後日譚103.侍大将は同情した
シズトによって作られた魔法生物の一人であるムサシの朝は早い。
シズトに命名された建物である『ドライアドハウス』の入り口付近に設けられた室内で目を覚ました彼は、大きく伸びをすると、周りにいた小柄なドライアドたちもそれを真似して大きく伸びをしている。
ムサシと同じような肌の色の彼女たちは、他の世界樹の周辺に生息しているドライアドたちと比べると小柄なのだが、二メートルほどあるムサシと一緒にいると余計に小さく見える。
ムサシが寝間着代わりにしていた甚兵衛から普段着へと着替えを済ませると、ムサシの体めがけてドライアドたちが飛びついた。
だが、鍛え抜かれたかのような肉体を持つ彼はびくともしない。
のっそのっそと歩いて部屋の扉を開け、頭を下げながら出入り口をくぐった。
「今日もいい天気になりそうでござるなぁ。これも主殿のおかげでござるな」
「そうですね~」
「気持ちのいい天気!」
「日向ぼっこ日和ですね~」
ムサシの呟きを聞いて、ドライアドたちもムサシに引っ付いたまま好き勝手話し始めたが、ムサシは気にした様子もなく歩を進めた。
朝日が昇ったばかりだが、ドライアドハウスの周辺に広がる畑にはドライアドたちが所々にいて、思い思いの作業をしている。
世界樹の上の方の枝には『フクちゃん』と呼ばれている大きな梟の魔物と、『お菊ちゃん』と呼ばれている古株のドライアドが仲良く並んで遠くの景色を眺めている様だった。
「今日は何をするんですか?」
「畑仕事をしましょう」
「日向ぼっこが良いと思います」
「お散歩もありかもしれません」
「どれも魅力的な提案でござるが、今日はちょっと野暮用で外に行くでござる」
「そうなんですねぇ」
「残念です」
「じゃあくっついて行きます!」
「それもいいですね!」
「そうしましょう!」
一度引っ付いたドライアドはなかなか離れない、という事を知っていたムサシは、くっついたままとりとめもなくお喋りを始めたドライアドを放っておいて禁足地と呼ばれていた場所から街へと移動した。
ムサシが通りを歩けば、奴隷の証である首輪を着けたエルフたちが頭を下げる。
それに対してムサシは「お勤めご苦労様でござるよ」とだけ声をかけるとさっさと歩き去っていく。
彼が向かっていたのは、クレストラ国際連合の本部として使われている建物だった。
都市国家フソーが滅びる前は迎賓館として使われていたため、いくつも部屋がある。中には盗聴対策を加護を失う前のシズトによって施された部屋もあった。
首輪を着けたエルフたちが開けた扉をくぐり、建物の奥へ奥へと歩を進めていた彼は、ある部屋の前で足を止めた。
そして、扉の前で警護をしていた仮面をつけたエルフたちに扉を開けられると中に入る。
部屋の中には大きな円卓があったが、朝早くという事もあり今はまだほとんど人がいなかった。
「ちと早すぎたでござるな」
「人間さんたちは朝ご飯の時間ですね」
「人間さんは今日も食べないのですか?」
「拙者は食べなくても活動はできるでござるからなぁ……」
起動した後の魔法生物は主に内部に蓄えられた魔力で動く。
だが、シズトの加護によって生み出された彼らは、ダンジョンにいるようなゴーレムと同じように魔石が核の代わりとなり、外部の魔力を吸収する事によって活動する。
そのため、世界樹の根元のような魔力だまりにいると何もしなくても魔力が補充されるため食事などは必要が無くなるのだ。
「お主たちもそうであろう?」
「確かに~」
「食べなくても平気です!」
「でも作った物は食べたいです!」
「それは拙者もそうでござる」
「そろそろ収穫時期ですよ?」
「帰ったら収穫しましょう!」
「そうでござるなぁ」
今日はこれを収穫しよう。明日はこれ。収穫したら次はこれを植えるんだ、等とドライアドたちのお喋りに付き合っている間に、続々と人が入ってくる。
その多くが人族だったが、中にはドワーフやダークエルフ、首輪を着けていないエルフもいた。
クレストラ大陸にある国々の代表者たちが揃うとムサシは「そろそろ静かにするでござるよ」とドライアドたちに注意した。
自由奔放なドライアドたちだがムサシの言う事はある程度聞くようで揃って返事をするとくっついたまま話をしなくなった。
着席する際には背中にくっついていた子は肩の上に移動し、腰回りや足にくっついていた子はムサシの膝の上に座った。膝の上の子たちは狭そうだが特に騒ぐ事もなく引っ付いている。
人族の女性の内の一人が進行する会議は淡々と進んでいたが、ムサシはただ座っているだけだった。
だが、ある議題になると瞑っていた目を開いて円卓に座っている面々を視界に捉えた。
「それではアルソットの女王ナーディア・ディ・アルソット様。報告をお願いします」
「ん」
人族の女性――レスティナに促されて経ったのはダークエルフの女性だった。
普段の会議でも代表者として顔を出している彼女だが、普段話す事はほとんどない。
だが、今回ばかりは議題の当事者であるため話す必要があった。
「シズト様が仰った通り、雨が降った。それも数日間。準備をしっかりとしてた。雨水たくさん貯めれて満足。今後も頼みたい」
赤い目でまっすぐムサシを見て話したナーディアに対して返したムサシの言葉は端的だった。
「継続を希望するのであれば、まずはこちらが用意した図面を参考に教会を建設してもらう必要があるでござるよ」
前回のはあくまで加護の効果を実感してもらうためのデモンストレーションだった。
その有用性を理解して、今後も恩恵に与りたいのであれば、作る物を作って信仰をしてもらわなければ困る、というのがムサシの主張だった。
「ん、当然。もうすべての都市で準備を始めてる」
「話が早くて助かるでござる。ただ、加護の使用に関してはシズト様の手が空いている時だけでござるよ?」
「ん、分かってる」
アルソットの動きに遅れるわけにはいかないが、実際に自国に有用性が高いのかどうか判断する必要がある。
特に農業大国として有名なファルニルや高山地帯で天気が変わりやすいボルトナム、魔の森から流れる大河が時々氾濫するラグナクアは熱心にムサシに申し出ていた。
「主殿はしばらく大変そうでござるなぁ」
加護を授からなければのんびりと子育てをする事ができていただろうが、こうなっては仕方がない。
そう割り切ったムサシは、少しでもシズトの負担が軽くなるように各国と調整をするのだった。




