後日譚97.連れ戻されし神は実況させられる
神降ろしをしたシズトによって神々の世界へと戻されたチャムは、ほとんどの時間を最高神と共に過ごす事を義務付けられていた。
「まったく、こんな事になるんだったらほどほどにしておけばよかったよ」
「こんな事にならなくとも、下界で神力を振るわないで欲しかったのう」
のほほんとお茶を飲んでいる最高神の近くで、水晶玉をじっと見て、自身が顕現していた事によって生じてしまう異常がないか探すチャムは深くため息を吐いた。
いつかは見つかる事は覚悟していた彼だったが、殺されるとばかり思っていたようだ。
神の世界に戻っても最高神は説教と罰を与えるだけで存在そのものを消滅させるつもりはなかった。
それどころか、占いの神と同化して消えかかっていた時には神力を与えられて存在を維持されていた。
その時最高神は「まじないも下界には必要な概念じゃからのう」と言っていたが、自分が占いの神と同化したとしても概念自体は消えないので理由になっていない。
「これこれ、ちゃんと集中してみないと見落としてしまうぞ?」
「分かってるよ、うるさいなぁ」
ムスッとしながらも慣れた様子で下界の様子をすばやく確認していくチャム。
その様子を目を細めて最高神は見ていた。
「見る事に関しては、どの神よりも上じゃのう」
「暇な一日、ず~っと見て回ってたからね」
「それは上達するのう。最近の神々ときたら、下界の様子を見て回る事をしない物もいるからのう。見習ってほしいくらいじゃ」
「それでまた誰かが下界に降りたら笑ってあげるよ」
最高神の事をうざがっているチャムだったが、話には付き合っていた。
下界にいる間はずっと独りぼっちだったチャムは、会話に飢えているようだ。
だからという訳ではないが、最高神はお茶を啜ってはチャムにとりとめもない事を話しかけていた。
そうして半日の間、神の力によって見る事ができる範囲を見続けたチャムは「時間だから帰る」とだけ言うと立ち上がって歩き始めた。
最高神は「また明日も来るんじゃよ」と声掛けをするだけで引き留めはしなかった。
最高神の手伝いをし終えたチャムが建物から出ると、彼を出待ちしている神々がいた。
三柱の中でも一番大きな神がチャムに話しかける。
「ま、待ってたんだなぁ。きょ、今日も一緒に見るんだなぁ」
「なんでお前らと一緒に見なくちゃいけないんだよ」
嫌そうな顔をしながらも話しかけられたチャムは足を止めて、大きな髪を見た。
ボーッとしたような顔立ちのその男神の名は生育を司る神ファマだ。
縦にも横にも大きな坊主頭の彼は「そ、そんな事を言わずに一緒に見るんだなぁ」とチャムの手を取った。
「そうそう! 美味しい物も準備してあるし、一緒に見ようよ!」
「だから、なんでお前らと一緒に見なくちゃいけないんだよ」
開いた手を取ったのは三柱の中で一番小柄な神プロスだ。
加工を司る彼女は、元気いっぱいな少女のような見た目の女神だった。
身体的な成長は止まってしまっているようだが、神力は徐々に集まっているので気にしない事にしたようだ。
「みんなで食べると美味しいんだよ……?」
「いや、答えになってないよね、それ……」
なかなか歩こうとしないチャムの背中を押すのはおかっぱ頭の少女の姿をした女神エントだ。
付与を司る神で、プロスとは異なりまだまだ成長中だった。
この差は信仰される種族の割合なのか、それとも別の要因があるのか……エントも考える事を止めていた。
三柱に引っ張られたり押されたりする形で連れ来られたのは、三柱が『秘密基地』と呼んでいる共有の領域だった。
チャムの領域で集まっても良かった三柱だったが、チャムが誰の進入も許可していないのでしょうがない、と三柱は自分たちの行動を正当化していた。
「た、ただいまなんだなぁ」
「みんな大人しくしてたかな……?」
「ほら、チャムも早く入って~」
「分かったから、引っ張るなよ」
ファマとエントはここまで来ればチャムが帰らない事を知っていたので先に部屋の奥に進んだが、プロスはチャムの手を体全体を使って引っ張っている。
下級神と同じくらいの力しか残っていないチャムと、中級神になったプロスの間では明確に力の差がある。例え、体の大きさでプロスに勝っていたとしても、チャムに抗う術はなかった。
ずるずると引き摺られるのは嫌なのか、大人しくチャムはついて行った。
ファマたちが先に入った大きな部屋では、新しくなった大きな水晶玉を中心に下級神以下の存在の者たちが遊んでいる様だった。
「き、来たんだなあぁ。は、離れるんだなぁ」
「ご飯の準備するから待っててね……?」
「ほら、チャム! 水晶玉のすぐ近くに来て!」
「分かってるから引っ張るなよ!」
大きな水晶玉はチャムを神々の世界に連れ戻した褒美として三柱が貰った物の一つだった。
今回はそれを使うのはどうやらプロスのようだ。
彼女は「ムンッ!」という気合の掛け声とともに神力を水晶玉に籠めた。
「この時間はごはんの時間だったよね……?」
「食堂を映すんだなぁ」
「分かった~。チャム、シズトがいたら教えてね!」
「はいはい」
チャムはもう諦めたのかとぐろを巻いて床に座った。
その両隣にはエントとファマがそれぞれ座って、プロスが操る水晶玉の映像を眺めている。
最初に水晶玉に映っていたのはシズトの子どもである蘭加だった。
加護持ちを経由しないとランダムで下界の様子が映し出されるので、毎回経由する事になっていた。
今日も蘭加は大人しく寝ているのを見て満足したプロスは、水晶玉を操作して食堂を映す。
いつもいるはずの席にシズトがいない。
「どう? シズトいる?」
「ご飯が用意されてないからいないかな……?」
「うん、いないよ」
「じゃ、じゃあしばらくここで待機なんだなぁ」
「シズトくんが来るまで、お供え物でも食べてようか……?」
「プロスも食べる!」
「わ、分かってるんだなぁ。ちゃ、ちゃんと食べさせるんだなぁ」
水晶玉の操作で手が離せないプロスは、ファマとエントに食べさせてもらうようだ。
チャムは仲の良さそうな三柱からは視線を逸らして、水晶玉をじっと眺めるのだった。




