後日譚95.事なかれ主義者は大人しく連行された
チャム様の加護『天気祈願』をお試しで使って分かった事は、その時の環境と比べて変化が大きければ大きいほど必要な魔力が増えるという事だった。
心地よい風量の風を吹かせるという点においても、すぐに影響を出そうと思った時と、少し時間を空けてから吹かせる場合では前者の方が消費魔力は大きい。
また、晴天時に雨を降らせようと思った時、範囲が広ければ広いほど消費は大きくなるし、雨量が増えれば増えるほど求められる魔力は多くなる。
「なるほど、大体理解した。後は雷を落とす事とかだけど……」
狙った場所にできるのだろうか? と思って世界樹の番人たちに的を用意してもらった。
上空には先程まで使っていた【天気祈願】の影響で真っ黒な雲が空に浮かんでいるけれど、ファマリアの方面は晴れている。遠くから見たら不思議な状況なんだろうなぁ、と思いつつ、僕の代わりに傘を差してくれていたジュリウスが「準備ができました」と教えてくれたので意識を的に集中させる。
「雷よ、落ちろ! 『天気祈願』!」
結構な量の魔力が消費されて加護が発動したのが分かった次の瞬間には、目の前に轟音と共に雷が落ちた。
それは的として用意した木の人形みたいなものを真っ黒こげにした。余波で周囲にいたアンデッド系の魔物も大惨事になっている。
「あぶねぇだろうが!」
「ちゃんと口で唱えたでしょ! それで避けなよ、『剣聖』なんでしょ?」
僕の周囲は世界樹の番人たちが張っていた防御魔法によって影響はなかったけれど、その外側にいた陽太は間接的なダメージを負わないように慌てて避けていたようだ。
陽太がいたところまで影響があったのはきっと周りにいたアンデッドに意識がちょっと持っていかれたからだろう。気をつけよう。
「雷まで落とせるってなると、扱いには気を付けないといけないね」
「そうですね。ただ、状況にもよりますが戦闘には不向きかもしれません」
「そうなの?」
「はい。私であればあの程度の雷撃は防げますから」
なるほど。ジュリウスほどの実力者であればそうなのかもしれない。
「ただ、罠として設置しておくという事であれば自然災害と思わせる事もできるでしょうね」
「そういう使い方はするつもりはないよ」
「存じております。ただ、そういう事ができる、と知られた場合、普通の災害もシズト様のせいという事にされる恐れもあるかと」
「あー………………なるほど?」
「証拠がなければ言いがかりでしかないんですけどね。ただ、おまじないの加護がいつしか相手を害するために使うようになり、最終的に神の力の中に呪いが含まれるようになってしまったのは、ある意味必然だったのかもしれません。対象が違うだけで『状況を変える』という点においてはまじないものろいも同じのようなものでしょうから」
「…………広める時にそうならないようにしっかりとコントロールしないとね」
ただ、それはそれとして僕の魔力でどこまで使えるのはしっかりと把握しておく必要があるだろう。
決してファマリア近辺で雪遊びができるようになったらいいのにな、なんて不純な動機ではないんです。
魔力が尽きかけたので加護の実験を終えたら結構日が傾いていた。
ただ、グリフォンに引かれた馬車はぐんぐんと進み、夕方頃にはファマリアに戻ってくる事ができた。途中で飛んでいたような気もしたけれど、あれはグリフォンの力なのだろうか? それとも御者台に乗っていたジュリウスの力なのだろうか?
「空飛ぶ車って言うのも作っておけばよかったかなぁ」
ただ、もう付与の加護はないので、そういう魔道具を僕が作る事は難しいだろう。
子育てが落ち着いてきたらノエルに魔道具作りを教わって見てもいいかな、と思っていたけれど、魔法陣を刻む場合は手先が器用である必要があるらしい。
手先はそこまで器用ではないし、そもそも加護を用いない作り方だと加護程の性能の高い魔道具を作る事は出来ない。だから、作るとしたら加護を授かっている千与の力を借りる事になるんだけど……まあ、頼むかどうかは大きくなった時に考えよう。
「到着しました、シズト様」
「ありがと、ジュリウス」
ジュリウスが開けてくれた扉から出る頃には、周囲を警護していたエルフたちも陽太も近くにはいなかった。
エルフたちは役目を終えたから陰に潜んだんだろうけど、陽太に関しては問題を起こさないようにと待ち構えていたお目付け役のラックさんが転移陣を使って強制転移させる所だった。
まあ、魅力的なお嫁さんたちだから仕方がないとは思うけど、あからさまな視線はちょっと不快になるから、ラックさんの判断は正しいと思う。
いなくなっていると言えば、馬車を引いていたはずのグリフォンさんもいなくなっていた。ユグドラシル方面の空を見ても、グリフォンさんはそこまで大きくないのでよく見えなかった。
転移陣で帰ったのだろうか? いや、フェンリルがファマリーの根元に広がる結界の中に入る事を許さないだろうしそれはないか。丸まったままのフェンリルを見てそう思った。
「冒険者ギルドへの報告はジュリウスに任せていい?」
「はい」
「じゃあよろしく」
「かしこまりました」
頭を上げたジュリウスはすぐに行動に移ったのだろう。その場から消えた。
そして残されたのは僕と真っ白な馬車だけだ。
視線を屋敷の方に戻すと、レヴィさんを筆頭に出迎えてくれていた。
腕を組んでいるラオさんの視線が鋭い気がするのは気のせいだろうか?
「結果がどうだったのか聞くまでもない事ですけれど、シズトの口から聞きたいのですわ!」
ちょっと後ずさりしただけで、瞬時にレヴィさんが接近してきて、腕を組まれて捕まった。大きなお胸が腕に当たっているけど、人間は慣れる生き物である。
でも、怒られそうな雰囲気はまだ慣れないかも、なんて思いながら食堂へと連行されるのだった。




