後日譚64.事なかれ主義者は嫌な予感がする
神聖エンジェリア帝国からの使者はリヴァイさんたちからお祝いをしてもらった二日後にやってきた。
彼らが来るまでドタウィッチからの使者であるコーニエル第一王子はファマリーを見て回ったそうだ。
道を行く子たちが使っている魔道具が気になるようで、話しかけては冒険者に連行されていく彼を複数人が目撃されている。
リヴァイさんはというとファマリアに滞在する事はないが「いつ来るか分からないから」と言い訳してちょくちょく顔を出すようになった。
そして、リヴァイさんの奥さんであるパールさんと一緒に僕のマナー講師役として一緒に過ごす事が多い。
二人とも孫の育生を構いたくって仕方がないようだけど、なんで僕の方を見ていないのに姿勢が乱れている、って事が分かるんだろうか、なんて事を持ったりしながら立ったり歩いたり座ったりと日常動作の姿勢を意識しながら過ごしていると使者がやってきたと報告があった。
「やはり来たか。それを見越してずっといたんだ」
「そうですか。ドタウィッチのコーニエル第一王子に迎賓館で待つように伝えて貰える?」
「かしこまりました」
報告に来た仮面をつけたエルフが頭を下げて、部屋から出て行った。
僕はとりあえず肩の上でのんびりと過ごしていたレモンちゃんを引き離そうと試みて――ダメだったので諦めて迎賓館に向かう事にした。
「パール様、育生様をこちらへ」
「私はここに残るわ」
乳母の一人がパールさんから育生を回収しようとしたが、パールさんは育生を大事そうに抱えて拒否している。それを見てリヴァイさんが抗議した。
「ずるいぞ! 俺も――」
「貴方は会談の証人として同席するのでしょう?」
「コーニエル殿がいるから問題ない」
「……さっき立ち会うために来ていた、とか言ってませんでしたっけ?」
「よくよく考えたら必要がないかもしれないと気づいたんだ」
いや、そんなキリッとした顔で言われても……ほら、パールさんがジト目で睨んでる。
「くだらない事言ってないで仕事をしてきなさい。育生もそう思うわよね?」
「うー」
「パールさんも僕が留守の間は屋敷から出てもらいますよ。乳母の誰かに育生を渡してもらえます? レヴィさんは今外で農作業中だし」
「じゃあレヴィと一緒であれば育生を抱いていてもいいって事よね?」
「いや、部屋に戻してお昼寝させます。だからその人に育生を預けてもらっていいですか?」
「……貴方がそういうのなら諦めるしかないわね」
パールさんは渋々と言った様子で育生を乳母に渡すと、部屋に連れ戻される育生を名残惜しそうに見送った。
「パールさんはもう帰るんですか?」
「いいえ。レヴィの様子が気になるからもう少し残るつもりよ。私の分の仕事はしっかりと片付けているから」
まあ、そのくらいならいいか。
レヴィさんの事はパールさんに任せて別れた僕たちは真っ白な馬車に乗り込み迎賓館へと向かった。
もうそろそろ来るって事は分かってたし、正装を着て立ち振る舞いの練習をしていたので着替える必要はなかった。
前回と違って着替えの準備がなかったのでちょっと早く着いてしまったけど、同席する二人と事前に打ち合わせができたからまあ良し。
使者としてやって来たのは法衣に身を包んだ神官っぽい女性だった。
エルフたちによって開かれた扉から入ってきた彼女はとても真面目そうな雰囲気を漂わせている。
歳はおそらく僕と同じか、ちょっと上くらいだろう。
使者としてやってくると思っていた人物の予想と違ったが、リヴァイさんもコーニエルさんも同様は見せていない。
僕は視線を彼女から離さないように気を付けつつ、座ったまま彼女を出迎えた。
彼女以外は部屋の外で待機するようで、誰も入って来なかった。
「神聖エンジェリア帝国第四王女オクタビア・デ・エンジェリアでございます。この度はご出産おめでとうございます。心ばかりの品ですが、荷馬車の中に祝いの品を用意しました。お受け取りください」
随分とたくさんの馬車でやってきたんだな、と窓から見ていたけどどうやらあれらは全部祝いの品らしい。
ジュリウスに目配せをすると彼は目礼した。対応はエルフたちに任せておけば大丈夫だろう。
「ありがとうございます。音無静人です。こちらはドラゴニア王国国王のリヴァイ・フォン・ドラゴニア様と、ドタウィッチ王国の第一王子コーニエル・ドタウィッチ様です」
「お二方ともお噂は耳にしております。よろしくお願いします」
「うむ」
「こちらこそよろしくお願い致します。丁度、話をしていた最中だったのですが、このまま同席してもよろしいでしょうか?」
「出来ればシズト様と二人で話をしたいのですが…………我が国の愚考を考えますと、当然の事ですね」
自嘲気味に笑うオクタビアさんを見てなんかすごく嫌な予感がした。
それが顔に出ていたのか、リヴァイさんが咳払いをしたし、コーニエルさんはオクタビアさんの気を逸らすために話しかけていた。
慌てて表情を取り繕うけど……リヴァイさんもコーニエルさんも同じ予感がしたんじゃないだろうか?
態度に出さないって結構難しいんだなぁ、なんて事を考えながらもとりあえずオクタビアさんに座るように促した。




