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後日譚57.皇帝は後ろ盾を失った

 神聖エンジェリア帝国の皇帝はアルスリア・デ・エンジェリアという中年の男だった。

 豪華なローブに身を包み、宝石がふんだんにちりばめられた王冠を被った彼は、頭を抱えていた。

 世界樹騒動の時にエルフに力を貸した時以上の窮地に陥っていると言っても過言ではなかった。

 皇帝派と呼ばれる貴族たちの多くが失脚したリ、悪事が露見してしまって爵位を下げる事態になってしまっていたからだ。

 原因はアルスリアが一番よく分かっていた。


「あのシズトとかいう異世界転移者さえいなければ……!」


 黒髪の少年の事を思い出しただけで顔を真っ赤にさせたアルスリアは、握っていた杖が折れてしまった所で我に返った。


「そ、それでいかがなさいましょうか……?」

「しばし考える。黙っておれ」


 報告をしに来た黒尽くめの男にそう返すと、アルスリアは腕を組んで考え始めた。

 黒尽くめの男はただ黙って彼に従う。一度礼をすると空気に溶け込むかのようにその場から消えてしまった。

 それに気づいた様子もなく、アルスリアは「ううむ」と唸った。

 そもそもエンジェリア帝国の発言力が落ちたのは世界樹騒動が一番の原因だった。

 あれさえなければ、少なくとも勇者の内誰かは留める事はできただろう、とアルスリアは考えていた。

 賢者か聖女が手に入れば、と考えていたアルスリアだったが、何も問題がなかったとしても、残る可能性があったのは剣聖の加護を持っている少年くらいだっただろう。

 そして二つ目の大きな要因は邪神が神々が住まう世界へと帰ってしまった事だった。

 神聖エンジェリア帝国の上層部はいつの頃からか、不毛の大地にある『亡者の巣窟』と呼ばれるダンジョンに身を隠していた邪神と協力関係にあった。

 時の権力者に逆らう者は謎の死を迎え、周辺にあった国々は邪神の信奉者が暗躍し次々に呑み込んでいった。

 神聖エンジェリア帝国の軍事力はそこまで高くはなかったので強国を攻め込む事は出来なかったが、それも少しずつ勇者の血を取り込む事で強化を図っていた。

 その対価として人族至上主義を掲げ、民衆の間で対立を煽ったり、東の小国家群に争いの種を蒔いたり、エンジェリア帝国の南にあるドタウィッチ王国の選民思想に拍車を掛けたりして呪いの力を求める者たちを増やし、邪神の力になる事に貢献していた。

 邪神の言う事さえ聞いておけばひどい目に遭う事はないだろう、と皇帝の一族は考えていた。

 その邪神が神々の世界にある日突然返されるとは誰も想像していなかった。


(魔道具を用いた邪神の信奉者狩りの影響で連絡が取り辛くなったかと思えば、邪神そのものがこの世からいなくなっていたとは……本当に余計な事をしてくれる。だが、いなくなってしまった事に文句を言い続けていても仕方がない、か)


 アルスリアが視線を上げると、再び黒尽くめの男が姿を現した。


「ひとまず、派閥の者たちには今までのやり方と変えるように伝えよ。後ろ盾がない今、隙を見せるとそこから崩されるだろうからな。他の派閥への裏工作は引き続き続け、相手の力を削りつつ、味方陣営の強化に当たるように。あと、業腹だが異世界転移者には出産祝いとして使節団を派遣せよ。他国と比べて我が国は距離が近い。ファマリアに行くのに時間がかからんから他国よりも先んじて動く事が可能だろうからな」

「かしこまりました。出産祝いの代物はいかがいたしましょうか?」

「最上級の物だ。また、使節団の使者には幼い子どもがいる上位貴族を入れるように。異世界転移者本人はもう何の価値もない神々との縁を手放した者になったが、子どもはそうではないからな」

「かしこまりました」

「くれぐれも選定に時間を掛けて他の派閥の者たちに先を越されないように気をつけよ」

「ハッ」


 黒尽くめの男は端的にそう答えたが、その場から動こうとしない。

 アルスリアはそれに疑問を抱き「まだ何かあるのか?」と問いかけると、黒尽くめの男はしばらくしてから口を開いた。


「…………今までとやり方を変える必要があるのであれば、皇帝の血筋に勇者の血を入れるのも一つの案ではないかと愚考いたします」

「…………」


 アルスリアはすぐさま否定する事はなかった。

 邪神とのつながりがあった時は、邪神から勇者の血を極力入れないように、と釘を刺されていたので派閥の貴族を動かしていたのだが、邪神がこの世から去った今、言う事を聞く必要はない。

 むしろ、強力で貴重な加護だと判明した三つの加護を、同じ派閥とはいえ下の者に与えていいのかという懸念はもっともだった。

 アルスリアはしばらく考え込んだが、黒尽くめの男が言った通り、使節団の中に自身の直系となる者たちを入れるように指示した。

 そのタイミングで、東側諸国に関する報告をしに兵士がやってきた。

 アルスリアは黒尽くめの男がその場から消える際に、口元が綻んでいた事に気付く事はなかった。

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