後日譚149.事なかれ主義者も知らせを受けた
朝食を食べた後、のんびりと赤ちゃんたちのお世話をしたり、二階の和室でドライアドたちと赤ちゃんたちの交流を見守ったりしているとエンジェリア帝国から一台の馬車がやってきた、と窓の外からジュリウスが教えてくれた。
二階のはずだけど、ジュリウスほどの精霊魔法使いになると空を飛ぶくらいは簡単にできるらしい。
空を飛ぶ魔道具をいくつか作っていたけれど、パワードスーツのように着るだけで空を飛ぶ事ができる魔道具を作っておけばよかった、と思いつつ本来の出入り口から出て、一階のエントランスホールを目指す。
「暇だから一緒にいくのですわ~」
後ろから小走りで追いかけてきたのは顔の横ら辺にある金色のツインドリルがトレードマークのレヴィさんだ。すっかりオーバーオールが気に入ったのか、今日も着ている。露出がほとんどないのに目のやり場に困るのは、魔道具によって驚異的な大きさになった胸が存在を主張しているからだろう。
彼女の後ろを早歩きで着いて来ているのはレヴィさんの専属侍女であるセシリアさんだ。涼し気な髪と目の色をしている彼女は現在妊娠中なので出来れば大人しくしていて欲しいんだけど、それは僕のエゴなので彼女の好きにさせている。
歩調をゆっくりに変えるとレヴィさんがすぐに追いついた。
「育生は大丈夫なの?」
「問題ないのですわ。ドライアドたちが面倒を見てくれているのですわ」
「大丈夫かなぁ」
「比較的古株の子も複数人いたから大丈夫なのですわ。パメラに面倒を見てもらうより安心安全なのですわ~」
「まあ、パメラと比べたら大体の子は大丈夫だろうけど、ドライアドたちって育生がその場でモリモリ食べるから喜んで食べ物をあげちゃうじゃん?」
「ちょっと食べすぎてもいざとなったら脂肪燃焼腹巻を使えばいいのですわ~」
……魔法って便利だな。
そんな事を思いながら話している間にエントランスホールに辿り着いた。
僕たちが扉に近づくと、外で待機していた兵士たちが開けてくれたので、お礼を言って外に出る。
正面玄関の前にはロータリーのように馬車が入ってくるスペースがある。そこに、一台の豪華な馬車が停まっていて、既に乗っていた人は馬車から降りて待ってくれていた。
綺麗な姿勢について学んでからは火との姿勢について目が行くようになったけど、その少女の佇む姿は完璧だった。僕たちと目が合うとお辞儀もされたけど、よどみもなく流れるような動きだ。
「オクタビアさん、こんにちは」
「こんにちは、シズト様。本日から一週間ほどお邪魔させていただきます」
再びぺこりと頭を下げた少女の名はオクタビア・デ・エンジェリア。エンジェリア帝国を統治する女帝だ。
動きやすさを重視しているのかシンプルなデザインのドレスを着ている。髪や目と同色の紺色で落ち着いた雰囲気のドレスだった。
「予定よりも数日遅れましたけど、何かあったんですか?」
「その……いろいろありまして。できればお話を聞いて貰えたらと……」
「もちろんお聞きしますよ」
「婚約者が困っているのなら当然ですわ!」
「仮だけどね」
「でも、こんな所で話す事でもないと思うのですわ」
「それもそうだね。レモンちゃんもいつの間にか肩の上に乗ってるし、ドライアドたちも引っ付いてきそうだからとりあえず移動しようか」
「レモーン」
今日はお祈りをしている時には来なかったからどうしたのか心配していたけど、肩の上にレモンちゃんがいると安心するって、手遅れなんじゃ……?
そんな事を真剣に悩みながら、レヴィさんの後を追って屋敷の中に戻った。
ランチェッタさんにも意見を求めたい、と希望があったので、和室で話を聞く事になった。
この時間はホムラとユキ以外は皆和室でのんびり過ごしているというのもあると思うけど、和室では赤ちゃんたちと過ごす事が多いため、周囲の迷惑にならないように魔道具『遮音結界』を張ってあるので外部の人に話を聞かれるという心配もほとんどないのも理由の一つだった。
座布団の上に座ったオクタビアさんは、ドライアドたちにじろじろ見られているのを気にした様子もなく話し始めた。
「今回約束よりも遅れてしまった原因は大きく二つありまして。一つ目は小国家群の使者たちが私に謁見を求めてきたからです」
「あら、良かったじゃない」
自分の子どもである千恵子を抱いてあやしていたランチェッタさんが明るい声で言ったけど、何が良かったんだろうか?
「顔に出てるわよ、シズト。国内はともかく、小国家群には女帝として認められ始めているという事よ」
「なるほど、そういう事なのか」
お嫁さんたちには思考が筒抜けなのは今更だ。
オクタビア様は「それだと良いんですけど……」と言葉を濁した。
「どちらかというと、私の婚約者であるシズト様の力が小国家群に認められた、という方が正しいと思います。謁見を求めてきた使者たちは、私を通じてシズト様の力を借り、慢性的な水不足などの天候の問題を何とかしたいようでした」
「なんでわざわざオクタビアさんを通したの?」
「以前からエンジェリアと小国家群は交流がありましたから、全く接点がないシズト様にお願いに行くよりも安く済む、と考えたのだと思います」
「なるほど。まあ、僕にできる範囲の事だったら手伝ってもいいよ」
「ありがとうございます。……念のためお聞きしますが、他国に対して『天気祈願』を使って欲しいという願いもありましたが、そちらはお断りする予定です。問題ありませんか?」
「……うん、問題ないよ」
他国に対して加護を使って欲しい、というところはいつ出てきてもおかしくないとは思っていたけど、やっぱりそういう話が出てきたか。今までも加護を使って欲しいという依頼に対して変な所がないか気を付けていたけど、今後は悪用されないようにより慎重になる必要がありそうだ。
「二つ目は……こちらは特に皆さんに何かしてもらう事はないんですが、元皇帝と第一王子が幽閉先で亡くなりました。どうやら暗殺された可能性があるようです。その調査に関しては残った者たちに任せてきましたが、葬儀などで少々時間がかかりました」
「それは……なんというか、ご愁傷さまです」
何とも言えない気持ちを察してか、オクタビアさんが「特段仲が良かった、という訳じゃないから平気ですよ」と口では言っていたけれど、どこか悲しそうに見えたのは気のせいだろうか?
ただ、この件に関しては本当に僕たちがする事は何もないらしい。前皇帝と第一王子の事については限られた者だけで葬儀を行ったそうだ。
ちょっと暗い雰囲気になりそうだったけど、赤ちゃんと遊んでいたドライアドたちが空気を読まずに大騒ぎをし始めたので、話はそこで終わった。




