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後日譚141.箱入り女帝は知らせを受けた

 神聖エンジェリア帝国の女帝であるオクタビア・デ・エンジェリアは、数日後に再び城を空けて婚約者であるシズトに会いに行く事になっていた。

 元々政務と呼べるような物は回されていなかった事もあり、彼女が城を空けても問題ない事と、婚約者であり、他国と比べて立場が弱くなってしまっていたエンジェリアの後ろ盾でもあるシズトとの関係が良好だという事を他国に喧伝するためにも必要だと考えられた事もあり容認されていた。

 ただ、オクタビア自身は複雑な気持ちだった。

 婚約者であるシズトと仲を深める事ができるのは喜ばしい事だ。最近は愛や恋について学ぶために夜な夜な恋愛に関する物語を読み耽っている彼女は少しずつ庶民から見た『婚約者』や『許嫁』、『恋人』や『夫婦』について理解をし始めていた。勇者の影響が色濃く出ている物語ばかりだが、それは勇者と同じ世界から来ているシズトと関わるうえでマイナスに働く事はおそらくないだろう。

 だが、国を治める者として、政務から遠く離されている現状は手放しで喜ぶ事は出来ないだろう。味方となってくれている博愛派は多少は彼女の話に耳を傾けてくれているが、公爵派は彼女の提案を聞きはするが聞くだけだ。行動に移す事も、審議する事もなかった。むしろ最近は疎まれているのではないか、と思うような事も少しずつ出てきた。出てきた、というよりは彼女が気づき始めた、という方が正しいが。


「このままではいけないわよね」

「何事も焦りは禁物です。今は地盤固めの時期かと」


 オクタビアに励ましの言葉をかけたのは彼女の専属侍女であり、実家が博愛派に属しているセレスティナという侍女だった。スカート丈が長いメイド服を着た彼女は、荷物整理を手伝いながら話を続けた。


「オクタビア様を支持している博愛派も少しずつ勢力を拡大しています。中立の立場を貫いていた貴族たちだけではなく、前皇帝派の失脚により新たに貴族になった者たちの囲い込みも上々です。また、公爵派だった者たちには引き続き交流を深めこちらの派閥に入るように動いています。オクタビア様が懸念されているタイムリミットまでにはある程度国内をまとめる事ができるだろう、との事でした。動かれるのはそれからでも遅くないのでは?」

「そうかもしれないけど……」


 今、苦しんでいる民衆たちには三年という時間はあまりにも長いのではないか。そう考えているのだろうとセレスティナは思ったが、それに関しては特に何も言及しなかった。

 助けられる範囲であれば極力助けるつもりの博愛派だが、彼らが支える事ができる人数にも限りがある。全てを掬う事は不可能だからこそ、助けられる命を助けるために取捨選択して切り捨てる所は切り捨てるべきだ、というのがセレスティナを含めた大多数の博愛派の考え方だった。


「せめてシズト様の所でやっていた研修所のような物を作る事ができればいいんだけど……」

「お金をどうするのか、というのもありますがなにより教師になる事ができる者が限られますね。それに、この国では奴隷も子どもも、元々労働力として捉えているのでわざわざその労働力を減らしてまで教育させたいと考える者は少ないでしょう。これは人族至上主義だったエンジェリアだけに限らず、他の国々でもそうだと思いますよ」


 実際、ファマリアのような勇者やその子孫が統治している場所であれば、子どもを労働力として勘定していない所もある。が、それはごく限られた国や地域に限定される。もちろん、識字率が上がればそれだけ双方に可能性は広がるのだが、子どもや奴隷に求められるのは単純な労働力出会って知識ではない事が殆どだった。

 それこそ、シズトのように奴隷を買い漁って、仕事として勉強をさせる事ができれば知識奴隷は増えるだろうが、オクタビアにはそれをするほどの財源はなかった。


「シズト様にお頼みすれば諸々解決するかもしれませんが……」

「今のところ考えていないわ」

「ですよね。であれば、それも少しずつ下準備を進めていくしかないでしょうね。さて、荷物を詰める作業は終わりましたが、次はどうしますか?」

「そうね……」


 オクタビアが次は何をしようか、と考えたところで扉がノックされた。

 二人ともノックされるまで部屋に誰かが近づいて来ている事に気付いていなかったが、特に警戒する様子もない。


「どうぞ」

「失礼します」


 オクタビアが入室を促すと扉を開けて中に入ってきたのは煌びやかな鎧を身にまとった一人の青年だった。近衛兵の一人であり、公爵派とのパイプ役でもあるフェルナンドだ。


「貴方がわざわざこの部屋に来るなんて珍しいわね。何かあったのかしら?」

「ハッ。二つほど知らせが届きました。一つは小国家群の事、もう一つは前皇帝陛下と第一王子の事です」

「……小国家群の方からお願い」

「かしこまりました。シズト様の後ろ盾を得てから小国家群の小競り合いは少なくなっていましたが、どうやら小国家群にもシズト様の加護について話が回ったようです。取次ぎを願いたい、という使者がやってきています」

「用件は?」

「干ばつや大雨を祈願によって止めて欲しい、との事でした。他国に対して使って欲しいと願う者もいましたが、いかがなさいますか?」

「時間は十分すぎるほどあるから直接返事をするわ」

「かしこまりました」

「……それで、前皇帝とお兄様に関する知らせは何かしら?」

「ハッ。お二方とも幽閉先でなくなっているのが発見されました。何者かに暗殺された可能性があるとの事です」

「…………そう」


 可能であれば流された土地で穏やかに過ごしてもらえたら、と考えていたオクタビアだったがそれは叶わぬ願いだったようだ。

 失脚するまでは好き勝手やっていた二人だ。どこでどんな恨みを買っていてもおかしくはない。

 オクタビアはいずれそうなるかもしれないと思ってはいたが、こんなにも早く居場所が突き止められて殺されてしまうとは思わなかったようで、ただ一言発する事しかできなかった。

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