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後日譚59.魔法王は隠居したい

 神聖エンジェリア帝国が動きを見せた事は、エンジェリア帝国の南に位置する国であるドタウィッチ王国にも伝わっていた。

 現国王であるフランシス・ドタウィッチはその報告を聞いた時は、寝る準備をしていたので「動くならもう少し早く動いて欲しいのう」と文句を言いつつも再び魔法使い然とした格好に身を包んだ。

 自室から出る頃には先程まで夜伽をしようとしていたとは思えない程真面目そうな顔になっていて、その変わり身の早さに今宵の夜の相手をする予定だった女性は目を丸くしていた。

 フランシスは立派な白い髭をなぞりながら、執務室へと移動するとすぐさま杖を振って防音の結界を張った。それを確認してから報告をしに来た魔法使いが口を開く。


「エンジェリア帝国がシズト様と距離を縮めようと動いているようです」

「まあ、狙いは新たに産まれた子どもの婚約者、という地位じゃろうな」

「ご推察の通りかと思われます。また、ドラゴニア側も動きがあったようで、国王自ら使節団を率いてファマリアに向かうそうです」

「向こうは竜騎兵がおるからのう。到着が速いのはドラゴニアじゃろうな。他の国々はどうじゃ?」

「ニホン連合は動きに気付いているようですが、移動手段が陸路しかないため万全の準備を整えてから向かうようです。アトランティアは物理的に行けないのですが、ガレオールを通じて何かしらするのでしょう」

「まあ、そうじゃろうな」

「ウェルズブラは全く動きがないです」

「あそこは鉱石とよりよい武具を作る事しか頭にないからのう。アクスファースはどうじゃ? 三大勢力に匹敵する程力を蓄えたライデンという男、シズト殿と親しい間柄なのじゃろう? 店番やら教会の神父やらしているらしいしのう」

「そのはずですが……動きはないです。アクスファースのお国柄上、ニホン連合と同じように場所的に一番最初に祝うのを諦めてるのかもしれません。アトランティアと同様にガレオールを頼るのではないかと……」

「そうじゃろうなぁ。自派閥の者を他国に派遣している間に、勢力図が塗り替えられるかもしれないしのう」

「我々はどの様に対応いたしますか?」

「そうじゃのう……」


 白い髭を撫でながらフランシスは思案した。

 国同士の面子なんぞに興味はないフランシスだったが、なにかとちょっかいやら工作やらをかけてきていたエンジェリアが一番最初に出産祝いの使節団を派遣したんだ、とデカい顔をするのは面白くない。

 ドラゴニアがそれを阻止するのは当然だが、二番手でもマウントを取ってくるだろう。

 また、エンジェリアよりも早くファマリアに向かうとっておきの方法も実はある。

 それは万が一エンジェリアが暴走した時や、眠れる龍ドラゴニアが目を覚ました時のために取っておいたものだったが、今となっては不要な物だった。


「ユグドラシルに『抜け道』の存在を報せると共に協力の要請を」

「かしこまりました」


 魔法使いが指示された事をするために部屋を出て行ったが、フランシスは防音結界を解除しなかった。

 結界を張ったまま再び杖を振って魔法を使うと「コーニエル、急ぎの案件じゃ。執務室にすぐにくるように」と言った。

 その発言に誰も返事をする事はなかったが、フランシスがしばらく待っていると、中年男性が部屋に入ってきた。


「父さん、俺を呼んだか?」


 若かりし頃のフランシスと同様に整った顔立ちのその男は、コーニエル・ドタウィッチ。フランシスの子どもの内の一人で、第一王子だ。

 真っ白な髪と髭のフランシスとは異なり、髪も目も黒かった。

 その表情はどこか困惑しているようで、魔法の『念話』を用いて呼ばれた経験がそこまでなかったため幻聴かと疑っているようだった。


「ああ、呼んだとも。お主に任せたい事ができたからのう」

「わざわざ俺に? 妹たちじゃなくていいのか?」

「いいとも。これをきっかけに、どんどん表舞台に立って貰おうと思っての。教育が無駄にならなさそうで良かったのう」


 のんびりとフォッフォッフォと声を上げて笑うフランシスを胡乱気に見たコーニエルは、室内を見渡したあと、内緒話をするかのように声を落とした。


「…………時期尚早じゃないか?」

「いや、今が好機だと思っておる。民衆たちの意識改革は魔道具の影響で着実に進んでおるし、選民思想を持つ貴族一派は、なぜか過去にないほど勢いを無くしておる。ワシもそろそろ代替わりをして余生を楽しみたいし、コーニエルもいい歳じゃからのう」


 フランシスの言葉に納得していない様子でコーニエルは憮然とした表情で黙ってしまった。


「なにより、今回の仕事に関してはそこまで大変なものではないからのう。ワシの代わりに祝いの言葉と品物をエンジェリアよりも先に届けてくれればそれでよい。ユグドラシルまでワシが飛ばせば、そのくらいできるじゃろ?」

「…………」

「それに、差別意識をなくすためならできる事はする、と昔言っていたじゃないか」

「それは何十年も前のことだろ」

「ワシにとってはつい昨日の出来事のように感じるよ。そういう訳じゃから、使節団として使えそうな者を選定して準備しておいておくれ。早ければ夜明け前には向こうに飛んでもらうからのう」

「分かった」


 コーニエルはまだ不安そうな様子だったが、それでも王である父の命令であれば従うほかない、と割り切った様子で部屋を出る頃には真面目な顔になっていた。

 部屋を出て行くコーニエルを優し気な目で見送ったフランシスは、やる事が無くなったので自室へと戻り、待っていた相手と一緒に夜更かしをするのだった。

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