後日譚152.柔和な女王は受け入れた
シグニール大陸の東側に点在する小国家群は、常に群雄割拠を繰り返し、乱世が続いていた。
彼らから見て西にある大国ドラゴニアが領土拡張に興味がなかった事もあるが、日照りや干ばつ、水害などの災害に見舞われる事が多い土地だった事もそうなっていた原因の一つだろう。
また、それぞれが強力な加護を授かった者が統治していたからというのも理由の一つだった。
元々住んでいた者がその加護を受け継いできた者もいれば、一国一城の主を夢見て他所から流れて来た者もいる。前者は先代から受け継いだ領地を守ろうとする意識が強く、後者はよその土地を奪い、自分が治める場所を増やそうとする者が多かった。
シズトとオクタビアの二人の目の前にいる中年の女性がどちらかというと前者だった。エンジェリア帝国と国境を接している国で、エンジェリア帝国とは何度か戦争をしているシラクイラという国だった。
そんな国がエンジェリア帝国の提案を素直に聞き入れるのか、という疑問は生じるのだが、現時点では中年の女性は誰から見ても敵対意志はなく、穏やかな微笑と共にオクタビアとその婚約者であるシズトを迎えていた。
「遠い所からお越しいただきありがとうございます。シラクイラの女王イルヴィカ・ディ・シラクイラと申します」
「神聖エンジェリア帝国の女帝、オクタビア・デ・エンジェリアです。今回は我が国の提案を受け入れてくださりありがとうございます」
深々と頭を下げたオクタビアを見て、イルヴィカは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに柔和な表情に戻った。
「こちらに利がある事と判断しただけです。大国の女帝ともあろう御方がそう簡単に頭を下げない方が良いですよ」
「ご忠告感謝します。ただ、我が国のしてきた事を考えると頭を下げて丸く収まるのであれば何回でも頭を下げます」
「……その程度で収まる事はそう多くはないと思いますが、私が言う事ではありませんね」
イルヴィカはオクタビアの背後に控えていた侍女が一瞬見せた険しい表情を見逃していなかったし、シラクイラに損があるわけではない、と判断するとそれ以上指摘する事はやめて、隣の黒髪の男性に視線を向けた。少年といっても差し支えないくらいにはまだ幼さが残っている顔立ちのその男性は、身なりはしっかりしているが、幼女を肩車している何とも言えない人物だった。
「オクタビア様の婚約者であるシズトです。本日はよろしくお願いします」
こちらの男性もぺこりと頭を下げたが、これは異世界人特有の物だろう、と判断してイルヴィカはそれに関しては指摘しなかった。
「こちらこそよろしくお願いします。シズト様のお噂は東側の国々にも広まっておりますよ。いくつもの加護を扱い人々のよりよい生活を追求しただけではなく、邪神を神の世界に還すために自己犠牲の精神で加護を返還したと。邪神の信奉者には我々も困っていたので感謝しております」
「いえ、流れで邪神と戦う事になってしまっただけなので自己犠牲ってわけじゃないですし、魔道具をせっせと作ってたのは自分とその周りの人が楽をしたかっただけというか……」
「異世界人は謙遜する人が多い、というのは本当のようですね」
クスッと笑ったイルヴィカは「ゆっくりお話をできる場所を用意してあります。こちらへどうぞ」と歩き始めた。
イルヴィカの案内の元、オクタビアとシズトはシラクイラの王城の中に入っていく。
シラクイラは小国家群の中でもそこそこ大きな国だ。長年エンジェリアや周りの小国家群と戦を続けてきたシラクイラの王城は、敵が攻めてきてもいいような作りとなっていた。
華美な装飾は少なく、美術品なども特に飾られていないため、姿勢に気をつけながら歩きつつ話題となりそうな物を探していたシズトは話題に困っていた。
その事をイルヴィカが察したわけではないが、用意していた部屋がまだ先なので気になっていた事をシズトに問いかけた。
「シズト様の肩の上にいらっしゃるのは、もしかして噂に聞くドライアドでしょうか?」
「あ、はい。そうです。ドライアドのレモンちゃんです」
「レモレモ―」
「お近づきの印のレモンはまだ出さないでね。この子たちは植物を育てるのに秀でているので何かのお役に立たないかと思い連れてきました」
引っ付いて離れない、という事は言わずにシズトがそう言うと当然「どうして肩の上にいるのですか?」と聞かれるのだがシズトは慌てた様子もなく「そういう生態みたいです」と答えた。ドライアドについて詳しく知られていないため、それで押し通せるのではないか、とシズトは考えたようだ。実際、イルヴィカはそういうものなのか、と思う事にして深く聞く事を止めた。
「そうですか。是非お力をお貸しいただけますと幸いです」
シラクイラの食料自給率は高くはない。エンジェリアに対抗するために周辺の小国家群やドラゴニア、ドタウィッチから食料を援助してもらう事も多い。だが、エンジェリアとの関係性が変わるとなるとその援助もいずれ亡くなっていく可能性があった。
(干ばつさえ何とかなればそれでよかったのですが……思わぬ収穫がありましたね)
そんな事を思いながらイルヴィカは内心ほくそ笑むのだった。




