後日譚44.囚われの侯爵はどこまでなら許されるのか知りたい
転移陣によって多数の者たちが転移してから少し経って、マルセルは灰色の髪の上に王冠を載せた女性に話しかけられた。
「ランチェッタ・ディ・ガレオールよ。一つ、聞きたい事があるわ。この二人の事を知っているかしら?」
「……存じ上げません」
どの様に答えるのが正解か思考したマルセルだったが、正直に答える事にした。
腰まである赤っぽい茶色の髪を後ろで結っている女性はともかく、黒い髪に黒い瞳の女性の方は一目見たら忘れる事はないだろう。ここまで勇者の血を色濃く受け継いでいる人物はそうそういないからだ。
「そう。レスティナ様とメグミ様はどうかしら?」
「残念ながら知らないわ」
「私も知りません」
「やっぱり東の方の港を治めている公爵と接触しないと、私がラグナクアの者だと証明は難しいと思うわね」
「私も同様です。何より代替わりして日が浅いのでこちらに伝わっていないですし、私はこちらにやってきた事がないので……」
「だからと言ってこのまま戦火を広げていくわけにもいかないわよね。少なくとも三か国分の兵力があるとはいえ、数は有限だし」
「シズト様のおかげで装備一式ミスリル使用ですし、世界樹の素材を使った杖もありますから、並みの兵士に負ける事はまずありえないでしょう。ただ、占領地の維持が難しいですね」
マルセルは女性三人の話を半信半疑で聞いていたが、甘く見積もって手痛いしっぺ返しを食らっている最中なので最悪を想定しよう、と考えた。だが、エルフたちが突然テーブルと椅子を並べ始めたのに意識が向いてしまった。
テーブルクロスをサッと敷いて、机の上にどんどんと用意されていく品々は全て黒髪の少年のために用意されているようだった。
(黒髪の少年には無礼な事をするな、と釘を刺されたが……一体彼は何者なんだ?)
背中に背負っていた頭の上に花を咲かせた謎の生物を床に下ろした少年を観察する。
黒い髪に黒い瞳、さらにはここら辺ではあまり見ない勇者っぽい顔立ちをしていた。
単純に考えれば勇者なのだろう。ただ、わざわざ釘を刺すだろうか? と、マルセルは内心首を傾げた。
(女性の内二人は王冠のような物を頭に載せている事から考えてもどこかの国の女王なのだろう。ガレオールは確かあの帆のない船が所属する国だったはず。だからあの女性……ランチェッタ様が中心となって話を進めているんだろうな。ランチェッタ様への言葉遣いを見ても、おそらくガレオールという国が立場的に上なんだろうが……じゃあランチェッタ様と対等に話をしている彼はどこの誰なんだ?)
軍隊を派遣するなどの物騒な話をしている女性陣の会話の内容も聞きながらマルセルは考え続けていたのだが、流石にシズトが提案した内容を聞いた際に思考が止まった。
「そんな事しなくても、僕たちが別の大陸から来ているって証明はできるんじゃない? マルセルさんがどのくらい影響力があるのか知らないけど、連れて帰れば納得してもらえないかな?」
(俺が異大陸に……?)
出来る事ならそんな訳の分からない所へは行きたくない。
だが、ランチェッタは乗り気のようで、シズトの意見に同意していた。
他の二人はシズトに対して遠慮しているようで特に何も言う様子もない。
(本当にこの少年は何者なんだ?)
そんな疑問を持ちながらマルセルが再びシズトを見ると、彼はなぜかレモンを持っていた。
マルセルとレモンを何度か見比べた後、隣の椅子に座っていた小柄な女の子に何やら話しかけていた。
「レモン!」
「良いって事かな? あげちゃうからね」
「れも~ん」
「んー……分からん」
首を捻った黒髪の少年が立ち上がると、マルセルの方へと歩いてきた。
部屋にいた護衛に緊張が走ったのがマルセルにも手に取るように分かった。
「これ、たくさんあるんですけど要りますか?」
「…………頂けるのであれば」
アドヴァン大陸では、レモンは果物の中ではそこまで珍しくない物だった。
貰った所で現状だとどうしようもないのだが、無礼な事をしない方が良いと言われていたので、大人しくレモンを頂く事にしたマルセルは、手枷を嵌めたままレモンを受け取った。
その際に、少年の左手薬指についていた装飾品に気付いた。
(……指輪? ランチェッタ様と同じ物だな。という事は――)
大体の関係性を理解し始めたマルセルだったが、思考は一度そこで止まった。
なぜなら、椅子から降りてシズトと一緒にマルセルの近くにやってきていた小柄な女の子が、口の中にレモンを突っ込んできたからだ。
「レモン!」
「ちょ、レモンちゃん! それ丸かじりは無理だって!」
「れもん?」
「レモンちゃんはできたとしても人間は無理だから!」
レモンを丸かじりして口をすぼめている女の子と同じように、マルセルもレモンを吐き出して口をすぼめたかったのだが、室内にいたエルフたちの視線が気になって口の中からレモンを吐き出せなかった。




