後日譚163.事なかれ主義者は紹介された
ギュスタンさんのお屋敷は、ファマリーの根元と同じかそれ以上の大きさだった。辺境伯ともなるとこれくらいの大きな屋敷に住まないと面子が保てないとか何とかそんな感じの理由らしい。
「引き留めたいって気持ちはよく分かるけど、一代限りとはいえ辺境伯はやりすぎだよね」
「一代限り?」
「シズトくんは知らないかもしれないけど、強力な加護を授かった人物を囲い込むために一代限りの貴族にする事はよくあったんだよ。辺境伯は流石に数えるほどしかないけれど、それだけ『生育』の加護が期待されているって事だね」
「じゃあギュスタンさんに子どもができても爵位を継承できないの?」
「このままだとそうだね。一番手っ取り早いのは同じ加護を授かる事だけど、一応問題なくこの地を治める事ができるのなら受け継がせてもいい、という話も出ているそうだよ。神様との縁は血に宿るから、子どもが加護を授からなくても孫に授かるかもしれない、とかあるからね」
ギュスタンさんは大きな扉を開けて中に入っていく。その後に続いて行くと、そこは大きな食卓があり、壁際には複数のメイドさんが控えていた。
ギュスタンさんに促されるまま席に着くと、正面にはギュスタンさんが座り、その両隣を二人の女性が座った。もう一人はギュスタンさんの背後で直立姿勢を保っている。
「さてと……シズトくんのお話から聞いた方が良いかもしれないけど、先に三人を紹介してもいいかな?」
「どうぞ」
別に僕は急いでいないし、なんて事を思いながら許可すると、ギュスタンさんは一言お礼を言ってから右隣の女性を見た。
「こちらはサブリナ・ディ・ブロディ。魔法の国クロトーネのブロディ公爵家の長女で、僕の一人目の婚約者だ。シズトくんの許可さえもらえれば正室として正式に迎え入れる事になっているんだけど、もうすでにいろいろ助けてくれてる頼りになる女性だよ」
ぺこりと頭を下げたのは真面目そうな眼鏡をかけた女性だった。歳はギュスタンさんと同じくらいだろうか? 大きなとんがり帽子を被っているのはクロトーネ出身だからだろうか。そんな事を考えながら「よろしくお願いします」と挨拶をした。
「ご紹介頂きましたサブリナです。こちらこそよろしくお願い致します」
「主に内政を取り仕切ってもらってるんだよ」
「役割分担って大事ですもんね、分かります」
ギュスタンさんの主な仕事は世界樹のお世話だ。それ以外の事は信頼できる人に任せるのが一番だろう。
そう言った意味で、婚約者として側にいてもらうというのは良い案だと思う。
「こっちの女性はルシール・サール。ラグナクアで有名な外交貴族のサール家の次女で、外交関係をお願いしているんだ。こんな若い女性を娶って大丈夫なのかちょっと心配だけど、能力はサブリナのお墨付きなんだよ」
「ルシールです。よろしくお願いします!」
元気に挨拶をしてくれたのは小柄な少女だった。こっちの世界で考えると成人はしていそうだけど、年齢的にどうなのか……僕が口を出す事ではないな。
ドライアドに纏わりつかれている僕を見ても表情一つ変えなかったのは、驚きを表に出さない事を外交で慣れているからだろうか?
「後ろの女性はエーファ・ツー・グリム。魔の山と接する領地を治めているグリム伯爵家のご令嬢で、ご自身も前線に立たれていたそうだよ。ここでは僕の代わりに指揮を任せようと思っているんだ」
「よろしく」
端的に挨拶をしたのは、ギュスタン様と同じくらい大柄で、鎧を身にまとった女性だった。
サブリナさんが知的な美女で、ルシールさんが元気なお嬢さん、エーファさんは凛々しい美女、と……。背格好もばらばらでタイプの違う美女三人と婚約を結んでいる所にやはり親近感がわく。そのまま僕の代わりにたくさんお嫁さんを貰って欲しいな、なんて思いもあるけれどそれはそれで大変だという事は知っているので口には出さない。
「『生育』の加護持ちで、世界樹を育む者は、婚姻の際に世界樹の使徒か代理人の許可を得なければならないって事だったから紹介したんだけど、シズトくんから見てどうかな?」
「どうって言われても……」
こんな事ならレヴィさんを連れてくるべきだっただろうか?
……いや、形式的に僕にお伺いを立てているだけで、しっかりと選んだ女性なら問題はないのか……? そもそもそういう約束事を決めたのは無数に申し込まれる縁談対策だったような気がするし。
「上手に役割分担ができてそうだし、いいんじゃないかな?」
「ありがとうございます!」
「これで正式に夫婦になれるね!」
「ルシール、来客中だぞ」
「シズト様はそういう固い対応は好まれないってギュスタン様が仰ってたでしょ?」
「そうだとしても、最低限のマナーという物があるでしょう。まずはシズト様に感謝の言葉を述べるべきでは?」
先程までおすまし顔をしていたのだろう。女性たちが一気に話し始めて賑やかになった。ギュスタンさんと目が合うと彼は苦笑を浮かべて「騒がしくてごめんね」と謝ってきたけど「慣れてるので大丈夫です」と返しておいた。
その後、しばらくの間は女性たちとギュスタンさんの四人のやり取りが続いたので、僕は我関せずと言った感じでのんびりと茶菓子を食べて過ごした。




