後日譚40.事なかれ主義者はひたすら転移させた
街を統治している人の屋敷は流石に管理が行き届いているのか、綺麗な状態だった。
本当にエルフたちが襲撃したのだろうか? と疑問に思うくらい戦闘の痕跡が見受けられない。
ただ、ここにいた者たちを大きな部屋に行くと、確かに戦闘があったのだろうな、と分かった。捕まっている兵士たちの中には怪我をしている者たちがいたし、殴られたのか顔が腫れている人もいる。
「……今後の事を考えると治してあげた方が良いんじゃない?」
「それは向こうの出方次第ね」
丸眼鏡をかけていると舐められるから、と外しているランチェッタさんの眉間にはしわが寄っていた。
その内、癖になってしまうんじゃないか、とディアーヌさんが心配していたから丸眼鏡をかけておいて欲しいんだけど、これから交渉をするらしいからそういう訳にもいかないようだ。
ランチェッタさんは僕と手を繋いだまま他の人よりも一歩前に出る。
僕とランチェッタさんを縛られた人々が様々な思惑を乗せた視線で見ているのが分かった。
「この街を治めている代官はどなたかしら?」
「………私だ」
エルフたちの視線が集中したからか代官が名乗り出た。顔が酷く腫れている人物だった。ただ、顔以外は傷とかなさそうだ。
「そう。わたくしの名はランチェッタ・ディ・ガレオール。ここから西に海を渡った先にあるシグニール大陸の中でも商業がとても盛んな国ガレオールを統治しているわ」
「………………は?」
「あら、エルフたちから聞いていないかしら?」
ランチェッタさんはジュリウスに視線を向けたので僕もそちらを見ると、彼はゆっくりと首を振った。
「そう。まあいいわ。ところで、貴方は何者かしら?」
「アントナン・ジョスランと申します。ほ、本当に女王陛下であるならば、どうして話し合いの場に出席していただけなかったんですか……?」
「どうしてって、見ての通り妊娠中だからよ。それに、船には乗ってなかったし」
「乗ってなかった……?」
「ええ。ついさっきここに来たばかりよ」
「ハッ! それは嘘だな。少数のエルフでここを占拠できたから言う事を聞かせようとしているんだろうが、このジョスランの街は海側から完全に包囲されている。戦闘音も聞こえてこなかったし、なにより貴様らは知らんだろうが、見知らぬ船が入ってきたら街の鐘が鳴る決まりになっているんだ。その鐘が鳴っていないという事は、新しい船はやってきていないという事だ。それなのに、どうやってこの街にやってきたというんだ」
「転移の魔道具に決まっているじゃない」
「は?」
どうやらここにいた人たちは閉じ込められていたからか、外の状況が全く分かっていないらしい。カーテンも閉め切ってるから外の様子が分からないのだろう。
ランチェッタさんもそれを理解した様子でため息を吐いた。
「もう面倒だから見せた方が早いかしら? ジュリウス、あの魔道具は持ってきているわよね?」
「はい。万が一の事を考えていつでも向こうへ戻れるように持ってきております」
「そう。それじゃあここに設置してくれるかしら?」
「かしこまりました」
ジュリウスがアイテムバッグから分解されている携帯式転移陣を組み立てると、ランチェッタさんは今度は僕を見た。
「申し訳ないけれど、魔力供給をしてもらえるかしら?」
「いいけど、誰か向こうに送るの?」
「いえ、こっちに来てもらうのよ。ジュリウス?」
「既に向こうの準備は終わっているそうです」
「という事よ。とりあえず魔力を流してもらえるかしら?」
「分かった」
言われるがまま魔力を流すと、携帯式転移陣に刻まれた魔法陣が光り輝く。
一際強く輝いた所で誰かがこちらに転移してきた。
「よぉ、シズト。なんか面白い事が起きてるって?」
「陽太、戦争は何も面白くないですよ」
「なんで姫花まで来なくちゃいけないのよ」
手っきりエルフだけが来るかと思ったら見知った三人組がエルフに紛れてやってきた。
暇だったんだろうか?
エルフにジロリと睨みつけられている金髪の男は金田陽太。神様から【剣聖】の加護を授かり、勇者なんて呼ばれている。実際、その実力はどんどん伸びているらしく、S級冒険者になるのも時間の問題だろう、との事だった。
陽太に苦言を呈したのは黒川明。男子にしては小柄で、顔立ちも中性的だからよく女子と間違われていた。こっちの世界に来た際には【全魔法】とかいう加護を授かっていて、一通りの魔法の適性はあるらしい。陽太と一緒に行動している彼は、そのうち冒険者として活動するのはやめるそうだ。
やる気がなさそうな様子の茶色の髪の女子は茶木姫花。【聖女】の加護を授かっている彼女には今後も出産の際にお世話になる可能性があるけど、今のところは現地の熟練の【聖女】の加護持ちよりも実力がしたらしい。だから最近は冒険には同行せず、教会で治療の手伝いをしているそうだ。
彼ら三人にはそれぞれ監視役兼護衛役でもあるドラン軍の兵士がついていて、今回もついて来ていた。僕と視線が合うとそれぞれ軽く会釈をしてきたので返しておく。
「シズト、その三人は放っておいてどんどん魔力を流してもらっていいかしら? 増援はまだまだいるのよ」
「あ、はい」
ポカンと口を開けて見てくる人たちの事は放っておいて、僕はせっせと魔力を流し続けた。
「前から思ってたんですけど、どんだけ魔力があるんですか…………」
「どんだけあっても世界樹には足らなかったみたいだけどね」
あんなに大量の魔力を持っていくのに、ギュスタンさんや育生は大丈夫なんだろうか、とちょっと心配になってたけど、ギュスタンさんがいうにはだいたい半分くらい持ってかれるだけらしい。
どうやら僕が魔力を増やすためにひたすら魔力切れを繰り返して魔力総量が増え続けたから、結果的にえげつない量の魔力を要求されるようになってしまっただけという事が分かった。
…………まあ、魔力がないよりはあった方が良いだろうという事で深く考えない事にした。




