後日譚78.事なかれ主義者は遠慮した
ジュラハードが優勝した武術大会が終わっても、エルフたちのエルフたちによるエルフたちのための御前試合は翌日も続く。
「試合って言うから昨日みたいなのしかしないって思ってたよ」
「サンレーヌ国で活躍した者は兵士だけではありませんから」
ジュリウスの言葉に「なるほど」と返して、僕は円形闘技場のVIP席から舞台を見下ろした。
既に開会の挨拶は終わっており、今は大勢の人が舞台を行き交っている。
今日からしばらく行われるのは料理大会だ。
審査するのはファマリアで暮らしている奴隷たちと、王侯貴族の代表者としてやってきたドラゴニア王国の王族の方々、ドタウィッチ王国の王子様、それからガレオールの女王陛下だ。エンジェリア帝国の新しい女帝? 様は都合がつかないため今回は不参加、だそうだ。
ファマリアの子たちは舞台上に並んでいる露店を好き勝手食べ歩きしている。どのくらいの売り上げが出たか、が点数となって評価されるそうだ。
王侯貴族の方々は毒見を済ませた料理の数々を食べ、味や見た目など諸々を評価するらしい。
「こういう平和そうな御前試合だったらいくらでも観戦するよ。ただまあ、ちょっと暇だけど」
「れもん」
姿勢よく座っている僕の肩の上に今日も居座っているドライアドのレモンちゃんも同じ気持ちなのではないのだろうか?
だから張り付いてもつまらないと思うよ、って伝えたんだけどなぁ。髪を巻き付けて絶対離れない、という事を主張されてしまったらどうしようもない。
「申し訳ございません。ですが、シズト様がお食事をされてしまうと売り上げに大きな影響を与えてしまう恐れがありますから……」
「シズトちゃんが食べた物をみんな食べたがっちゃうからしょうがないと思いますぅ」
申し訳なさそうに言うジュリウスをフォローしたのは僕ではなく、一緒に観戦をしていたお嫁さんの一人ジューンさんだ。
真っ白な布地に金色の刺繍が施されたワンピースを着ている彼女もまたジュリウスと同じくエルフだ。
ただ、スレンダーな人が多いエルフの中で、彼女は豊満な体つきをしていた。
食べている物も他のエルフと同じだったらしい。むしろ少しでも他の皆と同じになろうと食べる量を減らしていた時期もあったそうだ。それでも今とあまり変わらなかったとの事だったので、そういう体質なのだろう。
「ファマリアでシズトちゃんが来店したお店はぁ、町の子たちのご飯スポットとして連日人気になってるんですよぉ」
あんまり町の事に意識を向けた事がなかったので気づかなかったけど、以前デートで訪れたお店はどこも猫の手も借りたいほど繁盛しているらしい。
商人の間では、僕が訪れた所は商売繁盛間違いなし、と言われているんだとか。
有名人が訪れた場所は行ってみたい、とかそういう感じなのだろうか?
「他所からやってきた商人の中には、シズトに便宜を図ってもらおうとする者たちもいたのですわ」
「各都市国家でも噂が広まっていたのかそうでしたぁ。ただぁ、そういう方たちは結局留まることが出来なかったみたいですけどぉ」
その時の事を思い出したのか、レヴィさんがムスッとしている。
今日はジューンさんや僕に合わせたのか、純白のドレスを着ていた。
純白のドレスを着ているのを見るとどうしてもウェディングドレスを思い浮かべてしまうんだけど、昔の人は白いドレスを結婚式以外で着てたのかなぁ。
「……ファマリアでご飯を食べるのって控えた方が良いと思う? 結構気に入っているお店もあるんだけど」
「シズトが自分で好きな所に行くのは気にしなくていいと思うのですわ」
「そっか。ならいいや。……それにしても、ここまでいい匂いが漂ってくるのはある意味拷問だよね。匂いを遮断する結界でも準備しておいてもらえばよかったかな」
以前は気が向いた時にホイホイ作っていた魔道具だけど、もう加護を返還してしまったので作れない。
亡者の巣窟を探索した際に作ったような気がする嗅覚遮断結界は嫌な臭い対策としてしか考えてなかったけど、良い匂い対策としても使えるんだなぁ、と認識を改めた。
「朝ご飯を食べてきて正解だったのですわ」
「甘い物は別腹ですけどぉ、魔力マシマシ飴がありますから何とかなりそうですよねぇ」
「……そうかな? ちょっとお腹が空いてきたんだけど」
良い匂いのせいだろうか?
ただ、残念ながら眼下に広がる屋台を見て回って食べ歩きをする訳にもいかない。
アイテムバッグの中におやつか何か入っていないかな、なんて思いながらジュリウスが差し出してくれたアイテムバッグに手を伸ばそうとしたところでズイッと目の前に黄色の果実が差し出された。
「レモン!」
「うん、お腹が空いてても丸かじりはちょっと難しいかな」




