後日譚66.事なかれ主義者は持ち帰って考える事にした
神聖エンジェリア帝国からやってきたオクタビア様との話はまだ終わりそうにない。
先程までメイドさんごっこをしていたドライアドたちが様子を見るためか、壁をよじ登って窓の向こう側からジッと覗き込んでいる。
僕の視線に気づく度にサッと頭を引っ込めているけれど、頭頂部から生えている花々が見えているので丸分かりなんだよなぁ。
気が散ってしまっている事に気が付いたジュリウスがカーテンを閉めてくれたので視線をオクタビア様に戻す。
「亡命は最終手段と仰ってましたが、オクタビア様は何が目的でこちらに来られたのでしょうか?」
「国としては出産祝いですが、私としては第一王子以外の者が平和的に玉座につく手助けをして頂けないかという相談をしに来ました」
おう……これはいわゆるクーデターとかそういう類の相談ですかね?
僕と一緒にオクタビア様の話を聞いているリヴァイさんとコーニエルさんは驚いた様子もなく、ただ彼女の話に耳を傾けている。内心は驚いているのだろうか? 見習わないと。
「先程も申した通り、今代の皇帝も次の皇帝になる予定の第一王子もどちらも邪神の信奉者とのつながりがあります。このまま第一王子が皇帝となった場合、現在力を急激に落としている皇帝派は国を支え切る事が出来ず、内乱が起きるでしょう。それを抑える力はもう既に皇帝派にはありませんから、内乱の際に担ぎ上げられた誰かが次の玉座に着く事になるでしょうね」
「……それなら玉座に着く手伝いなんていらないのではないでしょうか?」
「そうですね。ただ、この場合は多くの民と兵士の血が流れてしまいます。それを避けるために皇帝と第一王子には玉座から退いてもらって、平和的な方法で決めた者を次の皇帝にしたいのです。そうすれば徒に民の血が流れる事はないでしょう」
「平和的な方法ねぇ……」
僕にどんな期待をしているのか分からないけれど、皇帝と第一王子をどうにかして王の座から引きずり降ろす事なんてできないよなぁ。
そもそも他国の事だから関係ない気がするし。
なんて事を思っていたら、黙って聞いていたコーニエルさんが口を開いた。
「こちらとしては正直血が流れようが流れなかろうがどうでもいい事ですね。自国の事であれば自国で解決するべきなのでは? ……なんて、魔法使いとそれ以外の溝を自力で治す事ができそうにない国の王子なので人の事は言えないんですけどね」
「では俺から言えばいいのか?」
「いえいえ、そんな言わせようなんて思っていませんとも」
「……まあ、言われなくても言及はしていただろうが、俺も同意見だな。エンジェリアがどうなろうが俺たちは知った事ではない。不毛の大地を超えて奇跡的に難民が我が国の土地までやってきたら保護する事もやぶさかではないが、現実的ではないだろうな」
「どちらかというとドタウィッチに流れ込みそうですね」
リヴァイさんとコーニエルさんは手伝う気はないようだ。
ただ、二人には元々話すつもりがなかったからか、オクタビア様はただ一言「そうですか」とだけ言って、僕を真っすぐに見てきた。
「ご協力いただけないでしょうか?」
「協力って言っても、僕にできる事なんてありませんよ? 加護を返還した事、エンジェリアには伝わっていないんですか?」
「伝わっております。だからこそ、後ろ盾になって欲しいのです。邪神を神の世界へと戻した英雄の後ろ盾があれば、次代の皇帝は邪神と決別した証拠になるのではないかと愚考いたしました」
「後ろ盾って言われても力なんて…………ああ、あるか」
つい最近強引な方法で要求を通したわ。
振り返って後ろに控えていたジュリウスを見ると、彼はただ一言「シズト様の御心のままに」と言った。
一先ずこの場で即決できないからと時間を貰う事にした。
オクタビア様は「本国には時間を掛けて篭絡すると言っておきます」と了承してくれたのでその場は解散となり、彼女はコーニエルさんと同じく迎賓館で寝泊まりする事になった。
帰りの道中では馬車に同乗したジュリウスに彼女が言っていた事に嘘偽りがないか確認した。
「いろいろ思惑はあるようですが、概ね嘘はついていないようです」
「読心の魔法が使える魔道具か。便利な物があるんだな」
ジュリウスの報告よりもジュリウスが使っていた心を読み取る魔道具の方に気が向いているリヴァイさんは置いといて、ジュリウスに尋ねる。
「現実問題として、平和的に皇位継承なんてできるの?」
「まず不可能でしょうね。多少の血は流れる事を覚悟しなければいけないかと」
「だよねぇ」
「オクタビア様も多少の犠牲は覚悟しているようです。ただ、出来る事ならば極力争いで血が流れてしまう事を防ぎたい、との思いがあるようです。そのための根回しは着々と進んでいるようですが……如何せん正当な理由がないから今のままでは国民が納得しない。だから、シズト様にご助力を頂いて、今までの王家の悪行をばらすつもりなんでしょうね」
「そうすれば国民は納得する、って事?」
その問いに答えたのは魔道具をジッと見ていたリヴァイさんだった。
彼は魔道具化した扇子を開いて自分を仰ぎながら僕の考えを否定した。
「何もしないよりは可能性がある、ってだけじゃないか? エンジェリアでもシズト殿の英雄譚は流行っているようだから婚姻を結んだ誰かが次代の皇帝になればあり得るかもしれんが……シズト殿は人族以外も娶っているからまた新たな火種になるだろうしな」
なんかいまサラッと僕が結婚する流れにもっていきませんでした? するつもりないですよ?
「それも織り込み済みのようでした。シズト様が他種族との融和の象徴となる事で、他種族への忌避感を少しずつ減らしていこう、という案もあるようです」
「なるほどなぁ……結婚はするつもりはないけど、いずれにせよ、僕だけじゃ分かんない事も多すぎるし、ちょっと皆に相談してみるよ」
何でこんな面倒事ばかりやってくるかなぁ。
僕はただ子育てを頑張りたいだけなのに……なんて事を思いながら、膝の上で大人しくしているレモンちゃんの髪の毛を優しく撫でた。




