後日譚106.事なかれ主義者の叶わない願い
蘭加、静流、龍斗の部屋を出て次に向かったのは最後の子どもたち用の部屋だ。
部屋に入るとランチェッタさんとディアーヌさんがいた。
パメラ、ノエル、エミリーはこの時間それぞれ自室でゆっくり過ごしているはずだ。……パメラとノエルはちょっと怪しいけど、見張りを置いておいたから大丈夫だろう。
ベッドの中にいる千恵子を見ていたランチェッタさんは僕に視線を向けると、人差し指を立てて口に当てた。
どうやら千恵子はぐっすり眠っているらしい。
小さな声で「静かにしてね」とレモンちゃんたちに言ってから足音を立てないように細心の注意を払いつつベビーベッドに向かう。
部屋には四つのベビーベッドがあり、ランチェッタさんがいるすぐ近くのベッドの中には褐色肌の赤ちゃんがいた。
千恵子と名付けた赤ちゃんは知識の神様から『水魔法』の加護を授かっている。
明が授かっている『全魔法』の加護と比べると見劣りはするが、魔力だけで水を自在に操る事ができる加護だそうだ。需要が多い水魔法の適性も当然のようにあり、無詠唱で使う事もできるらしい。
過去に王家に取り込んだ勇者の中に『水魔法』の加護を授かっていた人がいたので、加護を授けられたのもそれが理由かもしれない、との事だった。
「さっき眠ったところなの。起こさないで頂戴」
「うん、分かってるよ」
小声でランチェッタさんと話をした後、抜き足差し足忍び足、と言った感じで次のベッドに移動すると、背中から可愛らしい白い翼が生えた赤ちゃんがいた。
パメラは名前にこだわりはなかった事や、加護を授かっていた事から歌羽と名付けた。
歌の神様から『歌』の加護を授かっている。……歌の加護ってどんな加護なのか謎だ。歌を聞いた者の気持ちを高ぶらせるとかそういう感じなのだろうか?
母親であるパメラと違って羽が白いのは、そもそもパメラが突然変異か何かで真っ黒な翼を持って生まれただけで、彼女の周りは翼も髪も白かったらしい。
本人が気にしていないならまあいいか、と考えるのを止めた。
「あ、おきた」
「起きたねぇ」
「れもん」
「おはよー」
「静かにねぇ」
パチッと開けた目で僕を見る歌羽はとても大人しい。
あんまりドライアドたちがちょっかいをかけて泣かれても困るのでそろりそろりと次のベッドに移動する。
次のベッドの中で寝かされていたのは耳がちょっとだけ細長い赤ちゃんだった。
ハーフエルフであるノエルと僕の間に生まれた男の子は望愛と名付けた。
加護を授かっていないけどノエルは気にした様子もなかったなぁ。僕も別に授かっていようといなかろうと大切にする事には変わりはないけど。
望愛もすやすやと眠っていたので余計な事をせずに、最後のベッドのもとへと移動する。
そこでは可愛らしい狐耳と尻尾が生えた赤ちゃんが丸まって眠っていた。
「シズト、エイトの尻尾に触ろうとしちゃダメよ」
「分かってるよ」
昨日、尻尾を触りすぎていたので信用はないんだろうな。
ランチェッタさんがジト目で僕を見てくるので手を出さないように気をつけながら僕とエミリーの間に生まれた男の子栄人の様子を見る。
この子はなぜか占いの神様から『予知』という加護を授かっていた。
占いの神様はクレストラ大陸にあるアマテラスの者にしか加護を授けていないそうだ。
これはまた新たな火種になるんじゃないかな、と思いつつ元々決まっていた名前をそのまま付けたのは昨日の事だ。
「ウタハ、ノア、エイトの三人とも今のところ何ともないわ」
「見ててくれてありがとね。乳母の人たちがいるとはいえ、やっぱり身内の人に見ていてもらえると安心感が違うから」
「構わないわ。仕事はさせてもらえないし、チエコの事が気になるからずっとここにいるついでに見ているだけよ。何かあっても今のところは乳母が全てしてくれているから私の負担はほぼゼロよ」
「そっか」
頻繁に出入りするのも良くないよな、と思った僕はランチェッタさんの隣に丸椅子を持ってきて、夕食の時間になるまでランチェッタさんと小さな声で会話をして過ごした。
夕食の時間になる頃には体に引っ付いたドライアドたちは建物から出て行ってもらった。
彼女たちがしっかりと建物の外に出た事を確認してから僕は食堂へと向かった。
出産したばかりの三人は念のため安静に過ごしてもらうため食堂にはいなかった。給仕はエミリーの代わりにジューンさんがしてくれている。
机の上に料理が並んだところで僕はいつもの食事前の挨拶をした。
皆の雑談を聞きながら食事をしていたんだけど、ふとランチェッタさんが思い出したかのように口を開いた。
「そういえば、そろそろ本格的にディアーヌたちも子作りをしたらどうかしら?」
「そうですわ! 出産を終えたら、という事だった気がするのですわ!」
「そう思っていましたが、産後すぐに仕事をしようとする方がいらっしゃって心配ですから当分は避妊を続けようかと」
「そうですね。私も一先ず三年くらいは様子を見ようかと思います」
「何を悠長な事を言っているのよ。貴方も貴族の娘だったら子どもを産む事の重要性を理解しているでしょ?」
「そうですわ! セシリアの両親からの嘆願書が届く私の身にもなって欲しいのですわ! そういう訳だから、しばらくはジューン、セシリア、ディアーヌの三人でローテーションを回してもらうのですわ!」
「それか毎日三人相手をしてもらおうかしら? エルフとダークエルフの秘薬をを使えばそのくらい余裕よね?」
「体力的に不可能ではないけど、精神的にきついのでできれば一人ずつが良いです……」
希望は口に出さないと叶わない、という事は十分過ぎるほど痛感しているので主従間で言い合いをしている四人に向けて言ってみたけれど、検討するとしか返ってこなかった。




