後日譚68.箱入り王女は喪失した
オクタビア・デ・エンジェリアは使節団の代表としてエンジェリア帝国の首都を出発した。
道中は外の様子をあまり見る事ができない馬車に乗せられていたが、逆に言うと外からは中がほとんど見えない状態だった。
それを活かして専属侍女のセレスティナと事前情報の最終確認をしていた。
「ドラゴニアのみならず、ドタウィッチにも先を越されてしまったのね。皇帝陛下の思惑も悉く外れ始めている所を見ると、情報収集能力も落ちているのかしら?」
「おそらくその通りなのではないかと愚考いたします。それだけ、邪神の信奉者に頼り切っていた、という事なのでしょう」
今までであればドタウィッチの動きをもっと早くに察知し、せめてドタウィッチよりも前に使節団が到着するように動いていたはずだ。
だが、残念ながら皇帝陛下の目となり耳となるとなる者たちの数がごっそりと減ってしまった。
だからドタウィッチに出し抜かれてしまい、三番手になってしまったのだろう。
ただ、その件については物のついでなだけだったのでオクタビアもセレスティナも特に何も思っていなかった。
「結局、後ろ盾の見返りが思いつかなかったわね」
「あちらは望む者は何でも手に入るのではないかと言われている御方ですからね。生半可な財宝では対価にはならないかもしれません。それに、後ろ盾の証明もどうするかという問題もありますよ」
「そうね…………それは常識的に考えれば私がシズト様と結婚するか、産まれたばかりのお子様と、年齢が近い子の間に婚約をするかだけど、明らかに厄介事が起きそうな相手と婚約するかしら?」
「それはもう、シズト様に夢中になってもらうか、ひたすら下手に出て妾でもいいからと押し通すかじゃないですか? 産まれたばかりの子と歳が近い子どもは複数ピックアップしていますが、加護を授かっている子たちは人気だからわざわざエンジェリアの者を婚約者に選ぶとは思えないです」
「やっぱり、そうなるわよね……」
オクタビアの今の一番の悩みと言えばセレスティナが言った事だった。
王族としてそれ相応の夜の営みについて座学で学んできた彼女だったが、相手は皇帝陛下が決めるものばかりだと思っていたため、仲を深める以前の関係を構築する方法についてほとんど学んでこなかった。
数少ない参考にできる物としてあげられるのは、夢物語で出てくる勇者と姫の恋物語なのだが、あれは誇張が入っている事は当然セレスティナは分かっていたし、鵜呑みにするつもりはなかった。
「……まあ、考えても仕方ないですし、会談の際に話す内容の確認をしましょう」
考え続けたところで勝手に名案が出てくるわけでもない。
オクタビアは思考をリセットし、向上の練習をひたすら馬車の中でし続けた。
その甲斐もあってか、シズトの前で噛む事もなく向上を言い終える事ができた。
ドラゴニアの王であるリヴァイ・フォン・ドラゴニアと、ドタウィッチ王国の第一王子であるコーニエル・ドタウィッチがなぜか会談の場にいる事に驚きはしたが、何十回、何百回と繰り返し練習し続けた彼女は心を乱す事無く最低限やるべき事をやり遂げた。
想定外だったのは、自国の上層部が代々邪神とのつながりがある、と伝える際にリヴァイとコーニエルが同席した事だ。
ただ、正直に話せば両国からも何かしら支援をしてもらえるかもしれない、と気持ちを切り替えて彼女は話す事にした。
話の流れで亡命について言及した彼女だったが、それをするつもりは全くなかった。
どんな悪行をしていたとしても祖国である事に変わりはないし、皇帝の娘として生まれた以上、自分自身にも何かしらの責任が発生するだろうと考えていたからだ。
「…………今回の会談は成功と捉えて良いのかしら?」
去っていく真っ白な馬車を見送りながら、近くに控えていたセレスティナに問いかけると、彼女はこくりと頷いた。
「争い事が嫌いなお方という事前情報がありましたから、話を聞いて持ち帰ってくださったので、ひとまず成功と考えてよいかと。自由行動も、ここで寝泊まりする許可もいただけましたし、悪くない結果だと思います」
「…………そうよね。ついて来た者たちは?」
「問題を起こす可能性が高かったので、一先ず迎賓館の敷地内で天幕を貼って過ごすように伝えました。ここには人族以外の者たちも大勢暮らしていますから」
オクタビアは自分の周りだけは表面上は皇帝派だが、既に寝返って他派閥に属しているもので固めているが、その他の多くの使節団のメンバーは皇帝派の者だった。
皇帝派は今まで通りの価値観を持った者なので、他種族への差別意識が強い。
シズトからは宿を使ってもいい、と言われていたが余計なトラブルは避けるべきだろう、と判断してそうなった。
「皇帝陛下に手紙を書くついでに、他の者たちに釘を刺しておく必要があるわね」
「そうですね」
オクタビアもまた、表向きは皇帝派に属している。
そして、この使節団の皇帝派の中で一番位が上だったので、彼女が言えばしばらくは大人しくしているだろう。
オクタビアは自分のために用意された個室へと移動すると早速筆を執る。
手紙自体はすらすらと書く事ができた。ただ、手紙を書いている間にふと頭をよぎる事があった。
(他の殿方と違って、シズト様は私の体を見る事はなかったけれど……本当に篭絡なんてできるのかしら?)
社交界に出れば不快な視線を向けてくる男性が出てくるくらいには魅力的な体型をしていたオクタビアだったが、会談の時のシズトの事を思い出しては自信を失うのだった




