後日譚129.第二王女の朝の日課
世界樹周辺には、ドライアドと呼ばれる者たちが生息している事が少し前に明らかになった。。
彼女らは精霊と植物に近い存在で、生態の多くが謎に包まれている。
それを解明しようと、朝早くから世界樹ファマリーの根元にやってくる研究者がいた。
朝日に照らされて短く切り揃えられた髪はは金色に輝き、切れ長な青い目は続々と現れるドライアドたちの様子を記録している女性もその内の一人だ。
「人間さん、おはよー」
「おはようございます」
埋まっていたドライアドが突然近くの土の下から現れても動じた様子もなく記録をしている女性の名はラピス・フォン・ドラゴニア。レヴィアの妹であり、ドラゴニア王国の第二王女だった。
彼女は白いブラウスに黒色のスラックスを履いている。スラックスは彼女の通っている王立魔法学校の男子用の制服なのだが、風紀委員である彼女は動きやすさを重視しているためスカートを身に着ける事は滅多になかった。
彼女は一通りドライアドたちの様子をスケッチし終えると立ち上がって様子を見て回り始めた。
ドライアドたちの普段の様子と違う所がないか調査をしていた彼女だったが、ドライアドたちの数が普段よりも少ない事にはすぐに気が付いた。
何かあったのだろうか? と周りの様子をさらに注意深く見たラピスは、ドライアドが普段よりも本館に多く向かっている事に気付いた。
「……? ああ、そういえば増築するとか言ってましたね」
物珍しさから集まっているのだろうか、それとも窓に張り付く場所が増えたからその分ドライアドたちが集まりやすくなってしまったのだろうか? などと考えながら前を歩くドライアドの後をついて歩くラピスは、本館の窓にドライアドたちがあまり引っ付いていない事に気が付いた。
続々と集まってくるドライアドたちは正面玄関にたむろする子と、いつものように窓から中の様子を覗きこむ子もいたのだが、その大部分が裏手側に回っている様だった。
「……ついて行ってみましょう」
そうして、ドライアドたちの後をついていったラピスは、裏側に辿り着くとドライアドたちが壁をよじ登って二階の窓の空いている部屋を目指している現場を目撃した。
ラピスは何もない所から背丈ほどもある杖を取り出すと、魔法を唱えた。ふわりと彼女の体が浮いたかと思うと、次の瞬間には彼女は宙を舞う。
ドライアドたちの後を追って、開いている窓のすぐ近くまで行くと、空中で制止した。
どうやら部屋の中にはドライアドたちがいっぱいいるようだった。ラピスは背丈ほどある大きな杖を浮かせてその上に立ち、開いた両手でその様子をさらさらとスケッチし始めた。
「誰もいないよ~」
「みんな来ちゃうねー」
「人間さんがここだけは良いって言ったからね~」
「でも誰もいないんだよー」
「植木鉢も置いちゃダメなんだって~」
「ケチ―」
「でも、物があると危ないからダメなんだって~」
「危ないかなぁ?」
「危ないんじゃないかなぁ」
「人間さんのちっちゃい子は最初は弱いらしいよー」
「へぇ~」
一通りスケッチし終えたラピスは、ドライアドたちの様子をさらに詳しく見るために室内に入ろうとした。だが、それをドライアドたちが止めた。
「人間さん、入る時は足を拭かなくちゃダメなんだよ~」
「土が入っちゃうんだってー」
「……なるほど、土足禁止の部屋なんですね」
ラピスは履いていた靴を脱ぐと空間魔法に収納した。
レヴィアとシズトからは三階以外であれば自由に屋敷に入っていいと言われていた彼女は躊躇なく窓から室内に入り、畳の上に降り立った。
「この部屋で何をされてるんですか?」
「何もしてないよ~」
「どこだったら植木鉢を置いてもいいかなぁ、って考えてないよー」
「あそこの扉を開けようって思ってないよ~」
「ね~~~」
「なるほど。約束を守っていて偉いですね」
「そーでしょ~?」
「約束守ってたらちっちゃい人間さんと遊べるもんね」
「それぞれのテリトリーは守らなくちゃダメなんだよ」
ドライアドたちのテリトリーである畑にシズトたちが入っている事は良いのだろうか、と思いつつもラピスは余計な事は口には出さなかった。
「人間さんもここで小さい人間さんを待つの?」
「いえ、私はやる事がありますから、お姉様とシズト様にご挨拶を済ませたらお暇する予定です」
「そうなんだー」
「またね~」
「はい。それではまた」
ラピスは反対側の空いていた窓から外に飛び出した。
新しい中庭ではドライアドたちがあーでもない、こーでもないと話をしている様子が見受けられたので、その様子をスケッチしてから彼女は高く飛び上がり、建物の外側へと出た。
スケッチをしたり、ドライアドたちの話を聞いたりしている間に結構時間が経っていたようだ。
「この時間であれば、お祈りをする頃でしょうか」
視線を世界樹の根元にある祠の方に向けると、黒髪の少年がわらわらと集まってきているドライアドたちの中でも小柄な子たちに纏わりつかれている所だった。
魔法を使わなくても遠目で彼だと判断できるのは楽だな、と思いつつラピスはその場所へと飛んでいくのだった。




