後日譚89.事なかれ主義者は逃げ出した
エルフたちのご褒美として行われた御前試合後は、結局ファマリアも巻き込んでのお祭り騒ぎとなった。
ドランやユグドラシルだけではなく、エンジェリアの方からも多くの人々が押し寄せて、お祭り騒ぎになっていた。
人族至上主義が蔓延しているというエンジェリア帝国からの人たちが来たと聞いて、警備を厳重にしておいたおかげか、大きなトラブルはなかった。
強いてあげるとすれば、酒に酔ったドワーフたちが大騒ぎしたリ、魔動トロッコの乗車のために順番待ちの列が大変な事になっていたりした事くらいだろうか?
他にも王侯貴族の関係者と名乗る人たちから連日縁談の申し込みが届けられていたそうだけど、すべて断っておいてもらった。僕の所まで話が来なかったので特に問題がない人たちばかりだったのだろう。
お祭り騒ぎは二週間ほど続き、パレードのような者に僕も参加する事になったり、空いた時間にミスティア大陸の方々にファマリアの案内をしていたらあっという間に日々が過ぎて行った。
お祭りが終わった後は、あまり参加できていなかった育児に再び参加して子供たちの成長を楽しみながらのんびりと過ごしていたのだけれど、それも長くは続かなかった。
「ドーラ様が産気づいたようです」
起きてすぐに部屋の外で待機していたモニカに言われて、僕はドーラさんの部屋を目指した。
ドーラさんは僕の部屋と同じ階にあるのですぐに着く事ができたけど、騒ぎに気付いているのか窓の外はドライアドたちが張り付いている。
ユグドラシルで暮らしていた肌が白いドライアドたちだけではなく、トネリコやフソーのドライアドたちもいる。その内イルミンスールにいた子たちもこっちにくるんじゃないかとひやひやしているんだけど、今の所転移陣を使ってこっちにやってくる気配はなかった。
余計な事を考えるくらいには余裕があるようだ、と思いつつも視線をドーラさんの部屋の扉に移して彼女の部屋の前で立ち止まると、一度深呼吸した。
「ドーラさん、大丈夫?」
ガチャッと扉を開けて中に入ると、ドーラさんは寝間着姿のままベッドの上に横たわっているのが目に見えた。
ドーラさんはただ一言「ん」と言って頷いた。
表情があまり動かないから大丈夫か分かり辛いけれど、魔道具『加護無しの指輪』を外しているレヴィさんが「問題ないみたいですわ」と言っているので本当の事だろう。
どうやらタイミングよく陣痛と陣痛の間の時に来れたようだった。
もう一度深呼吸してからドーラさんのもとに向かうけれど、産婆さんのリーダーであるハンナさんに止められる事はなかった。
流石に五回ほど出産の様子を見たら深呼吸をする余裕くらいはできる。……まあ、陣痛が来ているタイミングだったら取り乱しただろうけど。
「……ごはんは?」
「まだ食べてないよ」
「そう。まだ先。食べてきて」
「うーん…………分かった。すぐ戻るね」
「お祈りもしてきて」
「それはどうしようかなぁ……」
レモンちゃんをはじめ、ドライアドたちが引っ付いて来るだろうし。
腕を組んで考え込んでいるとドーラさんが「いつも通り過ごして」とお願いしてきた。
ハンナさんに視線を向けると「まだ先だから安心しな」と言われた。
「分かった。何かあったらすぐに呼んでね?」
出産に関しては僕にできる事は応援する事くらいだし、大人しく言う事を聞かないとそれこそ追い出されてしまうので後ろ髪を引かれる思いをしつつも部屋を退散する事にした。
扉の方に体を向けると、壁際に控えていた【聖女】の加護を持った女性たちがいる事に今更気づいた。
その中には前世からの知り合いである姫花もいた。
茶色の髪を後ろで結ってポニーテールにしている彼女もまた僕と同じ世界からやってきた異世界転移者で、光の神様から【聖女】の加護を授かっている。他の聖女の女性たちと同じく、法衣のような白いローブを着ている事から、教会所属になっているのかもしれない。
最近は僕のお嫁さんの出産の時には必ず立ち会っていて、何か起きても大丈夫なように準備をしてくれている。
眠たそうに大きな欠伸をしていた彼女だったけど、僕の視線に気づいた。
「ちゃんと仕事してよね?」
「当たり前よ。今、聖女として売り出し中なんだから」
過去の事は置いといて、やるべき事はやってくれるつもりのようだ。
まあ、彼女が何もしなかったとしても、彼女よりも聖女歴の長そうな方々が控えていらっしゃるし、秘薬であるエリクサーの準備も万全なので万が一はないだろう。
…………ただ、やっぱりちょっと心配なのでファマ様たちのお祈りを終えたら、ドーラさんの代わりに安産祈願をしにドランに行こうかなぁ。
ファマリアへの教会の誘致も考えなければ、なんて事を考えながら僕は部屋を後にした。
ドーラさんがいない食卓で朝ご飯を済ませて、他の人たちと一緒にファマ様たちへのお祈りを済ませると案の定レモンちゃんが肩の上に乗ってきた。
「今日は多いですわね」
「きっと今日産まれるって分かってるんだと思う」
僕に引っ付いているドライアドたちを見て苦笑を浮かべているレヴィさんが言う通り、今日は歩き辛いくらいドライアドたちが僕の背中やお腹、手や足に引っ付いている。
いくら魔道具で身体強化をできると言ってもこれは普通に歩き辛い。
そんな状態だというのに、ドライアドたちは僕の周りを囲んでいて、ジッと見上げてくる。
「まだいけるかなぁ」
「もう無理かも~」
「レモ~~~ン!」
「重なれば行ける?」
「レモン!」
「いや、いけないからね」
「そうかなぁ?」
「れもん?」
マジでこれ以上くっつかれるのは勘弁、とドライアドたちが強行突破してくる前にドランに通じる転移陣の方へとえっちらおっちら向かうのだった。




