後日譚38.事なかれ主義者は魔力が有り余っている
ランチェッタさんは直近で重要な案件がない事を確認したら、僕と一緒に城を出た。
ガレオール王国の紋章が刻まれた立派な馬車に二人で乗り込むと、そのまま実験農場まで移動した。
その間にサンレーヌ国に着いてからの事を聞いてみたけど、基本的に僕はただその場にいるだけでいいらしい。
「むしろ余計な事は言わないでくれると助かるわ。あくまで今回の一件はガレオールとサンレーヌ国の間に起こったトラブルだから。……ああ、でも、貴方が国王をしてくれるというのなら口出ししてもいいのだけれど?」
「黙っておくね」
悪戯っぽい絵笑みを浮かべた彼女はどことなくディアーヌさんに似ていたけれど、顔立ちがだいぶ違うから気のせいだろう。
実験農場の入り口に着くと、ドライアドたちが集まって通せんぼしている様だった。
その前では見知った人が僕たちの到着を待っていた。
「お久しぶりです、ランチェッタ女王陛下。サンレーヌとのトラブルと聞いて馳せ参じました」
真っ黒な髪に真っ黒な瞳の女性はヤマト・メグミさんだ。
ガレオールから西に海を渡った先にあるクレストラ大陸の中で一番大きな国を治めている女王様で、名前から分かる通り勇者が興した国のため彼女の血にも僕たちと同郷の人の血が流れている。
隣の女性と違って完全武装をしているのは、元々彼女が兵士だったからだろうか?
僕と視線が合うとカチンと固まったかのように動きを止めたので視線を移して隣の女性を見る。
「お久しぶりです、シズト様。奥方様の内の二人が無事に出産を終えたそうですね。おめでとうございます。祝いの席が設けられるのであれば、是非参加したいですわ。ランチェッタ様もお元気そうで何よりです。妊娠中なのに我が友好国が余計な事をしでかしてくれたようで申し訳ありませんわ」
申し訳なさそうに眉を下げたのはレスティナ・マグナさんだ。
ヤマトと国境を接している国の内の一つで、トラブルがあったサンレーヌ国と交易を通じて親交を深めているラグナクアの公爵家の当主だそうだ。
腰まである赤っぽい茶色の髪は、動きやすさを重視しているのか後ろで一つに結ばれている。服装は簡易的なドレスのようで、武装はしていない。ただ、彼女の後ろには彼女の私兵と思われる者たちがずらりと並んでいた。
今回はラグナクアを統治しているエリナベル・ラグナクアが急過ぎたので国を離れる事ができなかったため、私が来たんだ、とランチェッタさんに釈明していた。
「ご協力感謝します。それでは実験農場と世界樹ファマリーを経由してサンレーヌ国に移動します。別行動をするとドライアドたちに拘束される可能性がありますのでご注意ください。また、世界樹ファマリーの根元にはフェンリルがいますが、こちら側から攻撃しない限りは襲ってこないので落ち着いた行動を心掛けてください」
「分かりました。兵士たちにも言い聞かせておくわ」
「………」
「メグミ女王陛下?」
「ハッ!? はい! ランチェッタ様から離れないように伝えておきます!」
硬直していたメグミさんがランチェッタさんの問いかけに反応してはきはきと答え始めた。
それから彼女の後ろに控えていた煌びやかな衣装を身にまとった女性の兵士たちに指示を出し始めた。
ランチェッタさんは二人の返事に満足すると、通せんぼしているドライアドたちの方に歩いて行く。
「あの人たちは大丈夫よ。通して頂戴」
「変な事しない?」
「しないわ」
「したら捕まえて良い?」
「良いわ。ただ、殺さないで頂戴。問題になるから」
「分かった~」
ドライアドたちがぞろぞろと入り口から離れていき、森と化しつつある実験農場の木々の向こう側へと消えて行った。
「それでは、移動しましょう」
「こんな事を言うのはアレですが、クレストラ大陸にある国々の中で一番最初にシズト様が暮らしている場所を訪れる事ができたのは光栄な事ですね」
無事に世界樹ファマリーの根元に転移してすぐにレスティナさんがそう言った。
クレストラ大陸の各国の代表者は個人的にガレオールを訪れた事があるらしいけど、ファマリアを訪れた国はそんなにないらしい。
大陸間の転移門以外は、それぞれの国の転移門しか使ってはいけない、という事にしているのでわざわざ陸路でファマリアを目指す人はほとんどいないそうだ。
いたとしても世界樹を囲う町ファマリアを視察するくらいで、世界樹の周りに展開している結界の中に入った人は今まで誰もいない。
入ろうと思えば入れるけど、余所者はドライアドたちが威嚇しながら通せんぼするからまあそうだろうな。
「可能であれば産まれた赤子を一目見てみたいですね。メグミ様もそう思いませんか?」
「ソ、ソウデスネ」
「……僕、離れた方が良い?」
「ダ、ダイジョウブデス」
メグミさんはどうやら僕に苦手意識があるようで、僕が話しかけると硬直して冷や汗をかいてしまっている。
もう加工の加護はないんだけどなぁ。
なんて思いながらレスティナさんとお喋りをしながらドライアドチェックが終わるのを待つ。
「人間さんいっぱいだねぇ」
「覚えられるかなぁ」
「覚えなくてもいいって言ってたよ~」
「シズト様と一緒にいる人は手を出しちゃダメで、それ以外は不審者だからぐるぐる巻きにしていいって~」
「なるほど~?」
「あの人たちは離れてる?」
「うーん、離れてるかも?」
ドライアドに目をつけられたレスティナさんが連れてきた兵士たちが慌てた様子で僕の近くに詰めてくる。
メグミさんの護衛っぽい人は元々メグミさんを盾にするかのように彼女の後ろにくっついていた。護衛なのにそれでいいのだろうか? ただ、視線を向けるとビクッとされるので極力見ないように心がける。
ドライアドたちにどのくらい近くだったらオッケーか伝えてなかったな、と思って補足説明すると納得した様子だった。
「それじゃあ移動するのでついて来てください」
ガレオールに繋がる転移陣から、サンレーヌ国と繋がる転移陣までは少しだけ距離がある。
何かに気を取られて足を止めてしまったらぐるりと包囲しているドライアドたちにぐるぐる巻きにされてしまうだろう。
抵抗しようと思えばできるだろうけど、兵士さんたちは大人しく僕の後につかず離れずついて来てくれた。
「向こうの安全は確保できているようですが、まずは半数の護衛を向こうに送ります」
転移陣で送れる数はそこまで多くない。転移陣に刻まれた魔法陣の中に入れるだけしか送れないので、一度に全員で向こうに行くわけにはいかないのだ。と、思っていたけど、向こうの安全を確保するため、という目的もあるようで、半数を先に向こうへ転移させるそうだ。
必要な魔力は今回は魔石ではなく僕の魔力で代用した。魔石がもったいないというのもあるけど、単純に魔力が余って仕方がないのだ。
半数ほど向こうに送った後はランチェッタさん、レスティナさん、メグミさんの三人を向こうに送る。
僕は魔力供給役として最後に向こうへ移動する事になっていた。
僕が転移させている間に、呼び寄せておいたホムンクルスたちも集まってきていた。
クーとレモンちゃんが僕の背中を争って何やら言い合いをしていたけど、レモンちゃんは抱っこで、クーはおんぶ、という事で落ち着いた。
「それではシズト様、参りましょう」
「うん。……っていうか、レモンちゃんは本当についてくるの?」
「レモン!」
絶対に離れないぞという強い意志を感じる答えだった。
ジュリウスを見ると彼は特に何も言わなかった。引き剥がすのはクーにお願いしたら簡単だと思うけど、後で抗議されそうなので連れて行く事にした。
「ちょっとライライ、ムサムサ、狭いから向こう行って」
「面倒くせぇなぁ」
「まあまあ、そう言わずにちょっと詰めるでござるよ」
やっぱ携帯式とはいえもう少し大きめに作っておくべきだったかな?
そんな事を思いながら転移陣を起動した。




