後日譚98.箱入り女帝は大人しくしている事にした
神聖エンジェリア帝国の女帝として君臨する事になったオクタビア・デ・エンジェリアは物憂げな表情で自室の窓から見える景色を眺めていた。
外から入ってくる光を受けて、紺色の髪の上に載せられた冠はキラキラと輝いている。
小柄だが、女性らしい体つきをした彼女は、胸元が大きく開いたドレスを着ていた。
その彼女の視線の先には、帝都に暮らす者たちが生活を営んでいる街が広がっていた。
遠くから見る街並みはとても綺麗だったが、彼女は帝都の現状をよく知っていた。
未だに人族至上主義の考え方を払拭する事は出来ず、人族以外の往来はほとんどない。あるとすれば奴隷くらいだが、彼らの扱いはオクタビアの婚約者が所持している奴隷とは雲泥の差だった。
帝都で見られる光景が普通の事だと教えられていたオクタビアは、ファマリアで幸せそうに働く奴隷たちを見て驚いた。
どうしてその様な扱いをしているのか知りたくなったオクタビアは、専属の侍女であるセレスティナを頼って過去の勇者に関する本を空いている時間に読んだ。
過去の勇者も似たような考え方を持つ人もいると知った彼女は、現在彼女の代わりに政務をこなしてくれていた自派閥の者を呼びつけて奴隷の扱いに対して物申した。
「今のままの扱いではシズト様と正式に婚姻する事は出来ないかもしれません。一先ず奴隷の扱いに関する法律を変えてください。意識改革は一朝一夕にはできないのでそちらはゆっくり対応を練ってください」
「…………かしこまりました」
オクタビアの現状は傀儡ではあるが、彼女のバックには異世界転移者であるシズトがいる。彼女の提案を無下に断る事は出来なかった。
それに、婚約は仮の物だった事は彼らもまた知っていた。だからこそ、彼女の言い分には一理ある、と思ってしまったようだった。
そうして新しい決まり事が決められて周知徹底されるようになったが、それでも報告を聞く限り劇的な変化は起きていないらしい。
「このままでいいのかしら」
「三年の猶予期間の間に、ゆっくりと意識改革をしていくしかないかと」
彼女の独白に答えたのは、彼女の専属侍女であるセレスティナだ。
オクタビアが物心つく前からの付き合いの彼女にはオクタビアも信頼を寄せているようだが、それでも彼女の答えに納得した様子ではなかった。
「それでいいのかしら。あくまで三年後に答えを出す、というだけで今の現状も見られているんじゃないかしら?」
「…………」
「ごめんなさい。困らせるつもりはないのよ? ただ、今行っている花嫁修業だけでいいとは思えないの」
オクタビアの一日は花嫁修業でほぼほぼ終わっている。
間諜からの報告を聞いて、シズトと婚約した場合、身の回りの事もある程度自分でできた方が良いのではないかという話があったからだ。
実際、シズトが暮らしている建物では家事をしているのは奴隷ではなくシズトと結婚した配偶者たちだった。
そのため、出来る事は多い方が良いだろうという事で、まずは身の回りの家事を侍女であるセレスティナに教わっていた。
また、シズトが暮らしている屋敷の周囲に広がる畑を、正妻であるレヴィア・フォン・ドラゴニアが朝から晩まで世話をしているという情報も掴んでいた。
これもできた方が話題になるだろう、という事で今まで習った事がない作物の育て方や特徴などを専門家を招いて学んでいる。
座学だけでは身につかないからとオクタビアは城の中にある庭の一部を彼女用の畑にして実際に農作業もする時もあった。
王侯貴族との交渉をしたりする可能性もあるため今まで交渉術を学ばせてもらえていなかったが、それについても学んでいる最中だった。
とてもじゃないが、政務をする時間はなかった。
日が暮れてから政務に励む事も出来たが、シズトのために美貌を維持するべきだと言われてしまえば規則正しい生活を止める事も出来なかった。
ただ、学ぶ事は多いから仕方がないとは分かっていても、意図的に政務から離されていると感じているようだった。
「先ばかり見ていると、足元が疎かになってしまいます。まずはご自身の事をしっかりと行う時かと愚考します」
「…………分かっているわ」
「それに――」
「?」
「女帝であるオクタビア様の現状は確かに望ましいものではありません。が、この現状を利用する事もできるはずです」
「どういう事かしら?」
「女帝が動けないから好き勝手する輩は一定数出てくるでしょう。いくら皇位継承されたと言っても下の者はあまり変わってませんから。今は巧妙に隠れて処罰を免れているようですが、自由にできると分かればまたやらかすでしょう。オクタビア様が学ぶべき事を全て学び終えた時までにはその者たちをリスト化する事もできるでしょうから、動かれるのはその時でも遅くはないかと。……もちろん、オクタビア様ができるだけ早く必要な知識や技術を身に着けた方が腐った部分の切除は早くできると思いますけどね」
「……頑張るわ」
「そうしてください。さあ、そろそろ湯浴みの準備が終わる頃ですよ。全身をピカピカに磨き上げますよ」
オクタビアはセレスティナに促されるまま自室を後にした。
そして、皇族用の浴場でセレスティナを含めた複数の侍女たちに体の手入れをされている間、今日まで学んだ事をしっかりと身に着けるために頭の中で振り返るのだった。




