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後日譚42.事なかれ主義者は差し出してみた

 サンレーヌ国でやる事が無くなってしまったのでシグニール大陸に戻った翌日、ジュリウスから領都を占拠したと報告があった。


「早すぎないか?」

「だよね」


 再び呼び出されたメグミさんがぽつりと呟いたのには完全同意だ。完全同意なんだけど、僕に話しかけられた彼女は石化していた。割と傷つくぞ、その反応。まあ仕方ないんだろうけど。

 レスティナさんは笑みを浮かべているけど、エルフたちを警戒しているのかもしれない。護衛が増えていた。


「携帯式転移陣は領都にある屋敷に設置してあります。安全は確保済みです」

「でもまあ、念のため先遣隊を送るのは大事、だよね?」

「そうね」


 今回の事はランチェッタさんに一任しているので、彼女に確認を取ってから護衛として来ていた人たちを先に向こう側に送る。

 エルフだけではなく、ヤマトとラグナクアの兵士たちも全員送ったけど、それぞれから「問題ない」と手紙が届いた事を確認した。


「この『速達箱』っていうのも便利ですね。国に持ち帰りたいわ」


 確認用にレンタルした速達箱と呼んでいる魔道具をしげしげと眺めるレスティナさんに、メグミさんもぎこちなく頷いている。


「量産しておけば良かったけど、そこまで数はないんですよ。今はもう加護がないから作れないですし」

「残念です」

「そうか、加護を返還したんだった」


 レスティナさんは残念そうに目を伏せたけど、メグミさんは今更気づいた様子でポンと手を打っていた。

 彼女のトラウマとなっている『加工』の力はもう僕にはないんだけど、彼女はすっかりその事を忘れていたようだ。


「シズト様も大変ですね。何かありましたら今回のようにお気軽にご相談ください。邪神を倒した英雄様の頼みとあっては断れませんから」

「ありがとうございます」

「シズト、そろそろ向こうに行きたいのだけど、良いかしら?」

「うん」


 向こうに着いた後の事をジュリウスと確認していたランチェッタさんが話しかけてきたので、僕たちは転移陣に乗った。

 ライデンとムサシ、セバスチャンは戦力になるだろうからと向こうに残してきたので、前回と比べると広さに余裕がある。


「お兄ちゃん、あーしのこと忘れてない?」

「ごめんごめん」


 レモンちゃんは既に背中にくっついていたけど、クーはずっと抱っこするのは疲れるからとまだしてなかった。

 クーをしっかりと抱え、皆ちゃんと転移陣の上にいるか確認してから魔力を流した。

 足元から光が放たれてどんどんその光が強くなると、周りで様子を見ていたドライアドたちが歓声を上げた。

 そして、一際光が強くなったところで、景色が一変した。

 どこかの建物の一室のようだ。

 随分と広い部屋のようで、先に送っていた兵士たちだけではなく、こちらに残してきたエルフたちの隊長格もたくさんいた。

 物々しい室内で、ただ一人だけ手枷をつけられた寝間着姿の男性がいた。

 その人物はぽかんと口を開けて僕たちを……というより転移陣を見ている様だった。


「ここまでされたら流石に理解したでござるかな? 拙者たちは遠く離れた地からこうして魔道具を用いて転移する事ができるのでござるよ」


 その男性の近くで控えていた鎧武者――ムサシが諭すような優しい声音で話しかけていた。




 寝間着姿の男性は、このあたり一帯を治めている貴族で、マルセル・ド・ビヤールというらしい。

 三十代半ばの彼は侯爵家の当主で、不運な事に僕たちの船が停泊した港街も領地だったからこうして手枷をつけられているのだろう。

 ただまあ、向こうが友好的に接してくれていればこんな事にはなっていなかった事を考えると同情はしない方が良いんだろう。

 ランチェッタさんとレスティナさん、メグミさんの三人が床に膝を着けて座り込んでいる中年男性に話をしていたけど、三人が望んでいた収穫は得られなかったようだ。


「やっぱり東の方の港を治めている公爵と接触しないと、私がラグナクアの者だと証明は難しいわね」

「私も同様です。何より代替わりして日が浅いのでこちらに伝わっていないですし、私はこちらにやってきた事がないので……」

「だからと言ってこのまま戦火を広げていくわけにもいかないわよね。少なくとも三か国分の兵力があるとはいえ、数は有限だし」

「シズト様のおかげで装備一式ミスリル使用ですし、世界樹の素材を使った杖もありますから、並みの兵士に負ける事はまずありえないでしょう。ただ、占領地の維持が難しいですね」


 難しい顔で話し合っている人たちに混じって今日もエルフたちが用意してくれた椅子に座り、机を囲んだレモンちゃんと、僕の膝の上に乗っているクーの口の中へせっせとお菓子を運ぶ。

 クーはただ食べるだけだけど、レモンちゃんはそのお返しとしてレモンが増えるのはちょっと消費に困るんだよなぁ。

 なんか僕の事をジッと見てくるマルセルさんにでも押し付けようかな。


「それこそ転移陣を使って各国の軍隊を派遣してもらうのはどうでしょうか? 我が国からもそれ相応の数の兵力を用意できると思いますよ」

「そりゃ大陸の半分ぐらいを統治している貴女の国だったらいくらでも兵を派遣できるでしょうけど、その兵を一度ファマリーに集めないといけないのよ? シズト様が許すかしら?」

「あの携帯式転移陣をヤマトに持ってきていただければそこはクリアすると思います」

「まあ……確かにそうね?」


 レスティナさんとメグミさんの視線がお菓子をせっせと食べさせていた僕の方に向いた。

 ちゃんと話は聞いてますよ。ただ――。


「そんな事しなくても、僕たちが別の大陸から来ているって証明はできるんじゃない? マルセルさんがどのくらい影響力があるのか知らないけど、連れて帰れば納得してもらえないかな?」


 僕がそう言うと、一斉にマルセルさんに視線が向かった。

 ランチェッタさんは小さく頷くと「それもそうね」と言った。


「ただ、策はいくつあってもいいと思うわ。証人を増やす意味でも、近隣の領主は確保して行きたいわね。実力はある程度示す事ができたはずだし、可能であれば戦う事無く穏便に済ませたいけど……」

「交渉人を選定しておきますが、戦火を交える事になる可能性もあるでしょう。実際、魔動船が停泊している港街に向けて攻撃が開始されているようです。トネリコの者たちやアトランティアの者が魔法や砲撃を無効化しているので今のところ被害はないようですが、沖にいる敵船に攻撃を仕掛けるのであれば危険が伴うので防戦に徹している状況です」


 また争いの話が始まってしまった。向こうからしてみたらこっちは侵略者になるわけだし、抵抗するのも仕方ないんだろうけど、こっちにも言い分があるんだよなぁ……。

 ただ、このペースだと下手したらサンレーヌ国を制圧してしまう可能性もあるわけで……できれば、平和的に仲直りがしたい。

 ただ、僕が提案できる策は出しちゃったし今できる事は特にない。

 という訳で、とりあえずマルセルさんと交流を深めようかな、なんて思いながらレモンちゃんから貰ったレモンを手に取るのだった。

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