後日譚43.囚われの侯爵は忠告された
海路による交易が盛んな国サンレーヌは爵位が上であればあるほど海に近い領地を任される。
マルセル・ド・ビヤールは、そんなサンレーヌでも有数の上位貴族だったため、西側の沿岸を統治していた。
他の大陸との交易が盛んな北部や東部の沿岸とは異なり莫大な利益を得る事は難しいが、国内の流通や、他国との交易もあるため堅実で安定した利益を得る事ができていた。
大きな変化は特にない退屈な土地だと言われるが、変化を嫌うマルセルにとっては相性が良く、無難に統治し続けていた。
ただ、そんな彼の平穏な日々もある日届いた報告で変わった。
「帆のない船がコルマールに停泊している、だと?」
「はい。西の海を渡ってやってきた、と言っておりました」
「間違いないのか?」
「十中八九間違いないかと。国境警備をしていた者たちが北上してきた船はいなかったと申しております。また、積み荷も特殊な物が多く、特に現在品薄状態が続いている世界樹の素材が大量にありました」
「……なるほど。俺の手には余るな」
変化が嫌いなマルセルは、柔軟に対応するのが苦手だと自覚していた。
だからこそ、堅実に働き続けて爵位が上がった際にこの土地を任されたのだと理解していた。
西に広がる大海原は魔物も多く、風もあまり吹かない海域だったため異大陸から交易船が来るはずがない、と思われていたのだ。
だが、状況が変わってしまった事に文句を言っても仕方がない、とすぐさま魔道具を使って国王へと報告をした。
返事はすぐに返ってきた。王国としては是が非でも帆がない船を手に入れたい、との事だった。
代官に時間稼ぎをさせつつ、王命によって動き始めた大船団が到着するのを待っているだけでいい。
そう思っていたマルセルは、いつもどおりの日々を送った。
だが、事態は思わない方へと転がって行ってしまった。
朝、いつものように目が覚めた彼はすぐに異変に気付いた。
「お目覚めですか」
「何者だ!?」
すっきりとした目覚めを感じた彼は、ベッドの傍に何者かが立っている事に気付いた。
体を起こそうとしたが、手足が縛られているようで、思い通りに動けない。
大きな声で助けを呼んだが、屋敷の中は静寂に包まれていた。
「無駄ですよ。既に屋敷内は制圧させていただきました。都も時間の問題でしょう」
遠くから聞こえる戦闘音に今更ながらに気付いたマルセルは、なぜ異変に気付けなかったのかと悔いた。
だが、今後悔したところで事態が好転するわけもない。
マルセルはこういう時のために対応方法をいくつか考えていた。そのうちの一つを目の前の仮面をつけた謎の人物にする事にした。
「何が目的だ」
「一番の目的は、無事に出港する事でした。ただ、事ここに至ってはそれだけでは収まらないでしょう」
「やはり、あの帆のない船に乗っていたエルフか。こんな事をして、ただで済むと思っているのか? 貴様らの船が停泊している港は完全に包囲しているんだぞ?」
「分かっていますよ。だからこそ、我々の足が潰される前に、貴方達の頭を潰しに来たんじゃないですか。今ここで貴方を殺してしまってもいいのですが……我らが主は大変慈悲深い方ですから、待つ事にしましょう。五体満足でいたいのであれば、無駄な抵抗はせずに大人しくしていてください」
仮面をつけたエルフはそれだけ言うと部屋から出て行った。だが、部屋には監視役だと思われる者たちがいた。
マルセルは状況が分からないため下手に動かない方が良い、と判断すると大人しくベッドの上で横になっていた。
昼頃までそうしていた彼は、突然戻ってきた仮面をつけたエルフに引き摺られるような形で部屋を移動させられた。
ダンスホールとしても活用している大広間に連れて来られた彼は、大柄な男に出迎えられた。
黒い髪に黒い瞳の彼を見て勇者の子孫か何かだろうか、と思考を巡らせた。
「さて、そろそろ我らが主殿がこちらへお越しになる。その前に状況を説明させてもらっても構わないでござるかな?」
大男は柔和な笑みを浮かべていたが、有無を言わせない圧があった。
マルセルは黙って頷くと、彼の話を静かに聞いていたのだが、到底信じる事ができない内容だった。
「どうやら信じてもらえないようでござるなぁ」
「当たり前だろう。転移の魔法は使える者はいるが、大陸間となると話は別だ。それなのに、そんな魔道具を作れる者がいて、船の安全を確保するために大勢の兵士がこっちに送られていると信じられるわけがないだろう」
「そうでござろうなぁ。では、実際にその目で見たら信じられるでござるかな?」
「は?」
ムサシはマルセルから視線を外し、エルフにアイコンタクトを送った。
エルフたちはせっせとアイテムバッグから慎重に取り出した携帯式転移陣を組み立てると、魔石を設置した。
「どうやら向こうの準備もできているようでござるな」
「いったい何を――」
「マルセル殿、先に忠告しておくでござる。くれぐれも、黒髪の少年に無礼な態度を取ってはダメでござるよ」
「どういう――」
「ああ、もう来るみたいでござる」
マルセルが詳しく尋ねようとする前に、魔道具に刻まれた魔法陣が光りを放ち始めた。
そして、その光がひときわ大きくなったかと思えば、次の瞬間には武装した兵士が現われた。
「どうやら護衛を先に送ってくるみたいでござるなぁ」
のほほんとムサシがいう隣で、マルセルは口をぽかんと開けて現れた兵士たちを見ていた。
口を開けたマルセルの事を誰も気にした様子もなく、部屋にいた者たちは次々と現れる兵士たちを見ていた。
「ランチェッタ様がお越しになるぞ」
褐色肌の人族の兵士がそう言った後、転移してきたのは兵士ではなく着飾った女性が三人と、ラフな格好の少年が一人だった。
「ここまでされたら流石に理解したでござるかな? 拙者たちは遠く離れた地からこうして魔道具を用いて転移する事ができるのでござるよ」
マルセルにムサシがそう話しかけたが、マルセルはただただ転移陣を見ていた。




