後日譚65.事なかれ主義者は先送りにした
オクタビア様は僕の正面の席に着くと、再び出産の祝いの言葉を述べた。
「改めまして、ご出産おめでとうございます。無事に三柱の加護を授かっているとお聞きしました。シズト様が信奉している神々もさぞお喜びの事でしょう」
確かに、ファマ様たちは小躍りしてそうだなぁ。僕たちの様子を見る事ができていれば、だけど。
そんな事を思いながら給仕をしてくれた侍女とドライアドにお礼を告げると共に「ちょっと席を外してほしい」とお願いした。
侍女たちは黙って綺麗なお辞儀をすると、静かに部屋から出て行く。
ドライアドたちも侍女の真似をしながらぞろぞろと彼女たちの後について行ったけど、扉の外に出たところでハッと気づいた様子で慌てて戻ろうとしていた。残念ながら扉が閉められたので入る事は出来ないけど。
「込み入った話だったようなので下がらせました。残った者は僕が喋るなと命じれば死ぬまで守る者たちでしょうからご安心ください」
心を読む魔道具があるという事は、心を読む魔法もあるという事なので絶対漏れる事はない、と断言はできないけれど部屋に残ったのは僕の護衛役としてついて来ているジュリウスと世界樹の番人の中でも精鋭の者たちだからよっぽどの事がない限りは大丈夫なんじゃないだろうか。
「心遣い感謝いたします。できればそちらの方々にも席を外していただきたいのですが……」
「くどい」
「だそうです。申し訳ない」
「いえ。……そうですね。隣国ですから今後無関係でいられないでしょうしお話させていただきます。神聖エンジェリア帝国の存亡に関わる事です」
思った以上に重たそうな話が来たな。てっきり婚姻を、とかそういう系だと思っていた。
チラッと両隣に座っているリヴァイさんとコーニエルさんに視線を向けたけど、二人とも真剣な表情でオクタビア様を見ていた。
「まず最初に申しておかなければならない事があります。それは、エンジェリア帝国と邪神の信奉者の深い繋がりです」
「繋がり?」
僕の問いかけにこくりと頷いたオクタビア様は「神聖エンジェリア帝国は遥か昔から邪神と接点があったようです」と話を続けた。
「元々人族至上主義だった我が国は、建国して間もない頃に邪神からの接触があったそうです。それ以来、代々皇帝は自国の力と邪神の力をうまく使い分けて利用して領土を広げ、国を統治していました。敵対する者は呪い殺し、他国には対立を煽って邪神の力を頼る者がでてくるように仕組み、邪神の存在を広める手助けをしていたそうです」
「……噂話の域を出ないが、何か証拠はあるのか?」
「証拠と申されても、もうすでにありません。邪神が神々の世界へと還ってからは邪神の信奉者とのつながりが完全に断ち切られてしまったようですから」
オクタビア様は困った様に眉を八の字にしていたけれど、リヴァイさんの質問にもハキハキと答えた。
「周囲の国々を飲み込み、ドラゴニアやドタウィッチという強国と国境が隣接するようになった我が国は、両国の国内で分断が起きるように扇動をしつつ、東の小国家群に目を向けました。今なお争いが続いているのは我が国の援助があるからです。ただ、邪神とのつながりがなくなった我が国が援助をする理由もなくなったので、今後も続く可能性は低いでしょう。長きに渡って続いてきた戦乱の世によって疲弊した小国家群に進軍する可能性が高いと思います」
「魔法が使えない者が我が国で差別を受けるのもエンジェリアの仕業だった、という事ですか?」
「すべてエンジェリア帝国がした事、とまでは言いませんが両者の溝が深まるように暗躍してきたのは間違いないでしょう。こちらに関しても引き上げていない工作員がまだいるでしょうけど、口は割らないかと」
「まあ、そうですよね。それに捕まえたとしてもつながりが分かるようなへまをしていないでしょうし」
「エンジェリアの使者としてやってきた者が公式の場でそれをしてきた、と発言した事で十分だろうが……この話が広まった場合、貴女自身最悪命を落とすのでは?」
これ、僕の手に余る案件だなぁ。
紅茶を飲みながら話の整理を頭の中でしている間にもリヴァイさんとコーニエルさんが話をしている。
両国とも無関係の事柄ではないから僕が放っておいても勝手に話をしてくれているのはとても助かる。
ただ、オクタビア様が自国のやらかしを淡々と暴露しているだけで彼女が何を求めているのか分からないのが気になる。
「そうですね。なので、この場限りの内密の話にさせていただくか亡命させて欲しいです。ただ、国のためにやりたい事があるので、亡命に関しては最後の手段ですが……」
お、そんな事を考えていたら彼女が希望を出してきたぞ。
ただ、亡命かぁ。
チラッとジュリウスを見ると彼は特に何も反応しない。
エルフの国からしてみると面倒事を抱え込む事になりそうだけど、ジュリウスとしては問題ない、という事なのだろう。
「話を伺う限りだと、我が国はエンジェリアの手の者が国の中枢にまで及んでいる可能性があるから受け入れる事は難しいでしょう。ドラゴニアはどうですか?」
「分からんが、我が国よりもエルフの都市国家のいずれかで受け入れた方が何かと安全だろう」
「……そうなの、ジュリウス?」
僕が問いかけると壁際に控えていたジュリウスが僕の近くにやってきた。
「ハッ。安全度で言えばシズト様のお近くが一番かと愚考いたします。もちろん、オクタビア第四王女様が間者ではない、と証明してから受け入れる事になりますが」
……なるほど。
この後も出産ラッシュがあるからあんまり余計な心労はかけたくないんだよなぁ。
どうしたものか、思案しているとオクタビア様が口を開いた。
「私も可能であれば祖国を救いたいです。なので、亡命は最終手段と考えて貰えればと思います」
「なるほど……じゃあ、とりあえず受け入れ先は保留で」
「はい」
お互いの利害が一致したので助かった、なんて思っていたらリヴァイさんに咳払いされた。
言葉も雑になってしまっていたし、態度にも出てしまっていたんだろう。
まだまだ話し合いは続きそうだから気を付けないと、なんて事を思いながら再び居住まいを正した。




