後日譚114.事なかれ主義者は止めた
屋敷の二階までは全て説明を終えたので案内を終わろうとしたらオクタビア様が小首を傾げた。
「シズト様の部屋はどちらでしょうか?」
「三階にありますけど……?」
「シズトの部屋も案内しておいた方が良いのですわ」
「そうかな?」
特に夜を一緒に過ごすわけでもないなら知らなくても……と思ったけれど、魔道具にも興味を示していたし僕の部屋の中にしかない物もあるから見せるために案内した方が良いか。
外で警備をしていたジュリウスを窓から呼んで、ドライアドたちを一時的に預かってもらってからオクタビア様を引き連れて三階に上がると、真ん中は中庭があるので廊下が左右に分かれている。
「どっちの通路からも入れるからとにかく奥に進めばいいですよ」
「覚えやすいですね」
「何か用がある時には上がって来ればいいのですわ」
「あんまり部屋にいる事は最近ないんですけどね」
「そうなんですか?」
「うん。子どもたちのお世話したいから夜くらいしか戻って来ないです」
「なるほど」
部屋の扉を開けると、室内はパーテーションで細かく区切られていた。ずっとまっすぐ進むともう片方の扉がある。
「これは後から設置したんですよね? どのような意図があるのでしょうか?」
「広い部屋に慣れてないんです。僕もできれば二階の広さくらいが良かったんですけどね」
この部屋にしかない魔道具と言えば『クリーンルーム』くらいだろう。
話をしながらその魔道具が置かれた区画を案内したら、オクタビア様がぽつりと呟いた。
「ここにはドライアドたちがいないんですね」
「ああ、窓に張り付いていいのは二階まで、って約束をしてますから。引っ付いていた子たちも三階の立ち入りは禁止なんですよ」
「ああ、だから先程ドライアドたちを預けられてたんですね」
「そうです。例外を作ると歯止めが利かなくなる子たちですから」
絶対三階は死守しなければ、とは思っているんだけど、出産の時に引っ付けたまま廊下の前をウロウロしていたような気もしなくもない。
……まあ、今は言う事を聞いているから大丈夫だろう。
室内の説明は淡々と進み、特に問題もなく終わった。
「お昼ご飯まではどうしようね?」
「ちょっとオクタビア様とお話をしていたいのですわ!」
「僕もいた方が良い?」
「シズトはいなくていいのですわ~」
「じゃあ育生たちの様子を見てようかな」
乳母の方々がやってくれるから僕がやる必要はないんだけど、離乳食を食べさせるくらいは僕にもできるはずだ。
レヴィさんとセシリアさんがオクタビア様と一緒に二回の談話室に入っていくのを見送ってから僕は子どもたちの部屋へと向かった。
オクタビア様を含めた話し合いはお昼を食べる時間になると一時中断したらしいけど、食後も続けられたようだ。
女性陣だけで話し合っている時がある事は知っているから僕はそこには入らない。
今回はオクタビア様と仲良くなるという目的もあるんだろうけど、新しくお嫁さんになる可能性があるオクタビア様がどういう人か探るという意味もあるんだろう。
まあ、オクタビア様が三年後までに確固たる地位を築いて入れば後ろ盾も必要なくなるし、好きな人と結婚できるだろうし、婚約を白紙に戻す可能性もあるけど。
「レモン」
「あ、レモンちゃん。まだレモンはダメだよ」
「レモン!」
「駄目だって」
離乳食をモリモリ食べる育生だけど果物系はまだあげてなかったはずだ。
パン粥とかにも慣れてきたっぽいからそろそろあげてもいいんじゃないか、と乳母の人たちが話し合っているのを聞いていたけれど、まだあげて良いとは言われてない。
わさわさと髪の毛を動かして抗議してくるレモンちゃんの様子をジッと育生が見ていて、その様子を体に引っ付いているドライアドたちが見ていた。
「レモーン!」
「ちょ、暴れないで! 聞いてみるから! タバサさん、レモンってあげて良いですか?」
僕に名前を呼ばれたのは乳母の中で身分が一番高く、リーダー的存在の女性だ。
彼女は最近離乳食食べさせ始めた千与にご飯を上げている所だったけど、手は動かしたまま首を傾げて考えている様だった。
「そうですね、あと三カ月くらいあとでしょうか? まずはイチゴやバナナ、リンゴあたりから始めるのがいいと過去の勇者様から伝わっています」
子育てできる勇者ってどんな人だったんだろうか、なんて疑問が浮かんだけれど話を聞いていたレモンちゃんはしょんぼりして大人しくなったのでまあいいか。
三ヵ月という概念が正確に伝わっているかは分からないけど、当分先という事は伝わったのだろう。
「……まあ、レモンとか作物はまだあげられるものが少ないから我慢してもらうとして、遊び相手にはなってあげてよ」
「わかった~」
「何しようねー」
「れもん!」
「タバサさん、ドライアドたち見ててもらってもいいですか?」
「分かりました。では、千与様のお食事をお任せしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです」
ドライアドたちには子どもたちの遊び相手になっている間は引っ付いていなくても自由にしていいと伝えている。
ベビーベッドを囲んで髪の毛をわさわさと動かしたり、レモンを丸かじりして変顔になったのを見せたりしているドライアドたちをちらちらと見ながら、千与の様子を見つつ離乳食をあげるのだった。




