後日譚165.うら若き辺境伯夫人はギリギリまで情報収集した
ルシール・サールはラグナクアでも有名な外交を任されている侯爵家の次女だった。
政略結婚も視野に入れながら教育された彼女は、当然のように社交に関する知識や技術は一通り身に着けていた。その結果、両親に連れられて社交界に出席する際には交渉を任される事もあるほど優秀な女性だった。
「男として生まれていればなぁ」
酒に酔った時、ルシールの話になると父親が毎回そういうくらいには惜しい人材だった。
ルシールはそれを聞く度に思う所はあったが、せめて嫁ぐまでは親孝行をしようと奮闘した。
小柄で可愛らしく、愛らしい笑顔の彼女に対して縁談は国内外問わず来ていた。だが、両親は即断即決する事はなかった。自分たちの家の利益や、国の事も考えるとどこと結びつきを強めるのか決めかねたからだった。
転移陣による交流は盛んになり、遠方の国との接点も持ちやすくなっただが、それ以上に異大陸との交易も自力でできるようになったのも大きく影響した。そことのつながりを強化するのも今後の事を考えると、両親はなかなか決めかねていた。
「男として生まれていればまた違ったんだろうがな……」
過去の勇者の影響で一妻多夫もなくはない。だが、やはり一夫多妻の方が一般的で、誰の子か分かりやすく、家同士の繋がりを深く結びやすかった。また、一妻多夫を希望するならば婿入りが条件となるのだが、生憎サール家にはそれだけの余力はなかった。
そんな彼女の婚約事情がとんとん拍子で変わっていったのは、隣国のファルニルのある貴族の息子が『生育』の加護を授かった事が理由だった。
十五になり大人の仲間入りをしたルシールだったが、両親が決めかねていた事もあり未だに婚約者が決まっていなかったのが功を奏した。他のラグナクアの貴族令嬢よりも早く縁談の申し込みを行う事が出来たのだ。他国の使者との外交の際にその御令息に爵位を授けられるかもしれない事や、社交界にほとんど出た事がない事も掴んでいた事もあり、縁談の申し込みをする際に得意な事を強く強調したのも良かったのだろう。
そのアピールが結果的に正室として迎えられる予定だった者の目に留まり、今、こうしてギュスタンと一つ屋根の下で暮らす事ができていた。
そんな彼女の朝は、他の夫人と比べると若干遅い。そんなに早く起きなくても社交界や外交に支障がないからだ。
着替えを済ませ、のんびりと侍女が用意してくれた朝ご飯を食べた後、今日会う人の事の情報を脳内に思い浮かべながらどのように出迎えようか、等と考えていたルシールだったが、ふと外で人が集まっている事に気が付いた。
「あれはドライアド……だよね?」
昨日、世界樹の使徒であるシズトに引っ付いて大量にやってきた人族の子どものような見た目の者たちが、名実ともに夫となったギュスタンの周りでわらわらと何やらしている。ただ、彼女が疑問を持ったのは、昨日とは明らかに肌の色が異なる子が何人もいたからだった。
来客が来るまで庭で何やら作業をしているとしたら確実に話のネタになるだろう、と判断した彼女は来客対応用のドレスを汚さないように気をつけながら外に出てギュスタンの元へと向かった。
「旦那様、おはよ~!」
「おはよう、ルシール」
そう言って朗らかな笑顔を浮かべた縦にも横にも大きいのがルシールの夫であるギュスタン・ド・ルモニエだ。社交界にともに出席するのであればその見た目をまず何とかする必要がある、と常々思っているルシールだったが、抱き着き心地は良い事に最近気づいた。
朝のハグをしていると、周りのドライアドたちが「おぉ~」と見ている事に気付き、ルシールの視線を察したギュスタンが「昨日の話を聞いていた子が手伝いに来てくれたんだよ」と状況を教えてくれた。
「お手伝い……。旦那様がシズト様に家庭菜園を見せた際に『ドライアドたちが手伝ってくれたら楽なんだけどね』と仰ったことをそのまま受け取ったの?」
「みたいなんだよ。約束をしていたわけじゃないんだけど、シズトくんに聞いてみても行くように伝えていなかったみたいだし、彼女たちの独断で行動しているみたい」
「人間さんがお願いしたんだよ~」
「私たちお手伝いしに来たの!」
「たくさん育てるぞ~」
「お~」
「冒険じゃなかったっけ?」
「どうだったかなぁ」
「と、まあこんな感じで昨日シズトくんについて来た肌が白いドライアドたちとその話を聞きつけた小柄な子たちは手伝う気満々なんだけど、褐色肌の子たちは冒険心が強いみたいでね。ちょっと目を離したら変な所になんかの植物を育てられるかもしれないってシズトくんが忠告してくれたから、手が空いている時はしばらく様子を見ていようかなって」
「なるほど~」
ラグナクア出身のルシールはドライアドたちについては詳しく知らない。社交界ではその様な話が出る事もほとんどなかったからだ。話題として出るとしたら人の肩の上に乗るのが好きとかそんな噂話程度のどうでもいい事だったが、何ができて何ができないのかを知ることが出来れば他の貴族と話をする際に話のネタに困る事はないだろう。
そう考えたルシールは、今日の最初の訪問者がやってくるまでどのくらい時間があるか逆算をしながらギュスタンとドライアドの様子を見守るのだった。




