後日譚45.事なかれ主義者は諦めつつある
レモンちゃんと一緒にマルセルさんと親睦を深めている間に話し合いが終わった。
話し合う事と言っても、基本的に現場の判断に任せる、とランチェッタさんが明言していたので報告がメインだった。
唯一、こちらが決めた事と言えば、捕虜として捕まえたマルセルさんと、その他数名を引き連れて世界樹ファマリーの根元に戻る事くらいだろうか。
彼らには手枷を嵌めたまま各地を見て回ってもらって、異大陸から来たという証明をする必要があるのだが……そんな簡単に信じて貰えるのだろうか?
「なんて、思っていたけど杞憂だった……」
心配していた異大陸と信じてもらえないかも、というのは世界樹を見せた瞬間に解決してしまった。
アドヴァン大陸にも世界樹はあるけど、一本しかない。
だから、青々しく茂っている世界樹を見れば、異なる大陸に来てしまった、と理解させるには十分だったようだ。
「レモン?」
「ああ、別に何でもないよ。皆の所にお帰り」
「れもーん」
……全然降りる気配ないな。とりあえずクーを別館に戻してこようかな。
そんな事を思いつつも、目を見開いてぽかんと口を開けたまま世界樹ファマリーを見上げている一団を見る。
彼らは、ランチェッタさんによって選ばれた人たちで、領主のマルセルさんの他に、商人たちが多かった。
街の権力者をとりあえず連れて行こう、となったけど基本的に商人だったのは、やはり影響力が高いのはお金を持っているから、という事だろうか?
彼らはこれからエルフたちの監視の下、僕たちが個人的に使っていた転移陣を使ってガレオールと、クレストラ大陸の各国を見て回る事になっている。
レスティナさんとメグミさんのそれぞれの出身国の証人になってもらうためと、争うよりも交易をした方が得だと思ってもらうため……らしい。
「シズト、別館に行く前にドライアドたちに事情を説明してくれないかしら? シズトが離れたら今にも捕まえに来そうな雰囲気よ」
「そうかな?」
こっちに転移してきた当初よりもさらに増えているドライアドたちは、単純にこれだけの大人数が転移してきたから警戒しているだけだと思うんだけど。
でも、髪の毛をわさわさと動かしているし、確かに臨戦態勢なのかも?
「……事情を説明するのは良いけど、彼らを覚えてもらう必要ってあるかな?」
「…………ないかもしれないわね」
「じゃあとりあえず、見送りだけはするよ。ランチェッタさんもガレオールに戻るんだよね?」
「そうね。まだやり残した事があるから」
「無理させないでね?」
「もちろんです」
「ちょっと、何でディアーヌに言うのよ! わたくしだってあまり無理しないように気を付けているのよ!」
ランチェッタさんの専属侍女であるディアーヌさんにお願いをすると、ランチェッタさんは不満そうに頬を膨らませた。最近は子どもっぽ仕草もするんだよなぁ、なんて思いながら彼女の膨らんだ頬を突っつく。
「ランチェッタさんは仕事に関してはちょっと信用できないというかなんというか……」
「つい先日も、結局夜遅くまでお仕事されてました」
「出産に向けてわたくしがしばらく抜けても問題ないように、今無理しておく必要があるのよ!」
今の所、出産も司っている大地の神様に毎日お祈りをしに行っているおかげか、ランチェッタさんも大きな不調もなく過ごす事ができているけど、何がきっかけで急変するか分からない。できるだけ規則正しい生活をしてほしい。
ただ、ランチェッタさんは奥さんたちの中で唯一女王という立場だから難しい所もあるのかもしれない。
ディアーヌさんも前回の夜更かしに関しては僕に後でチクった程度で止めに入らなかったところを見ると、本当に必要な事だったのだろう。
「ランチェッタさんだけの体じゃないんだから、くれぐれも無茶はだめだよ?」
「……分かってるわよ」
ガレオールに向かうランチェッタさんたちを見送った後は、周りに集まっていたドライアドを解散させて別館に向かった。
クーがもっと構え! と主張してきたけど、お留守番していたアンジェラに彼女を任せて僕は子どもたちの下へと急ぐ。
ただ、本館に入る前にジュリウスに止められた。
「シズト様、背中にドライアドが張り付いていますがよろしいのですか?」
「……とりあえず取れるか試してもらっていい?」
ちょくちょくレモンちゃんを本館に入れてしまっているので、僕に張り付いていれば入ってもいい、とドライアドたちに認識され始めている。
その認識を改めたいけど、無理に引き剥がすのも心が痛むので、入る前に離れるか試すようにしていたんだった。
ジュリウスは「かしこまりました」と短く応えると、僕の後ろに立って、レモンちゃんの小さな体を持った。
「れもももももっ!!!」
「今日も無理です」
「だよね、知ってた」
ジュリウスが後ろに立った瞬間に髪の毛を体に巻きつけて来たもんね。
彼女たちの髪の毛は伸びるとはいえ、勝手に切るのも良くないだろう。
「大人しくしててね?」
「レモン!」
元気よく返事したレモンちゃんは、よじよじと僕の体を登って、いつものごとく肩車の状態になると僕の頭にしがみ付くのだった。




