと揃えて上がったからいいけれども。
「おかえりなさい。それと、お久しぶりです、真光さん」
玄関でペコリと頭をさげるすずりちゃん。俺へのおかえりの方が先だった。ちょっと嬉しい。
「おいっす。正月に会って以来か。4ヶ月ぶりか。筆書きの仕事はどうよ?こっちはまぁボチボチだわ」
「昨日一件、特別注文の品を制作しました。仕上がり、確認しますか?」
「手応えあるんだろ?じゃぁオーケー。引き続き、よろしく頼む」
真光氏は淡々とすずりちゃんとの会話を進める。この娘は心配いらんからって、彼女の事を十分信頼しているようだ。
前髪ツンツンのショートヘア。サイドだけちょい長め。髪の毛を金や緑に染めている。金や緑と文字にするとケバい印象だけれど、イメージとしてはアンティーク調というか、「くすんだ真鍮の色」だ。不思議と落ち着いた雰囲気である。ハゲの兆候がまったくないのが羨ましい。服はいわゆるビジネスカジュアルなシャツとズボン。その上から赤いスポーツ調のブルゾン。靴はグリーン系のスニーカーだった。渋谷にも大勢いた「イマドキのIT系男子」の服装を、もう少しスポーツ寄りにした感じである。
「わかりました。今日はありがとうございます。昨日恵史郎君経由でお伝えした通り、この度とうとう、新人さんにご加入いただきました!」
といって、俺を営業部長に正対させる。まぁこのマンションに着くまでに、足立区荒川区ネタで盛り上がっちゃったので、若干今更感はあるのだが。
「よろしくどうも」
「こちらも改めましてだ。俺は武鳥真光。鉄の道を嗜む男だ。「サン○イズ出雲」、乗ったことない。よろしく頼むぜ」
鉄っちゃんかよ。サン○イズ乗ったことないとか、ニワカじゃないの?「鉄の道を嗜む」とか、かっこいい事言ってんじゃないよ。
「前の会社の最後の現場で、仕事仲間に鉄っちゃんいたから、俺も少しは分かるけど。サン○イズ位、乗っておかないとダメなんじゃね?」
「なんかさー、予約とるのが、面倒そうでさ、今時ネット予約できないの?アレ」
「まったく出来ないわけじゃないらしいけど、人気あって、すぐ予約埋まるから、ネットからだと難しいらしい。1ヶ月前から予約受付だから、乗りたい日の丁度1ヶ月前の朝一に有人窓口前に並んで、10時まで待って、すぐに窓口で手続きするんだ。住まいは南千住?だったら朝3時に家出て、4時には上野駅のシャッター前にいて、シャッター開いたら窓口にダッシュ。これでとれる、多分」
「5時間窓口の前で待つわけ?トイレは?」
「前日から水分の摂取は控えておくように。最悪紙オムツだ」
「真光さん即売会行かないですもんね。始発組の常識ですよ」
俺も若い時は行けたんだけどな。夏も冬も。今はもう体力的に無理。後から通販でいいやってなっちゃって。即売会もルール大分変わってるみたいだから、最近はどうなんだろうな。
「うーむ、朝一はやること結構あるんだよな……。黒海兄さん、代わりに取ってきてくんない?」
「そうだな、今のうちはあまりやることもないから、別にかまわんよ。旅行予定日の丁度1ヶ月前だぞ」
「真光さん、希姫さんと行くんですよね。それだったら、ツインルームをとらないと」
うお、サン○イズツインか。部屋数少なくてレアリティ高いんだぞ。
「確かツインは、難易度高いんだ。ちゃんと取れるか、やってみないと分からないな」
「とりあえずアレよ。兄さんの都合のいい時にやってみてよ。切符とれたら、そっちを優先して、他の予定調整するわ」
「分かった。近いうちに行くだけ行ってみる。……しかし、どうせエロいことするんだろう。ダメだぞ、貴重な寝台列車を汚すのは」
「そこはちゃんとわきまえてるって。シーツ持ち込みで、声も出さない。綺麗に掃除して出ていくから、心配ないって」
「あーでも、夜行列車のガタンゴトンって音聞きながらって、いいですねー。浪漫ありますねーいいなー私もしたいなー」
エロい方面のコメントは、一切スルーで。
★ ★ ★ ★ ★
リビングで日本茶とたいやきを頂きつつ、ダラダラと雑談が続く。話してるうち、すっかりタメ口になってしまった。前の会社では部下、後輩に対してもですます調で接してたから、居心地悪いというか、くすぐったいというか。
だけどこの武鳥って営業部長、オラついてるというよりは人懐っこくて、距離をとるのが難しい。どんどん距離を詰めてくるのではなく、気がつくとすぐ隣にいる感じだ。しかも、わざと自分を小さく弱く見せてくる。例えるなら、目の前でゴロンと寝っ転がっておなかを見せる柴犬。これまでの会社にはこういうタイプいなかったな。上から下までマウントとりに来るやつらばっかりで。会社ってのはそんなもんだとばっかり思ってたけれども。
あるいはそれとも。どうせコイツも懇意の女性とエロいことばっかりやってるのだろう。日々是床勝負してると、人懐っこくなっちゃうのかな。
「さて、そろそろ本題にはいりますかね。そうだな、質問からスタートするかな。クローム兄貴は、何が知りたい?」
「クローム?」
「黒海銀一郎は、呼びにくい。黒海→くろうみ→くろーみ→クローム、だよ。気になってることあったらなんでも聞いてくれ」
「うん。まずはこの会社のビジネスモデルというか、収益源を知りたい。どうやって売上出してるんだ?すずりちゃんのハガキ制作だけってことはないだろう?」
「銀一郎さんには、私達の活動概要についての、七瀬さんからもらった資料は見てもらってます」
「昨日女将さんから見せられたやつかな。持続可能なんたらって」
「ええ。それですね」
「あれなー、堅苦しいというか、綺麗に見せすぎじゃね?ウチらの仕事。まぁいいや。オレの言葉で説明してくわ。ウチらはざっくり、2つのネタで商売してる。1つはすずりがやってるような、「モラルウェア制作」って方だ。世間一般のお客さん相手に、励ますと言うか、「自分らしい人生を生きることを応援する」って感じだ」
「昨日見せてもらったよ。どんなものかはよく分かった。ヒーラーによる回復兼バフがけってイメージ」
「うん。あれはあれで、今の世の中にあっていいと思ってる。なんだけど、こっち方面は、あんまり金は稼げない。金稼いでるのはもう片方。まぁ、悪霊退治みたいな事なんだが、いまだにコレっていう呼び方が決まってなくてだな」
「七瀬さんの資料には、「モラル汚染排除」ってなってたが」
「現場の感覚からするとしっくりこないんだよ。「モラル汚染」なんて、そんな生易しいもんじゃない。……すずりだったら、なんて名前つける?」
「「悪鬼滅殺」。でも、この呼び方はダメですよね。コンプラ的に」
「うむ!あらゆる方面に波風をたててしまうな!よもやよもやだ!」
「彩命術の世界観では、八百万の神々は善玉菌、なんだよな。それとは真逆の「悪玉菌に相当する何者か」を排除するって事だよな?」
「おう。ここ3年くらいずっと大騒ぎしてる、「新型コロナウイルス感染拡大防止対策」についてもさ、なんかしっくりした言葉ないよな。「コロナ退治」「コロナ排除」って言い方、しないじゃん。できっこないじゃん、「退治」も「排除」も。それと同じ」
「医療の世界では、有害菌を減らすことを「殺菌」、完全にゼロにすることを「滅菌」と言うそうです。なので、「滅殺」という言い方は、悪くないかなと思うんですけど、……アレの事をなんと呼ぶか、です」
「アレ?」
「クローム兄貴さ、ちょっと特殊清掃の現場を思い浮かべてくれ。一人暮らししてる誰かがアパートの一室で死亡して、長期間見つからずにガッツリ腐乱してしまった。その現場に、はじめて足を踏み入れる。大家さんに鍵借りて、玄関のドアを開ける。ドアを開けた瞬間に、ブワーッて、部屋から吹き出してくるモノ。「瘴気」でも「穢れ」でもしっくり来ない。そんなに静的なもんじゃない。もっと勢いよくこっちに迫ってくる何か。ソレのことなんだよ」
「これぞっていう言葉がないのか。そうか。古い時代はマンションもアパートもなかったもんな。密閉空間に人間の死体が長期間放置される、なんてことが起こるようになったのは、戦後になってからなんだな。戦前までの、隙間だらけの木造住宅だったら、もっと初期に気付けるもんな。ハエとか死臭が、軽いうちに」
「そもそも「特殊清掃」って言葉自体、実態を言い表してないじゃん。対象が禍々し過ぎてさ、嫌なんだよ。「こっち側」に置いておくのがさ。名前すらもつけたくない」
「なるほど……。ああでも、イメージは掴めたよ。「モラル汚染排除(仮)」で、話を先に進めようよ。どうせこの場で名称、決まらないだろう」
「そうだな。じゃぁ仮で、「モラハラ菌滅殺」にしとこか。金を稼いでるのが、こっち。で、こっちの活動でキモなのが、「誰がいつ金を払うか」。モラハラ菌は目に見えない。カメラに映らない。科学的に存在を記録できない。そいつらを追っ払うのに、税金は使えないわけだ」
「直接は費用を請求できないと?……鬼殺隊も確か、大口のスポンサーがいたんだっけ。軍隊も警察も直接関与してなかったよね」
「アレのやり方を真似たわけじゃないんだけどさ。ウチらも「支援金」を貰って、活動してる。グラタントッピングって奴だ」
「グラタン?」
「クラファンです、真光さん部長。クラウドファンディング」
「あたらしいものにとりあえずカタカナ語あてるの、嫌いなの。東京SMM協会(SMM=ソーシャルモラルマネジメント)って任意団体を作ったんだ。財閥系っていうのかな、大企業さんばっかり。銀行とか不動産とか都市インフラとかやってる、簡単には潰れない大企業さんに加盟してもらって、加盟企業さん相手に、支援を募るんだ」
「セクハラやパワハラに、情報セキュリティ。社員のモラル低下が招くトラブルは、大企業になるほどダメージでかいからな」
「女将さんが言うには、日本社会に対する信用が失われると、円も株も大暴落して、大企業も危なくなる、そうだ。オレは経済の話はよく分かんないけど」
「つまり、「モラハラ菌滅殺」活動には、大きな需要があるんです。ただ、課金の仕組みがなかなか作れなくて。当面の措置として、加盟企業様からの支援金で活動させていただいている訳です」
「もうちょい具体的な話をするとだ。毎日東京のどこかで、悪意の塊みたいなヤツ、まぁモラハラ菌な。が、ポツポツ発生する。そいつらをその都度退治するんじゃなくて、一旦捕獲して、所定の場所に収容しておく。当初バラバラだったモラハラ菌は、一箇所に集められると、共喰いというか、融合して、最終的には一つのデカイ化け物みたいになる。それを協会に加盟する企業さん達に見てもらって、「あぁこれはまずいですねぇ。支援金を集めますから、退治をお願いします」って方向に、持っていく」
「売り手であるユメツナギノオホミタマが料金を決めるんじゃなくて、それぞれ加盟企業さんたちに、「任意で」お金を出してもらうと」
「わたしたちとしても、「足元をみてる」と思われたくないんです。科学で説明できない事象に高額な料金を設定するのは、普通の壺を1000万で売りつけるのと変わらないので」
「一番デカイ案件は、年1回でやってる。今年度はこれからだ。支援金募集期間を2ヶ月、最低金額500万円で募集スタート。2ヶ月の間に500万円集まったら、モラハラ菌を滅殺するわけだ。2ヶ月経過しなくても、設定した上限金額に到達したら、支援金募集は打ち切る。去年は募集開始2週間で20億集まって、募集打ち切り」
「20億!?……それはそれは。だけど、そうだよな。1件の人身事故だって、売上の損失が1億超えることもあるっていうし、クレジットカード情報を漏洩させたら、それこそしゃれになんないもんな」
「大企業さんほど、税金対策?って必要になるんだろ?「金を稼ぐ仕事」じゃなくて「金を使う仕事」がさ。東京SMM協会全体としては、20億っていうのは、大した額じゃないそうだ。「200億でもいい」ってさ」
「ちなみにその、年1回の退治案件で処理できる、悪意とか絶望?モラハラ菌の総量っていうのは、どのくらいなんだ?ざっくりとしたイメージで」
「うーん、線路飛び込み自殺の200件分ってとこかな?計測したわけじゃないけどな。現場の感覚で」
「人身事故1件の経済損失を単純に1億と見積もれば、200億だって妥当な金額のはずだ。それだけの損失を回避できたんだから」
「そんなに貰ったってオレら使い切れんから。ウチを経由して国に納税してるのと変わんないじゃん。「モラル」の問題では国はなにもしてないんだから、あいつらのところに金が行くのは、おかしい」
「ふむふむ。だけど、この会社の金回りの状況は大体分かったよ。大きな仕事を無事にこなせば、当面全然困らないってことか。……それと、東京SMM協会に加盟しているのは、一般の企業さん方で、一般市民の一部には既に彩命術の存在を知っている層がいると」
「世間一般に妙な偏見を持たれると動きづらくなるので、「ソーシャルモラルマネジメント」という用語を作って、メンタルヘルスケアの延長のようなイメージを持ってもらうように働きかけています。ただ、各企業様の上の立場の方々には、実際の「化け物」を認識してもらえる程度には彩命術に関わってもらっています」
「今はさ、モラハラ菌滅殺ができるのが、オレらだけなんだ。だから濡れ手に粟というか、ウハウハなんだが、いずれは誰かが真似をする。競合他社っていうのが出てくるだろうってのが、女将さんの予測」
「なんかそれ、インチキ商売する奴が、いっぱい出てきそうだよな」
「そこはさ、オレらがどうこういう話じゃないんだわ。金を出す企業さん方が、見る目を養って、真贋を見抜いてもらわないとなんだ」
★ ★ ★ ★ ★
ここで一旦小休止。日本茶をおかわり。たい焼きは結局、6個完食してしまった。すずりちゃんが、あんこ2カスター1。真光部長が、あんこ1カスター1。俺あんこ1。
「もう質問はいいのかい?」
「一番気になってた疑問点は解消された。次は、今の俺がどうお役に立てるかなんだけど」
「おうおう、それそれ。まぁそれは、言葉で説明するより、実際にやってみようなんだが、この街は今、すずりが結界張ってるから、ちょうどいいモラハラ菌がいなくてな。ここは一つ、オレっちと腕相撲といこう」
そう言いながら、となりのダイニングに移動する。すずりちゃんがダイニングテーブル上の小物をどけて、フェイスタオルを数枚、並べてくれる。
「もうなんとなく、感覚は掴めてるんだろう?次のステップは、MAXでどれくらいの出力が出せるかだ。オレはうまく加減するから、遠慮せず、全力出してみ?」
右肘をタオルに乗せて、カマ〜ンって表情。おし。ここは真面目にやらせてもらおう。対面から肘を乗せて、真光と掌を握り合う。すずりちゃんレフェリー。
「いきますよ……レディ…ファイッ!」
「フン!」
あまり難しく考えることなく、真光の右腕を倒しにかかる。とりあえず出せる限りの全力で。ムムム…。たった1センチ押し込んだところから、全く動かない。ビクともしない。
「まだまだだ。ここからだぜ、クローム兄貴。それはまだ筋力しか使ってないな。これからだ。ちゃんと集中して、あの感覚を込めて、押し込んできな!」
真光の全身に、例のエネルギーが流れ出す。真光のそれは、ほとんど白色。そこに僅かなの金と銀。若干量、掌を通じて、こっちに流れ込んでくる。ピリッと金属的な感触。
「もう聞いてるとは思うが、もういっぺん説明しておくぜ。これは、彩気!俺ら彩命術師がなんかやるときに必要になるエネルギーだ!種類が8つ。それぞれ目的、効果が違う」
「初日に七瀬さんから聞いた…アレ!?…七瀬さんは「魂の8大欲求」って言ってたけど!?」
「中身はおんなじだ!タマシイノハチダイヨッキュウじゃ長いから、彩気って呼んでるだけだ。そんで、こっからが肝心だ。種類が8つ。ちゃんと見分けて、使い分けないとダメだ!んで、今の感触を良く覚えておくんだ。俺の彩気は1種類、「パンゲア」だけでできてんだ。今お前さんの掌に流れ込んでるのが「パンゲア」だ!「輝を集めて鋼と成す」。この感触を覚えておくんだ!」
「お、おう!」
「クローム兄貴、今日の調子はどうだ!?前と感覚が違うだろう!?この間みたいにスパッと彩気が集まらなくないか!?」
「そ、そうなんだよ!一昨日の夜とか、簡単に集まったのに、今日はなんか、フワフワしてて、上手く行かない!なんで!?」
「核になる彩気の相が、変わったからだ!この間まで、自殺することばかり考えてたんだよな。そんな時の彩気の核相は「タナトス」だ。「死への崇敬」。昨日今日の間に、お前さんはすっかり自殺する気がなくなっちまった。だから「タナトス」が弱まった!」
「それっていわゆるアレ!?光堕ちして仲間になったらすっかり弱体化してて戦力にならんっていう、「テリーの法則」!?」
「ハハハ!ある意味そうだけど、ちゃんと続きがあるから安心するんだ!「タナトス」が弱まった代わりに、別の彩気が強まってるはずだ。今の自分の気持ちに正直になってみろ。「全員の自分」の中で、一番最優先の心はなんだ!?」
腕相撲は続いている。真光は程よく手加減してくれてるのでいきなり負けることはないのだが、相手が真面目に相手してくれている以上、こちらもそれに応えなくてはいけない。腕を踏ん張りながら、彩気?のコントロールを試みる。今の俺の一番の心。……うわ恥ずかしい。顔が赤くなってきた。
「恥ずかしがらずに正直になるんだ!ここには身内しかいないんだから!42歳にしてようやく童貞卒業した「元」大魔道閣下!ぶっちゃけろ!「今どんなキモチ?」なんだ!?」
おずおずとすずりちゃんの方を見る。目があった。すずりちゃんは俺と違ってまるで照れたりしてなくて、涼しげに微笑み返してくれる。……死にたい。この間までとは別の意味で死にたい。
ウブなの俺だけかよ。かっこ悪い。
「……です」
「あぁん!?聞こえんぞ?もっと大きな声で!」
「……したい、です」
「まだまだぁ!もっと大きな声で!」
ここまでだ。観念した。両目をつむって、大きく息を吸い込んだ。
「すずりちゃんを、幸せにしたい!です!愛してくれた、その気持ちに、応えたい!です!この世もあの世も関係なく、親父さんもお袋さんも3人の子供たちも一緒に、みんなで家族でいたい!です!!」
あー言っちゃった……。俺ごときが何言ってんだ。大勢の人の前でおもらししちゃったような恥ずかしさ。すずりちゃんの方、見れない。つむった両目を開けられない。
そんな俺の心情とは反比例して、俺の全身が温まっていくのを感じる。彩気?が、流れるようになったのか。
ダダダダって、誰かの足音が聞こえる。真光とは腕相撲の最中だし。すずりちゃん?
恐る恐る目を開ける。俺の周囲に、暖かなオレンジ色の光が、穏やかに巡っているのを感じる。
「よし。ちゃんとできたな。……さすがだな。相当の高火力だぜ。いいかクローム兄貴。これが「エミタメ」だ。「誕生の歓迎。生命の確信」。それが「エミタメ」」
「……すずりちゃんは?」
「洗面所。感極まってって奴だよ。いいんじゃね?嬉しいんだから。さて、チュートリアルはここまで。もう彩気の回し方、分かるよな?俺も純粋に興味あるからさ。8大彩気の相に関わらず、彩気の出力に比例して身体能力も筋力もバフがかかるから。こっちも本気でいくんで、兄貴の最大火力を、見せてくれよ」
ドン!
真光の全身を流れる、「パンゲア」の彩気量が膨れ上がった。さっきとは別次元のプレッシャー。それでも手加減しているらしく、すぐには俺の腕は倒されないが、徐々に確実に押し込んでくるつもりだ。
照れてても恥ずかしがってもなんにもならないので、こちらも正直に。
ボワン!
おっ?結構大きいっぽいぞ?俺の彩気。ちょっと、腕相撲の勝負に専念してみる。オレンジの光を右の二の腕に集める。二の腕がどんどん熱くなっていく。筋肉が、普段以上に、太くなっていくような、おぉ、力がでる!筋力全然違う!真光の右腕を倒しにかかる。
「フン!……ンヌヌ」
どうだ!?45度まで押し込んだ。彩命術では真光の方がはるかに格上だろうから、本気で勝てるとは思ってないけど、少しは「ヤバイ」と思わせたい。せめて、そうだな、20度までは、押し込みたい!
「フッフッフ。いいねいいねぇ。そのままそのまま」
不敵に笑いながら、真光が押し返してくる。あぁ、やっぱダメだ。全然違う。ゆっくりと、しかし確実に、俺の右腕が時計回りに傾いていく。45度まで押し込まれた。
「くそ……まだまだぁ!」
今の俺に彩気のコントロールっていうのがどれだけ出来てるのかは分からないけど、なんかダメだな。出力下がってきそう。力がしぼんでいく。それでも、最後のひと押し!とにかく、振り絞れるだけ振り絞る。
声には出さないけど、頭の中で密かに叫ぶ。
……全集中、社畜の呼吸……!十の型!……労基署はぁ、敵だァァアア!
「……BA○−KAI。鉄之細道金太郎特急」
なんか言ってきやがった。低く重い声。おのれ。ローマ字表記にしてるけど、○解かよ!?クソ、それっぽく漢字並べやがって!
……松尾芭蕉の「奥の細道」(千住が出発地)と鉄道趣味、それに隅田川駅で見かける貨物列車(EH500型電気機関車)と、地元で有名な飴屋さんとを、かけているな!おそろしくマニアックな地元ネタ、俺でなきゃ見逃しちゃうねって、ダメだ。電気機関車の金太郎イラストが頭に浮かんできちゃって、集中力が切れる…。俺の彩気もおかしい。集中力が切れたせいなのか、オレンジの単色だったのが、赤や紫、黄色や青が混じってきて、みるみる濁ってきた。クッ、ここまでか。筋力増強のバフも切れて、無念、敗北。
「ハァ……ご指導、ありがとうございました。……ちなみに言っとくと、三ノ輪を超えたらもう台東区だからね?あの飴屋さん、荒川区じゃないからな?」
「ハハハ。ネタ元分かった?さすがネイティブ足立区民様はちがうね。……軽く説明しとくと、最後の方、兄貴の彩気が濁ってきてたよな。あれは、「エミタメ」以外の別の彩気が混じったからなんだ。ああなっちゃうともうダメ。その手前でやめておくのがコツ。彩気の使い分けは、これから練習していけばいいから」
「「パンゲア」と「エミタメ」は分かったよ。それと何日か前までのが「タナトス」なんだよな。他の彩気も扱えるようになったほうが良い訳?えっと……「アダム」「イブ」「リリス」に、「ジョカ」「スターヘルツ」……だっけ?」
「人によって適性が違うんだ。一度に全部必要になることはほぼない。普通は3つか4つまで相を開けておいて、用途によって使い分けるんだ。俺は「パンゲア」しか開けてないし、数が多ければいいってもんでもない。クローム兄貴はそうだな……。「エミタメ」から始めて、「アダム」を使い慣れておくのがいいな」
「「アダム」ってのはどんなん?」
「「正義の炎」。いかにも少年マンガの主人公にありがちな心だよ。「悪を……許さん!」みたいな奴だな」
「絶対に許さん」の気持ちなら、心当たりあるな。つい最近までそれが強かったな。そういうことか。あれが「アダム」か。
すずりちゃんも戻ってくる。化粧直し?をしてたのか?いつものテンション。……大丈夫そう。俺ら二人の前で、海軍式敬礼。
「お待たせしました!……お昼にしましょ」
★ ★ ★ ★ ★
三人でマンションを出る。時刻は11時30分。もう混みだすよな。今日は4人がけのテーブルのある、そこそこ広い店がいいな。
「真光部長、なんかリクエストある?普段何食ってんの?」
「駅そば。最近は独立系がみるみる減ってるからな。もうあと5年かなー。今のうちに食べ納めしとかんと。……今日は、なんでもいいよ。この辺駅そばないのは、知ってるから」
この辺りの蕎麦屋は江戸時代からの蕎麦文化を受け継ぐ、正統派ばっかりだからな。コロッケや紅生姜天を乗っけるような店では、肩身が狭かろう。
「すずりちゃんは、何がいい?やっぱりカレー?でも、化粧くずれ気になる?」
「今後はですねー、夏用のリキッドファンデーションなるものを使っていこうと思うんですけど、まだ準備できてないんですよ」
うむ。どうするか。カレー以外の飲食店もいろいろあるけど、カウンターの店が多いんだよな。あ、だけどそうか。
「お二人とも、今日はこちらでオーケー?」
俺らのマンションに入っているファミレスにする。今日のランチはおそらく、真光部長の奢りになるだろう。安く済ませられる店にしとこう。テーブル席も多いだろうし。
ランチも終わって、部屋に戻ってくる。
「いよいよあれだな。クローム兄貴になにやってもらうかなんだが」
「一件質問いい?すずりちゃんがやってる毎朝の散歩、俺はどこ行けばいいの?」
昨日も今日も、すずりちゃんの後ついていっただけだったけれども。本来は俺もどこかのエリア担当するんではなかろうか。
「うーん、それでもいいんだけど、兄貴は彩気の使い分けの基礎トレの方が、よさそうなんだな」
「8相全部開いている銀一郎さん、正直かなりレアですもんね」
「その分育成が難しいはずなんだぜ。……でもやっぱり面白いよな。今後どうなるかね」
「そうなの?」
「時間かけて修行して、後天的に8相開けることはできるけど、労力の割にあまりメリットなくて、特別な理由ない限りやらないんだわ。さっき言ったように3〜4相開いてるのが普通で、基本そこから増やさない。オレは1相、恵史郎は3相、すずりは4相、開いてる。恵史郎はまたちと違うんだけどな。それはおいおい」
「さっきの腕相撲の感覚だと、おれはまだまだ未熟で、彩気が混ざっちゃうんだろう?それを起こさないようなトレーニングをしていけばいいのかな?」
「一週間もあれば、できるようになるから、焦る必要はないんだぜ。だから毎朝の散歩は、これまで通り、すずりと回ってくれればいいよ。すずり一人でも別にいいし……ちなみにクローム兄貴、なんか特技とか趣味とか、ある?」
「イラスト製作、写真撮影、清掃というかビルメンテナンス、マーケティングリサーチ、若干プログラミングとシステム管理……その位」
「プログラミングもできるんですか?」
「大学の専攻がIT系だったの。ITバブルが弾けた時期と重なって、まるで就職に活かせなかったけど。マンガ家目指す前の話」
「頼もしい頼もしい。先々重宝するかもだな。ただ、今知りたいのは、いわゆる「業務経験」ってのとは違うんだ。……そうだな、兄貴。「この分野だったら、俺は負けん!」ってのあったりするかい?」
すずりちゃんが見せてくれた、結婚挨拶ハガキ制作の様子を思い浮かべる。あれなんだよな。「魂込める」って感じがはっきり出てたよな。ああいうパフォーマンスができそうな分野か。
「イラストも写真も、ハイアマチュア止まりなんだよな。デジタルでしかやれないし。……清掃かなぁ」
「清掃のお仕事……を、またやるんですか?辛くならないですか?」
「清掃の仕事自体は、全然嫌いじゃなかったよ。周りの人間が嫌だっただけ。トイレ清掃とか、やっぱり好きだな。頑張ればそれだけ、ピカピカにできるし」
「トイレ清掃が好きって……変わってんな。そんなにピカピカ?」
「真光さん、ウチのトイレ、見てきてください」
ほうどらどら……と言ってトイレを見に行く真光氏。。。嬉しそうに戻ってきた。
「クロームニキいいじゃん!便器の水で顔洗えちゃうって!」
「そう?ドヤッていい?」
やっぱ清掃かな。素直に喜んでもらえるという点では、一番手応えあるな。
「清掃か。なるほどな。う〜む、どうするかな」
「もちろん限界はあるよ。建材の経年劣化っていうのは、清掃では直せない。一人でできる作業量にも限度あるし」
「兄貴、トイレをピカピカにするコツって、あるかい?」
「普通の人が「不潔だから」って思って近寄らない便器の隅々まで、しっかり向き合って、丁寧に手を入れる。かな」
「不潔・不浄から、逃げない?」
「そうそれ。ウンコでもゲロでもネズミの死骸でも、正しい衛生の知識持って丁寧に処理すれば、怖くないから。……あぁでも、いわゆる特殊清掃は、まだやったことないけど」
「ネズミの死骸?」
「防虫防鼠って業務もあってね。会社の都合で、去年はそっちも少し手伝ってた」
「銀一郎さん、その、防虫防鼠ってお仕事、ちょっと説明してもらっていいですか?……死骸の扱いのところを、詳しく」
ん?なにか気になるの?
「防虫防鼠っていうのは、ネズミやゴキブリとか、人間にとって有害な害獣・害虫を除去すること。最近はペストコントロールとかIPMって言い方もするらしいね。ゴキブリはともかくネズミについては、普通に暮らしてるだけだと新宿や渋谷みたいな繁華街でしか見かけないかもだけど、ビル管理の仕事してると、やっぱりまだまだ多いんだわ、ネズミって。ネズミそのものが怖いんじゃなくて、ストックしてる食材に、有害な病原菌つけられるのが怖い。だから、ネズミを退治して、寄せ付けない環境を作るのが仕事。ネズミ退治で大事なことが、一匹一匹、きちんと捕獲すること。ゴキブリだったら、毒餌置いておくだけでもいいんだけど、ネズミはゴキブリよりもずっと大きいでしょう。毒餌置いておくだけだと、それ食べた奴にどこで死なれるか分からない。天井裏とか人間の手の届かないところで死なれると、回収されないまま死骸が腐って、ものすごくキツイ腐敗臭出すんだわ。だから移動経路調べて、トラップ敷いて、一匹一匹捕獲するの」
「捕獲した後どうするんですか?」
「ネズミは数時間エサ食べないだけで、飢えて死んじゃうんだ。だから放置しておいても勝手に死ぬ。病原菌が漏れないよう注意して、まぁ最終的には可燃ごみだね。大きくて元気な奴だと、キィキィ鳴き声うるさいし、なによりそのまま生かしておいても苦しませるだけだから、粘着板で挟んで、ひと思いに踏み潰すこともする。死骸が飛び散らないように、頭を狙う。アーメンって」
目をつむって手を合わせるフリをする。
「可哀想とは、思いませんか?」
「思うよ。鳴き声だけなら、ペットショップのハムスターと変わらないもの。トラップに捕まった子たちもさ、人が近づくと鳴き始めるんだ。助けて助けてって。あれはキツイ。でも仕方ない。衛生面考えたら、人間とネズミが同じビルの中で一緒に生きていけないもの。仕方ない。人間とネズミとの間の「けじめ」かな。これも定めだ。ナムアミダブツ」
改めて、目をつむって手を合わせるフリをする。
「「けじめ」か。なるほどな。いいね。フーム、どうするか、どっから入ってもらうかな」
真光氏が嬉しげに、腕組みをして思案しはじめる。何やらされるんだろ。
「この会社は、業務としてやっていたりするんすか、その……特殊清掃とか」
「理念としては、勿論やっていけるのがいいんだけども。現実問題、まるで人手が足らなくて、手が出せないな。物理的な後片付けは、専門業者さんにお願いなんだが。……クローム氏、動物の死骸を回収、みたいな仕事でもいいかい?」
「もちろんいいすよ。いいんすかそういうので。もっと衛生的にハードなやつでもいいけど」
「いやいやいや、一般の業者さんと同じことをする必要はないんだ。俺ら彩命術師がやってこそ。そんな仕事だ」