後日譚123.山の王は迫られた
シグニール大陸に唯一あるドワーフの国ウェルズブラは、山々が連なっている事や魔力の影響で常冬の国だった。
どの街へ行っても雪が降っている事が普通なため、ドワーフの女性や子どもたちは穴倉の中で生活をし、筋肉質で寒さに強いドワーフの男たちは外界に出て鉱山を掘ったり、魔物を倒したり、鍛冶をしたりして生活していた。
ただ、異世界転移者であるシズトが転移してきてからは状況が少しずつ変わっていた。
飛び跳ねながら除雪をする雪だるま型のゴーレム『除雪雪だるま』のおかげで流通が円滑になり経済が活発になっている。
それだけではなく、廉価版ではあるが『適温コート』は女性と子どもの活動範囲を広げた。
穴倉に籠って生活する事が多かった女性たちは穴倉から出て、街中を行き交うようになり、力が必要ない雑務をこなすようになっていった。
それだけでも今までの生活を考えると大きな変化で、恩恵を得る事ができていたのだが、さらなる恩恵をウェルズブラの首都、ウェルランドは受けていた。
「シズト様にお願いした通り、周囲一帯雪が降っている様子はありません」
「分厚い雲も遠くにあるだけで、太陽からの光が街中を照らしております」
「この状態を維持できるのであれば、地上でも作物を育てる事ができるやもしれませぬぞ!」
「気温はそこまで変わっておらぬから難しいのではないか?」
「寒さに強い植物もあるはずじゃ。それを使えば問題なかろう」
「最近仕事をよこせと言っている女子どもたちもそれで満足するんじゃないか?」
「待て。『天気祈願』の加護を首都以外に使う予定はない」
好き勝手話をしていたずんぐりむっくりのドワーフたちを制止したのはウェルズブラの国王であるドゥイージ・アダマント・ウェルズブラだった。
赤い髪の毛の上に王冠を載せている彼の顔は、歳相応の皺が刻まれている。眉毛も髭と同様長くモジャモジャと伸びていて、目を隠している。
「吹雪かない恩恵を与るのは我々だけではない。魔物は良いが、他国の者たちにも影響を与えかねん」
「ドゥイージ陛下の仰る通りだ。ドラゴニアやエルフの国が攻め入ってくる事はないだろうが、西の獣人共がちょっかいをかけて来ないとは言い切れん。転移門が設置された現状、その様な愚かな事をする可能性は限りなく低いだろうが、どこにでも愚か者はいるものだ」
ドゥイージの後を引き継ぐように、鎧を身にまとったドワーフが言うと、それまで盛り上がっていたドワーフたちは黙った。
シズトが作った転移門は徐々に通航制限が解除される方向で話が進んでいるとの事だったが、使おうと思えばいつでも制限なく使う事はできる代物だ。
転移門が設置する前であればある程度自由に戦争を仕掛ける事も出来ただろう。だが、転移門ができてしまってからはいつ他国が転移門を通って介入してくるか分からない。国内に突然万を超える大軍が現われてもおかしくない状況なのだ。
そんな状況で戦争を仕掛けるほど愚かではない、と思いたいのだが吹雪いていても時折戦争をしようと獣人たちが軍隊を編成しているのをドワーフたちは知っていた。
連なっている山々が自然の防壁となっているため、二つの国を繋がっているトンネルさえ潰してしまえば進行するのは難儀するだろうが、それでも新しいトンネルを掘って侵攻してくる事も考えられる。楽観視すべきではないだろう。
そういうわけで、首都周辺にのみシズトが新しく授かった『天気祈願』の加護を定期的に使ってもらっている状況だった。
だが、国王の決定に異議を唱える者がいた。
彼の隣にちょこんと座っていた小柄な少女のような見た目の女性だ。
「そのリスクを背負っても余りあるほどの恩恵を得る事ができるわ。私たちの手で農業は営んでいるけれど、穴倉の中で育てられる植物なんてたかが知れているし、信仰を広めるためって言えばあの方なら喜んで手伝ってくれるんじゃないかしら?」
彼女の名はドロラータ。ドゥイージの妻であり、穴倉内の農業や区画整理を一手に引き受けている女性だ。ドワーフらしく小柄で若々しい見た目をしているが、ドゥイージと同い年である。
落ち着いたデザインのドレスを好んで着ているが、首元や耳には大きな赤い宝石が付いたアクセサリーを身に着けていた。
「私たち女の間では着々とエント様とファマ様の信仰が広まっていたけれど、厄介な天気のせいで穴倉に閉じ込められていた私たちからすればチャム様は救いの神のようなもの。信仰は放っておいても広まるわ。そうなると、何かあった時にも動いてくれる可能性が高くなるんじゃないかしら?」
「他国の支援を当てにして国に大きな影響を及ぼす決定をするわけにはいかんじゃろ」
「あら、今も食料やその他の物に関しては転移門を通じて他国頼りなのはどうなのかしら? あれも実質他国の物よね?」
ドロラータが食い下がる理由は女ドワーフたちの代表として会議の場に出席しているからだ。
今まで女ドワーフは過酷な環境から逃れるために穴倉での生活が余儀なくされていた。だが、魔道具『適温コート』の廉価版である『ぬくぬくコート』が市場に出回ると外で活動する者も出てきた。
それでも、外でできる事は限られる。雑用などを任されるだけで、彼女たちの本来の仕事は外では難しい。
それがある程度のお金を納め、特定の神の信仰を正しく広める事さえすれば改善するとなるともっとよりよい環境を求めるのも仕方がないのかもしれない。
「すべての街に加護を使ってもらおうとは思ってないわ。主要都市の中で農業が出来そうなところだけでいいのよ。その候補の選定も終わらせているから後は決断するだけだわ」
さあ、決断を! と国王に迫るドロラータ。
ドゥイージはしばらくの間何も言わなかった。




