後日譚136.事なかれ主義者は発言に気を付けるつもり
キャプテン・バーナンドさんはガレオール出身の男の人だ。ガレオールの海の男は魔物とも戦う事があるとの事で、筋肉質な体つきをしていて肌は日に焼けているからか黒っぽい。身長も高く、ラオさんたちと同じくらいある。
普段だったら目の前に立つと威圧感を感じるけど、今は眉を八の字にして困った顔をしているのでそこまで感じない。
転移陣の近くにセッティングしてもらった椅子に座って、ひとまず紅茶を飲みながら話を聞こうと思ったけれどバーナンドさんは座る気配がない。
仕方がないので話を振ってみると、彼は話し始めた。
「数日前からサンレーヌの港町に停泊してるんだけどよ、今回は魔動船の事と一緒に世界樹の素材の出所も広まったみてぇなんだわ。その影響か、サンレーヌ以外の国々の使者も面会を求めてやってきてて昼間はその対応に追われてんだ」
「まあ、仕方がないんじゃない? 世界樹の素材に限った話じゃないけど、珍しいものを積み込んでいるんでしょ?」
「そうだな。廉価版とはいえ、魔道具も結構人気だ。ただ、やっぱり世界樹の素材の影響力はとても大きい。アドヴァン大陸にある世界樹から素材を取る事が出来なくなっちまってるからなおさらな」
「あー……なるほど。世界樹に加護を使って欲しいとかそんな感じの依頼をしにエルフがやってきた、とかそんな感じかな?」
どこの世界樹を擁するエルフの国でもお願いはだいたいそれだったもんね。もう慣れたよ。
ただ困った事に僕にはもう加護がないからどうしようもないんだよな。育生はまだ産まれたばかりで加護を使う事はできないだろうし、ここはギュスタン様にお願いしたいところだけど……。
「エルフがやってきた、という点ではあってるんだけどな……。依頼がドライアドと世界樹に住み着いている魔物を鎮めてほしい、という事みたいなんだわ」
「どういう事?」
「どうやら世界樹の素材が手に入らなくなってからは備蓄していた物を少しずつ出してたみたいなんだけどよ。数年経ってもなんら改善しない状況に業を煮やしたのか、魔が差したのか分かんねぇけど前任の世界樹の番人が世界樹を伐採して大量の素材を手に入れようとしたみてぇなんだよ」
「あー……」
「詳しい状況や現状は聞いてねぇけど、他の国にいる世界樹の使徒に協力をしてもらってドライアドたちと魔物の怒りを鎮めてほしいそうだ。その後は当然世界樹の世話も依頼されるだろうけど、貴重な薬草も手に入らなくなって経済的にやばい状況に陥ってるみたいでよ。早いとこ何とかしてほしいそうだ」
「なんとかっていっても無理だよ。僕にはもう加護無いし」
「今、世界樹の世話をしてくれている人に頼むのはどうなんだ?」
「どうだろうねぇ。最近爵位を授かったって言ってたし、他国の貴族様にお願いするのはそれ相応の対価は必要なんじゃないかなぁ。それがクリアできたとしても、移動手段とか諸々問題になるだろうから話し合う必要はあるね」
予備として残っている転移陣はそれほど多くないはずだ。
ただ、定期的にお世話をするのであれば向こうに設置をしないと物理的に無理だろう。
設置の場所も検討する必要はあるだろうからギュスタン様に手紙でも書いておこうかな。
「とりあえず向こうのエルフたちには生育の加護持ちが行くのには時間がかかるだろうって伝えておいて」
「分かった。あ、ちょっと待った。まだまだあるんだよ、相談したい事は」
「……手短にお願いします」
出来れば聞きたくないけれど、聞くしかない。
そう思って浮かせた腰を再び椅子に降ろすとバーナンドさんは話し始めた。
「まず一つ目は他国の使者がやってきて交易を求めてきている事だ」
「それはランチェッタさんの管轄じゃない?」
「求めてるのが魔道具だから坊主だと思ったが違うか?」
「なるほど。ホムラとユキに話を通しておけばいいかな」
「できれば魔道具を作る事ができる人に会わせて欲しい、っていう人が多いんだが……」
「ノエルに?」
「いや、ニュアンス的に『付与』の加護を授かっている人にって感じだったな。廉価版じゃない物を作った人に会いたいって」
「僕はもう作れないから会っても意味がないし、千与はまだ赤ん坊だから会わせられないよ」
外は何があるか分かんない。万全の状態でファマリアを散歩するならまだしも、他の大陸までお出かけなんて考えられない。
「だよな。あと、念のためこれも聞いとくけど、『生育』や『付与』の加護を授かっている者へ縁談の申し込みたい、という人が多数いるんだがこれも――」
「お断りです」
「だよな」
許嫁とかそういうのは空想の中だけで十分だと思うんすよ。
仮に婚約相手を決めるとしても、わざわざ遠く離れたよく知らない国の誰かを選ぶよりも身近な知っている人の方が安心できる。
ただ、これに関してはバーナンドさんの手には余るだろうから僕が向こうに行ってはっきりと断った方が良さそうだ。
「断るだけならできる気がするし、とりあえず向こうに行こうか」
「すまん、後もう一つあるんだわ。サンレーヌから海を北上したところにあるタルガリア大陸から来たって言う奴らがいてよ。邪神の件で話をしたいそうだ」
「……どんな内容か事前に聞いてる?」
「いや。サンレーヌの奴らの話を聞く限り、タルガリアは邪神の被害に一番遭っていた所みたいだからそれに関する事かもしれねぇな」
「…………なるほど」
チャム様の事は邪神と紐づけて布教はしていないけれど、元々邪神はまじないの神だった、とか知っている人がいるかもしれない。会う時には言葉に気をつけよう。
「他に何かある?」
「細々とした事はあるけど、向こうで話しても問題なさそうな事ばかりだな」
これだけ聞いてもまだトラブルはあるのか。
まあ、違う大陸だしな、なんて事を考えながら肩の上に乗ったままだったレモンちゃんと一緒に転移陣でサンレーヌへと向かうのだった。




