後日譚122.箱入り女帝は学ぶべき事が多い
オクタビア・ディ・エンジェリアはエンジェリア帝国の女帝であるが、彼女は一週間ほど国を空けて隣国であるドラゴニア王国にやってきていた。彼女の婚約者であるシズトとの仲を国内外にアピールするためでもあったが、彼とその配偶者と仲良くなるためでもあった。
その目的は、十分過ぎるほど果たす事ができたようだ、と専属侍女であるセレスティナは見送りにやってきていたシズトとその配偶者たちに視線を向けていた。
「また一ヵ月後くらいに来るのですわ」
「そんなほいほい国を空けるわけにはいかないんじゃないかな?」
「いえ、私が国を空けてもそこまで大きな問題にはならないと思います。シズト様さえよろしければ、また一ヵ月後にお会いしたいです」
「僕はまあ良いけど……本当に大丈夫?」
「はい。私がいてもできる事は今は多くありませんから」
実際、オクタビアが国にいてもいなくてもエンジェリア帝国に影響はほとんどない。強いてあげるとすれば、オクタビアにすり寄ろうとする者たちが帝城に訪れる事がない事くらいだろう。
むしろ、オクタビアがドラゴニア南部に広がる不毛の大地に作られた町ファマリアにいた方が国内への影響は大きいだろう。それだけシズトの影響力は三つの加護を失っても大きかった。
オクタビアは正式にシズトと一ヵ月後にまたファマリアを訪れる事を約束すると、セレスティナと一緒に馬車へ乗り込んだ。
シズトが所有している馬車と違って揺れが激しいが、これでもエンジェリアにある馬車の中では高性能の馬車だった。
ファマリアの町並みを眺めているオクタビアにセレスティナは話しかけた。
「今回の外遊は大成功ですね、オクタビア様」
「そうかしら?」
「はい。シズト様が住まわれている建物内で寝泊まりする事ができた上に、奥方様と良好な関係を築けているように見えました」
「……向こうが迎え入れてくれているだけに過ぎないわ。私は何もしていないし、シズト様と何か進展があったわけでもないわ」
「その事実はエンジェリアの者たちには分かりません。今回の外遊を見ていた諜報員たちが各貴族たちに報告する頃にはエンジェリア様の影響力が大きくなるでしょうね。それに、ドラゴニア王国の国王陛下とも交流していたじゃないですか」
「一緒に遊びをしただけよ。後は一緒にシズト様の御子様たちを見ただけだわ」
「十分すぎる成果です。プライベートな交流をした事は変わらないのですし、シズト様の御子様といえば、まだお披露目はされていなかったはずです。他国に先んじて会わせてもらった、という事実は親密性をアピールするのには十分でしょう。何より、次の約束を取り付ける事ができたのは大きいです!」
今回の成果を数えては上出来だと喜ぶセレスティナから視線を逸らした。
傍から見れば仲を深めるために今後も定期的に会う約束をしているように見えるだろう。
だが、実際は若干違った。
(国のトップとしての在り方を学ぶために訪れると聞いたらセレスティナはどういう反応をするのかしら?)
彼女は博愛派の人間だ。純粋な自分の味方とは言い切れない。
ただ、今の様子を見る限り、自分の影響力が増す事を素直に喜んでいるようにも見える。
こういう時、ドラゴニアの王女のように人の心の内を読めたら楽なのに、と嘆息した。
数日かけてゆっくりと帝都に戻ったオクタビアだったが、多少動きがあったようだ。
「元皇帝派の人間がオクタビア様の不在の間に怪しい動きをしていたようです。決定的な証拠を掴む事は出来ていませんでしたが、次回の予定をそれとなく流しておきましたので何かしら動きがあるでしょう」
「公爵派はどうかしら?」
「こちらも大きな動きはありませんね。今の所オクタビア様を皇女として認めつつ、自分たちの利権を少しずつ拡大しているようです」
公爵派はオクタビアが即位する際に協力してくれた派閥だったが、博愛派よりも打算的だとオクタビアは感じていた。実際、政務を代わりに回しているのは殆どが公爵派だ。公爵自身が国のトップにならなかったのは沈みそうな船にわざわざ乗りたくはなかったのではないか、とオクタビアは推察していた。
「三年後までに取り戻せるかしら?」
「そこはオクタビア様の手腕次第でしょう。私たち博愛派はオクタビア様のお考えに共感していますのでできる限りの協力はさせていただきますが公爵派ほどの影響力はありませんので……」
「分かっているわ。差し当たって、ファマリアに定期的に行く必要はあるから引き続き公爵派や元皇帝派の動きを監視しておいてもらえるかしら?」
「そのつもりですのでご安心ください」
恭しく一礼してからセレスティナが部屋から出て行くと、残されたオクタビアはため息を一つ吐いて、ベッドに寝転がった。
しばらく目を瞑って動かなかった彼女だったが、パチッと目を覚ますとシズトから貸し出された魔道具『アイテムバッグ』に手を突っ込むと、中から一冊の本を取り出した。エミリーが推していたその本は、勇者と町娘の恋の物語のようだ。
特にやる事がなかったオクタビアは、セレスティナが戻ってくるまで静かにそれを読みふけるのだった。




