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後日譚58.ドラゴニア国王は大義名分を手に入れた

 シグニール大陸の中でも有数の軍事力を誇るドラゴニア王国は、元々一目置かれていた。

 シグニール大陸だけでなく、他の大陸とも繋がる魔道具『転移門』の発明者であるシズト・オトナシとの親密な関係により、影響力が計り知れないほど大きくなっていた。

 普段の仕事よりもさらに多くのやるべき事が増え、その結果、ドラゴニア国王であるリヴァイ・フォン・ドラゴニアは執務室と寝室の往復をする事を余儀なくされていた。

 妻であるパール・フォン・ドラゴニアのように夕方になるとファマリーに出向く事ができないのは、妻から釘を刺されていたからだ。


「自分のするべき事をしてからにしなさい」

「一目くらい良いだろう?」

「駄目よ。そうしてずるずると居残るのは分かっているわ。それに、私は向こうに仕事に行くのよ」

「その仕事、俺が変わ――」

「何度も言わせないで頂戴。婿殿にマナーを叩きこむのは私が適任なのは、貴方も納得している事でしょう?」

「まあ、そうだが……」


 産まれた時からずっと王族であるリヴァイと違って、パールは結婚するまでは高位貴族の娘だった。

 リヴァイもそれ相応に貴族社会のマナーなどは知っているが、それは国王としてのものだ。シズトは国王になる事を望んでいない。それならば、王族のマナーも貴族のマナーもどちらも熟知している私の出番のはずだ、というのがパールの主張だ。

 反論しようにも、礼儀などに関しては妻のフォローもあって何事も問題が起きていないと言っても過言ではない。

 今日もリヴァイは妻の後姿を見送ってその大きな体を机に突っ伏した。

 しばしの間、動く事がなかったが何度も大きなため息を吐いた。

 カリカリカリカリ、と同じ部屋でひたすら羽根ペンで書き物をしている彼の息子ガント・フォン・ドラゴニアは気にした様子もない。

 母親譲りの淡い赤色の瞳は、ただただ山のように積まれた書類に向けられている。

 リヴァイは顔を上げてガントを青い目で見続けたが、それでもガントは視線をリヴァイの方に向ける事はなかった。


「……ちょっとくらい父の事を心配したらどうなんだ」

「心配するほどの状態ではないでしょう」


 バッサリとガントに話を切られてしまい、面白くなさそうに唇を尖らせたリヴァイは、体を起こすとガント以上に山のように積まれた書類に手を伸ばした。

 転移門や転移陣の設置に関する嘆願書や、世界樹の素材の流通に関する意見書などの見る必要もないどうでもいい物を除外してもこれだけ溜まっていた。

 不作の兆候や、災害の予兆を報せる書状には対策案がいくつかすでに用意されているので、どれを行うかだけ判断すればいい。

 また、内容を確認してサインだけすればいいだけの書類もあるので見た目よりは時間がかからなそうだが、とある書類を手に取ってサインをしようとしたところでピタッと手が止まった。


「どうかされましたか?」

「いや、ガントとの縁談の話に関する書類がこっちに紛れ込んでいただけだ」


 以前と比べて国王が確認する書類が増えたのは転移門だけのせいではない。

 ドラゴニア王国の影響力が増えた結果、つながりを持とうとする者が出てきたからだ。

 つながりを持つのに手っ取り早いのは婚姻関係を結ぶ事だ。

 国の頂点に立つ男の中では珍しく側室がいないリヴァイにすら側室を設けないかと提案が来るくらいだ。独身であるガントに縁談の話が来ないわけがなかった。

 ガントは結婚適齢期をとうに過ぎている男だ。

 そうなってしまった理由はいくつかあったが、「いい加減相手を見つけるべきだ」と宰相などは主張している。きっと今回も彼らが仕組んだ事だろう。


「本当に僕宛ですか?」

「ガント・フォン・ドラゴニアは俺の知る限りお前以外いないな」


 ドラゴニア王家の象徴でもある金色の髪に青い瞳を受け継げなかったガントは、これまでの経験があるので実際にその目で見ても信じない。

 書類を渡しても首を捻っている息子を見て、玉座を譲るのはまだまだ先の事になりそうだ、とリヴァイは嘆息した。


「お相手が伯爵家というのがまた絶妙なラインだな」

「父上たちに新しい子ができても問題ないようにしているのでしょう」


 新しい子がリヴァイやガントと同じ加護を授かっていて、王家の象徴でもある金髪碧眼という外見的特徴を引き継いでいたらガントの地位は危うくなる。

 だから今まで彼に縁談の話が殆ど入って来なかったのだが、リヴァイが側室を設ける気配がなく、正室であるパールの年齢が四十を超えた事もあり、ちらほらと来るようになってきていた。

 ただ、それでも自派閥の中でも一番上の娘を出して来ないあたり、本気度はそれほど感じない。

 むしろガントが仕分けしている書類の山の中にある縁談の方が本気度は高いだろう。

 ドラゴニアの王位継承に関するあれこれを知らない異大陸の国からの縁談の申し込みが殆どだからだ。

 ガントは伯爵家の末娘についての情報が書かれた書類を『保留』の束に置くと、再び書類仕事に戻った。

 リヴァイはそんな息子の事を困ったような表情で見ていたが、遠くから誰かが慌てて走ってくる気配を感じて表情を引き締めた。ガントもまた筆を止めて扉の方に視線を向けている。

 しばらくすると、兵士が部屋に入ってきた。


「間者からの報告です。エンジェリア帝国に動きあり。ファマリアに向けて使節団が出立した、との事です。主な目的は出産祝いだそうです」

「ご苦労。下がってよいぞ」

「ハッ」


 兵士が扉を閉めて離れていくのを魔力探知で確認してからリヴァイは口を開いた。


「やはり最初に動いたのはあそこだったか」

「シズト殿と無関係の国で一番近い国があそこですからね」

「であれば、向こうよりも先にこちらが使節団を派遣せねばならんな」

「出産祝いは誰かが産まれる度に送ってませんでしたか?」

「それは非公式的な物だ。公式的に使者を用意してエンジェリア帝国よりも先に祝う必要がある。最近のあそこは妙にきな臭いから、その対策という意味でもあるが……」

「使節団を組織したとして、飛竜便を使っても間に合わないのでは?」

「そこは転移陣を使ってドランから出発させれば問題ないだろう。そう言う訳だからガント、書類仕事はお前に任せた」

「は?」

「いや、しょうがないだろう? 向こうの使節団がどのくらいの地位の者が来るか分からないのだから」

「そう言うために最低限しか聞かずに下げたのですね……」


 呆れた様子でため息を吐くガントを気にした様子もなくリヴァイは立ち上がると部屋を後にした。

 パールから鉄拳制裁をくらう事になるだろうが、リヴァイだってできる事であれば孫の顔は毎日見たい。マナー講習と称して毎日孫の顔を見ているパールが羨ましいリヴァイは、周囲が反対したとしても何としても使節団を率いてファマリアに行ってやる、と鼻息荒く廊下を突き進んだ。

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