後日譚76.事なかれ主義者は直視したくない
昼休憩が終わった頃には舞台の修繕も終わっていた。魔法ってすごいよなぁ。どれだけ豪快に壊されててもすぐに直せるから。
なんて事を思いながら姿勢を意識しながら座っていると、舞台に二人の男女が上がった。
これから三位決定戦が始まる、というところでジュリウスが僕に向けて二人の紹介をし始めた。
「剣を使う男はモーガス。いままでの試合を見てお気づきかと思いますが、火の精霊魔法が得意なようですね。敵が離れれば息をつく暇もないほどの魔法攻撃を行い、近づいてきたら剣術で相手を叩きのめすオールラウンダーです」
僕たちの声が聞こえているのか、こちらを見ていた二人のエルフの内、男性の方が深々と頭を下げた。
鎧を身に纏っているけれど、身体強化魔法があるからか、軽々と動き回っていたのは印象的だった。
今までは名前を紹介されなかったから、どこの国の人かで見ていたけど、どうやら準決勝まで勝ち上がった人のみ紹介してもらえる、とかそういうシステムだったようだ。
「弓使いの女はモイリーン。彼女は完全に遠距離攻撃主体のアタッカーです。空中からの正確無比の射撃で仕留めるハンターですね」
今度は綺麗な所作でエルフの女性が頭を下げた。
これまでの試合でえげつない威力だな、と見ていたけど、どうやら彼女が放つ矢には精霊魔法が込められていたらしい。
軽い紹介が終わったのが聞こえていたのか、両者は向き合った。そして、審判の合図とともに二人同時に動く。
モーガスは上から下へ剣を振りぬいたようだ。動きが速くて振り下ろした姿勢しか分からなかったけど、刀身に渦巻いていた炎が、剣の軌跡に合わせて巨大な刃となってモイリーンに襲い掛かった。
だが、モイリーンはその動きを読んでいたのか、空中に飛び上がるのではなく真横に大きく跳んでいた。
モイリーンがいた場所を炎の刃がすごい速さで通り過ぎて観客席まで迫った。が、観客席付近にいた仮面をつけたエルフたちによって魔法が相殺されている。
観客席の警備を任されているエルフたちは世界樹の番人に選ばれるほどの実力があり、今大会に出ている者たちよりも強いからそう言う事が出来るんだと、最初の方の試合の時にジュリウスが教えてくれた。
今回、世界樹の番人が出ていないのは、戦争に参加した番人ではない者たちに配慮しての事らしい。
「モーガスの追撃は悉く避けられてしまっていますね。上空には飛び上がらせないようにしているようですが、決定打に欠けます」
「じゃあモイリーンが勝つの?」
「どうでしょう? 今の所モイリーンは攻撃動作に移る事が出来ていません。同郷のようですし、お互いの手の内はよく知っているからこその行動でしょうが、モーガスの行動は最悪ではないのだと思います」
「なるほどなぁ。……モイリーンは精霊魔法で攻撃はしないの?」
「やろうと思えばできるのでしょうが、半端な攻撃では火の勢いを強めてしまう可能性がありますからね」
モーガスが放っている炎は悉くモイリーンに避けられているが、いくつかの炎の塊は蛇のような形になってモイリーンを追いかけまわしている。
ただ、その魔法を操るのは数に上限があるようで、モイリーンが逃げ切れないほどの数は出していない。風の精霊魔法によって相殺されるたびに新たな炎の蛇を生み出しているので今出ているのが上限いっぱいなんだろう。
進路を阻まれながら炎の蛇に追いかけられているモイリーンは死に物狂いで避けている、というよりかは僕に向けてのアピールをしながら避けているんじゃないだろうか? と思うくらい舞うように逃げ回っていた。
どのくらい同じような攻防が繰り広げられるのだろうか、とジッと見ていたけれどジュリウスが「そろそろモーガスが動くと思いますよ」と教えてくれたのでモーガスに視線を移す。
「あ、消えた!」
「火の精霊魔法によって爆発的な推進力を得たようです」
今までは相手が離れれば魔法攻撃を行い、近づけば接近戦に持ち込んでいたモーガスが自ら相手に急接近した。
先程までモイリーンの進路を阻んでいた魔法攻撃は無くなり、炎の蛇だけが彼女の進路を阻もうとしている。だが、当然抜け穴は無数にあった。
高く飛び上がったモイリーンはこちらを――というよりは真下の舞台を見た。だが、その場所にはモーガスはいない。
「後ろに回り込むようです」
ジュリウスが言った直後、モイリーンが真っ逆さまに堕ちてきて会場に叩きつけられそうになった。寸前の所で軌道を変えて、地面すれすれを飛行した彼女を追いかけるように炎を体から噴射させて追いかけるモーガス。
決着の時は近そうだ、なんて思っていたら結構大きな音と共に、モーガスが見えない何かにぶつかったかのように空中で止まった。
「勝負ありです。逃げ回っている間にいくつか魔法を仕掛けていたようですね」
モーガスの周囲にいくつもの竜巻が現われた。それを精霊魔法で強引にかき消したモーガスだったけど、モイリーンが放った矢は避け切る事ができなかったようだ。
「勝負あり! 勝者、モイリーン!」
即死じゃなければエリクサーで助かると思って無茶するなぁ、なんて事を思いつつ視線を逸らして深呼吸した。




